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今日からアイドルを始めたい!  作者: 心夜@カクヨムに移行
ファイナルライブ編 杉谷寿奈よ、永遠なれ!
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二人の天才 その四

月夜の光がまだ明るい、夜三時ごろ。

 私はふと、目を覚ました。

 不思議と体は重くなく、むしろその逆。

 体を動かしたい気分だった。

 私以外はまだぐっすりと眠っている。

 音を立てぬよう、努めて慎重にベッドを降りる。

 近くに置いてあったバッグを開け、中からサッカーボールを取り出す。

 ゆっくりと窓を開け、ベランダへと出た。

 風はまだ冷たく、凍えそうだったが、何とか堪える。

「あそこがいいかな」

 私が目を付けたのは、ホテル近くの広場。

 先輩達が宿泊しているホテル近くの公園程広くは無いが、サッカーゴールがある。

 もう私は止まれなかった。

 ベランダに出た理由、それは外出をする為だ。

 まだフロントには誰もいない為、外出は不可能だろう。

 だがベランダからなら、誰にも迷惑を掛けずに出ることが出来る。

 私は鉄柵に足を乗せる。

 そのままためらわずに、近くの木の枝に飛び移る。

 最後に、歩道へと軽く飛び降りた。

「良い感じ」

 アクロバットの応用として、前から家の庭の木で練習していた技だ。

 危ないと注意されたことも何度かあるが、最近はこれに失敗したことはない。

 それに何度か落下したおかげで、体も頑丈になっている。

 この技はほぼ完璧に使える状態だ。

「まだ空良ちゃんに負けている場合じゃないよね」

 私は彼女の姉なのだ。

 ならば、妹にとって尊敬されるべき存在でなければならない。

 だから少なくとも、『Rhododendron(ロードデンドロン)』在籍中は、実力で負けているわけにはいかないだろう。

 その為に何をすべきか。

 迷った時は、毎回サッカーをしている。

 今回も、それは変わらない。

 

