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第四話 親切な宿屋

 僕は大通りから二本ほど外れた路地にあった小さな宿屋の前に来ていた。

 宿屋は日の光が当たらない場所にあったので、かなり見窄らしく見える。少なくとも外観を見る限りは繁盛しているようには思えない。

 

 穴場という言葉が似合いそうな宿屋だ…。


 そんな宿屋の中に入ると、一階はこじんまりとした食堂になっていて、テーブルや椅子、カウンター席などがあった。

 決して豪華というわけではないけれど、アットホームな雰囲気を漂わせている食堂には僕も心が安らぐものを感じた。

 良く手入れがされているのか、食堂に置かれている物はどれも綺麗だったし。なので、主人のこの宿に対する愛着が伝わって来るようだった。


「ただいま、お父さん」


 女の子はカウンターの中でグラスを磨いていた四十代後半くらいの大柄で筋肉質の男にそう声をかけた。


 あの男が、お父さんだって?


 はっきり言って、全然、似てない親子だな。

 

 まあ、女の子はお母さん似なのかもしれない。でなきゃ、女の子の髪があんなに美しい白金色になるわけがないし。


「おう、遅かったじゃねぇか」


「うん」


 女の子の表情は今までとは打って変わり、安心感に満ちていた。


「それで、市場では良い果物を買って来れたのか。って、誰なんだ、そいつは?」


 男は僕の顔を見ると厳しい目つきをする。


 正直、かなり怖かった。

 

 この男に比べれば、路地で僕に拳を振り翳してきた男たちの方がまだ可愛く見える。女の子の父親とは言え、この男の前では下手なことは口にしない方が良いな。

 

「私、路地でガラの悪い男の人たちに絡まれちゃったの。そしたら、この男の子が助けてくれて」


 女の子は買い物袋を「よいしょ」と言ってカウンターの上に置く。その一声が何とも可愛らしい。


「そういうことか。娘の恩人じゃ、宿から叩き出すわけにもいかんな」


 男はグラスを磨く手は止めず、ニヤリと笑う。この男も外見はともかく、悪い人物ではなさそうだった。


「うん。だから、お父さんもこの男の子のために何か美味しい料理を作ってあげて」


「お礼って訳だな」


「そうだよ。もちろん、お金を取ったら駄目だからね」


 女の子は茶目っ気のある顔で言った。


 でも、この男が料理を作るのか。何というか豪快そうな料理が出てきそうだな。


「よし。なら、グラタンでも作ってやるか。この暑さだし、オレンジを搾ってジュースも出してやらないと」


 ジュースが飲めるのはありがたい。外は暑かったし、僕も喉は渇いていたのだ。


「それと、ありがとな」


 男は言葉を添えるように言った。


「えっ」


 僕は間の抜けたような声を発してしまう。


「最近じゃ、この王都も治安が悪くなってきたし、よっぽどの勇気がなけりゃ、ガラの悪い男たちに立ち向かうことなんてできやしねぇよ」


「そうですか…」


 僕の知らないところで傷つけられている人がいる…。

 それがどうしようもないことだと分かっていても、ズキッとした心の痛みはなくならなかった。

 

「ああ。だから、本当に感謝してる」


 男は強面の顔には似合わない優しそうな笑みを浮かべた。これには、僕も男に対して持っていた緊張感のようなものが薄れる。

 

 やっぱり、人は見かけで判断したら駄目だな。ちゃんと話せば、その人の良さは必ず伝わって来る。

 そして、その良さは大事にしてあげないと。そうすれば、どんな人だって嫌な顔はしないはずだ。


「でも、僕は当然のことをしただけですから」


 僕は恥ずかしさを感じながら言った。


「ハハッ、器の大きいところを見せてくれるじゃねぇか。益々、気に入ったし、娘がお前を宿に連れてきたのも分かった気がするぜ」


 男は照れたような顔をしている女の子の方を見た。


「は、はあ」


「とにかく、俺も久々に良い目をした人間を見た。きっと、お前さんは色んな人間を幸せにできるような人間になるだろうよ」


 男の僕を見る目が真剣なものに変わる。なので、僕の方も心が引き締まるのを感じた。


「本当ですか?」


 僕もつい買い被りすぎですよ、と言いたくなった。

 

