110.最善策
「お、」
碧斗の力強い発言と共に現れた、頭上の火の輪に短く声を漏らす進。と、それを認知し、それの意味を探ろうとしたその瞬間。
「っ!?」
人1人が入る程の直径を誇る火の輪は、突如として地にまで伸び、一瞬にして炎のカーテンが出来上がる。
「なるほど〜、考えたねぇ」
手を顎に持っていき、ふむふむと感心の意を見せる進。そう、火のカーテンによって周りの様子が伺えない。だけで無く、火そのものが剥き出しになっている状態であるが故に、圧力変動を行うと爆発を起こしかねない。それも、自身の圧力の度合いによって、爆発も強化されるのだ。
そのため、火を払うことも、高度を上げて炎のカーテンから抜け出すことも難しいだろう。つまり、この状況から抜け出す事自体は可能であっても、それを起こすためには時間を有する、という事だ。
そう、その相手が、進で無ければ。
「でも、これじゃまだだね」
口角を上げ、呟くと。
次の瞬間、炎の輪が突如として爆発を起こす。
「なっ!?」
爆破で起った衝撃波によって、碧斗は声を零したのち、踏ん張る。
その後、爆発が起こったことによって上がった煙と、炎の間から。進が爆破の威力を逆に利用し、スピードを速めて現れる。やはり爆発の衝撃は、能力で軽減出来るからか、はたまた進の能力と同じ系統と扱われるがために、自身には大した効果は無いのか。
それは分からなかったが、彼にとって爆破というものは、痛くも痒くも無いもののようだ。
「っ!」
たった数秒という単位の速度。目で捉えた時には既に目の前に差し掛かっていた。それなのにも関わらず、碧斗に進が近づいた直後。
2人の間に、何処からともなく岩が現れ、進はそれに対処が追いつかずに激突する。
そのため、進はスピードを速めた分大きく弾き返される。
ー威力を強めた事が仇となったなー
ギリギリの対処に、冷や汗を流しながら心中で碧斗は呟く。
「水篠さんありがとう!次も頼むよっ!」
碧斗を守る形で現れた岩を生み出した張本人に感謝を述べる。と、返事こそ聞こえてこなかったが、まるで返事をするかの様に。
現在も尚宙に吹き飛ばされている進の、丁度真下から岩が生え
進を押し出す様に、勢い良く伸びた。
「ぐはっ」
進は、その岩が的中した事により空気を吐きながら真上に打ち上げられる。と、地から生えた突起物が地面から離れ、空中の進に向かった。
「させるかっ!」
そう軽く声を上げると、真下から向かう岩に向かって、進は手の平を見せる。すると同時。
圧力によって、向かってきた岩が砕け、小石へと姿を変える。が、その粉々になった岩の破片が向きを変えて、またもや進に向かう。
「よっっと!」
それでも尚、上手く空気圧を変化させて、後ろへ退くかたちで空中で避ける。残念だったね。と、地に足を着き、憐むように笑みを浮かべる。
するとしかし、余裕を見せる暇を与えないという強い意志を見せるかの如く、突如彼の後ろに現れた樹音が、大きく剣を横に振るう。
「うおっと」
それを上手くしゃがんで避けた進を目の当たりにし、次こそは当てると言わんばかりに、今の攻撃から続けて2撃目に移る。
だったが
「クッ!」
「ふっ」
振りかぶった剣の刃に、指をギリギリ触れない場所に置いて、その大きな一撃を止める。それは、第三者から見れば、指一本で剣を受け止めているのと同じ光景である。
その進の姿は、まるで彼自身の強さを象徴しているかのようだった。
「そろそろ休んだらどう?もうボロボロだけど」
「そういうわけにもいかないよ。僕に出来る事は、これくらいだから」
進を見つめて告げる樹音の言葉には、重みを感じた。それを認識したのか、進はそれ以上何かを言うことはせず、その代わりにーー
