105. 庇保
「はぁ、はぁ。ここまで来れば、なんとか、、大丈夫だろ」
進から距離を取るため走り出した碧斗達は、建物が多く見られる場所へと到達し息を吐いた。逃げる。と言っても、あまり奥へと行き過ぎても王城の人達に見つかる可能性があるため、思うほどの距離は取れなかった。
「道に迷っても問題だし、樹音君と大翔君を見失っても問題だ。ここら辺で身を隠せそうな場所を探して、、」
ぶつぶつと、碧斗は呟きながら辺りを見渡す。そんな彼が、隠れ場所を探そうと建物の裏へと歩みを進めようとしたその時。不満そうな美里は、ここぞとばかりに口を開く。
「ねぇ。ほんとなんなの?どういうつもり?私、戦えんだけど。あんたと一緒にしないで。さっきは空気感で仕方なく来ちゃったけど、私は戻るから」
睨む様に碧斗を見ながらぶっきらぼうに吐き捨てると、来た道を戻ろうと振り返る。その彼女の背中に、碧斗は慌てて声を上げる。
「ま、待って!駄目だ!相原さん」
「はぁ、、だからなんなの!?さっきから!ウザいんだけど!いちいちいちいちそうやってっ。何回言ったら分かるわけ!?私は戦うって言ってんでしょ!?」
とうとう抑えていた感情を破裂させるかの如く、美里は声を荒げる。その迫力と、普段にも増してトゲのある言い方に、碧斗は頭が真っ白になるがしかし。このまま行かせるわけにはいかない。と、ため息を吐いて足を進める美里に、言う事を拒んでいた「それ」を口にする。
「待って、相原さん。戦わせるわけにはいかない」
そう零すと同時に、碧斗は足を早めて美里の前に出る。
「どいて」
またもや美里の冷徹な双眸に怯んだものの、強気を装って目つきを変え、続ける。
「駄目だ。だって、相原さん、、」
そこまで言うと、少し悩んだのち、それに続く言葉を放つ。
「足。まだ治ってないでしょ」
「えっ」
ずっとこの空気感に声を出せずにいた沙耶が、驚愕の表情と共に小さく零す。対する美里は、先程と目つきは分からなかったものの、目を逸らし、口を窄めた。
「伊賀橋君、、それって、どういうこと、?」
「うん。俺もなんとなく察したのはビーチに来てからなんだけど、水着を買ったあの店に居る時から疑問には思ってたんだ」
沙耶の問いに、碧斗は美里に視線を向けたまま、顔だけをそちらに向けて返す。と
「何で、、そう思ったわけ?」
まるで誰かにその兆候を見せたつもりは無いと言うように、美里は鋭い目つきのまま碧斗を見つめて呟く。
「いや、その、、実はお店で試着しようとした時、相原さんのスカートが少しめくれて、下に白いものが見えたんだ」
「し、白い、、もの?」
沙耶が疑問に思い、そのまま返すと、碧斗は無言で頷いて続ける。
「最初は何か分からなかったけど、、ビーチでタイツを買い替えた話を聞いてハッとした」
そこまで言うと美里は表情を曇らせ、対する沙耶はまだ意味が汲み取れていない様子で首を傾げる。すると、そんな沙耶に意味を伝える様に、碧斗は美里と同じく言いづらそうにくぐもった声で告げる。
「あれ、、包帯だったんでしょ?足に、、巻いてたの」
「っ!」
碧斗の核心を突く発言に、沙耶は意味を察して目を見開く。
「もし、あの時グラムさんの治癒魔法を受けていたら、樹音君や大翔君と同じように包帯なんて巻かずに直ぐに治ってたはずだよね。それなのに、、包帯を巻いてるって事は、」
「...いいから」
「樹音君と大翔君に費やす魔力を、自分に使って減らしてしまわない様にと思ったからだよね?魔力の話をする前だったけど、その前からなんとなく治癒魔法は消耗するものだと察してーー」
「言わなくていいから!」
美里の心を見透かす様にして話す碧斗に、堪らなくなり声を上げる。と、沙耶が不安そうな、今にも泣きそうな表情で美里に詰め寄る。
