103. 曲解
「あっ、帰ってきたっ!」
「おっ、ほんとだ。お〜いっ!大丈夫だったか〜って、、ん?どうしたんだ、あいつら」
浜辺で待つ事数十分。遠くから薄ら現れた見慣れた3人に、沙耶は手を振りながら言い放つ。が、その3人の表情はとても大丈夫そうには見えず、大翔は眉を潜める。
「おいおい。どうしたんだ?まさか、見つかったりしたんじゃねーだろうな?」
大翔がその異様な雰囲気を読み取って、3人に駆け寄る。と、絶望の色が窺える碧斗は、言いにくそうに呟く。
「いや、見つかってないよ。"まだ"ね」
「あぁ?それは、ど、どういうことだ?」
「なっ、何かあったの!?」
大翔の後ろから沙耶が飛び出して、不安げに声を上げると、樹音が神妙な面持ちで告げる。
「そう長くは逃げられそうに無い、と思うよ」
「え、」
「そこの大通りに、王城の人達が居たの」
樹音の短い文に、声を漏らす沙耶。そんな彼女に答え合わせをするかの如く、美里がとどめを指す。
「え、、それってどういう、事、?」
「さ、探してるって事か!?」
大翔の疑問に、無言で頷いたのち碧斗は続ける。
「その、王城の人達っていうのは転生者じゃなくて、、その、国王の関係者なんだ。だから、その、」
「私たちは既に、この国の人からも指名手配されたって事」
「えっ!?」「なっ!?」
碧斗が言うのを渋っていると、代弁するかのように美里が割って入る。それに沙耶と大翔は驚愕の声を漏らすと、碧斗に駆け寄る。
「ど、どういうことだよ!?い、今まで国が動く事なんて無かったんだろ!?」
碧斗の肩を掴み、大翔は声を荒げる。対する沙耶は「な、なんで、」と呟くと共に、力無く膝を着いた。
「ごめん、、多分、竹内君と戦った時から、だと思う」
そんな皆に、歯嚙みしながら樹音はふと声を漏らす。
「どういう、事だよ」
「騒がしく、し過ぎたんだ、、あの時」
大翔が理解出来ずに。いや、理解したく無いと脳に訴えるかの如く聞き返すと、碧斗もまた歯嚙みする。
「ごめん、僕が、、僕のせいで、」
「いや、樹音君のせいじゃ無いよ。きっと、こうなるのも時間の問題だった筈だ」
「でも、、だからってこんなに急に、」
沙耶がそう零すと、皆は表情を曇らせる。ずっと前から恐れていた事態が、現実になってしまったのだ。転生者から身を隠すだけでもこんなに辛い生活を強いられているというのに、国が敵に回ったら、もう普通に生活すら出来なくなってしまうかもしれない。
きっと、見つかるのも時間の問題だろう。
国全体が敵となれば、逃げる事もままならない。ならば、と。碧斗は後ろ向きな考えが脳を埋め尽くす。
ーもう、ここで諦めた方がいいんじゃないかー
神妙な様子で皆を見渡し、心中で思う。今まででさえここまで我慢し、辛い思いをしてきたのだ。それが国を敵に回すとなったらどうだろうか。そんなの、考えるまでもない。そう碧斗は結論を出そうとした、その瞬間。美里が空気を変えるべく言い放つ。
「とりあえず、人が居なさそうなルートを探して、帰るしかないんじゃない?いくら国が動いたからって、王家の人の夕飯の時間は同じ訳だし」
「でもそのルートをどうやって探すっつーんだ?あ?地図も失くしちまったんだぞ!?」
「それを考えるんでしょ。どうしてそういつも他人任せなの?少しは自分で考えようとしないわけ?」
「はぁ!?お前こそ、いつもそうやって偉そうに威張ってるだけで、対策考えてねぇだろ!お前に返してやるよ、その言葉っ!」
「ま、まあまあ、今争っても仕方ないでしょ」
大翔と美里がまたもや言い合いを始め、樹音が間に入るがしかし、何も状況が変わらない現状に皆は表情を曇らせたまま俯く。と、美里の提案を耳にした碧斗は、浮かない表情のままこう始める
「なら。今日お昼を食べたお店の方面は、既に閉店した店が多くて、取り壊しが決まった家とか、空き家とかが集まってた筈だ。そしたら、そこの大通りに出る前の通りを右に行って、今日来た道を戻るしかないけど、」