「そうか」
と笑った。
すると、彼は剣に突きつけた人差し指を、曲げる。
「っ!」
その行為に、次の攻撃がくると予想した樹音は剣を引いて退く。
だが
「お、わかったっぽいね」
進は言葉を零すと、距離を取る樹音に向かって圧力を利用し、瞬時に距離を詰める。どうやら、逃げる事は出来ないらしい。そう樹音は悟り、力を込め受け身の態勢へと移る。と、その時
樹音の周りから無数の岩の柱が現れ、一瞬にして彼を包み込むように形を変える。
「ん」
まるでシールドのように現れたその防御壁に、反射的に速度を弱める。すると、そんな進に狙い撃ちするように、その岩の塊から更に巨大な岩が生えて
彼の体に直撃させる。
そう、沙耶が大翔に喰らわせた、"あの時"の最後の一撃のように。
「ぐはっ!」
突如突起物が突き出たことに対応出来なかった進は、圧力を弱めていたのにも関わらず大きく吹き飛ばされる。だが、空中で上手く能力を使用しながら回転し、足で建物の屋根に着地する。
「ふーっ、危ないね。水篠ちゃんは要注意だなぁ」
冷や汗をかきながらも、それがあくまで遊びであるかのような表情で呟く。
すると、刹那
「うぉらぁ!」
バキッという音と共に、進の目の前に、屋根を突き破って大翔が現れる。どうやら、先程大翔が飛ばされた家の屋根に着地していたようだ。
その大翔の声と姿に、目を剥く進。
すると、そんな進が行動に移す時間すら与えずに、大翔は腹に拳を入れる。
「ガッ!」
殴られた進は、どうやら防ぎきれなかったようで、口から血を吐き出して押し出される。それに、直ぐに機転を利かせて、背中から自身に向かう圧力を強めて4、5メートル先で足を着く。
と、着地隙を見越して、追撃を行う大翔。だったが、2撃目、3撃目と、能力を巧みに使いこなし、進は全て素手で防ぐ。それも、片手で。がしかし。そこまでワンパターンでは無いと、大翔は小さく笑みを浮かべ、拳を手で防いだその瞬間に、足を高く上げてーー
真下に蹴る。
「ゴッ、ごほっ、ごほっ、、っとぉ?」
家を突き破り、室内へと放り込まれた進は、咳き込んだのちに余裕そうな表情を作った。だが、これでいいのだ。そう、ここに来てようやく、彼を小さな箱の中に入れることに成功したのだ、と。碧斗は口角を上げる。彼の能力は、上下や周りに限界の無い、障害物が無い場所でこそ最強になれる。即ち、周りに障害物が溢れ、限界が存在する場所に、彼を追いやればいいのだ。
ーでも、まだこれからだ。もう少し、あともう一押し必要だ。頼む、、みんな、持ってくれ、、!ー
ギュッと拳を握り、唇を噛んで心で祈る。それしか出来ない自分に、憤りを感じながらも、碧斗は戦いを見届けるべく目を見開く。
「どうやら、ホイホイされちゃったみたいだなぁ」
室内に閉じ込められた進は、ニヤリと笑いながら声を上げる。屋根を突き破り、部屋の中心に追いやられた進の周りには、360度。
全方向に、ナイフが進に刃を向けて固定されていた。それに気づいた進は、ゆっくりと立ち上がる。
と
それが合図だったかの如く、立ち上がると同時に大量のナイフが、括り付けていた糸が切られたように勢いよく放たれる。だが、進はいつものようにそれを全方向に圧力を放ち、防いでみせる。どうやら、彼の体力に限界というものはないらしい。
そんな絶望的な状況だが、防いだ瞬間に意図しない場所から、ナイフが2本。進に向かって放たれる。
「っ」
背後から近づく2本のナイフに、思わず息を呑むと、進はいつもと同様に手を出して。