「相原さん、、そう、だったんだ、、ほんとに、ごめんね、、私、気付いてあげられなくて、あんなに、近くに居たのに、、それなのに私、あんなにはしゃいで、、」
「謝らないで。あなたのせいじゃないし、謝っても何も変わらないから」
今日という日を、碧斗よりも長い時間美里と共に過ごしたというのに、その異変に気付けなかった事に沙耶は酷く自身を責める。そんな彼女に小さく美里が呟くと、碧斗もまた、視線を下げて呟く。
「足が見えない水着を選んだのも、、お店で試着する時、最初見てた水着とは違うものを咄嗟に提案してたのも、その理由でだったんだんだよね?あの時、本当は着たかったのかと思ってたけど。あれは万が一脚の見える水着を着させられる事を考えて、早めにそっちに切り替えようとしてたんだね。ごめん。俺が、、もっと早くに気づけば良かったんだ。しかも、隠し通そうとしてたのに、知らない人が居る前で、、、本当、水篠さんよりも、俺の方が何十倍も悪いよ」
沙耶と同じく、自分に憤りを感じながら言うと、対する美里は更にこちらを睨みながら声のトーンを落として放つ。
「はぁ、、そういうのいいから。ほんと、余計な事しないでくれる?今思うと、ビーチバレーの時も変に気を使ってたんだろうけど、別にあんたに心配される程弱くないから。もう4日も経ってるんだし、大丈夫だから」
最後の方は少し声が小さくなっており、とても大丈夫そうには見えなかった。剣で弾けてしまう様な羽根だ。それがあの速度で刺さったのだとすると、深い傷になってしまいかねない。それを、この4日間、誰にもそんな様子は見せずに耐えてきたのだ。
ーそんなの、心配するに決まってるー
碧斗が心中でそう思うと、美里は「話が終わったんだったら行くから」とだけ残し、踵を返す。そんな彼女にマズいと、碧斗は反射的に手を伸ばし声を上げる。
「ま、待って!相原さん!」
「だからっ!そういうのがウザいって言ってんでしょ!?」
「っ!」
『そういうところが腹立たしいんだよ』
美里の言葉に、彼の言葉がチラつき口を噤む。
「もう、ほっといて」
表情を曇らせる碧斗と沙耶に、それだけ残して立ち去ろうとする。
ーそういうところ、?どういうところだよ。俺は、、俺は正しいと思ってやってたんだー
負担をかけて欲しく無いと思っての行動だった。樹音の配慮と同じく、だ。
胸の奥がざわつく。碧斗は、そんなどうしようもない感情を抑える様に手で胸を押さえると、同時に歯嚙みする。と
「ま、待って!駄目だよっ!戦っちゃ!」
「っ」
来た道を戻ろうとする美里を止める沙耶の声が響き、我に返る。駄目だ、と。今はそんな事を思っている場合では無い。なんとかして、美里の気を変えさせなければ。そう碧斗はまた足を踏み出す。
「駄目だ。正面から戦える状態じゃ無い。せめて、作戦を立てなきゃ」
「は、何?戦わせる気が無い人と作戦なんて考えられるわけ無いじゃん。ほっといてって言ってるでしょ?しつこいんだよさっきからーーキャッ!?」
「ごはっ!」
「えっ!?」「っ!?」
美里が何度も止めに入る碧斗に、苛立ちを覚え声を上げると、それを言い終わる前に何かが真隣を通過し壁にぶち当たる。その突然の出来事に声を漏らし、それに目をやる。
が、そこには、何か、では無く何者かが、蹲っていた。
「だ、誰、?」
「嘘っ、でしょ、」
「っ!..樹音君!?」
沙耶と美里、碧斗が口々に声を上げると、瞬間。
「ぐふっ!?」
「「「っ!」」」
その人物の姿を認知したその時、その隣にまたもや何者かが壁に打ち付けられる。
信じたく無かった。
だが、その現実に、思わずその人物の名が口から零れた。
「ひ、大翔君、」
「た、橘君!?」
「っ!どうやら、怪我とかの話してる場合じゃないみたい、、ね、」
美里は彼らが飛んで来た方向へと視線を移すと、冷や汗をかきながら呟く。
「おっ!碧斗っ!そこに居たのかー。いやぁ、丁度見つかるとは凄い偶然だな!」
