彼女の過去
《彼女》がこの世に生を受けたのは、今から二十年前の事。
父親は今の《彼女》と同じ、科学者。母親はアイドルグループのメンバーということもあり、文武両道で、皆の憧れの存在として生きる事を期待された。
だが、《彼女》はどこまでも勉強しか出来ず。
母の元アイドルとしての部分に憧れ、ダンスを習い始めたが、上達せず笑い者にされた。
だが、諦める事は無かった。
いつか出来る、正々堂々とぶつかれば、いつかは報われる。
そう思って、生きてきた。
やがて《彼女》も、高校生になった。
スクールアイドル――《彼女》が高校生の時には、既に誰でもなろうと思えばアイドルになれる時代だった。
母親のようなアイドルになりたい、そう思った《彼女》はスクールアイドルのグループを立ち上げ、リーダーとして誰よりも凄いアイドルになろうと努力した。
だが勝つことはおろか、上位すら取れず、酷い時には〇票もあった。
それでも、《彼女》は諦めなかった。
そして、高校三年生。自分のスクールアイドルとしての、最後の大会の日。
予想もしなかった出来事が起きたのだ。
控え室で、仲間と共に結果を待っていた時の事。
ガチャン、とドアが開く音と共に、運営委員が入ってきた。
運営委員は結果が書かれた紙を持っていた。
それを《彼女》に手渡してから、口を開いた。
「――――さんですね。『silver stars』の。
これが今回の結果となっております」
その時《彼女》の頭に、いくつかの衝撃が走った。
努力したのに、また優勝出来なかったこともそうだが、本当に驚いたのはそこではない。
「一位フュルスティンズ、四五〇〇〇票・・・・・・」
四五〇〇〇票。
当時のルールでは、ライブを見に来ていた者にしか、投票資格は無く、収容人数は最大で五五〇〇〇人だ。
故に八割以上が、フュルスティンズに投票したことになる。
二位から十七位までは知らないスクールアイドル。
その次の十八位に、今度は『Rabbitear Iris』の名前。
『Rabbitear Iris』は、《彼女》の中ではかなり強敵だと認識していたが、無名のスクールアイドル達の下に敷かれる形となり。
その一番下に、驚くものはあった。
二十九位の自分達の名前の下に、三十位のチームが書かれていた。
そのチームの名は、『Rhododendron』とあった。
自分達を遥かに凌駕する筈のチームが、まさかの最下位だったのだ。
しかも、自分達よりも下の順位。
杉谷寿奈という、切り札がいたにも関わらずだ。
そこで知った。
《彼女》が思っていた事が、どれだけ愚かかという事を。
時には、沢山のファンがいた者でさえ、新しい強風が巻き起こった途端跡形も無く、塵の如く吹き飛ばされるのだと。
自分達がいくら努力した所で、潰す者は現れるのだと、理解した。
そこで《彼女》は、考えるのをやめた。
今まで《彼女》は、正々堂々とぶつかれば、いつかは勝てると信じていた。
だが気付いてしまった。
それがどれだけ愚かな考えかと。
その日《彼女》は決めた。
誰にでも、自分を認めてもらえる世界を作ろうと。
悔しさと絶望、そして歪んだ希望を持ったまま《彼女》は高校を卒業し、大学生となった。
『silver stars』のメンバーも、《彼女》と共にその目的の為に生きる事を決めた。
《彼女》を筆頭に、他の同級生と共に派閥を作り、大学二年にして博士となり、研究を始めた。
だが《彼女》達はまだ学生故、研究施設などは与えられなかった。
そこで《彼女》達は自分達の研究施設を買ったのだ。
小さな研究室を。
そこで行った実験で、沢山の人が犠牲となったが、既に心が歪んだ《彼女》にはそんな事など気にもされない。
あるのは、実験に失敗した悔しさのみだ。
「・・・・・・」
閉じていた目を開ける、《彼女》。
過去を思い出し、他の研究員に見られながらも、自分で自分に問う。
――また、人が死んだ。それは悲しくないのか?
――ええ、悲しくなんてないわ。
――まだ続けるの?
――続ける。だってまだ、私の目的は達成されていないから。
――だからまだ、人の死を悲しむ時じゃない。
――いつかきっと、笑えるから。
そう唱えてから、《彼女》は少しだけその場から離れた。
そのまま、入口近くに佇む白衣姿の目を閉じている、白髪の警備員に近付く。
それに気付いたのか、警備員は瞼を開けた。
切れ長の紅い瞳を《彼女》に向け、口を開く。
「どうした?」
「――また、失敗したわ」
眉を潜め、少し残念そうな顔になる警備員。
この警備員は、一番《彼女》を知る者。
そして《彼女》にとって、失う事など出来ない親友だ。
困った時は、いつも助けてくれた。
いじめを受けた時は、反撃してくれた。
普段は冷静でいるが、《彼女》にだけは優しかった。
故に、頼りにしている。
「ねえ、いつかは成功出来るわよね?」
《彼女》は問う。
そんな事を聞いた所で、何も答えられない事は分かっている。
だが、不思議とそう聞いてしまうのだ。
「分からない。だがお前に成功させる意志があるなら、出来る筈だ。
成功するまで、私はお前の剣でいてやる。
お前の邪魔をする奴は、私が斬る」
警備員は、近くに置かれた模擬刀の刃を鞘から覗かせる。
その刃は、研究室の白い光に反射して眩しい。
そして警備員の持つ刀は、今両手で持つ一本だけではない。
その近くに、もう一つ置かれている。
有事の際は、警備員は二刀流で戦うのだ。
「ありがとう。
必ず私を、守ってね」
警備員は、少しだけ口元を緩ませた。
その警備員が笑うのも、《彼女》の前だけだった。