「でも、、そんなうまく、いくのかな、?」
沙耶の不安げな顔に、碧斗は続ける。
「裏の道に入るまでは覚えてるから、後は大通りに沿って歩けば理論上は行ける筈だ。もし道を見失っても、大翔君が跳んで空中から確認すれば、恐らく、」
だが、リスクが高過ぎる、と。碧斗は心の中で付け加える。確かに、王城の3階まで跳躍する事が出来る大翔ならば、住宅街の上から道を確認することは可能だろう。
「でも、そんなに目立ったこと、、大丈夫かな?」
樹音が、恐る恐る碧斗の案に不安を投げかける。それは、碧斗自身が1番よく分かっている事だ。そのため、樹音に対する返事は浮かばずに、バツが悪そうに視線を逸らす。が、大翔は対照的に力強く言い放った。
「んな事気にしててもなんにも変わんねぇだろ!それしか無いんだろ?なら、やってみるだけやってみるしかねぇーじゃねーか」
「でも、見つかったらどうする、?もし捕まったりでもしたら、次は無いんだぞ」
言い出した身ではあるが、あまり得策だとは思えない碧斗は、冷や汗を流しリスクを弁明する。が、大翔は変わらず笑みを浮かべ続ける。
「そん時はそん時だ。そうなったら考えりゃいいんだよ」
「はぁぁ、その時その時って、、あんた達がそうやって無計画だからこんな事になるんでしょ!?今日の事だって、深く考えもしないで出歩くからこんな事にーー」
「いやぁ。でも、私はやるだけやってみた方がいいと思うよ」
大翔のその無責任な回答に、ずっと我慢し震えていた美里が、とうとうその口を開き感情を表へ現す。
が、言い終わるより前に割って入られ、美里は唇を噛むと大翔は笑う。
「フッ、残念だな。やっぱり、何も浮かばねぇんなら、それしか方法はーーって」
「だ、誰、?」
突如として発せられた、その場からは聞こえてくるはずのない声に、やっと異常に気づき大翔と沙耶が声を漏らす。と同時に、皆もその声の方向へ目を向ける。
すると
その先は地では無く、宙であった。
「「「「「っ!?」」」」」
「ヤッホー!数日ぶりー」
「あんた、」
「清宮、さん」
その見慣れた姿に、美里と碧斗は身構え目つきを変える。すると、奈帆は先程の言動に付け加える様に告げる。
「珍しく、そこのゴリラの意見はごもっともだと思うよ」
「てめぇ」
煽る様に大翔を見下す奈帆に表情を歪めると、彼女は下卑た笑みを浮かべ僅かに呟く。
「どうせやられちゃうんだから」
「「「「っ!」」」」
「ま、マズいっ!みんな下がって!」
それと同時に、攻撃の気配を感じ取った樹音は振り返り皆に告げる。と。どうやら樹音の予想通りの様で、奈帆は翼を広げると羽根を大量に飛ばす。
「ここは僕に任せて!これの対策は出来てる」
樹音は声を上げると、その羽根の数々を剣を生成し、それで弾く。その姿を見た沙耶もまた、樹音の隣に出ると、体に力を込めて言い放つ。
「みんなは傷つけさせないから!」
それを叫ぶと同時に、地面から壁の様に岩が現れる。その岩によって羽根を防がれた樹音は、驚いた様に目を丸くした。
「円城寺君、、もう、無理しちゃ駄目だからね、」
そんな樹音に振り返って、沙耶は優しく微笑んで伝える。その言葉に、ハッと目を開いたのち泣きそうな顔で笑顔を返す。が、刹那。
「ま、マズいッ!後ろだ!」
碧斗の叫び声と共に、1番後ろの美里も含めた一同の背後から、夥しい数の羽根が放たれる。
ー裏に回られたっ!?ー
樹音が油断したからか、反応に一瞬の遅れを見せたその時。
「駄目ぇー!」
沙耶が声を上げると、周りの砂利が宙を舞い、大きさを変えて羽根一つ一つに向かう。
「クッ」
石をぶつけられ、羽根が地にゆっくりと滴る光景を目の当たりにした奈帆は、小さく声を漏らす。と
「清宮さん。一体、貴方は何を考えてるんだ」
「んー?どういう事?」
攻撃が一区切り付いた事を見届けた碧斗は、奈帆に問う。