 横断歩道を渡り、私は広場のフィールドに足を踏み入れ、ボールを静かに置く。

 ボールに足を乗せ、心を落ち着かせる。

 そこは中学時代からのポジションである、フォワードが立つ位置だ。

「・・・・・・ッ!!」

 息を吐き、眉を潜め。

 私は弾丸の如く、ドリブルを開始した。

 試合をイメージし、目の前に十一人の選手がいると思い込ませる。

 それだけで、私の身体は操られているように勝手に動き出す。

 もうその動作が、完璧に染み付いてしまっているのだ。

 まず、私からボールを奪わんとスライディングしてくるフォワードを飛び越える。

 ミッドフィールダー前に着地し、再び跳躍。

 ディフェンス前でも同じ動作。

 ペナルティエリアの前で、私はボールを蹴り上げた。

 ゴールに背を向け、そのままジャンプ。

 そのまま逆さまになり、ゴールキーパーに止めを刺すような断罪の一撃を放つ。

 オーバーヘッドキック。

 二人でさえ行う事が困難な技を、私は簡単に行う事が出来る。

 一直線に落下するボールは、そのままゴールを突き刺した。

 否、突き刺す筈だった。

 ゴール前に、黒い影が突如出現した。

 それはボールを腹で受け止め、そのまま落ちたボールに足を乗せた。

「寿奈姉さん、おはよ」

 悪戯好きの子供のような、歪んだ笑顔を浮かべながら、空良は私に挨拶をした。

 だが私のボールを受け止めたせいか、少し苦し紛れの笑顔だった。

 その言葉に、私も笑顔で返答する。

「うん、おはよ」

 言い終えると同時、私は駆け出していた。

 空良のボールを奪わんと、自分の全力を引き出す。

 対する空良も私を抜かんと、風のような速さで応戦する。

 ほぼ優先輩と同じような速さで。

 私はそれを見逃さなかった。

 すぐ真横を走ろうとする空良をブロックし、そのままスライディングしようとしたその時だ。

 空良はそれを、軽々と飛び越えた。

「・・・・・・ッ!」

 私が使っていた技だ。

 驚きのあまり目を剝く私に、空良は笑って答える。

「もう姉さんの技は、ほとんど真似出来るよ」

 ああ、空良なら出来ても仕方ない。

 空良は入部する時、私の事をもっと詳しく調べたいと言っていた。

 つまり、私の中学時代も知っているということ。

 勘が良く、そして運動神経も人並み外れて良いことが分かった空良にとって、私の技の再現など造作も無いことだろう。

「空良ちゃん、やっぱり凄いよ。

でもね、まだオリジナルが負けるわけにはいかないんだよッ!」

 空良がシュートの体勢に入ろうとしたその時、私はその眼前に回り込む。

 構わずボールを蹴り飛ばす空良。

 一直線に飛ばされたボールを、私は何とか右足で受け止め、威力を殺す。

 昨日の格闘技の修行で鍛えられたせいか、空良の蹴ったボールを受け止めるのに、かなりの痛みを伴った。

 骨折した感覚は無いが、痣にはなってしまっただろう。

 だけど、ワクワクしていた。

 目の前に、しかも自分の身近に骨のある相手がいたのだから。

 私にとって、これ程の喜びはない。

 受け止めたボールと共に、私は再び駆け出した。

「来て、姉さん。

私がそのボール、受け止める!」

 空良も私の進行方向に向かって後退する。

 サッカーゴール前に立ち、私のシュートを待つ。

 毎試合敵にやっているように、私はペナルティエリア前でボールを蹴り上げる。

 もう一度、オーバーヘッドキックの体勢に入る。

 天地を逆さにした蹴りによって放たれたボールが、ゴールを突き刺さんと進む。

 もう空良は、そんなシュートなど容易に受け止めてしまうだろう。

 だが、今回のシュートは少し違う。

 ボールが着地したのは空良がいるゴールではなく、ペナルティエリアに入ってすぐのところだった。

 そこでボールは止まらず、跳弾する。

 私の狙いはそれだった。

 ピンボールの如く跳ね返ったボールは、ゴール目掛けて斜め上に飛ぶ。

 もし失敗すれば、ゴールに入らない可能性もあるが。

 それに気付けなかったのか、空良は驚愕の表情を浮かべていた。

 空良は恐ろしく勘が良く、今まで見た事のある技を使われれば、それを潰さんと対応出来る程の状況判断と冷静さの持ち主だ。

 彼女は言っていた。

 相手の全てを理解し、相手の技への対応が完璧ならば、どんなゲームにだって勝つことが出来る。

 だから、その考えを逆手にとったのだ。

 相手の全てを理解し、その対応を完璧にすれば勝てるのが彼女の考え。

 なら、空良が知らない技を使えば、対応出来ずに私が勝てるということだ。

 そしてボールは、ゴールに突き刺さる。

 数秒の間回転し、シュウと煙を上げながら空良の足下へ転がった。

「流石姉さんだ・・・・・・」

 誇らしげに呟く空良。

 私はつま先だけでボールを軽く上に飛ばし、そのまま両手でキャッチした。

「まだまだ、空良ちゃんには負けないよ」

 しかし、空良は厄介だった。

 今回の勝因は、相手が対応出来ない技を使ったことだが、もしあの刹那、技が失敗していれば多分負けていた。

 その後成功した技を放っても、私が失敗した時に対応策を考え、簡単にキャッチ出来てしまうだろう。

 そして今この瞬間も、空良は対応策を考えているだろう。

「それにしても姉さん、無茶するね。

ベランダから木に飛び移るなんて」

「あれくらい出来なきゃ、ブラジル行った時にサッカーで勝つことなんて出来ないよ」

 何せ私は、スクールアイドルとしての全てが終わればブラジルに戻り、女子サッカーの選手として戦わなければならない。

 だからまだ、負けるわけにはいかない。

「・・・・・・明るい」

 気付けば、月が見えなくなっていた。

 代わりに、空は明るさを増していた。

 もう少しすれば陽が昇り、朝となるだろう。

「今日は、先輩達の決勝戦なんだよね」

 空に心を奪われていた私に、空良が話しかけた。

「うん」

「良い、朝だね」

 空良が口にした言葉は、まさに今自分が思ったことだった。

 汗に濡れた額を拭い、私はホテルに向かって足を踏み出した。


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