では無く、背を向けたまま空気圧だけを調整しそれらを弾く。すると、少し遅れて、ナイフが放たれた方向を確認するべく、進はゆっくりと振り返る。すると、振り返ったその先。
目の前に映し出された、"こちらに近づく剣"に目の色を変えると、今度は右手を前に出してそれを止める。その後、その右手を右に払うと同時に、同じく剣も右に弾かれる。
「そっちか」
目を細めて見据えた先。剣が放たれた方向、それは向かいの空き家からだった。
「やっぱりバレちゃったかっ、はぁ、はぁ」
その向かいの空き家。身を隠すべく、窓の下にしゃがみ込む樹音は、小声で誰に言うでも無く呟く。すると、その瞬間。
進は無言のまま手の平を向かいの家に見せたと思った、その時。大きな圧力を放ったのか、樹音の前の窓が
一斉に割れる。
「っ!?」
近くにしゃがんでいた樹音は、思わず蹲ると、対抗しようと宙に数本のナイフを作り出し、またもや放つ。
「やっぱ、壁があるときちぃーかぁ」
進は残念そうに声を上げ、向かってくるナイフを尚も容易く弾く。が
「ん」
その瞬間、進の居る家を埋め尽くすほどの大量のナイフが進に向かって放たれる。それも、いつものナイフよりも刃の大きな、出刃包丁の様なものが。
「おおっ、すげぇけど、数に頼らない方がいいと思うけどなっ!」
今までとは違ったナイフの放ち方に、楽しそうにニヤリと笑い、こちらは今までと同じく空気圧の壁を作り出して全て弾く。弾かれたナイフの数々は、地に刺さり、壁に刺さりーー
向かいの家に飛んでいく。
先程で学んではいたが、揺さぶりも兼ねて樹音の居る、向かいの家に返した。だが、案の定身を隠されたがために、彼に当たる事はなかった。
「んんー!いけないかぁ。もうちょっとなんだけどな」
それに指を鳴らし悔しがる進に、今度は前と同じ普通のナイフを数本放つ。その対応に、余裕な表情を崩さずに、今度は弾くので無く、避ける。
だが、この光景を目の当たりにした樹音は、口角を上げる。
そう、計画通りだと。
☆
「さ、佐久間君の隙を作るって言ったって、」
「佐久間君に、隙、、出来るのかな、?」
路地裏の奥。一同は集まって、碧斗の作戦に口を挟んだ。それに、問題ないと力強く頷き、"それ"を告げる。
「ああ。それは勿論簡単じゃ無いだろうけど、俺達みんなでやればいけるはずだ」
そう前置きをすると、碧斗は前のめりになってその策を口にした。
「まず、進を家に閉じ込める。その後、樹音君には向かいの家に篭ってもらって、ナイフを無数にそこに向かって放って欲しいんだ」
「と、閉じ込める、?」
「なるほど、あいつの逃げる道を塞ぐって事ね。家に閉じ込めただけじゃ、能力で直ぐに出てきちゃうから、ナイフで気を引くって、、事であってる?」
「うん、相変わらず、、完璧だ。相原さん」
沙耶が聞き返す中、一言でその意図を汲み取った美里は、予想を口にする。流石だ、と。内心で話が早い事に感謝し、微笑む碧斗。
「でも、そうすると樹音君の体力的に大変だろうし、1人でなんとかなるとも思えない」
「ぼ、僕は大丈夫だよ!そんな事考えなくても、それくらい、なんとも、」
「いや、、竹内君の件で戦ったばっかりだし、無理して欲しくは無いんだ」
樹音が足を踏み出し言い張るが、しかし。その要求は飲めないと、碧斗を始めとした皆が表情を曇らせて首を振る。それに、何か言いたげな樹音だったが、それを言わせるより前に、碧斗は解決策を提案する。
「だから、樹音君と同時に、水篠さんの岩での攻撃を、そこに加えさせてもらってもいいかな?」
「あ、う、うん!任せてっ!」
「で、、でもっ、岩の操作は目に見えているところじゃないと出来ないよね?僕と同じ場所に隠れて狙うのもありだけど、、それじゃちょっと、危険なんじゃ無いかな」
