大禍の魔女と救世の同盟者
『教会には魔女がいる』
『あれは大いなる災いをもたらす魔女だ』
『大禍の魔女め……』
そう、わたしは『大禍の魔女』。
この国の守護聖霊、湖の聖者『キリーダ』と言葉を交わし、彼の器としてこの国の首都、ここ『キリジェレア』を亡人から守る。
王の家系であった父と、使用人の母から生まれて、両親が大臣、貴族たちの招き入れた亡人に殺されて以降、この教会で育った。
教会から外へは、出たくない。
だってとても危ないもの。
外には恐ろしい人間がたくさんいるの。
わたしは知っている。
司祭はわたしを教会に閉じ込めて、大臣たちから金を貰っている。
わたしは知っているのだ。
最後に残った王家の血筋のわたしの後見人として、大臣はこの国の実権を握っているということも。
わたしに余計なことをされないために、町の人たちに『教会に魔女がいる』と教えていることも。
だからわたしは魔女なのだ。
でも、別に構わない。
外は怖いのだとわたしは知っているから。
こんな国、どうなろうと知ったことではない。
わたしはーーー知っているのだ。
この世界にわたしの味方は聖霊人しかいないのだと、知っている。
だから人間なんてどうなってもいい。
知らない。
お前たちのことなんて知るものか。
そうだ、だってわたしは『大禍の魔女』。
お前たちに降りかかる災いなんて、笑って見過ごしてやる。
『ドラゴンだ! ドラゴンがーーー! ぎゃああぁ⁉︎』
『きゃああああーーーー!』
『騎士団は何してるんだ! おい! 火の回りが早いぞ! 湖の方に逃げろ!』
『ママー!』
…………上から聞こえる悲鳴に耳を塞いだ。
知らない。
知らないったら。
わたしのせいじゃないもの。
お前たちの自業自得じゃない。
わたしは知らない!
ドラゴンなんて、亡人の比ではない厄気、わたしとキリーダだけじゃ防げなかったんだもの……!
そもそも、お前たちがキリーダに信仰心きちんと捧げていれば、キリーダだってこんなに弱ることはなかった。
教会には『魔女』がいる。
だから、教会に祈りに行くのは怖い。
わたしは昼間部屋から出ないのに、そんな理由で信仰を蔑ろにしたお前たちが悪いのよ。
『ナターシャ』
「…………」
『そうだ、お前のせいではない。少なくともドラゴンは魔人化した人間が、聖霊人を取り込むことで生まれる。人が魔人化することもまた、多くの亡人が蔓延る証。それ程までに外の世界は厄気に満ちているのだろう。…………千年前のように』
「…………」
『このままでは世界が再び厄気に呑まれ、人も聖霊人も住めない世界になるかもしれぬ。それでもお前には関係ない。そうとも、お前はよく耐えた。八年しか生きていないのに、お前は我をこうして地下水路に避難させてくれた。教会の外は怖かっただろうに……感謝する』
「…………」
『ドラゴンが去ったら霊峰『イサナ』へ登れ。あの地には我の同胞が住んでいる。我の名を出せば受け入れてくれるだろう。お前は高い魔力を持っている。我の同胞たちを見たり話したりできるはずだ。世界が終わるまで穏やかに暮らすといい。なに、我のことは心配するな。ここならば人間どももそう易々と見つけられぬだろうよ。我が力を貸すのは、我の声を聴くことのできる勇者のみ。大丈夫だ』
「…………」
『お前は役目を終えたのだ。長き間、よく尽くした……カルディアナの姫よ』
数日後、地下水路の水しか飲んでいなくてとてもお腹が空いた。
キリーダに促されて、恐る恐る外へ出るとそこは瓦礫の山。
血と煤埃、そしてなんとも言えない、肉の焼けた匂いが充満していて、お腹は空っぽなのに吐き気がした。
地面に転がるパンを持ち上げる。
汚いけれどそれを食べた。
パン屋だったらしい建物の残骸。
その隙間から焼けた人の手が見える。
……いえ、見えない。わたしはなにも見ていない。
見えないわ、なにも。
ぐに、と踏みつけた『何か』。
知らない。
赤い水たまり。
知らない。
全部全部、見えないから駆け抜ける。
「あれは……生存者か!」
「おい君! 待て、我々は騎士だ! 助けに来たぞ!」
「待て! あの娘は……」
「なに? まさか……」
「つっ、捕まえろ! 『大禍の魔女』だ! きっとあいつがドラゴンをこの町に呼びやがったんだ!」
「くそ! 待て!」
ひどい濡れ衣だ。
わたしは知らない。
みんなお前たちの自業自得じゃない。
わたしはそんなことできないわ。
確かにわたしは、普通の人間よりも魔力が高いらしい。
それこそ、信仰心がなければ見れない話せない聖霊人のキリーダと、最初から対話できた程。
でも、それとドラゴンを操るのは別の話だ。
お前たちの悪い心がドラゴンを呼び寄せたんじゃないの?
