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第二十三話 魔界の穴

「ナオちゃん、和菓子屋さんでカステラを買ってきたから食べない?」


 僕がベッドに横になりながらラスブレの攻略本を読んでいると、母さんがそう言って部屋のドアをノックした。

 

「食べるよ。ちょっと待ってて」


 僕はベッドから起き上がると、浮かない顔で答える。


 窓の外は梅雨の時期らしく、どんよりと曇っている。小雨もパラパラと降っていたし、それが僕のテンションを下げている。

 

 やっぱり、梅雨は好きになれないな…。

 

 でも、今年の梅雨入りはいつもより大分、遅かった。

 

 これも地球の温暖化の影響なのかどうかは分からないけど、梅雨の時期が短くなるならありがたい。

 

 何にせよ、異世界のハルメール王国の王都のように、季節なんてない方が良いのかも知れないな。

 そうすれば暑さだけを我慢していられる。

 

(でも、母さんは雨が降ってるというのに、かなりの距離がある和菓子屋さんまで行ってきてくれた。

 これには感謝するしかないし、今日の夕飯は僕の当番じゃないけど、腕によりをかけて作ってあげようかな)

 

「待つのは良いけど、弥太郎はもう食べてるわよ」

 

「それはまずいよ」


 弥太郎のことを聞いた僕は攻略本をベッドの上に放り投げて、部屋から出る。それから、母さんと一緒にリビングへと向かった。

 

 すると、そこにはテーブルの上でカステラの塊をムシャムシャと食べている弥太郎がいた。弥太郎のお腹はいつも以上にでっぷりしているように見えた(すっかりデブ猫になってしまったな)。

 

「こら、弥太郎。甘い物を食べたら駄目じゃないか。また猫ニキビができるぞ」


 僕は弥太郎の頭をコツンと叩いた。

 

 ちなみに猫ニキビは猫の顎にできる黒いブツブツだ。命に関わるような病気じゃないけど、放っておくと皮膚の病気にもなりかねない。

 なので、薬を貰うために動物病院にまで行った(その時の診察料がまた高かった。病気になると人間の何倍もお金が掛かるのがペットの厄介なところだ)。

 

「ニャー」


 弥太郎は僕に向かって甘えるような声を発した(やっぱり、憎めない)。

 

「母さんも弥太郎にカステラなんてやったら駄目だよ。それでなくても、弥太郎は太ってるんだから」


 僕は声を大にして言った。

 

 猫に何を言っても無駄だし、結局は飼い主が気を付けるしかないのだ(それが飼い主の責任だと思う)。

 

「それは分かってるんだけど、弥太郎のあの物欲しそうな顔をみたら、つい、あげたくなっちゃったの。ナオちゃんも分かるでしょ、ね」


 母さんはウインクしながら笑った。

 

「母さんはつくづく甘いなぁ。でも、ペットに限らず生き物には厳しさが必要だよ」


 僕は自分にも言い聞かせるように言って、自分の皿に乗っていたカステラを食べる。


 まあ、僕も尿酸値が高いし、食べる物には気を付けなければならないのは、弥太郎だけじゃないことは分かってるんだけど。

 

「そうね。次からは心を鬼にして、弥太郎には甘い物はあげないことにするわ」


 母さんは、微笑しながら言葉を続ける。


「それはそうと、最近、ナオちゃんは感情の起伏が大きいように思えるんだけど、気のせいかしら」


 母さんは妙なことを言い出した。

 

「えっ?」


 僕は一瞬、訳が分からないと言った顔をする。

 