まるで普段と変わらない環境であるかの如く、進は遠くから姿を表す。その、いつも通りの、いや、いつも以上のテンションの高さに、知っているからこそ更に恐怖を感じる碧斗。この感覚は、1番最初。沙耶が修也を庇い、皆から狙われ始めた"最初の日"に進に感じた感情と同じようなものだった。
「マズいな、、逃げられないって事か、」
「言い合ってる場合じゃ無いみたいね、」
「クソッ、、てめぇ、」
「大翔君!」「た、橘君!」
碧斗と美里が身構えると同時に、後方からは歯軋りしながら起き上がる、大翔から声が挙がった。すると、それに続いて樹音もまた、ゆっくりと起き上がる。
「樹音君、」
「だ、大丈夫!?」
沙耶が2人に駆け寄ると、樹音は「大丈夫だよ」と小さく笑顔を作ってみせる。
すると
「でも、ちょっと予想の何十倍も強いね、、強い事は既に知ってるつもりでいたんだけどなぁ、」
そう付け足し、苦笑いを浮かべる。樹音と同じく、碧斗も心の何処かで2人なら大丈夫と思い込んでいたのかもしれない。と、改めて自分の甘さに歯嚙みする。
「碧斗君。ごめん、2人を巻き込むつもりは無かったんだけど、、どうやら、そんな事言ってられる状況じゃ無いみたいなんだ」
樹音はそうバツが悪そうに言い立ち上がると、碧斗達の元まで歩み寄り、皆の顔を見据える。
それ自体は口にはしなかったものの、一同には伝わった様で、皆は頷く。するとその後、碧斗は少し考え込む様に唇を噛んだがしかし。直ぐに目つきを変えて進に向き返る。
「悪いな、進。口では達者な事言ってたが、ちゃんと進に向き合って無かったみたいだ。だから、、ここからはその進の言う力に、本気で向き合わせてもらうよ」
「おっ、そうか!やる気になってくれたか!」
瞳を見据え、無理矢理余裕そうな笑みを作って放つ碧斗の言葉に、進は同じく張り付いたような笑顔を浮かべると、またもや宙へ飛躍する。
「マズいっ!来るよっ!」
「水篠さん!お願いっ!」
「うんっ!」
樹音が彼の動きに反応し口を開くと、続いて碧斗が沙耶に振り返る。
すると瞬間。地が動くかの様な感覚と共に圧力が一同へ向かう。
「うぅっ!」
碧斗に促された沙耶は、それを止めるべく以前同様岩でそれを塞き止める。
「ごめん水篠さん!少し頑張って!」
それを直接受け止めているわけではない碧斗でさえ、その威力に足元が揺らぐ。先程と同じ攻撃ではあったものの、碧斗のやる気により火がついたのか、進の一撃は更に威力を増していた。
それにいち早く気づいた樹音は、沙耶を案じてか足を踏み出すがしかし。そんな彼の行く先に手を出し、引き止める様なかたちで割って入る碧斗。
「なっ、ど、どうして!?いつまでも沙耶ちゃんに負担はかけられないよ。ここは、僕達も攻めに行かないと、」
「いや」
不安げな表情の樹音に、真剣な顔のまま碧斗は短く返すと、1度唾を飲み込み付け足す。
「むやみに攻めて勝てる様な相手じゃない。何か、、何か策が無いと」
顎に手をやり目を逸らす碧斗。対する樹音は「で、でも、」と声を漏らし、沙耶に目をやる。心配するのも無理はない。苦しさから悶える沙耶が発する声は、増すばかりなのだから。
すると、瞬間。
「あぁっっ!」
その力に耐えきれずに吹き飛ばされる沙耶。そんな彼女を、慌てて受け止める大翔。
そんな彼らに向かう、砕かれた岩の破片を、ナイフを生成し空中で全て破壊すると、樹音は険しい表情で碧斗に振り返る。
「やっぱり駄目だよ。沙耶ちゃんが持たない」
その通りだと。碧斗も同じく頷きたかった。だが、対抗するための策無くして挑む事にも、頷けない状況なのだ。そう悩むと共に、拳を強く握りしめる。と
「い、伊賀橋君、、だ、大丈夫だよ。私、、まだ、」
「っ!」
荒い息遣いで立ち上がる沙耶に、碧斗は思わず息を飲む。
「ううん、もうしなくて大丈夫だから。僕達と一緒にーー」
