表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日からアイドルを始めたい!  作者: 心夜@カクヨムに移行
ファイナルライブ編 杉谷寿奈よ、永遠なれ!
79/168

記憶に、残らぬモノ

誰の記憶にも、記録にも残らない。

 上位を一度も手にすることの無かったアイドルグループの、宿命のようなものだ。

 いや、アイドルグループに限らず、何でもあり得ることだ。

 注目されることが無ければ、誰の記憶にも残らない。

 それが、分かっていたから。

 少女は、認められようとした。

 例え人が、死ぬことになろうとも。

 

 豆電球だけが点いた、まだ暗い部屋で《彼女》は目を覚ました。

 時刻は午前四時。まだ三月故、この時間帯の空は暗い。

 ベッドからまだ身を乗り出さずに、まず眼鏡を掛けた。

 視界が鮮明になり、眼鏡入れの隣に置いてあるリモコンで、部屋の電気を点ける。

 大きな欠伸と、伸びをした後、充電してあった携帯端末を取り出して、通知を確認した。

 一件だけのメール。母親からだ。

 ダブルタップした後、パスワードを入力し、内容を確認した。

『今月も、また生活費送るね。

ちゃんとご飯食べなさいよ?』

 流石母親だ。自分が最近惣菜や出前でしかご飯を食べていないことを見抜いていたようだ。

 もしかしたら、あのことも――。

 と、考えそうになった思考を停止させる。

 まだ考えるな、自分の心にそう告げる。

 あれが成功するまでは、《彼女》にとって安心など出来ない。

 母親に言われたのだ、自炊しよう、と《彼女》は冷蔵庫まで歩く。

 ベーコンと卵を取り出し、近くの戸棚から食パンも取り出す。

 バターを予めパンの上に乗せ、オーブントースターに入れる。

 そのままフライパンに油を注ぎ、IHのスイッチをオンにし、火力を中火にした。

 油がパチパチと音を立て始めた後、まずはベーコンをフライパンに乗せる。

 両面を炒めた後、次は卵を割って中身を落とす。

 蓋をする。

 昔から《彼女》は、卵は半熟よりも焦げているくらいが好きだったという記憶がある。

 しかし、それを自分で作ったことはない。

 学生時代に友人から、顔は悪くないんだから料理が出来れば良いお嫁さんになれそうと言われたことがあるが、揶揄わないで欲しいなと正直そう思った。

 そのままこんがりと焼けた目玉焼きに醤油を掛ける。

 フライパンから、予め用意した皿に滑らせるように乗せ、部屋の中心にあるテーブルに置く。

 再びキッチンに戻り、オーブンから焼けたパンを取り出し、さっきの皿よりも小さめのものに乗せて、ベーコンエッグの皿の近くに置く。

 食事前の挨拶の後、リモコンでテレビのスイッチを入れる。

 今のニュースは、如何やらスクールアイドルの特集をやっているらしい。

 冬季大会優勝者の名前が映っている。

「ロー、ドデン、ドロン?」

『Rhododendron(ロードデンドロン)』、という名のスクールアイドルが、如何やら優勝チームらしい。

 勿論知っている。

 平凡なスクールアイドルのグループを遥かに凌駕する実力派のグループで、何度か優勝したことがあるのだ。

 たまに惨敗を期したこともあるが、そこも含めてよく分からないグループ。

 彼女達は、いつも一人のある少女のおかげで優勝を得ている。

 チームメンバーの中でずば抜けて運動神経が高く、アクロバットダンスが得意な少女、杉谷寿奈だ。

 逆に言えば、彼女さえいなければ優勝は不可能と言って良い。

 事実、彼女がいなかった時期の『Rhododendron(ロードデンドロン)』は人気が低く、全国で最下位だったのだ。

「殺したい」

 最後のベーコンを口に運びながら、思わずそんな事を口にする《彼女》。

 彼女は勝者や、強い者を嫌う。

 理由は単純。《彼女》には無いからだ。何もかも。

 何をしていても、それは誰かの目に留まることは無い。

 だが、理系分野にだけは強かった。

 昔から入りたいと思っていた理系の大学に合格し、今では自分と同級生達で、あるものを研究しているのだ。

 今日も、その研究室に向かうつもりなのだ。

 食べ終えた後、リモコンでテレビのスイッチを切り。

 鞄を持って、玄関まで歩く。

 ハイヒールを履き、ドアを前に開ける。

 そのまま外に出て、ガチャンと音が鳴るまでドアを閉める。

 今日も彼女の一日の始まりだ。

 

