106.作戦
自信満々に放つ碧斗に、進は「そうこなくっちゃ」と笑う。その後、攻撃を始めようと体勢を整える進を見届けながら、碧斗は皆に促す。
「みんな!相原さんの作戦でいこう。みんなバラバラに散らばって攻撃してくれ」
「散らばる、、っていうのは、それぞれ違う方面からって事?」
樹音の問いに力強く頷くと、美里が碧斗に小さく耳打ちする。
「っ、それ、でも」
この、自分にしか聞こえない声で呟かれた美里の提案に、少し悩み込む。だが、進を一瞥したのち呼吸を整えると、碧斗は足を踏み出す。
「とりあえず、みんな違う方面からそれぞれ狙って!後、水篠さんと樹音君は、体力と相談しながらっ、ナイフと石で更に全方向からお願い!」
進のその動きに、攻撃が繰り出されると予想した碧斗は、彼の視線を誘導させるべく走り出す。そんな碧斗に皆も走り始めながら返事を放つと、樹音と大翔は跳躍する。
「俺はいつも通り、直進で行くぜぇ!」
大翔がニカッと笑い宙で拳を構えると、樹音はやれやれと微笑みながら小さく呟く。
「りょうかい。それじゃあ僕は左とーー」
と、そこまで言うと、空中で剣を生成し構える。
「おっっ、とぉ?何かしてくるのか?」
一斉に動き出す皆に、それぞれの行く方向を瞬時に確認すると、進は少しワクワクした様子で声を上げる。
「んな事言ってる暇ねぇぞぉっ!」
そんな余裕な彼の、注意を引くべく大翔は進に届くか届かないかの瀬戸際で叫ぶと、拳を振り下ろす。
「お前は、もう少し考えて動く事を覚えなって、、っ!」
学ばない大翔の動きに思わず吹き出す進だったが、
刹那。
樹音が構えた剣を右方向に斬ると同時、進の半径15メートル程の位置に"球"を描く様に、全方向にナイフが生成される。
「左と、、全方向。だね」
樹音は先程発した言葉の続きを呟いたのち、空を斬った剣を更に左方向に斬りつけ声を上げる。
「短剣の、、集中豪雨ッ!」
それが合図かの様に、宙に止まったナイフのみならず、進の周りを走り、様子を見計らっていた碧斗達も立ち止まり、構える。
「おっと」
「グッッ!?」
対する大翔は、必死な攻撃も虚しく、手すら触れる事なく弾き飛ばされる。
「大翔君!」
「チ、俺は大丈夫だ!」
上手く着地する事に成功した大翔は、息を荒げながらも、立ち上がりながら返す。大翔の一撃は届かなかったかもしれないが、彼のお陰で樹音の攻撃が。
当たる、筈だった。が
「おおっ、凄いねー」
「「「「「っ!」」」」」
樹音の生成したナイフの数、およそ50本。1本は当たるだろうと高を括っていた。だが、その全てが進に当たる数センチ前で軌道を変え、全て素通りする。その異質な光景にその場の全員が目を疑う。思わず崩れ落ちそうになった碧斗だったが、作戦はまだ途中なのだ。当人が最初に崩れてどうする。と、歯嚙みしながら碧斗は煙を放出する。
「お、やっと碧斗の煙が見れたな!でも、そこからじゃ俺には届かないと思うけど」
そう、碧斗の能力使用。それをあえて避けてきたのだ。空中を浮遊する進に勿論届く筈は無く、寧ろ地上にいる碧斗達の視界を妨げる結果になりかねないためだ。
だが
「水篠さん!相原さん!お願い!」
「うんっ!」「まかせて」
碧斗に、沙耶と美里は短く返す。
「次は何をしてくれるんだ?」
ヘラヘラと笑みを溢す進が言うと、瞬間。
一瞬、彼のその表情が崩れる。煙は進に届く事は無い、無力な能力。だと思っていたがしかし、煙によって地に立つ碧斗や美里、沙耶の位置を把握出来ないのだ。それ故に
「っ!」