「おーい、何もしてこないのかー?なら、またこっちからいっちゃうけどっ?」
「「「「っ!」」」」
「だめっ!」
樹音が沙耶を悟すより前に、進によるニ撃目が繰り出される。それに条件反射の如く、沙耶は地面の石を宙に集めて岩を作ると、同じく手を前に出して耐える。
それから何度も、樹音は沙耶に「もういい」と言い続けたが、しかし。沙耶の気が変わることは無かった。そんな中でも、じれったそうな大翔と、ソワソワとする樹音とは対照的に、碧斗は目を瞑り必死に考える。
が、打開策と呼べるものは浮かんでこなかった。そんなもどかしさに碧斗が頭を押さえる。
すると
「とりあえず、相手は空気圧で攻撃してくるんでしょ?」
一向に話が進みそうに無かった彼らを見兼ねて、美里がふと口を開く。
「空気圧は1点に集中させると、威力、速さ共に強大になるの。水の中で試すと分かりやすいかな」
「あ?お前、こんな時に何言ってやがんだ?それがどう関係するっつーんだよ?」
「少し黙って聞いてらんないの?」
居ても立ってもいられなくなった大翔は、美里の話に割り込む。が、対する美里も、彼を睨みながら、ため息と共に返す。
「はぁ!?お前なぁ!」
「いい?つまり、圧力を1点じゃなくすればいいの」
「っ!」
碧斗は、美里の発言の意味を汲み取り目を剥く。
ーそうか、、圧力を分散させて、威力、スピードを落とさせるって事かー
そういえば、進はそれを理解してか宙へ浮遊し、一方向に皆が収まるように移動して攻撃をしていた様に思える。
ならば、と。碧斗は美里の理論により1つの策に辿り着く。
が、刹那。
「も、もお、、だめ、、んあぁっ!」
何度も繰り返すうちに体力の消耗が目立ってきた沙耶は、いつもより耐久時間が短くなっていた。
「んっ!あ、ありがとう、」
「ああ、、ってか、お前、もう止めろよ。こんな事やっても、なんも浮かばねぇよ」
いつもと同じく、吹き飛ばされた沙耶を受け止めた大翔は、声のトーンを落として告げると、彼女を立たせたのち碧斗に向き直る。
「お前も、これ以上続けんだったら、俺たちはなんと言われようと攻撃しに行くぞ。作戦だかなんだか知んねーけど、碧斗は、沙耶が苦しい思いしてるのに続けんのかよ」
苛立ちを見せながら、大翔は言い放つ。と、碧斗は歯嚙みしながら、同じく声色を変えて返す。
「いいわけ、、ないだろ。俺だって、もっと力があったらこんな事はしてない」
弱いから、皆がこれ以上悪い状況にならない様に、考える事しか出来ないのだ、と。そう脳内で付け足し、力む。
だが、そんな考えとは対照的に、立ち上がって顔を上げた碧斗の、その表情は小さく口角を上げていた。
そんな彼の力強いオーラを感じ取り、目の色を変える一同の視線を受けながら、「でも」と付け足して口を開いた。
「もう大丈夫だ。ありがとう。相原さんのお陰で戦略が思いついた」
美里が理系で助かったと、心の底から感謝しながら微笑む碧斗に、美里もスカートについた砂を払いながら立ち上がる。
「はぁ、やっと分かった?」
「うん、ありがとう。相原さん。それと、ごめん。水篠さん」
呆れた様だが、どこか安堵した表情で息を吐く美里に感謝を。長らく能力の大量使用と、攻撃を受ける辛い役割をして貰っていた沙耶に謝罪を投げかける。それに、沙耶は「ううん、大丈夫だよ」と笑顔を作った。
「あれ?どーした?もう作戦無くなったのか?」
進はそんな一同に、皮肉すら感じない、拍子抜けした様子で言葉を漏らす。と、碧斗は笑みを浮かべて
「いや」
と小さく零す。
それに目をピクリと動かす進の顔を視界に収めるべく、彼の居る空へと顔を上げると、先程の岩の破壊によって舞う砂埃に巻かれながら、碧斗は不安な気持ちを拭うように、あえて自信満々に笑った。
「大丈夫だ進、安心しろ。こっから、、だ」




