孤独な警察官
『計画』の関係者が潜伏するアジト付近。
他の警察官より早く真実に気付き、そして潜入しようとしている者がいた。
名はニーナ・シルヴィア。
ロンドン警察所属の警官だ。
他の仲間は来ていない。そして警察官である事に気付かれないよう、私服姿だ。
昨日ニーナは、他の警官と共にロンドン空港で起きた爆破事件の調査をしていた。
結果データ上は、死者0、負傷者も0、何が目的の犯行なのか他の仲間は気付いていなかったが、ニーナだけは真実に気付いていた。
単独で、その日に出勤していた従業員の情報を手に入れて調べ、二人の従業員が行方不明になっていたことが分かったのだ。
他の従業員に訊くと、最後に二人は更衣室に向かうとだけ言い残し、その後いなくなったと言っていた。
そして爆破現場は、火薬の臭いや現場の酷い有様に紛れて分かりづらかったが、血の匂いが微かにした。
ニーナの嗅覚が、並みの人間より優れていることは自覚している。
血の臭いと従業員の行方不明、この二つの出来事を繋ぎ合わせると、殺人が起きたとしか思えなかったのだ。
そして同じ血の匂いが、自分の目と鼻の先にある廃墟からこれまた微かだが香っていた。
ニーナの頭の中では、疑う余地も無い。
「ずっと夢だった、この瞬間が・・・・・・」
建物の前で、ニーナはそう呟く。
警察になる前から、こうやって独力で事件を解決するヒーローに憧れていた。
大人なら誰もが馬鹿馬鹿しいと思う、子供が考えるような夢だが、その夢が叶うと思った時は心がウズウズしていた。
自分の推理が真実なのか、それとも妄想なのかは分からないが、そんな事はニーナにはどうでもよい。
気付けば、ニーナの足が勝手に前に進んでいた。
犯人、がいる筈のアジトに。
歩く途中に拳銃のスライドを引き、弾丸が発射出来るようにする。
ドアに右掌を当て、そのまま前に押す。
入って同時に、拳銃を構える。
「動くな!」
叫ぶニーナ。
しかし、中には犯人どころか、死体すら見つからない。
「あ、あれ・・・・・・」
やはり自分の推理は外れていたのだろうか。
本当に誰もいない。
「か、帰ろう・・・・・・」
夢が叶いそうだったが、それはただの自分の思いこみ。
落ち込み、家に帰ろうとしたその時。
突如パンッ、という音が聞こえた。
銃声ではない。振り向くと、先ほどまで明かりが点いていなかった入口付近の空間に明かりが点いていた。
そして、数人の研究員らしきアジア系の顔をした女性の姿もそこにある。
彼女らも、自分に拳銃を向けていた。
「何者だ!」
部屋の一番奥に立つ研究員が問う。
「どうやら当たりだったみたいね。
君達じゃないの?
空港の従業員を二人も殺して、それを隠蔽する為に爆破した犯人は」
「な、何故それを」
研究員は動揺していた。
「しかも不用心だよね。そりゃあ自分のものじゃない廃墟をアジトにしてるんだから仕方ないんだろうけど、バレないとでも思ったの?
警察官の中に、人一倍鼻が良い人がいる、とか思わなかったの?」
「う、動くな!」
歩こうとするニーナを、研究員が言葉で止める。
「恐ろしく勘が良い事は褒めてやる。
だけど、警官とは言えたった一人で何が出来る?
私達の邪魔はさせない!」
「動くなって言ってるけど、どうせ生かしておく気はないんでしょ?
だってこの事私が外で話したら、殺人罪で皆逮捕だもんね。
だったら私は、全力で戦わせてもらうよ」
ニーナはそれだけ言ってから、地を蹴った。
前列にいる五人の研究員の一人に、照準を合わせ、急所を外して発砲する。
「ぐっ・・・・・・」
研究員の右肩に赤黒い穴が開く。
「う、撃てッ!」
全員が私に照準を合わせ、ほぼ同時に引き金を引く。
狙われたのはニーナの心臓。
それを何とか間一髪で躱し、再び研究員に襲い掛かる。
同時に、銃を捨てて。
「な、何をしている! 殺すんだ!」
指示通り発砲を続けるが、ニーナには一発も当たらない。
代わりに今度は、ニーナを殺そうとしていた研究員達が、ニーナの格闘技で次々と倒されていく。
こんな勝手な行動をとることが多いが、ニーナは警察官の中でも高い戦闘能力を持っている。
戦闘慣れしていない素人の拳銃を躱し、格闘技で相手を倒すなど、ニーナには造作もないことだ。
やがて一番奥にいた者以外を全て撃破してから、笑みを浮かべて残り一人を見ていた。
「さて、残りはアンタ一人か。
大人しく捕まる? それとも倒されとく?」
挑発するニーナ。
顔をしかめながら、研究員は拳銃を向ける。
「跪け!」
研究員は三度発砲するが、それでもニーナには当たらない。
躱し続け、ニーナは研究員に接近する。
「よし!」
「しまった!」
ニーナに首を絞められる研究員。
そのまま軽く力を入れると、研究員はたちまち気絶した。
「ふぅ・・・・・・。
さて、あとはこれを報告すれば良いのかな
あ、でも死体探さなきゃ」
全員倒せたのは良かったが、死体が見つからなければニーナが暴行罪を犯したことになってしまう。
早々に死体を見つけ、上司に報告せねばと動こうとしていたが。
ニーナは気付けなかった。この廃墟に潜んでいた最後の一人に。
頭に、ゴツンと何かが当たった音が響く。
金属製の何かが殴られたような音だ。
じわじわと殴られた頭頂部が痛み出し、意識が朦朧とし始めていた。
「・・・・・・そ、そんな・・・・・・」
ニーナはそのまま、うつ伏せに倒れた。
最後に聞こえたのは、こんな言葉だった。
「悪いね、計画が終わるまでの間、監禁させてもらうよ」
 