大の大人が、騎士ともあろう者たちが!
寄ってたかって八歳になったばかりの小娘を、武器を持ったまま追い回す。
そんなだから、この国はドラゴンに襲われたのよ。
わたしのせいじゃないわ!
「はあ、はあ……」
隠れながら、走りながら、逃げ回る。
捕まったら殺されるのだろうか。
火炙りになるのかな。
それとも串刺し?
生き残った町の人間たちの憎悪は全部、わたしに押し付けられて殺されるのだろう。
それとも、やっぱり王家の血筋として生かされるのだろうか。
奴らにとっての大義名分として?
ドラゴンを呼び寄せたとなれば、正々堂々殺す理由ができたはず。
やっぱり殺されるんだろう。
冗談じゃないわ、そんなのお断り。
あんたたちの思い通りに生きるのはもうやめたの。
普通にーーー。
普通がわからないけど……わたしは……。
ああ、山が怒ってる……。
突然降ってきた雨。
どんどん強くなる。
足元はぬかるみ、小さな川が増え始めた。
山の神様……聖霊人が侵入してきた者を拒んでるんだ。
「あ、わ、わたしはキリーダ様に……」
「…………!」
「っ……」
だめだ、迂闊に声が出せない。
少し遠いけれど、人の声がする。
でも疲れた。
何日も飲まず食わずで、逃げ隠れしながら山登り……。
もう、目もよく見えない。
木に寄りかかりながら、目を閉じた。
でも、まあ……人間に殺されるよりは……山に殺された方がマシかな……。
それなら、もう少し頑張ろうか。
山に殺してもらうなら、最期の瞬間まで登り続ける。
少しでもキリーダ様の故郷に、近い場所でーーー。
「っ!」
「なんてこと⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「…………?」
人の声?
いや、少し違う……清廉なるこの気配はキリーダ様と同じ……?
薄っすらと瞳を開く。
やはりよく見えない。
でもオーラのようなものは見えた。
青い、光……。
「………………」
なにかに抱き締められる。
声が、とても遠い。
なにか言っているようなのだけど、聴こえない。
これがわたしとウキナとリアダの出会い。
わたしはこの二人に保護されて、その後の十年間は穏やかで憧れていた『家族』との生活を送ることになる。
「さあ、今日は南の神殿遺跡に行ってみようか!」
「はい! 今日という今日はあの迷路を突破しますよ!」
ウキナは風の聖霊人だ。
その妻であるリアダは水の聖霊人。
この世界『クレメリア・フロンティア』には大まかに四種類の人類が存在する。
一つは人間種。
肉体と魂と心を持つ。
聖霊人と魔人族の中間の種だ。
一つは心と魂のみの人類、聖霊人。
魔力が命を持った存在である彼らは、高い魔力を持ち、同等の魔力を持たなければ見たり触れたりできない。
いわゆる自然そのものだ。
一つは魔人。
聖霊人と同じく魔力のみで身体が構成されているが、大きな違いとしてその構成要素に厄気が混じる。
それは大きな差。
最後は亡人種。
肉体のみで、心も魂も持たない。
大昔は聖霊人と人間、魔人がともに手を取り合い暮らしていた時代があったという。
この村の村長はその時代から生きているとかなんとか。
そして、これから行く遺跡はその頃に作られた建造物と思われる。
最早人間とは完全に袂を分かった聖霊人と人間、魔人がまた同じように生きられるようになれば、とても素敵。
今のわたしたちみたいに……。
そのヒントはありはしないだろうか?
