勝つ為に、必要なモノ
十一月。
決勝たる冬季大会への出場者を決める秋季大会まで、あと僅か。
作詞担当の寿奈と空良は、二人で詞を考えていたが。
「だーめだ・・・・・・全然思いつかないよぉ・・・・・・」
全くアイデアが出ずにいる。
やがて何も思いつかないことにムズムズしてきたのか、かゆいわけでも無いのに寿奈は茶色の髪を掻き毟り始めた。
次で決勝に出場出来る選手が決まる。
真面目に決勝に出たいと思う者にとっては、非常に焦ってしまう時期なのだ。
例え寿奈が楽しむことが一番と分かっているとしても、決勝に出たいと思う気持ちは他の出場者と同じなのだろう。
普段、冷静な秀未さえも、動揺して目を泳がせていた。
「焦ってます? 先輩」
「うん・・・・・・」
やっぱりな・・・・・・、と空良は心で笑う。
空良が相手の心を読み間違えたことなどあまりない。
多分いつもの寿奈なら、こう言うだろう。
「ねえ、空良ちゃん。チェス勝負しない?」
ってね。
「良いでしょう」
◇◇◇
のやりとりから一時間。
「また負けちゃった・・・・・・」
寿奈は現在、零勝十敗零分。
今までの勝負を全て含めれば、零勝百五十敗零分。
勝ててはいないが、全く状況が変化していないわけではない。
今まで空良相手に勝った相手はいないが、チェックをとったのは寿奈のみだ。
どちらかと言えば攻撃型だった戦略も少しずつ変わり、空良がどう動くかを予測して動くようになっていったが。
今日は違う。空良は寿奈を数ターンで完封出来た。
彼女が焦っている証拠だ。
「先輩、貴女いつもより完封されるのが速くなりましたね。
それに、私が用意した小学生でも見破れる罠にもあっさり引っかかりましたし」
「空良ちゃんの言う小学生レベルってかなり高い気がする・・・・・・」
「これでもテストの点数は赤点ギリギリがほとんどですよ。
私は暗記と計算は苦手ですし」
寿奈は再び頭を掻き出す。
「寿奈先輩は焦っている時、必ず頭を掻きますよね。
感情が表に出てしまっています。それではいつまで経っても、私には勝てませんよ」
「焦っちゃダメって、分かってるんだけどねぇ・・・・・・。
でも空良ちゃんは、あまり動揺とかしないよね」
「全く動揺しない人間なんているわけないじゃないですか。
秀未先輩みたいな、普段から精神を鍛えている人間でも、動揺する時はしていますし。
分かりやすいか、分かりにくいか。
それだけの違いです」
「なるほどね・・・・・・」
空良には分かる。
寿奈達が、十位以上に入る為に必要なモノが。
「先輩、勝つ為に必要なモノは良い歌と踊り以外に、何が必要だと思いますか?」
この質問の答えも、寿奈ならどう言うか空良には分かる。
「楽しむこと、かな。それが一番大事って、先輩に言われたし」
「では、楽しむ為に必要なモノは?」
「・・・・・・焦り、迷いを捨てること」
「その通りです。それが勝利する為に必要なモノです」
「分かってる・・・・・・。分かっているんだけど・・・・・・」
寿奈は部長だ。
空良や、他の二人――そして先輩達の期待を背負って戦い続けている。
勝つ為、楽しむ為に皆の中心となって考え続けている。
空良は寿奈を信じ切ったわけではないが、少なくとも今まで接してきた人間の中では一番マシだ。
だから、少しは助けてやろう。
「先輩、目を閉じてみて下さい」
「こ、こう?」
寿奈はぎゅっとではなく、軽く瞼を閉じた。
「自分が勝った時の様子を出来るだけ具体的に想像してみて下さい」
「想像・・・・・・」
十秒間時間を与えた後、
「眼を開けてみて下さい」
「・・・・・・」
寿奈が目を開ける。
「どうですか?」
「うーん・・・・・・、ぼんやりとだけど思い浮かんだ。
勝てる、のかな?」
「勝てますよ。自信さえ持てれば」
「そうだね! ありがとう空良ちゃん!」
「はい、それでは歌詞作りを再開しましょう」
「うん!」
そして空良は、寿奈達と練習し続けた。




