道女と優、正子の死 その一
その日は、風の強い晴れの日だった。
眩しく、優の瞳を焼いてしまいそうだった。
人が、それも自分の親友が死んだのに、空は悲しんでくれない。
優にとっては、それが辛くて仕方なかった。
出棺の儀の時、安らかに眠る親友の顔を見た優の両目からは、豪雨のように雨が溢れた。
雨でも降ってくれれば。
雨水が目から流れる涙を洗い流してくれるのに、と思っていた。
あの時、道女が、琴実が、そして寿奈が泣いていた。
せめて自分だけは泣くものかと決めていたが、我慢することは出来なかった。
親友を、笑顔で送れない自分が腹立たしい。
親友が死んだことに、すぐ気付けない自分も腹立たしい。
優は拳を握る。
そのまま式場の壁を、殴りそうになった。
「・・・・・・ッ!!」
やめろ、と心に呟く。
それだけで、体に入っていた力が一気に抜けた。
周りを見る。
離れた場所で、道女は下を向いて泣き、琴実は手で顔を覆い、寿奈だけは泣き止んで空を向いていた。
何かを決意したように見えた。
寿奈――正子が生きていた頃、彼女と最も深く関わっていた者。
普段から独りでいる寿奈に、正子は積極的に声を掛けていた。そして寿奈の心を知ろうとした。
そのまま寿奈は、何を思ったのか、式場の外へ飛び出した。
彼女だけは、何かを見つけたのだろう。
自分とは、違って。
その後。
優と道女のみで、部屋に向かい話していた。
今までの事、そしてこれからの事を。
「今まで、三人でずっとやってきたよな」
「うん・・・・・・」
向かい合う道女の顔は、悲痛そのものだった。
整った顔をくしゃくしゃにして、泣く彼女の顔を、優はまともに見ていなかった。
今度こそ、我慢しているのだ。
涙を流すのを。
「私達は生まれた年も、生まれた場所も一緒だった。
だから、死ぬ場所も死ぬ年も同じってガキの時決めたよな」
「うん・・・・・・」
道女が、若干強く返答する。
それを見て、優は一旦目を閉じ、ポケットから二つのものを取り出した。
飛び出しナイフ。
一つは優の左手で握り、もう一つを道女に手渡す。
「優・・・・・・ちゃん?」
「道女、これは自分で決めるんだ。
冬季大会の為に頑張るか、ここで正子のあとを追うか」
泣いていた道女の顔は、驚きに変わった。
優の言っている事が分からなかったのか、目を見開いている。
「な、何を言っているの・・・・・・?」
「正直、これ以上生きられる気がしないんだ。
それに、私が正子の為にしてやれることは、あとを追うことしか出来ない。
だから道女、私はここで死ぬ。
悪く思うなよ?」
これで良かったんだ。
あの約束を果たすことが出来る。
さようなら、寿奈。
さようなら、琴実。
優はナイフの刃を取り出す。
それをそのまま、一思いに首に突き刺し――――
「――――優ちゃん! ダメ!」
その時何が起こったのか、優には理解出来なかった。
気付けば、自分の手からナイフが消え、床に落とされていた。
そして目の前では、手に傷を負い、出血している道女の姿がある。
彼女の掌が、優の頬にめり込んだ。
背中を打ち、痛みに気付かない状態のまま、道女に喝を入れられた。
「やめてよ・・・・・・。今優ちゃんが死んだって、正子ちゃんは喜んだりしないよ!!」
眼鏡を取り、制服の袖で涙を拭う道女。
そのまま眼鏡を制服のポケットに入れ、続きを叫ぶ。
「今生き残ってる人達で、冬季大会で優勝して、そして皆で笑う。
それが正子ちゃんの本当に喜ぶことなの!!
