104. 誤認
「な、何を、言ってるんだ、?」
その場の皆が異質な雰囲気を察知し、碧斗は力無く声を漏らす。と
「ふふ、信じられないかな。というか、信じたくないんだろ?でも真実は真実。たった今から、お前らは俺が弱くないって事を理解するためーー」
「そうじゃない。一体、、なんの話をしてるんだ、?別に、誰も進を弱いだなんて思ってない!寧ろ、進のお陰でどれほど救われたか」
進の意味の分からない言動に、碧斗は熱く語る。
だが
「はは、それ、本当に思ってる?」
「え、、あ、ああ。思ってる、、思ってるに決まってるだろ!一体、、一体どうしたんだよ、、進!なんで、どうしてそんな事ーーっ!」
動揺から声を震わせ、進に詰め寄ろうと試みる碧斗だったが、言い終わるより前にある仮説が頭を過り、足を止める。
ーまさか、、また第三者の手が加えられたのか?確かに、そう考えれば竹内君のように突然様子がおかしくなった点は理解できるが、、でもー
そこまで考えて碧斗は進を凝視する。確かに進はどこかおかしい。異様な様子も見受けられるし、言動も意味不明である。がしかし。将太の時とは明らかに違うのだ。彼の様に、取り乱している様子も、何者かに洗脳された様な雰囲気も感じない。
そう、将太の時とは違って、明らかな「第三者の手が加えられた様子」は、見受けられないのだ。
ー今度は前回程洗脳をしきれていないのか、、それともー
彼の姿を観察しながら、理屈を捏ねるがしかし。進はそんな碧斗をお構いなしといった様子でこちらに足を向ける。
「どうして、って、それはこっちのセリフだよ。碧斗」
どこか寂しく、まるでそれを隠す様に笑って、彼はそう言うや否や、手を前に出し構える。
その構えは記憶がある。そうーー
「駄目っ!みんな下がって!」
碧斗が言うより前に沙耶が声を上げ、それと同時に皆の前に出る樹音。
「察しがいいね!さっすが水篠ちゃんと樹音君っ!」
進はその態度とは裏腹に、称賛の声を上げる。が、その後小さく、声のトーンを落として付け加える。
「ほんっと、腹が立つよ」
小さく口角を上げて放つ言葉に、唯一それを耳にした碧斗は目を見開く。と、皆に向けた手の平から、途端に空気圧を放出する。
「っ!キツッッッ!」
「きゃっ!」
「やっ!?」
「クッッッソッ!」
と、前に出た樹音は勿論。以前に一度攻撃を受け、力加減の知っている大翔でさえ、圧力により数メートル吹き飛ばされる。
「「ごはっ!」」「「うっ!?」」
「っ!み、みんな!」
「はははっ!やった、、やってやったっ!碧斗、お前の言う通りだ。俺は、、強いっ!そうだ、、そうだよ、俺は、強いんだっ!大丈夫だ、俺はっ!」
自身で起こした現状に、進は優越感と達成感を覚えながら笑みを浮かべ、感情を表すように宙に身を浮かせる。
「し、進、、大丈夫だ。誰も、進の事を弱いとは思ってない。そんな事をしなくたって、、もう、みんな分かってる」
目の前で笑う進に、碧斗は無理矢理微笑んでそう告げる。冷静でいられるはずは無かった。皆が、大切な人達が、傷を負わされたのだ。
だが、進も大切な存在である事には変わりはない。だからこそ、自分が1番冷静に伝えなければいけないと。そう力強く思い、立ち上がって一歩、歩み寄る。が、その碧斗の言葉に、寧ろ進は俯き、負の感情を押し殺す様に頭を押さえながら小さく笑う。
「はは、そういうところが腹立たしいんだよ」
「え、」
先程同様。碧斗にしか聞こえない様な声量で放たれた言葉に、思わず声を漏らしたその瞬間。またもや空気の圧力によって軽く押される。今までで1番威力が弱かったがしかし。手をこちらに向けてなければ、構えすらしていなかった。確かに、よく考えればそうだ。大翔の攻撃を弱めた時も、先程自身にかかる圧力を変化させ宙へ飛躍した時も、それらしい行動は何一つとして行っていなかったのだ。
