憂さ晴らしの「し」
「死んじまえ」
それはこの馬鹿な男の、最後の悪あがきなのだと思った。低能で、その癖自信家の、この男らしい悪あがき。
「あんたこそ、とっととくたばれ」
勝ち誇ったようにそう言えば、かっと目を見開き、こちらに向かってきた。手を出されたなら訴訟上等。どこまでも追い詰めてやる。それほど、あの子に手を出した罪は重い。
「お前も、終わりだ」
勢いよく近付いてきたのは拳ではなく顔で、皮膚と皮膚がくっくつギリギリのところで止まって、そんな負け惜しみを呟いた。
「どういう意味だ」
そう、尋ねようとした、あたしの名前を可憐な声が呼んだ。その場にはいないはずの、大切な声が、もう一度、あたしと屑野郎の名前を呼んだ。
「ウソでしょ」
振り返った先には、思い描いた通りの人物。いや待て、なんで。どうして彼女が。偶然、彼女が通りかかったか、必然的にここへ呼び出されたか。答えは決まってる、後者だ。
「お前! なんで、こんな!」
動揺止まらない中、とりあえず糞野郎を威圧せねば。そう向き直ったら、逝っちゃった眼で、
「強いて言うなら、憂さ晴らし」
なんて、神経逆撫でするリピートを。こんな奴、後回しだ。話せば、わかる。だって、あたしたちは親友だ。恋人にはなれないが、親友なのだ。
「ウソつき」
再び振り返った先には、あたしを憎しみに満ちた眼で睨み付ける想い人。違う、ねえ、違うのよ。そう言いたかったのに、言葉は決して、喉をくぐって出てはこなかった。
ここまでご覧くださりありがとうございました。
憂さ晴らしって、結局誰のやねんという感じでしたね、取ってつけたように二回だけ台詞にでてまいりましたが。
何を隠そう、わたくし作者の石衣の憂さ晴らしでした。もう職場へのストレスが半端なくて、つい。
憂さがたまりやすいわたくしのことですから、いずれ、また新しい「う」へと続いてゆくことでしょう。
お目汚し大変失礼いたしました。
ありがとうございました!