「だって、一言も喋らずに一日中、家の手伝いしている時もあれば、今みたいにちょっとしたことで感情的になることもあるし」


「そうは言っても、人間なんだから気分にムラができることはあるよ」


 僕の体はやるべき事はちゃんとやってくれている。なので、僕も特に問題はないと思っていたんだけど(その判断は甘かったのか)。


「でも、時々、人格が入れ替わっているように感じられる時さえあるのよね。また病気かしら」


 母さんの首を傾げながら発せられた言葉に、僕はギクッとした。


「そんなことはないよ。もう聞こえて来る声と話すようなことはないから…」


 声、自体、聞こえてこないのだ。だから、話すも何もない。


「なら良いんだけど。でも、何かおかしいなと思ったらすぐに言うのよ。今、ナオちゃんに何かあったら、お母さんも困っちゃうから」


「分かってるよ。心療内科の先生からも、ちょっとした違和感も無視しないでくださいって言われてるし」


「それなら、お母さんの指摘も無視しちゃいけないんじゃないの?」


 母さんは揚げ足を取るように言った。


「そうだけど…」


 僕は言葉を詰まらせた。それを見た、母さんは普段では見られない生真面目な顔を形作って口を開く。


「とにかく、自分の体調の管理は自分でするしかないわよ。お母さんだって、ナオちゃんの病気については分からないことが多いんだから」


 そう言って、母さんは口の中にカステラを放り込んだ。


 それを見ながら僕も考え込む。


 僕が異世界に行っている間に動いてくれている体に、母さんは不審を感じている。

 

 はっきり言って、これは由々しきことだ。

 

 やっぱり、身近な人間の目は誤魔化しきれないのかも知れない。


 でも、だからといって何か対策を立てられるわけじゃない。自分の体がどのようなメカニズムで動いているのかは全く分からないし。


 いずれにせよ、二つの異なる世界で生きようとするのは無理があるのかも知れないな。

 

 いつかは、どちらの世界で生きるのか選ばなければならない日が来る…。

 

 それは僕だって重々、承知していることだった。

 

 でも、その日は、間近にまで迫っているのかも知れない。

 

 僕はあまり美味しく感じられなかったカステラを食べ終えると自室に戻る。それから、少しの間、深呼吸をしてから視界に移っているアイコンをクリックした。

 

 すると、いつものように床に描かれた魔方陣の上に僕の体は出現する。そして、窓から差し込む光を見た(梅雨がない国というのは本当に良いな)。

 

 が、数秒後に眉根を寄せる。

 

 いつもと何かが違うと思ったからだ。でも、その原因はすぐに分かった。声が聞こえてこないのだ。

 いつもなら、大通りにいる人たちの賑やかな声が僕の耳に届くというのに。

 

 僕は訝りながら窓の外を見た。すると、そこには人が全くおらず、代わりに、おかしな連中が居た。

 

 連中と言うよりは、モンスターだ。

 

 二メートルを超える巨体を持つオーガや様々な武器を手にしたゴブリンたち、あと、武器だけでなく防具まで身につけたリザードマンもいた。

 

 そいつらが、いつもなら人で賑わっているはずの大通りを闊歩していたのだ。これには僕も何事かと目を疑った。

 

 ひょっとして、町はモンスターに占拠されてしまったのか?まるで、ゾンビ映画の中にいるようだ。

 

 僕はミリアやダンツさんのことが心配になり、急いでアパートから出る。すると、オーガやゴブリンたちが僕の方を見たが、なぜか襲っては来なかった。

 

 ただ、敵意に満ちた視線は向けてくる。

 

 なので、僕はいつ襲いかかられても良いように警戒しながら、大通りを駆けていく。そして、その途中で建物の壁に背を預けながら血だらけで倒れている騎士の男を発見する。

 

 僕は騎士の男に近寄る。酷い傷だったので、僕は覚えたばかりのヒールの魔法を騎士の男にかけた(ドゥルークとの戦いで僕は四つもレベルアップしたのだ。そのおかげでヒールの魔法が使えるようになった)。

 すると、柔らかな光に包まれた騎士の男の顔から苦痛の色が消えていく。そして、少し経つと騎士の男はゆっくりと目を開けた。

 

「一体、どうしたって言うんですか?」


 僕は騎士の顔を覗き込んだ。

 

「地下神殿にいきなり魔界に通じる穴が開いたんだ。そしたら、その中からモンスターたちがたくさん現れて…」


 騎士の男は苦しげな顔をする。


「それで、町にモンスターたちがいたんですか…。とんだ災難でしたね」


 魔界の穴が開いたということは、とうとう邪神バルファザは復活してしまったということなのか。


「ああ。騎士団も懸命に戦ったんだが、モンスターを駆逐することはできなかったよ」


 それだけ多くのモンスターが現れたと言うことか。


「では、かなりの犠牲が出てしまったという訳ですね」


「いや、幸いにもモンスターたちは、抵抗をしない者に攻撃を仕掛けてきたりはしなかった。だから、町の人たちは無事だ」


 それを聞いて僕も安堵する。


「ただ、私のような武器を持った騎士は叩きのめされてしまったが」


 騎士の男は呻きながら言った。


「なら、あなたも早く避難できるような場所に行ってください。怪我は治しましたし、もう動けるはずです」


「すまない」


 そう言って、騎士の男がフラフラと立ち上がると、僕はとりあえずミリアたちの無事を確認するために踊る子鹿亭へと向かう(あんなにも賑やかだった大通りから、こんな風に人が消えてしまうなんて)。