 でも、そんな謙遜じみた言葉は、せっかく自分を大きく評価してくれた人を不快にさせてしまうと思い口にはできなかった。


「もちろんだ。だから、せいぜいその目を曇らせるんじゃねぇぞ、分かったか!」


 男は檄を飛ばすように言った。


「は、はい」


 僕がまるで教師に向かって発するような返事をすると、男は満足そうな顔でカウンターの奥に消えた。


「良いお父さんだね」


 女の子の父親だと言う男がカウンターの奥に消えると、僕はそう言っていた。


 あんな気持ちの良い言葉を聞かせてくれた人は本当に久しぶりだし、この世界の人との縁は大事にしたい。

 でも、夢だったら、そんな気持ちもあっさりと消えてしまうのかも知れないな…。


「そうですね。お父さんの人柄に惚れて、ウチの宿に足を運んでくれるお客さんも多いですから」


 女の子は微笑しながら言葉を続ける。


「もちろん、私もお父さんのことは好きですし、尊敬もしています。お酒好きなところが、ちょっと玉に瑕ですけどね」


 女の子の声には、お父さんに対する深い愛情が感じられた。


「そっか。何だか、羨ましくなるような親子関係だね」


 僕の言葉に女の子は「いえいえ」と小恥ずかしそうに言って笑った。それから、改まったような顔で口を開く。


「自己紹介が遅れましたが、私の名前はミリアと言います。お父さんの名前はダンツです。よろしければ、あなたの名前を教えてくれませんか?」


 女の子、いや、ミリアはそう促して来た。


 これには僕もどう答えたら良いものかと、口籠もる。

 

 でも、やっぱり考えた末に正直になることにした。曲がったことはしないと決めておきながら、嘘を吐くのは心苦しかったからだ。

 

 嘘は全ての罪の始まりだって宗教の雑誌にも書かれていたし…。


「僕は白木直也だよ」


 僕はストレートに本名を伝えていた。


「不思議な響きの名前ですね。でも、何だかあなたには似合っているように思えます」


 ミリアの言葉は失礼には聞こえなかった。


 名は体も表すと言うからな。僕も自分の名前は嫌いではないのだ。もちろん、外国人が使うカタカナの名前には適わないけど。


「そっか。それと、さっきから気になって仕方がなかったんだけど、僕って一体、何歳くらいに見えるの?」


 精神年齢がどうあれ、僕の体は三十五歳の男だ。どう見ても男の子と呼ばれるような年齢ではないので、気になっていたのだ。

 

「私と同じ十五歳くらいだと思います」


 確かに、ミリアの年齢は十五歳くらいに見えるな。


「十五歳か。そんなに若々しく見えるんだ」


 ま、服が変わっていたのだから、外見が変わっていても何らおかしくはない。それでも自分の顔が分からないのは良い気分がしなかったけど。


「はい。よろしければ鏡を持って来ましょうか。あまり大きな鏡ではありませんけど、自分の顔くらいなら確認できますよ」


「なら、お願いしようかな」


 僕はどんな顔なのかドキドキしながら、ミリアが鏡を持ってくるのを待った。


 そして、いざミリアが持って来てくれた手鏡で自分の顔を見ると、そこには青い髪の美少年の顔が映っていた。

 どこかアニメ的にも感じられる顔だ。

 ラスブレでメイキングした主人公の顔にも良く似ていたので、ここら辺も夢である所以かと思った。

 

 とにかく、僕は本来の自分の顔ではなかったことにほっとする。あの顔は悪いとまでは言えないけど、それでも女の子に持てるような顔ではないから…。

 

