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今日からアイドルを始めたい!  作者: 心夜@カクヨムに移行
ファイナルライブ編 杉谷寿奈よ、永遠なれ!
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優と道女、正子の死 その三

珍しく、今日は一人で昼食を食べていた。

 いつもなら、正子と道女を呼んで部室に行くのだが、そんな気分にはなれなかった。

 屋上の冷たい風が、自分に寒さを感じさせてくれる。

 優は、正子や道女と一緒なら噴火中の火山だろうが、雪が降る氷山だろうが、気にしないでいられる、と自負している。

 寒いのは、二人がいないからだ、と優は感じていた。

 残った最後のおかずを口に入れ、教室に戻って正子と何を話すか考えようと立ち上がったその時。

 屋上の扉が、前に開く。

 不運な事にそこから出てきたのは――。

「寿奈・・・・・・」

 自分と正子を遠ざけている存在、杉谷寿奈だった。

 どうやら彼女も昼食をとりにきたらしい。

「優先輩、どうしたんですか?」

 無邪気な笑顔で、そう問う寿奈。

 悪意は感じない。それも仕方のないことだ。

 何故なら寿奈にとって正子は、勝手に自分についてくる来るだけの存在に過ぎないのだから。

 しかし、夢の話を寿奈にしても仕方あるまい。

 何とかいつものように答えよう、と優は口を開く。

「あ、ああ。昼飯食べてただけだ。

お前は今からか?」

「はい。授業の後半眠ってしまって、気付いたら昼休みがあと半分になってしまったもので。

今から食べようかな、と」

 良かった、と心で嘆息する。

 如何やら不信感を持たれずに済んだようだ。

 しかしどこでボロが出るか分からない。

 早急に立ち去らねば、と優は動く。

「じゃあ、今日は部活ないから、また明日な」

「え、ええ・・・・・・」

 やはり、少しだけ。

 寿奈は不審そうな目で自分を見ているのが、優には分かった。

 

 それから優は、放課後まで。

 授業中も、便所にいる時も、色んな所で寿奈の顔が浮かぶようになった。

 正子と一緒にいる時の、幸せそうな顔を。

 それを思い出す度、心が痛み、また自傷行為に手を出しそうになる。

 だが行う事も、そして顔に出す事も許されない。

 正子や道女の事が狂おしい程好きで、もし離れてしまえば壊れてしまうかも知れない。しかし余計な心配を掛けたくない。

 だから、抑える。

 正子と話す時さえも、冷静に話さねばならない。

 

 優はそのまま、部室の扉を横に開ける。

 もう一年半もお世話になっている、その部屋に。

 入ってすぐには、備品などを収納したロッカーや戸棚が右側にあり、左側には荷物入れがある。

 そこから少し進んだ先に、横長のテーブルと人数分の椅子。

 きちんとネームプレートが置かれている。

 その左隣の、入口の戸棚とは独立した場所には沢山の写真と、一つのトロフィーが置かれている。

 大会時に撮った写真、正子と共に部を作った時に撮った写真。

 そしてトロフィーは、この前の夏季大会で得たものだ。

 優の気持ち的には、寿奈にはすぐにでも消えて欲しかった。

 だがそれを言ったり態度に出したりすれば、道女はともかく、正子は優を嫌い、憎み、そして恨み――関係を断つだろう。

 失敗すれば良い、この世界に絶望し、どこかへ消えれば良い。

 そんな事を考えていたが。

 去年度は弱小チームだったこのスクールアイドル部に『Rhododendron(ロードデンドロン)』という名を与え、そして優勝へと導いたのは、寿奈がアクロバットを得意としていたからだ。

 追い出したいと考えている存在が、自分達の希望で、自分達が無能過ぎて話にならない、と寿奈自身が呟いたり思ったりしなくとも、現実がそう告げているというのは皮肉だな、と優は常々思う。

 そして現実だけじゃなく、正子も優と道女ではなく、寿奈を選んだ。

 現実とは残酷なものだ。

 