まあ、わたしは人間となんてもう暮らしたいと思わないのだけれど。
「アリス」
「はい?」
「あれって、人間じゃないか?」
「へ?」
ああ、『アリス』とはわたしの偽名である。
名を名乗ることを躊躇ったわたしを見て、ただならぬ事情があると察してくれたウキナとリアダがつけてくれたのだ。
本名で呼ばれることは二度とないと思うと清々する。
なので今の名前は気に入っていた。
でも、遺跡に入ってきてからのウキナが指差した方向……それは、わたしの忌々しい記憶を呼び起こす。
なるほど、獣除けの罠になにか吊り下がっている。
それも、鎧を着たーーー騎士らしき装い。
「おかしいな? 最近特に山が荒れることはなかったのに……。どうやって来たんだ? いや、まあ、まずはアリス、降ろしてあげてくれないか?」
「嫌です。あのまま頭に血を流して始末しましょう」
「な、なんて怖いこと言うのこの子。“同じ人間”だろう? 頼むよ、オレたち聖霊人は魔力が高い人間にしか触れないんだから」
「降ろすくらい、ウキナが風刃でロープを切れば楽勝ではありませんか。そして脳天を打ち付けて死ねばいいんです」
「どうしてそんな酷いこと言うの⁉︎」
当たり前だ。
あの鎧、わたしの前住んでいた国のものだ。
この山に一番近い国、一番近い町……カルディアナ王国の首都『キリジェレア』から来たのだろう。
まさか、まだ『わたし』の捜索が続いていたのだろうか?
わたしがあの国の関係者だということは、ウキナにもリアダにも、村のみんなにも誰にも! ……話したことはない。
キリーダ様には『自分の名前を出せば受け入れてもらえるだろう』と言われていたから、万が一の時は使おうと思っていたけれど……『イサナ村』の聖霊人たちはわたしの事情を一切聞かずに受け入れてくれた。
その優しさに、甘えてきた。
『キリジェレア』の騎士!
今更なんの用だというの。
偽名を使ったとて、年頃の人間の娘がここに住んでいるのを知られるのはまずい。
やはり殺して埋めるしか……。
「二人とも、お弁当持ってきたわよ……あら? こんなところでなにしてるの?」
「ああ、リアダ。見てくれ、あんなところに人間が……」
「まあ、変ね? お姉様が道を通したのかしら? 最近雨なんて降ってないわよね?」
「ああ、オレもそう思ってたんだ。イサナが道を開いたのなら、助けた方がいいよな?」
「そうねぇ……。でも、私たちでは人間には触れないし……」
ちら。
と、リアダもわたしを見る。
二人の意見は「助ける」方向で一致したらしい。
このお人好し夫婦!
「嫌です。見殺しに一票」
「なんて恐ろしいことを……」
「アリス」
「…………」
プイッ。
こればかりは譲れません。
二人のためでもあるのです!
あの国の騎士なんて、助けたってろくなことになりませんからねー!
ぜぇっっったい反対!
「仕方ない、我々だけで助けよう」
「もう、困った子ね。同じ種族なんだから助けてあげたらいいのに」
「人間なんて嫌いですって、ホントに助ける気ですか! 人間はイサナ村に入っちゃいけないんじゃないんですか!」
「あはは、アリスを受け入れた時にその掟、あってないようなものになったしね〜」
こ、この夫婦は〜っ!
「アリスは待っていて。触れないなら触れないなりになんとかしてみるわ」
「……………………」
致し方ない。
命の恩人を危険に晒すのは、わたしも本意ではない。
どんなにこっちが嫌な顔をして見せても、二人の決定は変わらないようだ。
「んもぅ……」
とりあえず、降ろしたら殺そう。
それとなく殺そう。
そう決めて、罠にかかった騎士を降ろしてやる。
永眠しろ!
