同じ花壇の石楠花
結局私は、先輩と一緒の部屋で寝ることになった。
抱きかかえている途中で眠ってしまった優先輩は余程疲れたのかまだ目覚めない。もうこのまま朝まで寝ていそうな勢いだ。
余ったベッドの一つに体を預け、私は目を閉じていた。
だが不思議と、眠さは感じなかった。
今日は色々な事があったというのに。
もう少しだけ起きていようと、私は目を開けた。
そしてそうなることが分かっていたかのように、道女先輩が私より早くに上体を起こして声を掛ける。
「眠れない?」
柔らかいその声は、まるで母親みたいで、凄く心地の良いものだった。
俯きながら私は、それに返事する。
「はい・・・・・・」
まだ、罪の意識が抜けきっていないのだ。
服部先輩を優先輩達から奪ったのは自分である、という事実に。
「優ちゃんと、何か話したの?」
私の考えている事を看破したかのように、道女先輩が尋ねる。
ここまでバレているなら仕方ない、と私は何の話をしていたかまでを答えることにした。
「服部先輩の事を、話していました」
答えた後、道女先輩がベッドから身を乗り出し、腰を下ろした。
「そう・・・・・・正子ちゃんのことね」
小さな声で訊き返す道女先輩。
道女先輩もまた、優先輩と同じく服部先輩の事で傷付いたのだろう。
「物凄い話でした。
私は今まで、一緒に死ねるって思えた友人はいなかったから。
新鮮な話に聞こえたんです」
私には、同い年の親友はいない。
正確にはいたが、そいつは死に、しかも死ぬ前に私を裏切ったのだ。
そいつとだけは、私は上手くやっていけると思っていた。
勝ち過ぎることによる孤独を知ってしまった私でも、そいつには勝てない。
だから、そいつに勝つ為に友達になって、そいつと対等な存在になろう、とあらゆる分野で優劣を競い合った。
だが服部先輩や優先輩達は違う。
競い合うのではなく、お互いの良い所を上手く生かして、何かを達成した時は三人で大いに喜んでいた。
それが私と、彼女らの違い。
私が答えた後、道女先輩が微笑みながら口を開く。
その視線は、優先輩に向けられていた。
「無理もないよ。私達は、特別だったから。
皆欠点ばかりで、一人でも欠けたら、思うようにいかなくて。
だから皆で支え合ってきた。
だから、正子ちゃんが死んでから、負け続けてきたのかな・・・・・・」
道女先輩の顔が、陰りを見せる。
だけど、と私は話題を変えた。
「服部先輩がいなくなっても、先輩達は凄いです。
確か決勝戦の舞台なんですよね。だとしたら、皆だけでここに来た、ということですよね」
その発言が、聊か失礼だったかなと私は感じていた。
言い方を変えれば、服部先輩なんて最初からいらなかった、と私が言ってしまっていることになるのだから。
だが道女先輩はその言葉に苦笑して返答する。
「ええ。だけど、まだ勝てる自信が無いの・・・・・・。
本番の時に、失敗したらって思うと怖くて。
寿奈さんみたいに、アクロバットが出来たらって思うよ・・・・・・」
話し終えると、道女先輩の視線は優先輩ではなく、窓の外へと向いていた。
だが空を見ているのではない、と私は思う。
彼女が見ているのは、今より先。
明後日の大会で自分達が勝てるのか、と不安になっているのだ。
もし今年勝てなくても、来年度勝てば良い、そう言いたいが口に出せない。
自惚れかも知れないが、彼女達が高校時代に一度勝利出来たのは、紛れもなく私の存在があったからだ、と自認している。
服部先輩は常々そう言っていたし、他のスクールアイドルを見ても、アクロバットが出来るのは私と芽衣、そして最先端の筋力アシストスーツで不正を行っていた真友だけだった。
そこで問題となるのは、印象だ。
多分私の加入後は、『Rhododendron』=私というイメージがすっかり頭から離れなくなったファンもいるのではないか、ということ。
そして私は、今までのスクールアイドルには無かったアクロバットの要素を持ち込んでしまった。