もし、それが本当ならば、今まで手を向けて攻撃していたそれは、全て本気ではなかったのでは無いかと。そんな考えが皆の脳を過ったが、それよりも、と。この自分にのみ聞こえた進の本性でもありそうな言葉に、碧斗の頰には冷や汗が伝う。
進、それは一体どういう事なんだと聞きかけて口を噤む。聞けるはず無かった。もしその言葉が彼の本心なのだとすれば、気づいてあげられなかったのは、碧斗の方なのだから。進に一点見つめをしたまま膝をついて力無く息を吐く。
こんな事するはず無い。何かの間違いだ。話せば分かるだろう。そんな酷い事をする人間じゃない。大丈夫、きっと何か理由がある筈だ。演技か何かなのだろう。そう、願いでしかない考えで、脳を埋め尽くす。嫌だった。転生初日に出会い、長い時間を共にし、能力の訓練をしている頃から碧斗の事をよく見て、認めてくれた彼が。その全てが、偽りだったと認める事が。嫌だった。
すると、そんな碧斗に現実を突きつけるように、大翔は前に出ると背を向けたまま告げる。
「碧斗。残念だが、今のこいつはいつもの進じゃない。信じたくないのは分かるが、切り替えろ」
大翔の言葉に同情を見せながらも、碧斗の前で同じく戦闘体勢に入る3人。そんな皆の後ろ姿を眺めながら、碧斗は目を逸らし唇を噛んだ。
その行為は、ほんの一瞬だった。それなのにも関わらず、空を舞っているからか進は見逃さなかったようで、またもや声を出して笑う。
「は、はははっ、、ほんっと、そういうとこだって、碧斗。ムカつくなぁっ!」
言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべて放つがしかし、進のそれは渇いた笑いのように感じた。
すると、言い放ったのち、まるで抑えた感情を吐き出すかの如く、彼はそれと引き換えに空気圧を放った。
「「「「っ!」」」」
その瞬間に訪れた空気の乱れ。空間の僅かな揺れ。それぞれを感じ取った皆は目を見開き、そうはさせまいと沙耶が声を上げる。
「みんなを傷つけないで!」
そう言うと同時に、地の砂利が空中に浮かび、進と我々の間で変形し壁を隔てる。
「んんっ!」
と、まるでその岩を手で支えるかの様に手を前に出して必死に踏ん張る沙耶。その光景に、碧斗は目を剥く。空中で岩を止める事なんて、長くは出来なかった筈なのに、と。
だがその抵抗も虚しく、次の瞬間。岩に亀裂が入り、一瞬にしてこちらに向けて砕け散る。
「「きゃっ!?」」「「なっ」」
いくら空中に作り上げた岩だったとは言え、大翔でも破壊するのに苦労する様な大きさだっただろう。それを、指一本と触れずして粉々に砕いたのだ。更にはそれを利用して、砕けた石の数々が我々に向かう。
「だっ、だめっ!」
沙耶が思わず声を上げると、こちらに向かう石が動きを止め、その場で更に変形しまたもや圧力を塞き止める壁へと作り替える。だが
「あ、だ、だめ、、う、うううううぅぅぅんっ!あっ!?」
手を前に出し、進の圧力に抵抗しようと力を込める沙耶だったが、やはり先程と同じく岩をも一瞬で砕く威力の高さには無力であり、抑えきれなくなった岩が更に細かく砕かれこちらに向かう。
「大丈夫、沙耶ちゃん。よく頑張ったね」
「ここは任せろ!」
それにより尻餅をついた沙耶に、樹音と大翔はそう言いながら跳躍し、美里を含めた2人の前に現れる。と