沙耶の石の攻撃及び、美里の炎の塊が"どこから近づくのか"が、身に迫る10メートル手前まで認知できないのだ。沙耶の能力はあくまで岩を生やす、変形させる、操る事であり、生成する事は出来ないのだ。その為、地からの攻撃、即ち、地面に面していないといけないが故に、必然的に進に軌跡を認知されてしまう。
ならば、と。碧斗は笑みを浮かべる。
「発射元の方が見えなければ、進の視界を奪うなんて事しなくていいって事だ」
碧斗の発言も相まって、それに気づいた進は空気の圧力を放ち煙を払う。その行動を見た碧斗は、思わず笑みが溢れる。まるで、全て計画通りと言わんばかりに。
「っとぉ!」
煙を払った進は向かってくる無数の岩と炎を視界に収め、先程と同じく軌道を圧力によって変動させようとする。
が
「ここだっ!行くぞ!」
「「うん!」」
刹那、碧斗は大声を上げる。と、それを合図に沙耶と樹音、美里がそれぞれの方向から進に向かう。
「っ」
その行動に進は目を剥く。そうだ、これが碧斗。いや、"美里の"作戦。彼は浮遊という特権を持っているが故に、全体に向けて空気圧を放つ事はまずない。先程の大量のナイフでさえ、それぞれにかかる力の変動によって避けていた。
それなら
「俺の能力。煙なら嫌でも全体に放出しなきゃいけないだろ。フッ、それが、俺と、相原さんの作戦だっ!」
碧斗が進に向けて指を鳴らしながら言うと、皆はそれに続いて沙耶は石を、美里は炎を、樹音は右手に握る剣本体を。無数の岩や炎の間を縫って放つ。
「クッッソぉぉぉぉっ!」
声を荒げ、進の余裕な表情が一転する。と、思っていた。
だが
「なんてねーっ。よっと」
軽く声を漏らす、荷物を持つ時に漏らすような感覚で。炎を空気圧によって鎮火させ、石と剣を圧力変動によってその場に止まらせる。
「「「「...え?」」」」「は、?」
まるで、時が止まったかの様に、無音の時間が流れる。
ー有り得ない、、いくら最強に近い能力だとしても、進も同じ転生者だ。こんな直ぐに能力範囲を変更出来るわけがないー
視界に映る光景を信じたくない碧斗は、唖然とし立ち尽くす。いや、それは皆同じだったのだろう。それはそうだ、"普通"なら完璧な作戦だったのだから。そう、相手が、普通ならば。
では、進は普通では無いのだろうか。と、碧斗は絶望と同時に喪失感が襲う。
ーもう、ここに居るのは、前までの進じゃないのか、?ー
そう心中で呟き、唾を飲む。と、対する進は呆然とする一同に笑顔を浮かべる。
「いやぁ、惜しい!惜しいねー碧斗。煙で攻撃する位置を隠すのはちょっとびっくりしたけど、後はやっぱ、碧斗って感じだったね。もしかして、その煙のとこは相原さんの作戦だったのかな?」
まるで子供同士のゲームが終わった後のような感覚で、進は言う。その「この行為を何も分かっていない」様な対応と、図星を突かれた碧斗は、更に恐怖心を抱きながら恐る恐る口を開く。
「俺、、っぽいってのは、、どういう意味だ、?」
冷や汗を流す碧斗にフッと鼻で笑うと、進は続ける。
「碧斗は碧斗だよ。ただ、俺の知ってる碧斗で良かったなぁ、って。思っただけだ、よっ」
それだけ言い終わると同時に、固定していた我々の武器を圧力で押し返す。
「っ!マズいっ、返ってくるぞ!」
「「「っ!」」」
進に放った時よりも、更に勢いを増してこちらに向かう。だが、進への攻撃と同様、地上と空中では距離があるのだ。そのため、地に向かう途中で、美里は同じ炎を放ち威力を殺し。樹音は近づく剣を新たに生成した剣によって弾き、沙耶は石の大きさを変形させ岩を防ぐ壁を隔てる。
