再会
そのまま私は、扉を開けた。
私の宿泊しているホテルより、数倍豪華そうな作りだ。
ベッドは人数が三人だと言うのに、わざわざ四つ用意してある。
確かこのホテルは、優先輩曰くスクールアイドルの大会の為に、わざわざ運営が貸し切りにしたんだとか。
故に、このホテルには三日後の大会に参加するスクールアイドルのほぼ全員が宿泊している。
入口から見て右上のベッドに座っているのが優先輩。
右下が琴実先輩。
左上が道女先輩、左下が空きだ。
「よう、寿奈!」
部屋の内装を全て確認し終えた私を、最初に歓迎したのは、優先輩だ。
緑の短髪に、活発そうな緑のツリ眼は昔と変わらない。
輝く、整った八重歯もだ。
彼女の今の服装は、緑のジャージ。
熱血教師を思わせる雰囲気だ。
「お前、変わってないな!」
むむっ?
私は右目を少し大きめに開いてから、口を開く。
「失礼ですねえ。これでも私も変わったんですよ!?
色々・・・・・・多分」
「? どこが?」
鈍感なのは相変わらずだ。
だがスポーツは、私より何でも出来る故、見習う部分は沢山ある先輩だ。
「いえ、変わったと思いますよ。
何と言うか、一段と頼もしくなった気がします」
そう言ったのは、琴実先輩だ。
紫色の瞳は大人びており、黒のポニーテールのおかげで色気が増している。
私達の中では一番年長だ。
「やっぱそうですよねぇ・・・・・・?」
「ええ。美しくなったと思いますよ」
琴美先輩に褒められると、不思議と親に褒められるくらい嬉しくなる。
「あ、あのぉ・・・・・・寿奈さん?」
少し臆病そうな声。
「道女先輩!!」
伊賀崎道女先輩。
青の長髪に、青の瞳、そしてフチなしの眼鏡が特徴の読書が趣味の先輩だ。
彼女とは、琴実先輩の卒業式以来全く会っていない。
故に、かなり久しぶりである。
「お、覚えていてくれて嬉しいよぉぉ!!」
少し気弱で、運動も苦手だが、基本的には優しい人だ。
まあ、寝ている時に騒ぐと怖いが。
「お、お前も来てたんだな」
「はい、寿奈とさっき会いまして。
皆さんと会わせてくれると」
「なるほどな、めっちゃ久しぶりじゃねえか」
と、優先輩が千尋を歓迎した。
「歓迎して、下さるんですね。
私は何度か、服部さんから勝利を奪っているというのに」
千尋は下を向いていた。
確かにそうだ。『Rhododendron』と『Rabbitear Iris』は長い間ライバル関係で、特に私が一年の時にいた面子は皆千尋を知っているのだ。
素直に歓迎するなど、普通は出来ない。
「私達はライバル同士だろ?
ライバルはお互いを高め合うもんだ。
いがみ合う関係じゃねえ」
口元を緩ませながら、優先輩は呟く。
「そう、ですね。
確かに、その通りです」
優先輩が歩み寄る。
そして千尋の手を取り、そのまま握手した。
「仲良く、やろうぜ」
「はい!」
ライバル同士が、お互いを認め合った瞬間だ。
少ししてから、私はその部屋のベランダで千尋と向き合うように座っていた。
大切な話をしたい、そう言われたのだ。
「で、何なの? 大切な話って」
「私は思ったんだ。
今日、マリアさんに会って、自分の存在の大きさに気付いて。
そしてさっき、優さん達が、ライバルである筈の私と仲良くしてくれた。
だから、私は決めた」
空を見ていた千尋が、私を見る。
その目は、何時の時よりも熱く、燃える炎のようだった。
「私は、再びスクールアイドルになる。
真宙の為にも、皆の為にも、自分の為にも。
だから」
その先の台詞は、もう逃げない、と言おうとしているように見えた。
分かる。
だから彼女の目に見える、圧倒的な熱に向かって、私は言う。
「頑張って」
千尋は、深く頷いた。
その出来事の後、千尋は部屋から出て行った。
私はそのまま、先輩達の部屋に残っている。
空いていた左下のベッドに腰掛け、今にも眠りそうになっていたが。
「戻らなくて良いのか?」
優先輩が心配した声で問う。
「ええ。今日は、先輩達と一緒にいさせて下さい」
久しぶりに会ったのだ。すぐ帰るなど勿体ない。
私は思っていた。
今日は帰らない、決して。
「それにしても、少し足りないよな」
寂しそうな顔で言う先輩。
何が言いたいのかは、顔と台詞で察した。
「私達には、やっぱり正子の存在が必要なんだ。
あいつがいたから、私達は頑張れた。
妥協なんて言葉は、あのバカには無かったから」
「先輩・・・・・・」
服部先輩。
彼女は自分が知る中で、一番強い人だった。
優しく、頭は悪かったが、面白い人だった。
私みたいな人より、よっぽどリーダーに向いている、そう思わせるに足る人物だった。
「正子は、最期までお前の味方だった
少し、お前には嫉妬していたんだぜ?
お前が入った時、お前に正子を取られてしまうとか、そんな心配ばっかしてたな。
そして実際、あいつは私達にあまり興味が無かったように見えた。
だから、お前の為に死ぬ事を選んだと思う。
あいつは、独りよがりな奴を放っておかないからな」
そうか、服部先輩は最初から分かっていたんだ。
勝ち続ける孤独も、負ける孤独も、全て経験した私を。
助けようとしていた。
「でも私は、最後まで正子や道女といたかった。
生まれた年も一緒で、一緒の場所で生まれたなら、死ぬ年も死ぬ場所も同じが良かった。
例え結婚や仕事の事情で、二人が遠く離れることになっても、私は追いかけるつもりだった。
正子が死んだ時な、私は道女と一緒に心中することを本気で考えたんだ」
その話は、私も知らない。
二人だけで、多分話をしたのだろう。
「少し、その時の話をさせてくれ」