 でも、鏡に映った顔を見ていると、自分の本来の顔がこの世界では通用しないと言われているようで、何だか切なさのようなものも感じてしまう。

 

(母さんなら、男は顔じゃないって、はっきりと言ってくれただろうな)


 複雑な感情を抱いている僕にミリアがふんわりと笑いかける。

 

「自分の顔をそんな風に驚いた顔で見るなんて、不思議な人ですね」


「自分でもそう思うよ」


 僕も苦笑するしかなかった。


「それで、シラキ・ナオヤさんは何をしている人なんですか?」


 その質問には僕もドキッとしてしまった。


「ええっと」


「腰に剣も下げていますし、もしかして冒険者の方ですか?」


 ミリアの追及に僕は心の中で呻く。その手の質問が、一番、答えづらいんだよな。


「冒険者じゃないし、とりあえず、普通にナオヤって呼んでくれないかな?」


「では、ナオヤさんと呼ばせて貰いますね」


 その呼び方には胸にグッと来るものがあった。


「構わないよ。とにかく、僕が何をしているのかは、ちょっと言いたくないんだ」


 正直に無職って言っても、ミリアなら軽蔑したりしないことは分かってる。でも、今は余計なことは口にしたくなかった。


「それに、はっきりしたことはまだ分からないんだけど、どうも僕はこことは違う世界から来たみたいなんだよ」


 僕は自分でも馬鹿げたことを言っているなと思いながら更に言葉を続ける。


「まあ、信じては貰えないと思うけど…」


「私は信じます。ナオヤさんは簡単に嘘が吐けるような人間には見えませんから」


 ミリアは目力を強くして言った。


「そんな上等な人間じゃないよ」


 僕は首の後ろに手を回す。


「そんなことはないと思います。とにかく、ナオヤさんはこの世界に召喚されてしまったと言うことですね」


 召喚とは違う気もするけど(まあ、夢だったら何でもアリだろう)。


「なのかなぁ」


「私もメルフォート魔法学院に通っていた頃は召喚魔法の勉強もしていました。だから、この世界とは違う世界の住人を呼び出す方法も知っています」


 メルフォート魔法学院という名前には聞き覚えがあった。

 どうやら、この町はラスブレの世界で出てきたハルメール王国の王都で間違いないみたいだな。

 ラスブレではメルフォート魔法学院は王都一の名門校として知られていたし。


 ちなみにラスブレの知識が確かなら、このハルキアと思われる世界は、典型的な剣と魔法の世界だ。

 ハイブリッドなファンタジーにありがちな機械はまだ使われていない。


「それは凄いね。やっぱり、この世界には魔法があるんだ」


 僕は心が沸き立つように言った。


「知らなかったんですか?」


「知識としては知ってはいたよ」


 ここがラスブレの世界なら、どんな魔法があってもおかしくない…そう思いながら僕は言葉を続ける。


「でも、僕のいた世界には魔法なんてなかったから、つい興奮しちゃったんだ」


「そうだったんですか。なら、今、ここで魔法の力を見せてあげましょうか?別に減るものじゃないですし」


 ミリアの言葉に僕は首を振る。


「見たいんだけど、今は遠慮しとく」


「どうしてですか?」


「正直、怖いから…としか言いようがないよ」


 この時の僕は、魔法の力を見たら、越えてはならない一線を越えてしまうような気がしていたのだ。

 だから、誘惑にも似た気持ちを押さえ込んだ。


「そうですか…。なら、無理に見せる訳にもいきませんね」


「うん」


「でも、魔法の力は人間の生活を豊かにしてくれるものなんです。だから、何か禍々しい力だと誤解されているようなら、少し悲しいですね…」


 ミリアはしょんぼりした顔をした(大切なのは力の使い方なのだろう。それは僕の世界にある科学技術も変わらない。

 僕も力に振り回される人間にはなりたくないな…)。


「それで、ナオヤさんがいた国の名前は何て言うんですか?」


 ミリアは話を仕切り直すように尋ねてきた。


