お互いの温かさ
「そうだったん、ですね・・・・・・」
今の話は、いつもの優先輩を見ているだけでは絶対に分からない話だった。
しかも話の途中、私の事を嫌いと思ったことがある、そう言っていた。
「私の事が嫌いなのに、何故この話を?
それに私に、嘘を吐き続けていたんですか?」
だとしても、悪いのは私だ。
私が加入を拒否していれば、彼女らは勝利を掴めずとも、心を病むことは無かった筈なのだから。
やはり、自分は愚かだ。
正子や空良みたいな人と違い、人の心を理解出来ていない。
ただただ、それが腹立たしかった。
「まあ、そういうことになるな。
だがそれでも、私はお前の力が必要だった。
だから私は、単身でブラジルにまで行ったんだ」
「今でも、私を恨んでいますか?」
服部先輩が死んだのは、ある意味私のせいだ。
私が芽衣との因縁を、自分一人で解決させれば、先輩は死ななかった。
優先輩の話を聞いて、今でははっきり思う。
『やはり自分が死ぬべきだった』と。
「気にするな。今思えば、私も気持ち悪かった。
正子はただ、自分の意思で行動していただけだ。
それを恐れていた。当たり前の事なのにな。
親友である筈の私が、あいつを苦しめちまったんだ」
優先輩が暗い顔でそう呟く。
泣きたそうに、少し顔を歪めていた。
私は知っている。今の話で、彼女が実は一番泣き虫であることを。
だからこの言葉は、彼女の傷に塩水を塗るようなものかも知れないが、私は覚悟を決めて言う。
「先輩。泣きたい時は、泣いた方が良いです。
無理に背伸びして、かっこつけなくて良いんです。
人の作ったイメージなんて、壊しても問題ないんです」
私はそのまま、優先輩を抱きしめる。
先輩の話の中に出てきた、道女先輩のように。
今の言葉は、アイドルの信念とは正反対のものだ。
アイドルは、人の為に必死にキャラを作って、人を楽しませるのが仕事だ。
こんな時でも私は思う。
アイドルとはなんたるか、私にはまだ理解しきれていないと。
だから、今までの結果も、実力ではなく偶然かも知れない。
「あったけえな・・・・・・お前」
私も優先輩からは暖かさを感じた。
優先輩は、過去に服部先輩と道女先輩に言っていた。
『誰かが困った時には助け合う』
その言葉に、私は心をうたれた。
何かで、『人』という字は人と人がお互い支え合っている様子を示している、と聞いたことがある。
何があっても、共に生きる事を選択した先輩は、真に『人』なのかも知れない、と私は思う。
「正子も、この暖かさに惹かれたんだろうな・・・・・・」
「そう、ですかね?」
私は抱きしめながらも、首を傾げた。
今まで私は、自分の事を人を引き付けるような人間ではない、と思っていた。
だから入学直後に服部先輩に誘われた理由など分からなかったし、優先輩の話を聞いた今でも、服部先輩の真意までは見えなかった。
それを知りたい気もするが、残念ながら服部先輩はこの世にいない。
答えを知る事は、永遠に出来ないのだ。
改めてそれに気付いたのか、私の左右の腕は更に強く、優先輩を締める。
「ど、どうしたんだ・・・・・・」
優先輩も困惑していた。
これはしまった、と思いつつ、私は誤魔化し始めた。
「さっき先輩、私の事を暖かいって言ってましたよね?」
「あ、ああ」
その返事を聞いてから、私は答えた。
「優先輩だって、暖かいです。
それに私は、先輩方を嫌いと思ったことなんて、一度もありません。
だから、もう仲直りしましょう」
優先輩の顔が、少し赤くなったのが分かった。
そのまま怒ったような顔をして、優先輩が呟く。
「い、言うなよそんな事・・・・・・」
まだ涙の止まらない優先輩の頭を、私は撫でる。
つやつやした髪は、私にとって触りの良いものだった。
いつまでそれをやっていたのか、抱きかかえている間に、先輩は眠ってしまっていた。




