星降る夜に
夜の2時。
自室でブラックコーヒーを飲みながら、私は窓の外を眺めていた。
外では何かの流星群なのか、流れ星が降っていた。
けど、そんな事はどうでもよかった。
(何度お願いしたって、何も叶えてくれなかったじゃない)
この世の中は、このコーヒーみたいに苦いだけ。
そんな外の世界に出たくなかった。
(いっそのこと——)
——この世から消えてしまいたかった。
この家から出なくなったのは一ヶ月前のこと。ほとんどの時間を自室で過ごす。夜に部屋の外に出るので、生活は昼夜逆転していた。起きていても何もすることが無いので、とりあえず暇つぶしに、塾の教材の問題を解いていく。
——今では塾にも行かなくなっていたが。
私は数学と理科が好きだった。公式は、化学式は、数字は、私を裏切らない。夢や希望とは違って。国語の文章題のような、理想的な事は起こらないことぐらい、もう知っていた。
私の前の道は、閉ざされていた。
そんな時のことだった。
「ぼうっとしてしてないで、早く着替えて!この服を着ればいいから!」
急にそんな声が聞こえ、振り返った。
全く知らない女性が、私に黒いワンピースを出してきた。そのワンピースには、スパンコールが散りばめられていて、キラキラ光っていた。
「あなたは一体——」
「早く!いつまで待たせる気⁉︎」
私は仕方なく着替えた。
着てみると案外暖かく、そして予想以上に美しかった。
「よく似合っているわね。じゃ、行くわよ!」
「えっ、どこに?」
「付いて来ればいいから」
その人は窓を開けた。涼しい風が吹き込んでくる。
その次の瞬間、その人は窓枠を蹴って空へと舞い上がった。黒い夜空に薄い黄色の服のその人は、かなり目立っていた。
「さ、あなたもいらっしゃい!」
まさか、と思いつつ、私は窓枠を蹴った。
そのまま落下して終わりだろうと思ったのだが……私の体はふわりと宙に浮いたのだ!
私は平泳ぎをするかのように空の中を泳いで、その人に追いついた。
「結構うまいじゃない。それじゃ、もっと高い空まで行ってみましょう!」
「えっ⁉︎」
この人は何を言っているのか?
謎だったが、とりあえずこの人についていくことにした。
しばらく飛んでいると、雲と同じぐらいの高さに来た。自分の家は、もうどこにあるか分からない。街灯やビルの光がきらきらと輝いていた。
「下を見てごらんなさい。暖かい色が見えるでしょう。ほわほわした光たちが……」
確かに街灯やビルの光とはまた違う光が、無数に広がっていた。
「あれは全て、命の光よ。あなたの胸を見てごらんなさい」
私は自分の胸を見た。同じようなほわほわした光が宿っていた。でも、それは青かった。
「あの中にもあなたみたいに青い光の人もいるし、黒い光の人もいる。でも、輝いて見えるのは、やっぱり冷たい色ではなく、暖かい色なのよね」
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは、彼女自身であった。
「今度は、あの宇宙まで行ってみましょう。今はふたご座流星群も一番活発なんだし」
——あの空高くにある、宇宙まで、か。
果たしてそこに行けるのかどうか。行けたとしても、私はそこで呼吸をし続けることはできるのか。
そんな疑問がふとよぎったが、でも、いま私は、空を飛べるわけがないのに空を飛んでいるし、雲と同じ高さにいるわけだ。
(……もしかしたら、宇宙までいけるかも)
私はそんなことを思って、わくわくしている自分がいることに驚いた。
そのまま私たちは、もっともっと、空高くまで上昇して行った。そして……
「——!」
「これが宇宙よ」
なんて大きく、なんて美しく……なんて感動的なんだろう。こんなに感動するのは生まれて初めてだ。
人は、本当に感動した時は声が出ないのだと思った。
流れ星が沢山流れ、宇宙にはその笑い声が響いていた。地球は青と緑の美しい星で、他の惑星もどれも美しかった。地上で見た、何千倍も、何万倍も。
「宇宙も1つの命なのよ。宇宙とあなたたちには通じているものがある。それは、同じ命だということ。命はどれも、美しいの。苦しみながらも生きようとする命。明るく前を向いて前進していく命。何があっても努力し続ける命。どれも美しいわ。もちろん、あなたの命も……美しい」
「本当に……?」
「もちろん。あなたの命は、この宇宙の命と同じなのよ。あなたはこの宇宙を美しいと感じている……そうでしょ?」
私はうなづいた。
「その宇宙と同じ命なら……あなたも美しい。そうじゃないかしら?」
思わず首を振り、
「いえ!美しいと思います」
彼女はようやく笑った。
「ならいいわ。明日から頑張って『今』を生きると宇宙に誓ってちょうだい」
「はい!」
私は心の中で誓った。
「……あなたの名前は、星屑」
「えっ?」
「その服の光……それは、星屑なのよ。あなたは、星屑。沢山の星屑の中の1つ。でも、小さな星屑だって、美しく光る。星屑だって、命なのよ。あなたにぴったり」
「ありがとうございます」
私は笑った。
「ちなみに、私の名前は、月。私はずっと、この宇宙からあなたを見守り続けているわ。だから安心して、今を楽しみなさい。辛くなったり、苦しくなったりしたら、今晩のことを思い出しなさい」
彼女はそっと私にキスをした。
「ありがとう」
私はそっと、呟いた。
気がつくと、朝だった。
夢かと思ったが、夢ではなかった。
あの服はハンガーにかかっていて、私の胸には水色か黄緑のような光が見えたから。
私は私なりの人生を歩んでいくんだ。
自分なりの今を生きていこう。
わたしはもう一度誓った。
久々に外に出てみよう。
あの星屑のワンピースを着て。
道は自分で切り開くものだと知ったから。
今夜は双子座流星群が見れるということで、去年の双子座流星群の時期に書いた物語を投稿させていただきました!
いかがでしたでしょうか?
もしよければ感想等お願いいたします。