「き、来たわよ」

 約束の時間より少し遅れて、正子が扉を開けて入ってきた。

 いつものように――と言ってもつい最近になってからだが――笑顔を浮かべながら。

 いつもなら、優はその笑顔に、八重歯を見せて返す。

 だが今日は、そんな気分ではない。

 重要な話を、しなければならないのだから。

 嫌われないように、言葉を選びつつ話そう、ともう一度心に言い聞かせる。

 そして優は、口火を切った。

「なあ、正子。

お前、最近どうしたんだ?」

 抽象的に、そう問う。

 その質問の意味が分からなかったのか、正子は目を丸くする。

 だが相手は正子だ。この間にも、問いかけている自分の心を推測しているのだろう。

 そして少し経ってから、その顔は苦笑いに変わった。

「私、何か変わったかな?」

 そのまま正子は、話し続けた。

「皆にも、一年の頃とは別人のように変わったって言われる。

でもね、私は昔から一つも変わってないつもりだよ」

「ああ・・・・・・そうだな」

 正子は昔のネガティブな頃の性格から変わった。

 それは紛れもない事実だ。

 だが正子が言う、自分は変わっていない、という言葉もまた事実だ。

 彼女は、独りでいる人物に積極的に話しかける思いやりがある。

 それは昔から変わっていない。

 だけど、と優は重い声を出す。

「お前、最近私や道女と話してくれない。それに寿奈ばかりを見ていて、私や道女と帰ってくれなくもなったよな・・・・・・」

「な、何言って

「私と道女より、寿奈なんかの事が大事なのか?」

 その声に、正子はいつもの柔らかい声で返そうとするが、もう優の心は止まらない。

 そのまま正子は、黙り込んだ。

 反論する言葉を失い、俯く彼女に、優は畳みかけるように問う。

「寿奈に、何かされたのかよ!? 答えろ!!

それとも私は、お前にとってその程度の存在だったかよッ!!」

「・・・・・・るさいよ」

 微かに唇が震え、そんな声が聞こえた。

 何を言ったのか、優には聞き取れなかったが、次の瞬間。

 

「うるさいって言ってるのッ!!」

 声を大にして、そう叫んだ。

 

 その声は、今まで聞いたことは無かったものだ。

 いや、正確にはその怒り声を聞いたことが無かった。

 優は知っている。

 正子は、人に対して怒らない性格であることを。

 だから驚いた。

 今こうして、親友である筈の自分に怒る目の前の少女に。

 立場が逆転し、口が訊けない優に、正子が涙混じりに言う。

「ほっとけないのよあの子。

私に何かを隠している気がするし。

だから、側にいてあげたいの・・・・・・」

 その時の正子の顔は、自分がどこかに行ってしまわないかと心配している自分のものにそっくりだった。

「自分が身勝手なのも、アンタ達をほったらかしにしてるのも自覚してる。

でも私は、あの子の側にいるって決めたから。

頼むよ優、もうちょっとだけ待っててよ・・・・・・」

 歪んでいた顔を、苦笑に変えて言う正子。

 

「もうちょっとって、私はいつまで待てば良い・・・・・・。

いつまで待てば、お前は私と道女を見てくれる・・・・・・?」

 俯き、体を震わせて、優は問う。

 正子は答えない。

 俯く彼女の紅い瞳は、前髪に隠れて、見ることは出来ない。

「なあ・・・・・・答えてくれよ・・・・・・」

 涙を流しながらそう問うが、やはり正子は答えない。

 いや、もう既に分かっていた。

 彼女の顔を見れば、答えは明らかだ。

 答えられる筈もない。

 正子は、自分に関わるもの全てに対して、基本平等に接する。

 敵に対してはその限りではないが、少なくとも仲間には、皆に優しくしていた。

 だけど、孤独な者を見捨てられない。

 不器用なのに、助けを求める人を放っておくことが出来ない。

 己の命を捨ててまで、寿奈の側にいようとしている、と優は見ていて思う。

 だから正子は、

「じゃあね・・・・・・」

 質問には答えず、それだけ言い残して。

 部室の扉を開け、その場を去った。

 優はその背中を、ただ見ていることしか出来なかった。

 トン、と音を立てて扉は閉まる。

 その音を聞いてから、優はその場で脱力した。

 

 それが、優と正子が最後に二人きりで話した時だった。

 これ以来正子は、部活の用件を伝える以外で、優と話すことはほぼ無くなった。

 修学旅行でも、正子は優や道女と距離を置いていた。

 程なくして、寿奈が骨折で入院したという知らせが入り、勿論正子は毎日のように見舞いに行っていた。

 寿奈や琴実の前では、いつもの皆を演じて。

 もう今では、優と正子の間に、友情なんてものがあったのかも分からない。

 

 そして冬季大会の練習の途中――正子が死んだ。

 

 優は、今までにあった事を全て思い出し、語った。

 優が手に取っていたナイフを片手で落とし、刃で傷付き血に染まる手の道女に。

 道女も、それを思い出してか、俯いていた。

「正子は、寿奈の事しか考えていなかった。

私達の約束なんてどうでも良いって、そう思っていた。

もう友情なんて無かった。

そんなの、分かっていた筈なのに。

でもな、友情が壊れても。

約束だけは、守りたいんだ」

 もう疲れて、優は立つので精一杯だった。

 ただ全てを思い出し、語っただけなのに。

 優は、自分の胸の痛みに体力を奪われていた。

 もう口を開くことすら、ままならない。

 震える足で立ち尽くす優に、道女は優しく告げる。

「優ちゃんの気持ち、凄く分かる。

優ちゃんも辛かったよね。

一番頑張ってたのに、こんなことになってさ。

でも、これは受け入れるしかないよ。

正子ちゃんの分まで私達が生きて、二人でおばあちゃんになって、二人で約束を守って、二人で一緒に会いに行こう」

 だから、と道女は優を抱擁し、

「死なないで」

 涙と血に塗れた手で抱く道女を、優はひしっと抱きしめる。

 そのまま頭を撫でる道女の姿は、まるで自分の母のようだった。


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