「誤魔化しは通用しない。前、王城裏の森での戦闘で君は言った筈だ。3対1はどうなるかわからない。確実に殺せる相手を狙いに行った方がいいって」
「あれー?そんな事言ったっけ?」
尚も誤魔化す奈帆に、碧斗は確信する。唯一、自分の中で記憶力だけには自信がある。だからこそ、間違っている訳は無い。ならば、と碧斗は核心に迫る。
「こんな5対1なんて、不利すぎる状況で挑む筈がない。一体、何を企んでるんだ、?」
冷や汗が頰を伝いながらも、彼女の目を見つめて告げる。
「あっちゃー。やぁっぱ、伊賀橋碧斗を騙すのは厳しいみたいだねー」
額に手をやり、いつものように軽く言い放つ奈帆に、樹音が割って入る。
「清宮さん。それと、その、竹内君は、、他のみんなはあれからどうなったの?知らないとは言わせないよ」
真剣な眼差しで樹音は放つ。それに、あれから彼らの安否を知らない事を思い出した皆は、目を剥いて、同じく奈帆に詰め寄る。更に、この行動にはそれと何か関係があるのでは無いか、と。すると、奈帆は小悪魔の様な笑みを浮かべる。
「さあ?どーだろーね?」
「てめぇ!なめやがって!」
白々しい反応を見せる奈帆に、大翔は更に歯軋りする。それを見た奈帆は、宙で翼をはためかせ更に上へと飛躍して
「あははっ!相変わらず馬鹿みたいな顔だねっ!」
と笑うと同時。またもや羽根を飛ばす。恐らく距離を取れば攻撃は出来ないと考えているのだろう。
が
「みんなっ、伏せてっ!」
皆の背後から、樹音が一同を飛び越える形で現れると、剣を横に振る。その瞬間、空にナイフが奈帆に負けじと大量に現れる。
「僕の質問に答えてもらうよっ!ダガーレイン!」
樹音が声を上げると、それが一斉に奈帆に向かう。
「うわっぷ!」
樹音の生成したナイフが、奈帆の頬を掠る。それに一瞬驚いた顔をしたがしかし。直ぐに余裕の笑みで返す。
「へー、そーゆー事しちゃうんだぁ。ならっ、少し分からせてあげないとねっ!」
そう放つと、奈帆は更に追撃を始めようと姿勢を落とす。
ーーが
「あがぁっ!?」
「「「なっ!?」」」「「えっ!?」」
突如として、目に追えないほどの速度で何かが奈帆にぶつかり、声を上げると、数十メートル先に吹き飛ばされる。
「な、なんだ、、今の」
「なんか飛んできたぞ!?」
「だ、、大丈夫、かな、?」
碧斗と大翔、沙耶がそれぞれ言葉を零し、皆も眉間にシワを寄せて吹き飛ばされた先を凝視する。
と、視線を向けた先。横たわっている奈帆の後ろから、ゆっくりと何者かが現れる。少し跳ねた赤茶色の髪、碧斗と同じくらいの背丈。
見間違えるはずも無い。その、安心感と懐かしさすら感じる「彼」を、皆は呼んだ。
「進!」「「佐久間君!」」「あんた、」「お前っ!?」
「おっすー!ひっさしぶり〜。みんなぁー」
ニヤニヤと笑みを浮かべて、手を振りながらこちらに向かう進。すると、突然奈帆が起き上がる。
「「「「「っ!」」」」」
「気を付けろ進!油断するとやられるぞ!」
碧斗の必死の声かけに、進は「大丈夫、だいじょぶ」と笑って顔の前で手を振ると、奈帆は舌打ちをする。
「佐久間進、、ヘぇ〜、あんただったんだぁ。王城の裏切り者」
「裏切り者?はは、酷い言い方だなぁ」
怒りを隠すかのように笑う奈帆に、同じくニヤリと返す進。と、瞬間。奈帆は翼を広げてまたもや空へ飛躍する。
「余裕そうだねぇ。それなら是非っ、楽しませてもらおうかなっ」
進の対応にも動じずに、奈帆は同じく煽り返すと、碧斗達に放ったものと同じ様に羽根を飛ばす。だが、それすらも軽々と小さく2、3回跳躍し避ける。
「おっ、やるねぇ。なら、これはどーかなっ!」
進の華麗な動きを目撃した奈帆は、小さく笑みを浮かべたのち回転しながら、距離を取る様に宙で更に飛び上がる。が
「っ!?」
思わず目を疑う。先程まで。いや、今の今までそこに居たはずの進の姿が、どこにも無いのだ。恐らく、飛躍をした際の見ていなかった隙に姿を晦ましたのだろう。