だから、死ぬなんてバカなこと、絶対にしないで!!」
だったら――――。
優も自分の右掌で、道女の頬を叩きつけた。
「だったら、私はどうやって謝れば良いんだよ。
この一年、私は正子に対して何もしてやれなかった。
それにあいつ、高校入ってから私達にあんまり構ってくれなかった。
私達といた時も、寿奈のことばかり話していた。
辛いんだよ・・・・・」
ずっとずっと、昔の事だ。
三人が出会ったのは。
幼稚園の時、それが優と道女が、正子と出会った時期だ。
入園式の時から優は道女と一緒だったが、当時正子の事は知らなかった。
その時の彼女は、明るい高校二年生の性格とは違う。
不器用で、頭が悪く、何の取柄もなく、ネガティブで泣き虫だった。
それ故、誰にも遊んでもらうことが無かった。
ある日、優と道女が二人で遊んでいた時の話。
道女と二人だけでかくれんぼをして、優が鬼になった時、入れて欲しそうに隠れている正子を見つけた。
その時の彼女は怯えていた。
ずっと見ていた事がバレてしまい、何か言われてしまうと思ったのか、紅い瞳を大きく開き、口も何か怖いものを見たかのように開いていた。
そのまま彼女は、涙を流し蹲りながらこう言った。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
優は手を差し伸べる。
「なあ、立てよ」
声を聞いた正子が、紅い瞳をうるうるさせながら、その手を取った。
「私は百地優。お前、服部正子だろ?
一緒に、遊ぼうぜ!」
優は自分の前歯を覗かせながら、正子を誘う。
優の手に触れている方とは反対の腕で、顔を拭い、笑顔で正子が言う。
「うん!!」
「じゃあ、一緒に道女を探そうぜ!」
それからだ。
優は道女や、正子と毎日のように遊び、泥だらけになっては、親に怒られるような生活を続け。
幼稚園の卒業式の時も、いつものように三人集まり、五時を過ぎ、暗くなった空の下で、寝転がり口を開いた。
「私達さ、生まれた年も生まれた場所も一緒なんだよな」
「うん」
右隣に寝転がる道女が言う。
どんな顔をしているのかは、優には分からないが。
そのまま続ける。
「そして、同じ場所で出会って、同じ時期にそこを出て、また同じ場所へ旅立つ」
「うん」
左隣で寝転がる正子の声だ。
そのまま優は、夜空に手を伸ばした。
星を掴むように、右掌を閉じる。
「私達は多分、運が良かったんだと思う。
だから、約束しようぜ」
眉を潜め、両隣を目だけ動かして見てから、口を開く。
「私達は死ぬ場所も、死ぬ年も一緒だ。
だから、三人の内誰かが困った時は助け合う。
そう、生きよう」
優の言葉の後、二人の手も伸びる。
その手は、自分が掴もうとしていたのと同じ星を掴もうとしていた。
それから十年が経過し、小学、中学と同じ場所を卒業し、高校に入って一年が経過してからのこと。
別人のように明るくなり、アイドル部の副部長となった正子と、優と道女はスクールアイドルになった。
あの日から、自分達と正子の関係は変わってしまったと思っている。
新しい後輩の入学式の前日、始業式の放課後。
前年度冬季大会は、〇票と惨敗を期した。
つまり一年生の誰を勧誘するかは、今の時期一番考えねばならない。
幸い琴美の知り合いに生徒会長がおり、一年生のデータはある程度保有している。
名簿の名前を一つ一つ調べては、何で活躍していたかを文章や映像から情報を得る。
作業が始まって二時間、遂に正子がその名を見つけたのだ。
「優、道女、ちょっと見て欲しいものがあるんだけど」
正子に呼ばれ、優と道女は正子使用していたパソコンの前の椅子に座る。
画面には動画サイトが映っており、タイトルは『中学サッカー決勝戦 閃光中対青原学園』とある。
正子はカーソルを動かし、再生ボタンの上で止めてからクリックした。
細かいルール説明等は詳細に記載されており、取り敢えずそれをぱぱっと読んでから、再び映像を見る。
キックオフは、閃光中からだ。
ルール上、前半のキックオフは前の試合での得点が多い方となっている。
