姉と妹
『滋賀県立〇×女子高等学校』――――。
学校は、良くも悪くも平凡そのもの。
だが、その学校の名はほぼ全国に通っていると言って良い。
ここはスクールアイドル『Rhododendron』が通う学校なのだから。
彼女らの人気は、かなり高い。
昨年は最下位だったにも関わらず、今年は春季と夏季でかなり順位を上げている。
秋季での活躍によっては、決勝戦に出場する可能性が高いチームだ。
彼女らが強い理由は、そのチームのメンバーの一人にある。
杉谷寿奈――――『Rhododendron』のリーダーだ。
元々弱小チームに過ぎなかった『Rhododendron』だが、彼女の存在によって、チームは大きく変わった。
他のアイドルには出来ない、アクロバットかつ可憐な動きを、歌いながら行うという技を持つ彼女は、アイドル界の革命児と呼ばれている程だ。
そんな少女の知り合いが、今校門前に立つ彼女である。
雪空千尋。
元『Rabbitear Iris』のリーダーで、現在大学一年生。
目的は二つある。その内の一つが、今の『Rhododendron』を見物することだ。
『Rhododendron』は普段、一階の部室で練習している。
千尋は遠くから眉を潜めて、練習を覗き始めた。
今は寿奈が、新しいアクロバット技に挑戦しているところらしく、寿奈以外のメンバーは離れて見ていた。
その中には勿論、千尋の妹の真宙もいる。
「真宙・・・・・・」
真宙――昔は姉である自分を何よりも尊敬してくれていた妹。
『Rabbitear Iris』が無敗じゃなくなっても、懸命に戦い続ける自分を――褒めてくれていた妹。
だけど、そんな日々は何時までも続かなかった。
正子の死と、寿奈の離脱を知り、千尋はスクールアイドルをやめることを決めた。
耐え難い喪失感と、正子を殺した誰かに対する怒りで、一時期千尋は全く笑う事が出来なかった。
今もそうだ。笑い方を忘れてしまったように、上手く笑えない。
そんな自分でも、真宙は自分を受け入れてくれると信じていた。
しかし真宙は、千尋が離脱することを聞いた瞬間、激しく怒り、その次の月には滋賀へ行き、自分には一切連絡しなかったのだ。
もう一つここに来た目的は、真宙と仲直りする為。
あの頃の二人に、戻りたいからである。
「行くよ~ッ!!」
寿奈はそう叫ぶと同時に、技を開始した。
まず、両掌を高く掲げる。
次に、四回ほど前方転回し、両足で着地。
そこから、大きく後ろに飛び、宙返り。
最後に、再び両足で着地。
合計四過程のアクロバット技だ。
真宙と黒髪の少女が拍手する。
寿奈は照れ臭そうにしていた。
そんな時だ。
無反応だったもう一人の黒髪が振り向いて、千尋と目が合う。
「そこのお前、いるのはとっくにバレているぞ」
「え、あ、ごめん」
と反射的に謝ってしまった。
◇◇◇
「そ、そんなわけでお久しぶりです寿奈さん」
「私も千尋さんとまた会えて嬉しいです」
取り敢えず不快な気分にさせなくて良かった、と千尋は胸を撫で下ろしたが。
肝心の妹は、ご機嫌斜めのようで、一人だけ別の方向を向いていた。
「ところで、今日はいきなりどうしたんですか?」
「今の『Rhododendron』を見に来ましたわ。
あと、久しぶりに妹に会いたいと思いまして」
「そうですか、どうぞごゆっくり
「出てって」
寿奈の言葉を封じたのは、やはり真宙だ。
千尋の方に向き直り、少し歩み寄ってから口を開く。
「お姉ちゃん、ちょっと話があるから、私に着いてきてくれない?」
「う、うん」
◇◇◇
「なんでここに来たの?」
部室から離れた部屋で、真宙が最初に発した言葉。
千尋は黙って俯き、そして思った。
やはりここに来たのは、間違っていたと。
「黙ってないで、答えてよ。
やっぱりお姉ちゃんは、そういう人なんだ。
正子さんが死んだくらいで、あの世界を捨ててしまったように。
私に怒られただけで、何も言えなくなるんだね」
この言葉を聞いて、千尋は少し反省した。
思えば昔、寿奈に掛けた言葉は、結局口だけになってしまったと。
千尋はスクールアイドルとして、ライブをやり、練習をしている時間が一番生きていると感じると、一度言ったことがある。
だが、正子の死や寿奈の一時離脱と同時にやめてしまうことを、あの時躊躇わなかった。
「わ、私は・・・・・・。この世界をどうでも良いだなんて思ったことは一度も無いわ。
真宙・・・・・・。私が真宙よりアイドルに憧れていたこと、知ってるでしょ?」
「嘘吐きッ!」
真宙の絶叫が、部屋中に響いた。
「お姉ちゃんは、ただの嘘吐きだ。
いつも自分を強いように見せているけど、本当は弱いんだよ!!」
バシンッ!という音が部屋中に響いた。
紛れもなく、それは衝動的に放った平手打ちが真宙の頬に当たった音だ。
「そうだよ、私は弱いんだよ。
大切な人が死んだだけで、自分の好きなものを捨ててしまう弱虫だよ。
だから、真宙に謝りたかった」
「謝ったって、許すと思ってるの?」
頬を押さえながら、真宙が言う。
分かっていた。
真宙はやると決めたらやる女だ。千尋みたいな人とは違う。
あの日両親に、卒業するまで帰らないと言った約束を、今でも守り通しているくらいなのだから。
「思ってないよ。でも、これからも真宙の事は応援する。
それに、真宙の望み通り、真宙の前にも現れない
だから――――さよなら」
そう言い残し、部屋の扉を開けようとしたその時。
「待って、お姉ちゃん」
その声の後、千尋の背中に何かが張り付く感覚がした。
真宙だ。
真宙がギュッと閉じた双眸から涙を流して言う。
「大嫌い・・・・・・、お姉ちゃんなんて大嫌い・・・・・・」
相変わらず頑固だな、と千尋は心で呟いた。
「私は大好きだよ。今も昔も。
約束を果たして、会いに来てね」
その言葉に、返事は無かったが、涙を流して抱き付く真宙が言っている気がした。
『分かったよ、お姉ちゃん』と。