 騎士の男の言ったことは正しかったのか、怪我をしているような町の人たちの姿は見かけられなかった。


 ただ、騎士たちは倒れていたので、とりあえずヒールをかける。そして、傷を治すと無理をせずに避難できる場所に行くよう指示をした。

 

 でも、中には死んでいる騎士もいたので、僕も目を背けたくなってしまった(殺された人間を見たのは初めてだったので、ショックは思いの外、大きかった)。

 

 そして、僕は生きた心地がしないまま踊る子鹿亭に辿り着く。そして、息を切らしながら宿の中へと足を踏み入れた。


「ナオヤさんじゃないですか!無事だったんですね」


 食堂に入るとミリアがいきなりバッと僕に抱きついてきた。その目にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。

 どうやら、相当、心配をかけてしまったみたいだな。


「僕は自分の世界に戻っていたからね。でも、何があったのかは大体、知っているよ」


 僕はミリアを優しく引き剥がすと、その肩を掴んだ。すると、ミリアは僕から視線を逸らして顔を真っ赤にする。

 一時の衝動で僕に抱きついてしまったことに、急に恥ずかしさを感じたのだろう。


「そうですか。とにかく、落ち着けるようにコーヒーでも入れますね」


「ダンツさんは?」


 こういう時こそ頼りになりそうなダンツさんの姿は食堂にはなかった。


「何もしない訳にはいかないと言って、傭兵のお友達のところに行きました…」


 不安が滲み出ているような声で言うと、ミリアはカウンターの奥に消えた。僕も心の中でダンツさんの無事を祈る。

 それから、間を置かずに二階へと続く階段からルーティがやって来た。

 

「怪我はない、ナオヤ?」


 ルーティの顔に動揺はない。それだけに、僕も安心できるものを感じた。


 ただ、ルーティの肩にドゥルークの姿はない。ルーティが言うにはドゥルークは旅に出てしまったのだそうだ(より大きな力を得て帰ってくるとルーティには約束したらしい…)。


「ないよ。でも、これは邪神バルファザが復活したと考えて良いのかな?」


「バルファザはまだ復活してない。復活したのは魔王ゴルヴェド」


「ゴルヴェドか」


 手強い相手なのは間違いないんだろうな。


「ゴルヴェドは魔界の穴の前にいる。そして、このままだとバルファザもこちらの世界にやって来れるようになる」


 ルーティは淡々と事実だけを告げた。


「どうにもならないのか?」


 もし、バルファザがこちらの世界にやって来たら、このハルメール王国は滅んでしまうかも知れない。


 いや、これはもうこの国だけの危機じゃない。この世界そのものの危機だ…。僕に何かできることはないのか?


「私なら、魔界の穴を塞ぐことができる」


 ルーティはキッとした目をする。


「本当なの?」


「本当。でも、それはバルファザに対する決定的な裏切りになる」


 ルーティは掌をギュッと握った。


「じゃあ、魔界の穴を塞ぐのはできない相談か」


「そう。それに、魔界の穴の前にいるゴルヴェドをどうにかしなければ、幾ら私でも何もできない」


「…」


 今の僕にゴルヴェドと戦うだけの力があるだろうか。


(今の僕のレベルは二十二。これがゲームだったら、ゴルヴェドを倒すのに必要なレベルは三十六以上だ…。

 まともに戦ったら、まず勝ち目はないな。もちろん、ゲームの数値通りに戦いが運ぶとは限らないけど)