 その小さな研究所は、東京の人目につかない場所に立っていた。

 だが、《彼女》達にとってはそれが好都合だった。

 その研究は勿論、その内発表し、世界の為に使う。

 だが、研究の詳細を知られてしまえば、《彼女》やその仲間に未来は無い。

 それを理解した上での、場所なのだ。

 車を降り、《彼女》は研究所の扉を開ける。

 中に入ると、既に他の研究員が準備をしている所だった。

 勿論、外観のイメージと違わず、中の研究所も小さい。

 部屋が三つあるだけで、研究室と実験室と化粧室しかない。

 扉を開けてすぐにあるのが研究室で、《彼女》がいる部屋だ。

 研究室は会議室代わりにも使われており、実験装置の近くに、長机と研究員の人数分の椅子が置いてある。きちんと椅子の近くにはネームプレートが置かれている。

 一応研究室からは強化ガラス越しに実験室が見られるようになっている。

 更衣室などはない。一応研究員は全員女性なので、その場で着替えられるよう、ロッカーなども準備されてはいるが、大体は《彼女》のように自分の家で着替えてくる者の方が多い。

 そんな粗末な研究室だが、《彼女》の希望通り防音対策だけはしっかりしている。

 音に関する研究をしている《彼女》にとって、外に音が漏れるというのは一大事だ。

 それ故の防音設備だ。

 自分の椅子に荷物を置き、両掌で頬を二、三度叩く。

 先程まで眠かったが、少し目が覚めてきた。

《彼女》は自分の近くにいる研究員に声を掛けた。

「被験者は呼べた?」

「はい、既に実験室にいます」

「そう。では、今日も実験を始めるわよ」

 淡々と答える《彼女》、だが研究員は笑顔だった。

 ここにいる研究員は、皆《彼女》を慕い、過去を知る者。

 だから皆、《彼女》の研究が成功すれば、それで良いと思っているのだ。

 皆勿論、この研究の危険性も、ほぼ違法に近い事も知っている。

 それでも、笑顔。

 きっと、自分達は悪魔よりも悪魔なのだろう。

 そう、思っている。

「はい」

 今日も笑顔で、そう答えられた。

 

 研究室の中で《彼女》を含めた女性達が強化ガラス越しに、中にいる被験者を見る。

 被験者は拘束を解こうと、必死にもがいている。

 だが、強力な鎖でぐるぐる巻きにされた被験者に、それを破ることは出来なかった。

 被験者は勿論研究内容を知っている。

 だが、同意は得ていない。

 連れてきた者には、有無を言わさず実験を受けてもらっている。

 中には、今の被験者のように暴れる者もいた。

 知っているからだ。

 成功すれば、自分が自分でいられなくなることを。

 失敗しても、大変な事になることを知っている。

 暴れる被験者を見ても心を動かさずに、《彼女》は命令を下した。

「では、百九回目の実験を開始します」

《彼女》の命令を聞いた研究員。

 実験を開始する為のスイッチを押そうとしたその時。

『お願い、やめて!』

 被験者の叫び声。

 目隠しで視界を封じられ、ヘッドホンで周りの音を遮断され、苦しむ被験者を見ても、《彼女》が心を動かすことはない。

 最初は慣れなかったが、実験を繰り替えす内に慣れてしまった。

「始めなさい」

 冷淡にそう言い放った後、研究員がスイッチを押す。

 被験者の脳波を示す脳波計が、激しく振れ始めた。

 音楽の効果で、被験者が今興奮状態である事を示している状態だ。

 しかし、《彼女》が調べたいのは音楽を聞いた時の脳の反応などではない。

 今流している音楽に、意味があるのだ。

 今流している音楽が、成功品ならば。

 次にこの脳波は、平常状態に戻る。

 筈なのだが。

 興奮状態は悪化するばかりで、被験者は次第に苦しみ始めていた。

「博士!」

《彼女》を呼ぶ声。

 その声に見向きもせず、虚ろな瞳で苦しむ被験者を見続ける。

 そして脳波は。

 

「博士、脳波を感知出来ません!」

 

 脳波計が激しい興奮状態とは真逆の、一本の線で表現されていた。

 脳波計の故障でないのなら、理由は単純だ。

 死んだのだ。

 激しい興奮に脳が耐えられず、遂にその活動を停止させたのだ。

「博士!」

 何かを告げようとしていたらしい研究員の一人の口を、手で制して塞ぎ。

 心無い声で、《彼女》は言う。

「また、失敗か・・・・・・」

 この実験で失敗したのは、今回を入れて百九回。

 勿論被験者の死亡数は、実験した数と同じだ。

 悔しさで、鉄製の机を思い切り叩きつける《彼女》。

 ここにいる研究員も、《彼女》の気持ちを察したのか顔を下げた。

 研究員は全て、《彼女》の過去を知る者。そして、友人同士でもある。

 だが、ただの友人同士ではない。

 かつて、同じ目的の為に優勝を目指した者達。

 だが、それを叶えられなかった者達が選んだのが、この実験だ。

 過去には、戻れない。

 それは《彼女》達にも十分理解出来ている。

 だから、決めたのだ。

 この実験で、世界を変えると。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://ncode.syosetu.com/n1678eb/ 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