なんとか彼のカウンターは防ぐ事が出来たがしかし。これはまだお遊び程度の感覚なのだろう。進の表情を見れば、一目瞭然だ。それを察した碧斗は、少し手を震わせながら、先程の返答の意味を問う。
「それは、どういう事だ」
「いやぁ、それは言えないなぁ。そこは、碧斗が考えるんだなっ!」
ニッと歯を見せる進の、その戦闘中とは思えない清々しさに、今まで戦ってきた相手とは全く違う恐怖を感じる。今までの相手が怖くなかった訳ではない。ただ、彼への恐怖心は、今までのそれとは少し違うものだった。すると、進はふと皆の姿を見回して口を開く。
「というか、もう対策無しって感じ?いやぁ、もうちょっと楽しみたかったんだけどなぁ」
呆然とする皆の表情を見て、進は理解した様に悶々と頷く。が
「いや」
「んっ?」
進の思い通りにはいかせないと言うかの如く、碧斗は拳を握りしめ言い放つ。
「どうやら、これはプランBに移行するしかないみたいだな」
進に負けず劣らず無理矢理笑みを作ると、その発言に彼のみならず皆も、驚愕に目を瞬かせる。
「おお!まだ何かやってくれるのか」
予想外の言葉に、進は期待に胸を躍らせながら発する。すると、碧斗は下を向いたまま「そう、俺のプランBは」と小さく呟くと、顔を勢いよくあげ、皆に届く程の声量と共に足を踏み出す。
「逃げるぞっ!みんなっ!」
「「ええぇぇぇぇぇぇーーっ!?」」
「「はぁぁぁぁぁぁぁーーっ!?」」
先程の勇ましさとは裏腹に、碧斗は冷や汗混じりに叫ぶと、全速力で家が立地する方向へ走り出す。その内容と行動に、皆は驚きと呆れから大声を上げる。だが、現状、逃げる事しか出来ないのも事実である。その為、皆は碧斗の後ろ姿を見て、それぞれの顔を見合わせたのち、彼を追いかけるように走り出した。
「みんな!とりあえずついてきてくれ!」
碧斗は皆が走り始めた事を認知すると、振り返りそう促す。がしかし。運動能力がほぼ皆無な碧斗は、そんなカッコつけた言葉を放っているのにも関わらず、直ぐに追いつかれ並列する。
「おい!どこ行くんだよ!?」
「なっ!?なんで、、隣に、」
「碧斗君、先頭は、僕達に任せた方がいい気がするけど、」
「え、、私より遅いってどういうこと、?」
「だ、大丈夫だよっ、伊賀橋君!一緒に走ろっ!」
横を走る皆のそれぞれの発言に、碧斗は違う意味で攻撃を受ける。沙耶は優しく言ってくれてはいるものの、気を使っている様なその物言いは、逆に心にくる。
「う、うぅ、と、とりあえず俺に合わせてくれっ!」
「いや、そんな叫ばなくても隣にいるから」
「うッ」
「だ、大丈夫!大丈夫だよっ!」
「いやフォローを入れないでくれ!心が、、その、心にくるから!」
そんな緊迫した状況の中、緊張感をわざと忘れる様な掛け合いをしながら、皆は走る。その一同の姿を遠目で見据える進は、少し真顔になったのち、息を吐くとやれやれと地上に足を着く。
「次はかくれんぼかー?碧斗ー?」
彼らには聞こえないと分かっていながらも、進は声を大にして言い放つ。と、それだけ放ったのち、今度は小声で「ま、少し付き合ってやりますかねぇ」と呟くと、笑みを作って碧斗達の後を追い始めた。
☆
走る事1分。いや、1分にも満たないかもしれない。だというのに、既に息が上がっている碧斗に皆は不安げに詰め寄る。
「だ、大丈夫?碧斗君」
「お前、、情けねぇやつだな」
「はぁ、はぁ、、う、うるせっ、はぁ」
「で、でもっ!その、佐久間君は追ってきてない?みたいだよ?」
息を荒げながら膝に手を置く碧斗。だが、沙耶の言うよう、不思議なことに進が追ってくる様子は無かった。