胸を張って頷く沙耶を横目に、樹音は彼女の身を案じて不安げに放つ。それはそうだ。樹音の居てもらう場所は向かいの家なのだから、そこに2人も隠れていたら、そちらに標的を絞られてしまうのも事実である。なるべく分散し、我々の場所をギリギリまで分からなくする必要がある。
それ故に。碧斗は笑みを浮かべそれを言い放つ。
「ああ。だから、樹音君に1つお願いがある」
「お願い、?」
「「「?」」」
碧斗の突然の発言に、樹音のみならず皆が首を傾げる。
「樹音君の能力は"剣"じゃ無くて"刃"、なんだよね?」
「う、うん、そうだね。剣の形にしてるのは、、その方がやり易いからで」
樹音の能力は剣では無く、あくまでその素材である刃。ならば、と。
その返答を受け、碧斗は目の色を変える。
「それなら、刃の素材を変える事って、出来たりする?」
それは、一か八かの賭けだった。成功するか以前に、樹音にそれが可能で無ければ、また1から考え直しだ。だが、そんな碧斗の不安を払うようにして、樹音は頷く。
「竹内君との戦いの時、僕が体重をかけても壊れない頑丈な刃を作れたから、、多分、出来ない事は無いと思う」
「本当か!?ありがとう。それと、出来たら大きめの方がいいんだけど、」
碧斗は、確実に成功させるべく、恐る恐る提案を口にする。と、またもや樹音は、軽く頷き笑顔を作る。
「大丈夫、だけど、、大きめって言うと、大剣とか?」
「あ、いや、それだと寧ろ怪しまれる。ナイフの攻撃の間にやって欲しいから、出刃包丁くらいのもので、尚且つ"光沢度"が結構高めなやつをお願い出来るかな」
「「こ、光沢度?」」
「あ、わ、分からないかな?」
首を捻る沙耶と樹音に、慌てて言う。すると、樹音は首を横に振って口を開く。
「いや、それは分かるけど、、どうしてかなーって」
どうやら、単語の意味は分かってくれたようで胸をホッと撫で下ろす碧斗。対する沙耶と大翔は、単語自体が分かっていなかったようで、未だピンときてない様子でいた。そんな2人に、碧斗はその説明も兼ねて、作戦を話し始めた。
☆
碧斗に言われた通りに、怪しまれないようにナイフの攻撃の間に出刃包丁による大量の攻撃を挟む事に成功した樹音は、達成感により口角を上げ、進のいる家の"隣の屋根"にチラリと目をやる。
そこには、大翔が沙耶を担ぎ、跳躍により屋根へと足を着く2人の姿があった。
成功だ、と。心中でガッツポーズをする樹音。
すると、沙耶は1人、屋根の上で腹這いになり「それ」を探す。
「あ、あった、」
小声で、誰にも聞こえないように小さく喜びを露わにすると、沙耶は進の居る家に向かって
手を小さく出した。
『なるべくみんなバラバラに散らばって、空気圧の威力を下げる必要がある。だけど、水篠さんが攻撃するには、進の姿が見えていないといけない。なら、つまり。違う場所からでも見えるようにすればいい』
『まずはさっき言ったように樹音君に光沢度の高い出刃包丁を放ってもらう。なるべく多い方がいい。進が弾いて、どこに飛んでいくか分からないからだ。その後は、水篠さん。
お願い』
碧斗の言葉を思い出し、沙耶は目つきを変える。すると、軽々とナイフを弾く進の足元が急に盛り上がり、体が持ち上げられる。
そう。進の居る地面から、岩が生えたのだ。
「お」
それに気づいた時には、時既に遅し。生えた岩は、地から切り離され、進を押し出して壁と挟む形で激突する。
ーやった!やったよっ、伊賀橋君!ー
そう。
光沢度の高い出刃包丁の刃を、鏡がわりに使用したのだ。