樹音は剣を生成し、一瞬で美里の方に向かう石を全て破壊する。一方の大翔もまた、沙耶に向かう石を拳で破壊すると、樹音は宙にナイフを生成して今度は碧斗に向かう石を砕く。
「ちょっとこれはマズいね、」
冷や汗混じりにそう呟く樹音は、石自体は全て破壊出来たものの、呼吸は乱れ、体に負担がかかっているのが一目瞭然の状態だった。するとふと、樹音は改める様にして皆に振り返り真剣な面持ちで伝える。
「これは、本気で取りに行くつもりでいかないとマズそうだね。...碧斗君」
「っ」
突然名を呼ばれ、ハッと顔を上げる。そんな碧斗を、真っ直ぐ目を見つめて樹音は続ける。
「碧斗君は、、先に逃げるよう、して欲しい」
「なっ!?」
樹音の言葉に、一同は耳を疑う。それを受けた碧斗は、思わず声を漏らし勢いよく立ち上がる。
「ど、どういう事だ!?みんなを見捨てて逃げろって言うのか!?俺には、、俺には敵わない相手だからって、、だからって置いていけって言うのか!?」
声を荒げて樹音に詰め寄る。だが、少し言葉を詰まらせながらも、彼は表情1つ崩さずに返す。
「申し訳ないけど、、碧斗君を、碧斗君の大切な友達と戦わせるわけにはいかないよ」
「っ、」
樹音の、碧斗を思っての発言に口を噤む。すると
「なーに楽しそうに喋ってんだ?俺も混ぜてくれよー」
会話に進が割って入り、皆が同時に振り返ると、またもや圧力を一同に与える。それを直接は受けまいと、沙耶は岩をまたもや砂利から生成するものの、同じく破壊され大翔と樹音がそれを砕く。全く同じ、一方通行だ。
「クッ!あ、碧斗君!早くっ、沙耶ちゃんと一緒に行って!」
「えっ!?」
突如として放たれた自分の名に、沙耶は思わず声を上げる。
「ど、どうして、?私も戦える、よ、?」
指示を受けた沙耶は、碧斗と同じく樹音に詰め寄る。すると、石を砕きながら樹音は、息を切らして続ける。
「碧斗君のっ、事を、守って欲しいんだ、だから、お願い、っ!」
「あんたは、、逃げないわけ?」
「え、」
樹音が沙耶を一瞥し瞳で訴えたその直後、ふと美里は呟く。
その言葉自体は短いものだったが、自らを心配している事を察知した樹音は、バツが悪そうに目を逸らす。恐らく、致命傷を与えられたばかりの樹音を、案じているのだ。いくら回復魔法を使ったとはいえ、完治しているという保証は無い。それでも、そうするわけにはいかなかった。やはり、皆には逃げて欲しいという個人的な思いが強かったからだ。
そう樹音が答えを渋っていると、ふと碧斗が口を開く。
「なら、あ、相原さんも、」
「「え、?」」
碧斗の呟きに、樹音と、呼ばれた張本人は訝しげに振り返る。
「逃げる事には賛成出来ないけど、樹音君にも思いがあっての提案だ。断るつもりはない。でも、その代わり」
碧斗はそこまで言うと、言いづらいのか1度唾を飲む。その後、少し視線を落としたのち、覚悟が決まったのか小さく付け足す。
「相原さんも、一緒に来て欲しい。それなら、」
「は?」
碧斗が自信なさげに提案すると、それを言い終わるより前に美里が声を上げる。それはそうだ。治療を受けたばかりの樹音を心配している側の人間である、美里の方に来て欲しいと依頼をしているのだ。そんな事、安易に賛同できるわけがないだろう。
「何言ってんの?なんで私なわけ?意味わかんないだけど!?」
今までよりも更に荒々しく、私は戦えると訴えかけるかの様に美里は声を上げる。でも、と。美里の威圧感に汗を流しながらも、碧斗は尚も同意を求める。
「ご、ごめん。でも、一緒に来て欲しいんだ。これは、相原さんじゃ無いと駄目なんだ」
碧斗の真剣な表情と言葉に、樹音はそれに意味がある事を察し、1度息を吐くとゆっくり頷いて続ける。