「僕のいた国は日本だよ」


「日本という国は私も聞いたことがありませんね。このハルキアにある国なら、私もほとんど知っているつもりですし、やっぱり違う世界の国みたいです」


「それならそれで良いんだ」


 夢の世界かも知れない訳だし、別に整合性のようなものは求めていない。でも、もし、夢でなかったら由々しきことだ。


 そう思った僕は深刻に見えるような顔をして口を開く。


「とにかく、僕も何で自分が、この世界にいるのか全く分からないんだよ。だから、これからどうしたら良いか…」


 僕は逡巡するように言った。


 そんな僕の横顔をミリアが不安げに覗き込んでくる。彼女のブルーの瞳は宝石のように美しかった。

 僕の見立てではミリアは将来は絶対に美しい女性になるし、嫁のもらい手には苦労しなさそうだな。

 

 でも、今の僕の顔なら、ミリアとも付き合えるかもしれない。自分でも惚れ惚れするような、端整な顔だし。

 

 いや、それは駄目だ…。

 

 本来の自分の顔で勝負しないのはずるい気がする。後ろめたい気持ちを隠しながら、付き合い続けても良い結果にはならないだろうし。

 

 それにいくら外見が全く違うとは言え、三十五歳の男が十五歳の女の子と付き合うのはどう考えても健全とは言えない。

 間違っても、ミリアに対して下心なんて持つべきじゃないな。

 

 例え、ここが夢の世界だったとしても…。

 

(女の子の魅力が分かったって言うなら、今度は現実の世界の女性に目を向けよう。母さんも僕のことをまだまだ捨てたもんじゃないと言ってくれたからな)


 僕は煩悩を振り払うと、心がスッキリしたように笑った。


 それを見たミリアもクスッとする。


「やっぱり、ナオヤさんも自分の世界に戻りたいんですね」


「そりゃそうだよ。いきなり見たこともないような町に来ちゃったんだから」


 だからこそ、ミリアが親切に色々、教えてくれたことには感謝している。


 やっぱり、勇気を出してミリアを助けて良かった。


 見返りなんて求めてないし、求めてはいけないんだろうけど、人助けはちゃんとしておかないとな。


 その人助けが、どんな形で自分に返ってくるか分からないし…。もしかしたら、助けた人に助けられる…と言うこともあるかも知れない。

 

 現に、今の僕はミリアの存在にかなり助けられているから…。

 

 何にせよ、もし、このまま元の世界に戻れなかったら、大変なことになるな。


「なら、とりあえず初めにいたところに戻ってみたらどうでしょうか。何か手がかりがあるかも知れませんよ」


 それが一番、確実なのは分かってる。


「そうだね。ダンツさんが作ってくれた料理を食べたらそうさせて貰うよ」


「はい。でも、できたらで構いませんから、またこの宿に足を運んでください。私もお父さんも心から歓迎しますから」


 ミリアはそう言って話を締め括ると、カウンターの奥に消えた。

 それから、僕はダンツさんが「残さずに食えよ。あと、お代わりは何杯でもしても良いからな」と言って運んできた海老グラタンを食べる。


 それが驚くほど美味しかったので、僕もついホロリとした顔をしてしまう。例え夢でも、この美味しさは本物だ。

 舌も火傷しそうな熱さを感じたし。

 

 ま、僕も家では料理をしているし、いつか、こんな美味しいグラタンが作れるような男になりたいものだ。

 そうすれば糖尿病の父さんはグラタンなんて駄目だけど、何でも食べられる母さんは喜んでくれるはずだ。

 

(そういえば、誰かに喜んで貰いたいと思って料理をしたことは一度もなかったな。だから、母さんもどこか物足りなさそうな顔をしていたのかも知れない…。

 作り手の心も料理のスパイスになるって言うし)

 

 そんなことを考えながら、僕は心が温まるような時間を過ごしたのだった。

 

《第四話 親切な宿屋 終了》



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