それ故に、普通の刃ではなし得ないため、光沢度の飛び切り高いものを。進の見える角度を、1本でも多く作るために、なるべく多くの包丁を。
全てはこのためだったのだ、と。こちらに一瞬目を向けた沙耶に、碧斗は笑顔を返す。
作戦を成し遂げ、笑みを浮かべる沙耶。だったが、進は圧力で作り上げた、岩との僅かな隙間から抜け出し足を着く。しかし、その行動は読めていると言うように、向かいからは全て見透かしているかのようにナイフが飛ばされる。
「ほーう、面白いねぇ」
彼の、全て防ぎきる姿勢を、理解しているが故の動き。それに、思わず笑みを溢す。ならば、応えてやろうではないかと、進は動き回りながら、放たれたナイフを全て。能力と体を使って避ける。その両方を利用し防ぎ切ってみせる。
「おらっ!」
たまに、彼が見せる僅かな隙を狙っては、樹音は生成した剣を投げることを繰り返したが、どれも進に到達することは無かった。だが、それでも樹音はそれをやり続けた。
それに、だんだんと痺れを切らし始めた進は、次の行動に移ろうと足を踏み出す。
と、刹那
ガコォッ!という轟音と共に、背後の壁にぶつかったままになっていた岩が、突如として進に向かう。
「うおっ」
それに、慌てて振り返り手を出して、岩を砕く。が、既に彼も気がついていただろう。砕いた岩の破片は、同じく個々に能力を適用させて進に向かう、ということを。
道を挟んだ先の家から飛ばされるナイフと、部屋中を動き回る石の数々。それの向きを圧力で動かし、樹音の居る家を始めとした周りの家全てに向かって、弾き返すかたちで放つ。だが、家の壁に当たっては弾かれ、窓を割って室内に入れる事が成功したとしても、樹音や他の人達に届く事はない。
「クッ、きちーか」
こちらに向かう、無数のナイフと石を防ぎながら、タイミングを見計らい大きな空気圧を、彼ら彼女らが「居そうな場所」に向かって放つ。が、どうやらそれが利くことは無かったようで、小さく舌打ちをする。
そう。今までの進の行動から察するに、彼の能力はいつでも発動出来るものでも無ければ、全方向に常時空気圧を発している事が可能なわけでも無いのだ。これまで、幾つもの攻撃を仕掛けた中で、何度か彼に"攻撃を当てる事に成功"している。
つまり、その"攻撃が当たる"という現象が起こる時点で、常時能力を発動しているわけではないということになる。という事は、彼にナイフと岩の攻撃をし続けている間は、進は必然的に動く事が出来なくなると、そう予想し碧斗はこれを実行したのだ。
すると、対する進はそれを全て防ぎながらも、碧斗の策略を察する。
ーなるほど。このまま能力を使い続けさせて、体力の限界を狙ってる感じか。でも、残念だったねー
進はそこまで考えると、横腹を狙って"投げられた"剣を弾いて笑顔を見せる。
「俺に限界なんてないぞ」
そう小声で言い放ったその時。先程突き破ったところでは無い場所から、屋根を突き破って大翔が目の前に現れ、すかさず進に殴りを入れる。
反射的に手を出し、拳を圧力で軽減しながら受け止める。だが、そうなる事は予想済みだと、大翔は続けて左手で殴りかかる。既に、大翔に「人」と戦っているという自覚は無かった。いや、自身が普通の人であると錯覚して、力の強くなる能力を使用している事を忘れて、ただひたすらに殴り続けた。
そんな、手加減という文字を忘れた攻撃を続けるがしかし。相も変わらず大翔の攻撃は弱いのでは無いかと思えてしまうように、進は軽々と防ぐ。
と、思っていたが。
進も余裕な表情が崩れていた。家の外から放たれるナイフと、室内で暴れる石の数々。それに加えて、大翔の接近戦である。寧ろ、それを利用し、大翔を盾にしようと石の軌道を読んで前に突き出す。だが、大翔は軽く拳を振るい石を砕く。
