二人の天才 その二
空良と二人でいる時、私は二つの感情を抱えていた。
空良が私以上のアイドルになれる事が嬉しい、という感情と。
自分が空良より下の存在である事が悔しいという感情だ。
私は昔から、嫉妬という感情を抱いた回数が少なかった。
どちらかと言えば、抱かれる方が多く、逆に『あいつには才能があるから』とか『天才っていいよな』みたいな言葉が聞こえるのが不快だった。
私は天才ではない、と思っている。
そして、さっきそれを確信した。
本当の天才を、私は間近で見たのだから。
あの時、時代は変わったと私は感じた。
これからは私ではなく、空良の時代なのだとあの風景は教えてくれた。
きっと空良なら、持ち前の勘の良さと観察力を用いて私のアクロバット技まで完璧にやってしまうだろう。
私は自分の限界を悟っていたが、空良の限界はどうなのか、最早私には理解出来ない。
きっと空良なら、スクールアイドルの世界に革命を起こす、それだけは予想出来る未来だった。
ドアノブを捻り、私は前に押す。
一日ぶりに、その部屋に入った瞬間だった。
「あ、空良ちゃんに寿奈先輩!
おかえりなさい」
ベッドに座りながら、雑誌を読んでいた真宙が元気に出迎える。
「ただいま真宙ちゃん」
履物入れに靴を入れ、そのまま私はベッドに体を預けた。
「ぁぁ・・・・・・疲れたぁ・・・・・・」
重い溜め息を吐きながら、そう口にする。
私は真宙や秀未と共に基礎体力をつける練習と、新曲のアイデアの出し合いをしていたのだが、卒業式関連の事や自由登校による休みもあり運動不足気味でもあった。
感謝祭の事を聞いてから、初めての練習だったが、思った以上に体が鈍っていた。
これがあることが早く分かっていればここまでだらけなかったのになあ、と心で愚痴る。
「あと、半月か・・・・・・」
感謝祭は三月末だ。
今が三月中旬であることを考えると、あと半月しかないのだ。
私がアイドルでいられる時間は。
それは同時に、仲間といられる時間もあと半月ということだ。
きっと祭の前日になっても、私は同じ事を思うだろう。
自分が未練がましい人間である事は昔から承知しているつもりだ。
だからこそ私は、一度やると決めたら最後までやる性分なのだなと思っているくらいだ。
「見つからないな・・・・・・」
遠い日の、服部先輩の言葉を思い返す。
――「自分が理想とするアイドルになれば良い。最後に、その答えはきっと見つかる」
だが、見つからない。
大袈裟かも知れないが、この綺麗な部屋から小さな埃を探すくらい、答えを探すのは難しい気がしていた。
「理想・・・・・・」
自分がどうなりたいか、それが理想というものだ。
特に大した目標を持たず、その場その場の壁を乗り越えることだけを考えて生きて来た私にとって、目標という到達点は無かった。
勝ちたいという気持ちと、今を楽しむ、それだけが私の頭にはあった。
「・・・・・・」
先輩は、私に全てを委ねてこの世を去った――というのが優先輩の弁だ。
だがその答えを探すには、私には荷が重いと感じている。
こんな時、服部先輩が生きていたら。
そう思うと、胸の辺りがきゅっと苦しくなる。
「先輩、どうしたんですか?」
雑誌を読み終えたらしい真宙が、私に問う。
「・・・・・・昔、服部先輩に言われた事を思い出してね」
真宙達は服部先輩に会ったことはない。
優先輩から話だけは訊いたことがあるだろうが、本当はどんな人間なのかをきちんと理解はしていないだろう。
「服部先輩、凄い人だったんですよね」
立ち上がり、窓の外を見る真宙。
窓に映る表情は、苦笑だった。
「凄いって言葉で片付けられるような人間じゃないよ。
あの先輩がいたから、今の私がある」
身を挺して芽衣の秘密を暴こうとした過去と、私の過去を服部先輩が知ってくれたからこそ、私は今の人格を保てている。
もし先輩がいなかったら、それに一生悩んで生きていたことだろう。
「でも私は、先輩に甘えてばかりで何も出来ていなかった。
私のせいで、先輩も芽衣も死んだ」
芽衣の事で悩まなくはなったが、結局私は先輩を死なせたという罪を背負い悩んで生きることにはなった。
この罪からは、誰がどう言おうと逃れることは出来ないだろう。
どう言い訳しようが、私が服部先輩と会った時点から先輩が死ぬ運命が始まっていたのだから。
気付けば、私は拳を震わせていた。
芽衣や真友にではなく、過去の消えない罪に対して。
「私も、今では後悔していますよ。
姉を見捨てたことに」
真宙は静かに告げる。
「え?」
「この前姉に優勝した事を、報告しようとしたのですが、全く電話に出なくて。
もう姉も、私の事が嫌いになっているんだろうなって思ってますよ」
寂しそうな顔で言う真宙。
だが私は知っている。千尋が、真宙に会いたいと言っていた事。
「千尋ちゃんは、そんな人じゃないと思うよ。
真宙ちゃんに、会いたいって言ってた。
だけど、嫌っていたらどうしようって心配してた。
だから、日本に戻ったら直接会いに行った方が良いよ」
「先輩・・・・・・。
分かりました。日本に帰って、感謝祭が終わったら、会いに行きます」
「それが良いよ」
微笑み、そう促した。