だがしかし、ここは砂浜である。身を潜められる場所なんてものは愚か、走って行ける範囲で死角となる場所すら無い。
ーあいつ、、一体どこにー
「探すの下手だねぇ〜」
「っ!?」
突如真後ろから放たれた声に、反射的に振り返る。が、時すでに遅し。背後を取った進はそう呟くや否や、奈帆の背中に手をそっと触れる。
それと同時。
驚く暇すら無く、またもや奈帆は数メートル先に勢いよく吹き飛ばされる。
「ごはっ!?」
その衝撃により、口からは止める事が出来ずに赤黒い液体が溢れ出る。
「「「なっ」」」「「っ!」」
その、余りに瞬間的で、衝撃的な光景に、碧斗達は身体を硬直させたまま唾を飲む。と
「うおおっ!すげぇぇぇーーっ!俺すげぇぇ!おいおい、俺飛んでるぞ!?飛べてるぞ!?これこそ代表的な能力者みたいだな!」
ふわふわと浮きながら、進は驚きと感動による歓声を上げる。その、"いつも以上"のテンションの高さに、少し怪訝に思いながらも、碧斗は口を開く。
「そうか、、前に大翔君のパンチを圧力の向きを変える事によって無効化させたんだから、自分にかかっている圧力の向きを変動させれば、空を飛ぶ事も可能、なのか」
それはもう「空気圧」と言うよりかは「重力」なのでは無いかと内心思いながらも、大翔の時の事を踏まえると辻褄が合わない事もない、筈だ。すると、自身の能力への感動が収まったのか、1度息を吐いて進は奈帆に呟く。
「目。良かったんじゃないの?」
進の挑発を含んだ物言いに、奈帆は小さく舌打ちをしたのち、歯嚙みして立ち上がる。
「今回は偵察だけにしようかと思ったけど、あんただけはここで殺っちゃってもいいかな?」
「へぇー、出来るの?」
奈帆と進は目を合わせ、互いに相手の手の内を読む様に言い放つ。が、進の目を見据えたその時、突然奈帆は目つきを変えると、改めるように笑顔を作り言い放つ。
「ふふっ、もう少し遊んでいたかったけど、どうやらこれは、一回引いた方が良さそうねー」
そう零すと、飛躍して「じゃっ、また遊ぼーね〜」とだけ残し、奈帆はふわふわと王城へと戻っていった。その突然の感情の変化に、碧斗と美里、大翔は眉間にシワを寄せると、進がこちらに振り返り歩み出す。
「いやぁ〜口だけだったねぇ」
「あ、ああ。でも、何かおかしく無かったか、?何かに気づいた様に、突然、、」
ヘラヘラと笑う進に、碧斗は疑問に思った事をそのまま告げると、今度は先程とは違って優しく微笑み口を開く。
「ん?そうか?ははっ、大丈夫だって、考え過ぎだよ。いつもこんな再会の仕方だけど、改めて、久しぶり。碧斗」
今の現状に思うことは多くあったが、碧斗は進の差し出された手を握る。
「ああ、そうだな。久しぶり、進」
握り返す進に、碧斗も同じく優しく言い放つ。
ーーが
お互いに微笑み手を離したその瞬間。
「ごはっ!?」
一瞬。その間僅か1秒とかからなかったが故に、皆はその現状把握が出来ずに目を白黒させる。
そう、先程まで進の前に居た碧斗は、美里達の背後まで吹き飛ばされていた。
「え、」
「な、何っ!?」
「な、なんなの、」
「なん、で、」
沙耶と大翔、美里と樹音が嫌な予感に、冷や汗を流しながら碧斗と進を交互に見る。すると
「お、、おおっ、おっほーーっ!すっっげぇぇぇ!?俺、碧斗をぶっ飛ばせたっ!やった、!やってやったぜ!」
「はぁ、はぁ、な、ど、どう、いうことだ、」
「なぁ、碧斗。どんな気分だぁ?弱い人間に負ける気分は。は、はは、ははは、俺は、俺は変わった。大丈夫、俺はお前らなんかに負けるわけない。見せてやるよ、俺が、お前らより強いって事実をっ!」
まるで、自分自身に言い聞かせるように、いつもの声音でありながら、いつもとは違う異常な様子で、身に覚えの無い事を言い放つ進。
そんな異様な。理解し難い光景に、碧斗は吹き飛ばされた事による痛みすら忘れ、険しい表情を進に送るのだった。