ならばと。今度はナイフを防ぐように彼を差し出すが、否。ナイフは突如として軌道を変え、大翔を避けるようにして進に向かう。それならそれを反射して大翔に当てようとするものの、既のところで避けられてしまう。
「はっ、はっ、さ、流石に、キツくなってきたか?」
ニヤリと笑う大翔に、強がりのような笑顔を返す進。
だったが、大翔はそれが強がりであると見透かした様子で"それ"を告げる。
「こっから、もっとキツくなるぞ」
「っ!」
思わず表情が引きつる進。
「やっと本当っぽい顔が見れたな。進!」
「何っ!?」
冷や汗混じりに、口角を上げる大翔が放つと同時。
その異変に気づき進は声を上げる。この部屋、というか、家が。暑いのだ。動き回っているからだろうか、いや、それ以上に、何かが滾るような。
暑さでは無く熱さを感じる。
「まさかっ」
周りを見る時間は無かったが、間違いない。彼女の能力だ、と。進は理解する。すると、樹音の居る向かいの家の更に奥。建物に囲まれ、陰になった路地裏で、手を進の居る家に向けながら。余裕の無い笑みを浮かべる美里。
そう、いつでも発火出来る状況を作り上げたという事だ。即ち、それが意味する事は、いつでも爆破出来るという事である。
「家ごと爆発させる気かよ」
「このくらいしねぇと、勝てねーんでね」
会話を交わしながらも、大翔は手に加えて足でも攻撃を仕掛ける。全てを弾ける能力。といっても、あくまで「圧力調整」をしているに過ぎないのだ。つまり、圧力の調節にも限度があるということだ。
体力の限界が無くても、空気は有限だということだ。
息を荒げながら、大翔の攻撃を防いだその瞬間。大翔は頭の後ろから近づく「その気配」に気づき、首を傾けることによりそれを避ける。
そう、樹音の放ったナイフである。
「っ!」
大翔の傾けた顔の先から突然姿が露わになったナイフに、反応が遅れる。ただでさえ、集中力が分散し、限界が近づく現状なのだ。そんな中で行われた、"相手を信じていないと決して行えない行為"に、進は防ぎきれずに頬に擦り傷をつける。
「ぐっ」
それにより生まれた一瞬の隙。その瞬間に大翔は思いっきり拳を入れる。
「っ!?!?がはっ!?」
大翔の殴りが命中したことにより、進は壁に激突する。
ーどうする?空気圧で背中を押して対抗するか、、上に放って脱出を試みるか、、いや、こんな状況だ。わがままは言っていられないな、ここは飛んで、脱出をー
まるで、世界がスローモーションになったかのように時間が過ぎゆく中、進は次の行動を改めて、それを実行しようとする。
だが
「させるかぁぁぁぁっ!」
瞬間。樹音は向かいの家から窓縁に手をついて飛び越え、進の居る家に走ったかと思ったその時。樹音の足元から巨大な岩が生え、以前の進のように、その勢いを利用し跳躍する。
それにより、逃げ道を求めるように屋根の穴から脱出をしようとした進の目に映った光景は。
先程突き破った屋根の穴から、樹音が剣を構えこちらに向かっている光景だった。
それに進は目の色を変える。一体どうして?今さっきまで向かいの家からナイフが放たれていた筈である。まさか、大翔が殴りを入れる、この僅かな時間内で、彼はこちらの屋根の上に乗り移ったということだろうか。
目の隅に映る、家の外に設置された巨大な岩を見て、その方法を察する。だが、そんな事を考える必要は無い。
そう、既に
ーあーあ、終わった。やっぱ無理だったのか、、俺には、、、やっぱり、弱かったのか、?俺はー