詳細欄によると、閃光中は前試合十九対〇、青原は五対三と圧倒的な差を見せている。
閃光中は前年度、前々年度共に優勝、青原は一年生に強い選手が入ったことにより、閃光と共に優勝が期待されている。
前試合での戦績だけを見れば閃光中の圧勝と思われるが、果たして・・・・・・。
閃光中の十一番の選手が、十番の短い茶髪黄眼の少女にパスを出す。
そこからだ。
十番の選手がまず、青原のFWを飛び越えたのだ。
すかさずボールを蹴り上げ、同じくらいの高さまで十番が飛ぶ。
常人には出来ない技だ。
その勢いでMFを飛び越え、DFも同じように飛び越え。
空中で、オーバーヘッドキックを繰り出した。
その動きに対応出来なかったのか、青原のGKは目を大きく見開いて固まっていた。
十番の選手が着地すると同時に気付いたのか、慌ててネットに突き刺さったボールを見ている。
審判も驚いていたのか、スコアボードの更新が遅れ、実況も『ゴール』と言うのが遅れていた。
やっとリプレイが流れ、ゴール後の映像。
生放送当時の映像故、その時のミスがそのまま放送されているのだ。
十番の選手は淡々と、持ち場に戻っていった。
その後は、閃光中のワンサイドゲームだった。
十番の選手一人で青原から前半後半合わせて、二十点を取り、失点〇で勝利したのだ。
終了後の映像では、淡々と去っていく十番の少女と、後ろから嫌な顔をして追う少女達の姿があった。
「何で、これを見せたんだ?」
正子が口元に笑みを浮かべ告げた。
「十番の少女、杉谷寿奈を優達はどう思う?」
「どう思うか、ねえ・・・・・・」
傍から見れば、十番の少女はただ個人プレイをしており、チームワークなど全く考えていない感じだった。
だが、あのアクロバットな動きや体力、そして運動神経は優から見ても凄まじいものだ。
あんな能力を持つ者がスクールアイドルにいたら、たちまち注目を浴びるだろう。
「凄いとは思う、だけど独りよがりで、とてもチームプレーが出来るような人には見えないぞ」
「だから、勧誘して部員になってもらったら、それが出来るようにするわ。
育てがいがあると思わない?」
その時は、正子の成長を喜ぶことが出来た。
ポジティブさが増し、すっかり優よりも三人のリーダーという感じになったのだから。
スクールアイドルとしての活動は、正子を大きく成長させた。
「ああ、だが言うのは簡単だ。
それを行うのは難しいぞ、正子」
正子は何も言わなかった。
だが正子が伝えたい事は何となく分かっていた。
その時の正子の目は、今までで一番輝いていたのだから。
「正子ちゃん、良い目をしてて格好いい・・・・・・」
「お前も気付いたか?
あの寿奈って奴来るの、少し楽しみだな!」
「うん!」
道女も、笑顔でそう言った。
そして、次の日。
「じゃあ、勧誘してくる!」
自信に満ちた笑顔で、正子はそう言って部室を出た。
優は笑顔で、それを見送った、が。
道女は顔を曇らせた。
「どうしたんだよ、道女」
「優ちゃん・・・・・・」
「何だ?」
「――――本当に、これで良いのか?」
その言葉に、優は目を見開いた。
だがそう言った理由に気付かない程、優もバカではない。
一年生の時の事を、思い出してそう言ったのだ。
「一年の時も、正子ちゃん、琴実さんと話してばかりだったし。
今度も二人に正子ちゃんを取られないか心配なの」
暗い顔をする道女に、優は笑顔で答えた。
「今更何言ってるんだよ。決めただろ、私達は寿奈が入室することを受け入れるって」
「うん・・・・・・」
笑顔で優は道女を説得したが、本当は心配だった。
それでも言えなかった。
一人が困っていたら、残りの二人が支え、同じ時同じ場所で死ぬ。
それが幼稚園の時に交わした誓いだ。
そして何より、その誓いを立てたのは他でもない――
優だ。
優自身がその誓いを守ろうと本気で頑張っている。
自分自身を犠牲にしてでも、二人の笑顔を守ろうとした。
その為に、何を犠牲にしても構わない。
そう、決めたのだ。
久しぶりの更新。これからも加筆修正増えると思われ。




