真の天才
学校――という言葉が似合わない程大きい。
全ての設備が新しく、まるで巨大企業のようだった。
『私立 フュルスティン女学院高校』。
滋賀のみならず、全国からエリート中のエリートを集めた女子校。
入学費は普通の私立高校の比ではなく、受験料も五万円と高い。
私のような人間には、一生縁の無い場所だ。
今日は私一人で来ている。
他の部員を、特に後輩達を、私の個人的な関係に巻き込みたくない。
「さて、ホワイトリリーズを見学したいんだけど・・・・・・」
どこに行けば良いか、みたいな見当は一切ついていない。
誰か、良心的な人が・・・・・・。
「あれ、『Rhododendron』の寿奈さん?」
誰かの声。
その方へ振り向くと、丁度探していた人がいた。
ホワイトリリーズのリーダー・星夜真友。
「ようこそ、フュルスティンへ」
◇◇◇
と言われたが、校舎内に入るわけではなく、その近くにある公園に場所を変えた。
私は真友と共に、ベンチに座っていたが、少し居心地が悪かった。
何と言うか、芽衣が隣にいるようだったからだろうか。
座ってからしばらく黙っていた私は、その沈黙を破った。
「真友さん、私の事覚えています?」
どことなく芽衣と似た笑みを浮かべていた真友は、私の方を向いて返答した。
「ええ。覚えていますよ。杉谷寿奈さん。
私の教え子を可愛がってくれたそうですね」
「そんなつもりは無いですよ。でも、私は正直貴女の事も恨んでいるんです」
表情を変えずにいる真友に向かって、私は更に責め立てる。
「何故、何故! 貴女は芽衣のやっている事を止めなかったんですか!!
貴女が止めてさえくれれば、先輩は――――
「泣き叫んでも過去は変わりませんし、芽衣さんをそういう風に育てたのは私です。
本当はあのような手段は奥の手として使うように言ったのですが、出来損ないのあの人には無理だったようですね」
要らないと感じた人形を見るような目をした真友を見て、私は憤りを覚えた。
「自分で、芽衣を育てておきながらッ!!
アンタはッ!! アンタは――ッ!!」
嗚咽混じりで発した言葉の先を、私は言う事が出来なかった。
気付けば、私の眼前にナイフの切っ先が向いていた。
二年前、芽衣が先輩を殺したナイフと同型のものである。
いつ向けられたのか、いつ抜き出されたのかも分からない。
「これは芽衣さんには、出来ない技です。
芽衣さんは昔、私に言ったんです。
『私より上の存在は気にくわない。もし貴女を超えたときには、貴女を殺す』と。
だけど芽衣さんは、遂に私を超えることは出来ませんでした。
終いには、貴女に平手打ちを喰らったとも言っていましたね。
どんな攻撃が来ても躱し、反撃するように教育したというのに・・・・・・」
はぁ、と溜め息を吐いてから、
「あの子はああ見えて不器用なんですよね。
だから、肝心なところでミスをする。
私は芽衣にも言ったんです。
もし逆に、私の期待を裏切り、重大なミスをした場合は芽衣さんの親に頼んで、刹那家から永久追放する、と。
芽衣さんはそれに耐えかねて自ら死を選んだ。
最初からそうなる事は分かっていましたがね」
「そんなこと――ッ
「無くはありません。事実芽衣に出来ないことは、私に言わせればまだ沢山あります。
私が今のレベルに達するまで、生まれてから五年も必要としませんでしたが、彼女は生まれて十六年掛かっても私から教わるべきことの半分すら自分のものに出来なかったんです。
そもそも凡人に毛が生えた程度の人間に、天才たる私を超えることなど出来ないのですよ」
真友の言葉に対して、少し冷静になった。
何も言えない。
彼女の言う事に間違いはないからだ。
「なら、何故スクールアイドルになったの?」
私にとって一番の疑問。
「そうですね。そもそも、スクールアイドルになる為に高校へ入学しましたが、一つは興味です。少し面白そうだと思ったので」
「その理由なら、私も頷ける。
でも、それだけじゃないんでしょ?」
「勿論です。他の理由としては、芽衣さんに見てもらいたかったんです。師の実力を、この世界の理を」
自分の教え子を、地を這う虫程度にも気に掛けない――出来損ないの人形に対して言っているようなその台詞に、私は恐怖を覚える。
私がゴクリと唾を飲み込んだのを見た後、真友は続けた。
「良いですか、寿奈さん。この世界には、二種類の人間がいるんです。
そして、勝負――つまり争いとはその二種類の人間のどちらに属するかを決める為のものなんです。
二種類の人間――簡単に言えば、勝者と敗者です。
そこに、差などありません。
勝者は、勝者足りえればそれで良いのです。敗者は、ただ勝者の前から消え去れば良いのです」
「アンタは
「どうせ間違っている、などと言うのでしょう?
間違ってなどいませんよ」
私の言おうとしたことを看破した真友。
「そして、敗者に一矢報いられる勝者も敗者と同じです。
価値無き者に負ける勝者も、価値無き人間なのですよ」
なんて、なんて返せば良い。
私は別に、得意分野以外で負ける事を気にしていなかった。
故に、彼女の言葉に反論出来ない。
「それでは、私は練習がありますのでさようなら」
真友は立ち上がって、公園の外に向かって歩き始めた。
何も言い返せない悔しさで、今にも泣きだしそうだったその時だ。
パチッ、と電気のようなものが弾ける音が真友から聞こえた。
「?」
それが何なのか、少なくとも私には分からなかった。