「痛っっっ!」
気絶していたらしい騎士は、わたしが乱暴に降ろしたせいで気がついてしまったらしい。
チッ、あのまま永眠していればよかったものを!
「大丈夫かい?」
「私たちの声は聴こえないんじゃないかしら?」
ウキナが頭を抱えて悶絶する男に話しかける。
すると、その声に「は、はい」と、返事をした。
えっ、嘘。
わたしも驚いたがウキナたちも驚いた。
聖霊人の声に答えた?
それって……。
「あ、た、助けてくれてありがとうございます! …………!」
はっ、しまった!
目が思い切り合ってしまった!
黒い短髪に、青い瞳。
む、なるほど……この人間はなかなかに高い魔力を持っている……これならウキナたちの声を聴き取れるのも当然……。
「まあ、あなたは私たちの声が聴こえるのね。今時珍しい! もしかして触れたり……きゃあ! 触れるわ! この人間、私たちでも触れるわよウキナ!」
「おお! ホントだ〜!」
「え? え、えっ!」
「や、やめてください二人とも!」
なにはしゃいでるんですか!
人間は危険生物ですよ!
いくら魔力が高くても!
バシバシと背中を叩いたり腕を触ったり……なんて好奇心旺盛な夫婦!
聖霊人でも触れる人間なんて、わたし以外にもちょっとくらいいますよ!
そんなに珍しくないはず! 多分!
「あ、あの、えっと」
「あらごめんなさい。珍しくってつい!」
「オレはウキナ。こちらは妻のリアダだ。君は?」
むっ、しれっとわたしを省きましたね。
配慮なのだろうけれど、奴は思い切りわたしを振り返ってますよ。
「……アリシスです」
「「!?」」
「ウキナ様とリアダ様とアリシス様でありますね! 自分はカルディアナ王国『蒼海の騎士団』騎士見習い、アルフレドと申します! 助けていただき、ありがとうございます!」
…………『蒼海の騎士団』?
カルディアナ王国騎士団ではなく……?
っ、これは……ますます厄介な事態の予感……。
「どうしてこんなところで罠にかかってたんだい、君」
「申し訳ありません。よく覚えていなくて……。山に入る前のことは少し覚えているのですが……」
「山に入る時、なにかあったのか?」
「えーと、名のある山には聖霊人が宿っていると教えてもらったので、入山の前にご挨拶しました!」
「「ああ、それで……」」
と、二人は声を揃えて納得した。
わたしは多分、変な顔をしていたと思う。
は、はあ? 山に入る前に、挨拶?
そ、それ、守ってる人間がまだ居るの?
い、いや、だから無事にここまで登ってきたのだろうけれど……。
「今時偉いわねぇ。カルディアナということは、キリーダがいる国ね。彼には会った?」
「『湖の聖者キリーダ』様は十年前のドラゴン襲撃で行方不明になっておられるそうで、残念ながら……」
「え?」
「な……っ」
「……………………」
……ああ……やっぱりろくなことにならなかった……。
「キリーダが行方不明⁉︎ ドラゴン襲撃⁉︎ ど、どういうことなの⁉︎」
「ご、ご存知なかったのですか?」
「し、知らないわ……詳しく教えてちょうだい! 彼はわたしの姉の仲間なの!」
「は、はい! 自分も聞いた話ですのでーーー」
それから騎士見習いという男は、二人に事件のことを話した。
十年前、首都『キリジェレア』を突如ドラゴンが襲い、壊滅状態にしたこと。
その時に国の守護聖剣『湖の聖者キリーダ』が行方不明になったこと。
同時に……。
「カルディアナ王家の最後の一人である、ナターシャ姫様も行方不明になったのです。自分は、ナターシャ姫様を探すよう任を受けてこの山に入りました。皆様はなにかご存知ありませんか?」
「……カルディアナの姫? …………」
ショックを受けたようなリアダの肩を抱き、騎士見習いの言葉にウキナは言葉を詰まらせた。
目線を少し彷徨わせて、わたしから逸らす。
そうだ、普通に考えれば、その結論に至る。
目を瞑るしかない。
構わないですよ、ウキナ。
あなたがそれを選択するなら、わたしはーーー。
「さ、さあ……? そもそも、キリジェレアをドラゴンが襲った話も今君から聞いたばかりだから……」
「そうですか……」
「それに、なぜその姫を探しているんだい?」
「実は今、カルディアナ王国は騎士団が二つに分かれて貴族と三つ巴の内紛状態なのです。自分が所属する『蒼海の騎士団』メルジェス団長は、権威を王家にお返しするべきだと仰り、姫にお戻り頂こうと探しているのです! 民も皆、それが一番良いと望んでおります!」
嘘だ!
