崩壊の始まり その二
一時間。
空良を追いかけ始めて、それくらいの時間が経過した。
現在地は空良の住居と思しきマンションの茂み。
足音を聞いては、音を立てずに茂みから足のみを出して確認という作業を何度も繰り返す。
そしてビンゴは――――十回目。
黒いコート姿の空良が、道路に出ていくのが見えた。
再び茂みから出た後、追尾を続行。
その果てに辿り着いたのは、学校から遠く離れた場所にあるカフェ。
勿論、空良に気付かれぬよう、私はその近くにあるショッピングの屋上で身を潜めつつだ。
ここはこの街の中心故、様々な場所を見通せるが、反対に人の目に入りやすい。
二分ごとに壁から顔を出しつつ確認を、茂みの時と同じく何度も繰り返している。
変化が出たのは十分後、つまり、五回目の事だ。
空良と向き合うように、二十代くらいの男性が座っていた。
――――空良ちゃんが、男と・・・・・・?
彼氏か何かだろうか・・・・・・しかし、そんな関係にはあまり見えない。
しかも次の瞬間、男は十枚もの札束を、空良に手渡したのだ。
それが終わると、空良は男と共にカフェを退店した。
その後も、気付かれぬよう二人を追いかけた。
最終到達点は、ラブホテルと思しき建物。
まだ今日だけの調査故、証拠不十分ではあるかも知れないが、多分大金を払っている場面やラブホテルという場所、人に言えない秘密から察するに、恐らく援助交際だろう。
少し気のりはしないが、納得するしかあるまい。
後で責めたりせず、ゆっくり聞き出せば良いのだ。
彼女が本当に大好きな、チェスでもやりながら。
◇◇◇
その次の日の事だ。
秀未の見舞いを真宙に任せ、自分は空良と共に踊りと作詞をしようと、部屋に向かった時の事だ。
「答えなさいよ!」
と第一声、真宙の怒号が耳に響いた。
ゆっくりと扉を開けて確認すると、空良と真宙が向き合って話をしているようだった。
真宙の怒り顔にも、動じず笑顔を見せる空良。
「だから言ったでしょう。ただの正当防衛です。
大体一般人に向かって竹刀で戦おうなんて秀未先輩の方がどうかしていますよ。
たかが秘密如きで――――あ、寿奈先輩。
真宙先輩に言ってやって下さい――よ?」
パチン!!
という空良の言葉の後に続いた音が何なのか、やられた空良が倒れるまで分からなかった。
気付けば、右掌が自分の眼前にあった。両目からは熱い滴が迸り、視界が水に入ったようにぼやけていた。
「何するんですか寿奈先輩、今のは私でも予測出来ませんでしたよ。
言いましたよね、私は
「最低だよ。空良ちゃん・・・・・・。
秀未ちゃんの気持ちも知らないで。
本当は秀未ちゃんだって、竹刀で戦うつもりは無かったんじゃないの?
出てって。もう、空良ちゃんの顔、見たくないの」
空良は私の言葉通り立ち上がり、振り返って出ようとしていたが。
顔だけ向けて、こう言い放った。
「なら、先輩。貴女も出ていくべきですよ。
こうなるまで放っておいた貴女にも、責任が無いとは言えませんよね?
私も同じ、重大なミスをしたから出ていく。
ではさようなら、杉谷寿奈先輩」
それだけを言い残し、空良は部室をあとにした。
私は何も言い返せなかった。心の何処かで、正しいと感じていたからだ。
「気にしないで、大丈夫ですよ。寿奈先輩は、寿奈先輩は素晴らしい先輩ですよ!」
「ごめん、真宙ちゃん」
「え?」
言葉が理解出来なかったように、目を見開く真宙。
自分は無力で愚かだ。
部員の秘密に気付けず、このような事態になるまで放っておいて。
何を見ていたのだろうか。
全く周りを見ていなかったのは、恐らく確かだ。
自分は昔から何も変わっていない。
他人に気を遣えない、愚かなままだった。
「ごめん。秀未ちゃんが戻ってきたら、あとのことは頼むよ・・・・・・」
私は俯いたまま、部室の外を出た。
こうして、黒野空良と、私――――杉谷寿奈は退部した。
だから、私が――私が優勝を目指そうと頑張った話は終わり。
本当に、これで良かったのかな・・・・・・?
・・・・・・。
 