いつもの彼なら、まだ動く事は出来ただろう。だが、進は動こうとはしなかった。既に終わりを理解し、運命を受け入れるかの如く目を瞑った。
負けを、認めたのだ。
高くから落下したからか、樹音の体重が重いわけでは無いのにも関わらず、着地と同時に轟音が響いた。
「お、終わった、、」
「はっ、、やった、、な、、?ーーっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁっ、はぁぁぁっ」
運命を受け入れた。
と、いうわけでは無かった。手を震わせ、異様な程の汗を流し、荒い息を漏らす樹音の向けた剣は、進の顔の数センチ前で止まっていた。
彼にギリギリ当たらないように向けた剣が、だ。
「ハッ、ははっ!やっぱ、そうだよな。そうなるよなぁ!」
対する進は、ただ、笑っていた。
そう、即ち。
彼はわざと剣が刺さる位置。向かってくる場所へと自ら顔を差し出したのだ。
「ど、どうしたんだ!?」
異変に気づいた碧斗は、様子をその目で確認するべく、その家に足を踏み込む。
「や、やった、?の、?」
それと同じく、沙耶と美里もまた、走って皆の元に集まる。
「っ!ど、どういう事だ、?作戦では、、服を貫いた後、ナイフで周りを固めて、動けなくさせる予定だっただろう!?それじゃあ、直ぐに逃げられて、、っ!」
碧斗は樹音から剣、剣先から進にゆっくりと視線を落としながら言い放つ。と、進に視線を移した瞬間、目を剥く。
声を掠れさせ、聞こえない声で、笑っていたのだ。
「ま、まさか、、」
全てを察した碧斗は、力無く声を漏らした。
「はははっ、やっぱそうだった」
進はそう言ったのち、仰向けで倒れながらそう告げる。
「碧斗は最後に運動神経が良くて、接近戦ができる人を選びがちだ」
「なっ」
見透かされているような言い草に、碧斗から冷や汗が噴き出す。
「つまり、今回も君。円城寺君を最後のとどめに選ぶって、、そう思ってた」
「っ!」
すると、今度は目の前の樹音を見据えながら、進は小さく笑った。
「俺の首元スレスレに剣を刺して、動揺した隙にナイフで身動きが取れないように固定。それから、水篠ちゃんあたりに岩で軽い衝撃を与えて意識を奪う。そんなとこかな?」
「「「「「ーーっ!?」」」」」
作戦を立てた本人である碧斗のみならず、5人全員が、進の的確すぎる推理に息を呑む。
こんな状況だ。樹音はこの隙を狙ってナイフを放ち、進を固定するなんて気力は湧いてこなかった。
すると、そんな一同を差し置いて、進は尚続ける。
「いやぁ、それにしても、ほんっと最後のとどめが君で助かったよ」
進はそこまで言うと、樹音の目の奥を見たまま、安心しきったような無邪気な笑みで放つ。
「君は絶対に、"人を傷つけるようなこと"しないもんね」
「っっ!」
その言葉を受けた樹音は、図星だったがために動揺を見せる。
と、その瞬間
「っ!」
「グッ」
「ひゃっ!?」
「きゃっ」
辺りに、強い衝撃波のような空気の流れが押し寄せる。
それにより、反射的に顔を腕で覆った皆は、ゆっくりと目蓋を開く。
すると、そこには。
数センチ程足を地面から離し浮遊する、進が樹音の剣から逃れた姿があった。
「あ、ああ、あああ、、嘘だ、、うそ、、だろ、」
現に1番の最善策。今思い浮かぶ全てをぶつけた。
それでも、足りないというのか。
まだ、駄目なのだろうか。
まだ、戦わなければいけないのか。
まだ、こんな辛い思いをしなければならないのか、と。
碧斗は絶望に息が苦しくなる。既に、対策なんてものは無かった。それ故に、碧斗は開いた口が塞がらない様子で、ただただ言葉にならない嗚咽のような声を小さく溢し
絶望を前に、膝をついた。