「分かった。相原さんも一緒なら、、行ってくれるんだね?」
「ちょっと!?何勝手に決めてんの!?私は戦えーー」
「ああ」
「おいおーい。早く〜」
気を引くために前に出た大翔との戦闘に、進が飽きた様子で、空に浮きながら足をプラプラと動かして会話に割って入る。どうやら、そう長くは持てなそうだ。それを理解した樹音は、碧斗の真っ直ぐな返答も相まって、目つきを変える。
「分かった。それじゃあ、沙耶ちゃんと相原さん、碧斗君は先に行って。ここは、僕と大翔君でなんとかする」
「は?意味わかんないんだけど」
「えっ!?わ、私も!?」
「フッ、ああ。俺らだけで十分だ!」
樹音が言うと同時に、美里と沙耶が声を上げる。だが、大翔が振り返って沙耶に視線を向けると、自信満々な様子で告げる。それを見届けた碧斗は、わがままを言ってしまった事への罪悪感と、彼らを心配する気持ちから、少し表情を曇らせて樹音を見据える。
「ありがとう、樹音君。無理は、しないでくれ」
「だから、なんなの!?勝手に話進めないでよ!?」
美里の声を聞き流して、樹音と目で意思疎通したのち、碧斗は進と反対方向に足を踏み出す。
「相原さん!水篠さん!腑に落ちないだろうけど、今は急ごう!」
その叫びに、沙耶は不安げに樹音と碧斗とを交互に見たが、直ぐに目つきを変えて頷く。
だが、対する美里は、その得策とは思えぬ提案と、それを強引に押し通した碧斗に、未だ憤りを感じていた。
「何考えてんの!?私は絶対行かないから。ここで一緒に戦ーー」
「相原さん!早く行って!」
美里が、数メートル先まで走ってこちらに振り向く碧斗と沙耶に声を荒げるが、それを言い終わるよりも前に樹音が後押しをする。そのいつもとは違う声のトーンに、拳を握りしめ悩んだ後、大きなため息と共に、碧斗達の向かう方向へ渋々足を進めるのだった。
「ちょ、ちょっとちょっと!どこ行ってんの?俺の力を見せるのはこれからだってのに、、っ」
真逆の方向へと向かう3人に、尚もテンションを崩さず、進は浮遊した状態のまま彼らを追おうと前に出る。が、一歩。と言っていいのかは分からないが、歩幅一歩分進んだその瞬間。
目の前を掠るようにしてナイフが通り過ぎる。
「行かせないよ」
進は、そのナイフが放たれたであろう場所へと視線を落とす。と、ナイフを生成して放った本人である樹音が、手をこちらに向けながら、鋭い目つきで見据え立ちはだかっていた。
すると、その必死に抗うかのような姿に、進は小さく微笑み受け入れる。
「フフッ、ま〜、いっか。まずは、手始めに君達から俺の力を証明する証になってもらおっかな」
「はあ?よく言ってる意味が分かんねーけどよ。ちょっと勘違いしてんじゃねぇか?」
進の余裕な笑みに、大翔は冷や汗を誤魔化す様に、一歩前に足を踏み出し強気に放つ。
「俺ら"から"じゃねー。俺らに"だけ"だ」
「ほほおー、言うねぇ」
大翔の発言に、ヘラヘラと笑いながら顎に手を当て返す進。それに大翔は、力強く足を踏み込んで、地の砂利が大きく舞う。
「なめやがって」
「大翔君、君もあまり侮らないでね」
「ハッ、ああ。安心しろ、俺はずっと本気で行かせてもらうぜ」
大翔がニッと笑みを浮かべ、右手の拳を左の手の平にぶつける。対する樹音は、大翔のそれと同時に剣を生成すると、剣先を宙の進に向けて、口を開く。
「ここは、僕達が相手になる。君には悪いけど、碧斗君にその力、ってものを証明させる事は出来ないよ」
真剣な眼差しで受けた言葉に、進は笑顔を見せる。
と、同時に。まるでそれが開始の合図だったかの如く。
樹音と大翔は一斉に進に向かって跳び上がった。