それだけでも、あの競技の世界に多大な影響を与えてしまったと感じている。
今の所、琴実先輩率いる『Ilis』というチームの得票数は五百票で、順位は三位だ。そこから近い一位のチームの得票数が、確か七百票。
だがどのチームも、アクロバットを使う様子はないと言っていた。
そして勿論、琴実先輩達もアクロバットを使えない。
前にやり方を教えることを提案しようとしたのだが、それをすることはなかった。
アクロバットは小手先の技術だけで、完璧に出来るものではない。
それは小学生時代に私を指導していた先生の言っていた言葉だ。
もし生半可な気持ちでやっているのならいつか怪我をするし、心が折れたのならやめてしまえば良いと言われたこともあったが、私は卒業まで至った。
私にアクロバットを教えた先生は、オリンピックに出る程の一流の選手だった。
故にその練習は厳しく、小一で始めた時は他に十人が入学したのだが、卒業する時に残っていた私の同期は全員いなくなっていたのだ。
先生曰く、自分の下を卒業出来た生徒は私と三人だけだったとか。
私は今でも、それを誇りに思っている。
確かに私がスクールアイドルの世界でアクロバットを使った以上、スクールアイドル界をより厳しい世界にしてしまったのは事実だ。
だがそれでも、と私は明るい声で告げる。
「先輩達には、先輩達の武器があるんじゃないですか?
それは決してアクロバットが使えなくても使えるものです。
諦めない心・・・・・・どんなに強い技があっても、心が弱ければ、勝つ気持ちが無ければ勝てませんよ。
ですから、自信を持ってください」
私の経験が教えてくれた。
諦めない心は、何よりも強いと。
全力で取り組む意志は、何よりも勝ると。
「そう、だよね!」
明るく答える道女先輩。
私はそれに笑顔で返す。
「そう言えば、寿奈さんは感謝祭が終わったら、どうするの?」
何の前触れもなく、突然問う道女先輩。
その答えを思い出して、私は俯く。
「・・・・・・あっちのコーチと契約した通り、ブラジルに戻ります。
またしばらくは日本には帰れません。これからは、プロのサッカー選手として生きることにしたんです」
「そっか・・・・・・」
道女先輩も、私が励ました後の顔から一変し、暗い表情に戻る。
プロリーグで戦えるのは、普通のサッカー好きの人間なら名誉な事だ。
活躍出来れば多大な金を得ることが出来るし、名を残すことも夢じゃない。
だが私にとって、そんなものはどうでも良かった。
私が一年の最後でブラジルに行ったのはあくまで、日本を離れて服部先輩や芽衣を死なせたことを反省し、スクールアイドルをやめる尤もらしい理由を作る為。
確かに今でも、サッカーは好きだ。
でも今はそれよりも、スクールアイドルが大好きになっていた。
それに、仲間と会うことがしばらく出来ないのも寂しい。
「なら、絶対成功させなきゃね!
感謝祭!」
そしてまた一変。
今度は私に悔いを残すなと言わんばかりに、優しくも強い声で励ました。
「では、明日は合同練習というのはどうでしょう」
聞こえたのは、先ほどまで聞こえなかった声。
寝ていたと思っていた琴実先輩が、上体を起こして提案した。
「良いんですか?」
明後日は琴実先輩達のライブ。
練習は明日しか時間が取れず、本来ならおさらいに使うべき時間を、私達の為にも使おうと提案しているのだ。
そんなことをして大丈夫なのか、と心配する私に琴実先輩は告げる。
「今も昔も変わりません。
生死も関係ありません。
確かに私と道女さんと優さんは、『Ilis』と名を変えて活動しています。
ですが、心はまだ『Rhododendron』のメンバーなのですよ。
私達は、同じ花壇で育った石楠花です。
ですから、どちらも成功させましょう」
「はい!」
私は、忘れていたのかも知れない。
自分達はチームで戦っているのだという事実を。
そしてそれは、新参者も卒業した者も同じだということも。
それを承諾した後、私はベッドに体を預け、深い眠りについた。
 