「失礼する」


 そう言って宿に入ってきたのは、騎士の制服を着た男女だった。


「ブライアンさん、それにシャロンも!」


 僕は思わずトーンの高い声を出していた。


「やはり、ここにいてくれたか、ナオヤ君」


 ブライアンさんはふっと表情を緩めた。


「二人とも無事だったんですね」


 僕は嬉々とした顔をする。特にモンスターと戦っているはずの騎士のシャロンのことは心配していたのだ。


「ああ。だが、ダリアス団長はすぐにでも体勢を立て直して、魔界の穴の前にいるという魔王ゴルヴェドを討ちに行くつもりだ」


 ブライアンさんは硬質を帯びた声で言葉を続ける。


「ゴルヴェドを倒せば、奴が率いているモンスターたちの動揺も大きくなることだろうからな」


 ブライアンさんは頼もしさを感じさせるように言った。


「でも、町にいるモンスターすら駆逐できないのに、果たしてそれができますか?」


 ゴルヴェドは人間の力で倒せるような相手なのだろうか。特に騎士たちはドレイクにすら遅れを取っていたくらいだし。

 

 …いや、それでも倒さなきゃならないんだ。でなければ、この王都は本当にモンスターの住処になってしまう。

 

 僕もこの王都の人たちにお世話になった人間として、それを許す気はない。


 そんなことを考えていると、今度はシャロンが躊躇いがちに口を開く。


「難しいことだっていうのは、アタシたちもちゃんと分かってるわよ」


 シャロンは僕の顔を見据えながら言葉を続ける。


「だからこそ、ナオヤもその戦いに参加してくれない?邪竜ドゥルークを倒した勇者が力を貸してくれるなら心強いから」


 僕がドゥルークと戦ったのは王都中の人間が目撃している。当然、その情報は騎士団にも入っていた。


「分かったよ。なら、僕も…」


「それは駄目。その人たちと言っても、無駄死にするだけ」


 ルーティが険のある声で僕の言葉を遮った。


「もし、本当に魔界の穴を塞ぎたければ、私と一緒に来て。バルファザの僕だと思われている私と一緒にいればモンスターに攻撃されずにゴルヴェドの前まで行ける」


 ルーティは何かを決意したような眼差しで言った。


「そうなの?」


「嘘は吐かない」


 ルーティの言葉に僕は疑問を差し挟む。


「だけど、ルーティはバルファザを裏切る訳にはいかないんだろう?」


 不老不死の体すら貰っている訳だし。


「それでも、今はこの王都を救おうとするあなたの力になりたい」


 そう言い切ったルーティの目には一点の曇りもなかった。こんな澄み切ったような目もできるんだな。


 それを受け、僕もここはルーティに賭けてみようと思った。今のルーティになら、自分の命を預けられるし(これが誰かを信頼すると言うことだ…)。


「すみません、ブライアンさん。僕はルーティと一緒に行きます」


 ルーティの目を見たら、恐怖心のようなものが消えて、不思議と何とかなるように思えてしまったのだ。


 それに、この世界への恩返しがしたいなら、今ほど相応しい時はない。僕の真価がまさに問われているし、命を投げ打つつもりで戦おう。


 もし、魔界のゲートを塞ぐことができれば、僕もこの世界のために何かしなければという呪縛にも似た思いから解放されるかも知れないし。


 その時こそ、僕はこの世界で真の自由を掴むことができる。


 一方、僕の言葉を聞いたブライアンさんは全てを納得したような顔をする。


「そうか。なら、私たちは私たちで動くことにしよう。ただ、一つ頼みがある」


「頼み?」


「シャロンを君たちに同行させてくれないか。どうやら、君たちと一緒に動いた方が、手柄は立てられそうだ」


 ブライアンさんはシャロンの肩をポンと叩いた。


「ブライアンさん、私もダリアス団長やみんなと戦います!」


 シャロンはそう訴えかける。


「駄目だ。お前はナオヤ君を信頼して、彼と共に戦え」


「でも」


「これは私の予感、いや、確信なのだが、この王都を救えるのはおそらく私たち騎士団ではない。もし、救える者がいるとしたら、それはナオヤ君のような勇者なのだ」


 ブライアンさんの勇者という言葉には並々ならぬ覇気が籠もっていた。


「それが、分からぬお前ではあるまい。なぜなら、お前は私よりもよっぽど長く彼を見て来たのだから…」


 ブライアンさんは諭すように言った。これにはシャロンも口を噤んで下を向く。


「…分かりました。なら、私はナオヤと戦います」


 シャロンはそう声を絞り出した。それを聞き、ブライアンさんは目を伏せて笑う。