……なんて叫べればいいのだが、首を突っ込んだところで面倒事に巻き込まれるだけ。
この見習いは他国か、他の町出身ね。
十年前の王都をまるで知らない。
そして……メルジェスですって?
お腹を抱えて笑ってしまいそう。
あの男は貴族出身。
い、今は民の味方を気取っているの?
わたしの両親を亡人に殺させたのはあいつなのに?
「ふ、ふふふっ」
「?」
「アリ、シス?」
ああ、ウキナ、わたしの嘘に付き合ってくれるのですか。
優しいですね、あなたたちは本当に。
だってあまりにも、あまりにも滑稽な話ではないですか。
権威を王家に返す?
いいえ、大義名分にするつもりでしょ、どう考えても!
戦争の理由付け!
正当性の後付け!
王家の血筋はこちらの味方!
つまり、貴族も枝分かれしたもう一つの騎士団とやらも反逆罪だ!
正義は我にあり!
王家の旗を堂々と掲げ、民衆を導くのは我らの義務だとばかりに!
ああなんて可笑しなことでしょうか。
まだ、わたしに利用価値があったんですねぇ!
「失礼。なんでもありません。それよりも、リアダを休ませた方がいいのではありませんか? キリーダ様の件がよほどショックだったようですし」
「あ、ああ、そうだな……。リアダ、歩けるか?」
「え、ええ、大丈夫、大丈夫よ……。アルフレド、といったわね、あなた」
「は、はい」
あまり大丈夫そうに見えないけど……。
リアダはウキナに寄りかかりながら、これまで見たことのない顔をしていた。
ああ、ものすごく、嫌な予感。
「私をキリジェレアに連れて行って! キリーダを探します!」
「リアダ⁉︎」
「もちろん、姉に相談するわ。きっと同じことを言うと思う。いえ、姉がきっと探しに行くことを願うはず! お願いよ!」
「じ、自分は構いませんが……」
「なら、オレも行く。君を一人、危険な下界に行かせるわけにはいかない!」
「ウキナ……」
「………………」
わたしはーーー。
わたしは口を噤む。
一緒に行くとはどうしてもいえない。
すぐに決めることはできなかった。
そして目を閉じる。
この世界は闇に呑まれようとしているのだ。
キリーダ様が言うように、キリーダ様を扱える『勇者』足り得る者が現れない限り……。
魔力が高く、キリーダ様のお声に応じられるような『勇者』ーーー。
「アリシス、お前は留守番しててくれるか?」
「……ウキナ……」
「大丈夫、すぐに帰ってくるさ」
「………………」
世界は、闇に呑まれようとしている。
ドラゴンが生まれてしまうほど、厄気が溢れているのだ。
きっとわたしが下界にいた頃よりも……。
そんな場所に、人間と一緒に二人を放つ?
そんなのーーー。
わたしのこの身は二人の命より重いのか?
せっかく手に入れた平穏な暮らしを捨てるのか?
二人が居てこその平穏ではないか。
人間が溢れるあの場所へ戻るの?
あの国がどうなろうと知ったことではない。
キリーダ様は両親を失ったわたしの親代りだった。
行きたくない。
助けに行きたい。
ここにいたい。
二人を放って置けない。
ああーーー。
わたしは魔女。
『大禍の魔女』。
世界を救う伝説の『同盟者』にはなれない。
これは彼がわたしと世界の在り方を変え、救うまでの物語。