「はぁ、そ、それだけが救いだな。はぁ、それに、周りは家が多い。浮遊したとしても見つけるのは難しいだろう、はぁ」
「てか、お前どういうつもりだよ。あんなに言っておいて、逃げるつもりか?んな事するんなら、俺は戻るぞ」
「佐久間君に向き合うって決めたんだよ。それに、逃げるって言っても彼から逃げられるとは思えない。だから、戦うしか無いんじゃないかな?」
詰め寄る大翔と樹音。そんな2人に対抗する様に、碧斗は目つきと声色を変えて返す。
「いや、逃げたのはそういう理由じゃ無い」
「「「「!」」」」
大翔と樹音だけでなく、後ろで入りづらそうにしていた沙耶と、それを眺めていた美里も目を見開く。
「樹音君の言う通り、進から逃げられるとも思えないし、約束もしたんだ。だから、これはただ次の作戦を、ゆっくり練るための時間を作る第一段階に過ぎない」
「そ、それじゃあ、今から考えるって事かよ!?」
大翔が声を上げると、碧斗はバツが悪そうに頷く。彼の反応も最もだ。いくら空から偵察され難い場所に居ようとも、それは「普通」より時間が伸びるというだけである。
そう、普通よりだ。
彼の普通は、こちらの普通とは違っているため、そう長くは保てないだろう。ならば、この時間内に次の作戦が思いつく可能性は極めて低いと言える。現に、まだ1つも思いついていないのだ。それを感じた碧斗は、冷や汗をかきながら必死に思考を巡らせる。
「お、おい!碧斗!」
「待ってくれ。今考えてる」
割って入る大翔に、口元に手を添えて険しい表情で返す碧斗。
考えろ。
捻り出せ。
次の行動を。
先程の敗因を。
考えろ。
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
「っ!」
するとふと、碧斗の視線の先、大きめな広場が目に入る。
ここは彼から見えてしまう。バレやすいと、そう思うより前に、1つの考えが浮かぶ。
「お、おい、何か思いついたのか?んな顔して」
「あ、碧斗君?」
「伊賀橋君、、大丈夫、?」
これが最善とは思えなかったが、意を決して碧斗は、期待と不安から汗を流す大翔と樹音、沙耶。そして、髪をいじる美里に振り返り笑みを作る。
「ああ、プランBが決まった。みんな、近づいて聞いてくれ」
「「「「っ!」」」」
碧斗の言葉に、目を剥き表情を明るくした皆は、丸く集まって、彼の言葉に耳を傾けた。
☆
「おーい、どこだー。碧斗ー」
路地裏で、両手を口元に当てて声を上げる進。建物に囲まれているからか、はたまた違う理由でか、彼は空を飛んで偵察しようとはしていなかった。が、その瞬間
「おぉーーーいっ!進!こっちだぁぁーーっ!」
「ん?」
突如として遠くから声が響き、反射的にそちらへ向かう進。
すると
「あれ?どうしたんだ碧斗。自ら居場所を晒すなんて、そういうかくれんぼって珍しいな!」
「ああ。作戦が決まったからな」
そこには、碧斗を先頭とし、皆が横に広がった状態で、大きな広場の中心に立っていた。
「おっ、思いついたのか!じゃあ、見せてもらおうかっ!」
ウキウキとした様子の進に、碧斗はほんのり薄ら笑いながら目を瞑る。そして、少し頭を下げた状態で「プランBは」と呟いたのち、顔を上げて次の言葉を待つ進の姿を、目を見開くと同時に見つめる。と、碧斗は皆に聞こえるように、促すように声を張り上げ、その作戦内容を言い放った。
「プランBは、、そんな作戦は無い!みんなっ!」
「っ!?」
その言動に動揺する進を見据えた後、碧斗は皆の居る方向へと、左右に首を振り確認したのち、ニヤリと笑って
皆に伝える。
「思いっきり戦え」