「それで良い。では、私は騎士団の詰め所に戻らせて貰う。シャロンのことは頼んだぞ、ナオヤ君」


「はい」


 僕が返事をするとブライアンさんはシャロンの背中を軽く押して、踊る子鹿亭から去って行こうとする。

 が、ふと立ち止まると、顔だけを振り向かせて口を開く


「死ぬなよ、シャロン。お前にはまだ教えなければならないことがたくさんある…」


 ブライアンさんの言葉を聞き、シャロンもシャキッとした顔をする。


「ブライアンさんも、死なないでください。あなたは私にとって兄同然なのですから…」


 そう言ってシャロンは瞳を潤ませる。


 それから、ブライアンさん顔を戻すと、軽く手を上げて、今度こそ去って行った…。


 その後ろ姿を見送った僕は気持ちを引き締める。


「騎士のシャロンがいても問題はないの、ルーティ?」


 僕は幾ばくかの不安を感じながら尋ねる。


「大丈夫、何とかなる」


 ルーティは力強く言った。


「なら、行こう。もう誰かが殺されるのは見たくない」


 できることなら、騎士たちよりも早くゴルヴェドのところに行きたい。それが、ブライアンさんの命を救うことにも繋がるから。

 もちろん、それは僕たちがゴルヴェドを倒せたら…の話だけど(今は聖剣とルーティの魔法使いとしての力を信じるしかないな)。


 そう思った僕はコクリと頷いたシャロンとルーティの二人と共に宿を出ようとした。が、そこに呼び止めるような声がかかる。


「待ってください、私も行きます!」


 ミリアが叫びながら僕の傍まで駆け寄ってくる。そんなミリアの目には揺るぎない意思を感じさせるような光が宿っていた。


 どうやら、ブライアンさんやルーティとの話は聞かれていたみたいだな。


「ミリアか…。それは駄目だよ」


 僕は困惑したように言った。


「どうしてですか。私だって魔法が使えますし、ちゃんと戦えます。絶対に足手まといにはなりません!」

 

 ミリアの目力は強かった。


「でも、殺し合いになるんだよ。ミリアのような女の子に耐えられることじゃないよ」


 僕の言葉にミリアは怒気を露わにしたような顔をする。


「平気です。甘く見ないでください」


 ミリアは一歩も退かない。


 でも、平気なわけがないことは、震えている肩を見れば分かる…。

 

 ミリアは戦いとは無縁の世界で生なければ駄目なのだ。そういう人間こそが、真の意味で平和を守ることができるのだから。

 

 何だかんだ言って、僕は戦いが持つ刺激を求めてこの世界に来ている。そんな人間が平和の守り主などになれるわけがない。

 

 平和の守り主はきっと何をされても、何を奪われても、戦おうとしない意思を貫ける人間なんだ…。


「やっぱり、駄目だ。僕たちが生きて帰って来れる保証はどこにもないんだから」


 普通の人間、しかも、少女に過ぎないミリアまで死地に赴く必要はない。


「それでも構いません」


 ミリアは僕の二の腕をギュッと掴んだ。


「…」


 僕は葛藤するように顔の表情を厳しくする(今のミリアの意志を挫けるような言葉は僕にはないな…)。


「連れ行くしかないわよ、ナオヤ。女の覚悟を甘く見たら駄目なんだから」


 シャロンが僕の肩にそっと手を乗せる。


「私もゴルヴェドの前に行って、生きて帰れるとは思っていない。でも、本当にこの王都を救いたいなら、戦力になるミリアは味方として連れて行くべき」


 ルーティの言葉を聞き、僕は心に痛みが走りながらも腹を括る。


「分かったよ。そこまでの覚悟があるって言うなら、一緒に来てくれ、ミリア」


 僕はミリアの目を真っ直ぐ見てそう言った。


(何があろうとミリアの命は守って見せるし、その覚悟があるからこそ、僕もミリアを連れて行けるのだ。

 それに彼女は自ら戦うことを選んだ…。

 どの程度の思いだったにせよ、戦うことを選んだからには身も心も傷つくことを覚悟して貰わないと。

 彼女の命は守れても、心までは僕も守れない。でも、ミリアならそれを乗り越えて戦ってくれると信じている)


「はい」

 

 ミリアはとびっきりの笑顔で返事をした(この笑顔が失われるようなことがあってはならないな…)。


 こうして、僕たちは魔界の穴を塞ぐために、魔王ゴルヴェドが待ち構えているという地下神殿に行くことになった。


《第二十三話 魔界の穴 終了》


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