チェス勝負 その二
寿奈と初めて勝負をしてからどれくらいの時を過ごし、どれくらい勝負をしたのか。
それは憶えていないが、一つ言えることはある。
空良は、まだ一度も負けていない。
だが、寿奈は自分が空良に勝てないことに失望などしていない。
寧ろ、次は勝ちたいなと笑っているのだ。
過去に映像で見た杉谷寿奈とはデータが違う。
あの時の彼女は表情や行動から推測する限り、勝つことも負けることにも苦しんでいるようだった。
それは空良にも理解出来る。
この世界は残酷だ。
勝ち過ぎれば、才能を嫉妬されてペナルティ。
――――チェスで勝ち過ぎて、二度と遊んでくれなかった周りの人間。
負け過ぎれば、その弱みを突かれていじめを受ける。
――――テストの点数が低すぎて、そのことで虐めを受ける。
それが、この世界。
寿奈みたいな人間は異常だ。それはあくまで杉谷寿奈の一面であり、裏があるのかどうかは分からないが。
だからこそ、空良は気になる。
寿奈は信用に足る人間なのかどうか。
「先輩、少し聞いても良いですかね?」
「ん、どうしたの空良ちゃん?」
「先輩、自分が一度も勝ててないこと、分かってますか?」
「まあ、うん。チェスで君に勝ったことは無いけど・・・・・・」
「では、何故勝てないと分かっている勝負にわざわざ乗ってくれるんですか?」
寿奈は少し考え込んでから、空良の質問に答えた。
「勝てない――――ね。確かに昔の私だったら、負ける事や下の舞台に落とされることを恐れて、純粋に勝負は楽しめなかったよ。
だけど、今は違うよ。
そんなものより、もっと大事なものがある。
負けたなら、私を負かした相手を研究して、次は――――次こそはと戦い続ける。
今はね、負ける事さえ楽しいと思えるの」
「負ける事が――――楽しい?」
「うん。確かに負けは悔しい。
でも、負かした相手と何度でも勝負して勝つまでが楽しいんだ」
空良には、到底理解出来なかった。
生まれながらの才能と、自分自身、そして自分の好きなもののみを信じて、生きる空良にとって、努力というのは無縁のものだった。
今だって、テストの点数は赤点ギリギリがほとんどなのだ。
「実はさ、私――――人生で一度も勝てなかった相手がいたんだよね」
「え?」
「その人は、元々私の親友だった。
でも、試験でもスポーツでも、得意なサッカーでも。
勝てなかった。
私は、そんな親友が好きだったけどね」
寿奈の親友――良いなそれと空良は感じた。
空良には友達と呼べる存在などいない。
「だけど、その強さの一部は幻想だった。
親友は自分の家の力を使って、自分より強いものや脅威となり得る者を出場出来なくした。
そして、私が大好きだった先輩まで殺したんだ」
「・・・・・・」
「それでも、実力じゃ私なんかより上だったんだ。
性格は歪んでいたけど。
結局、親友は自殺した」
そう語る寿奈は、落ち込んだ顔はしていなかった。
まるで、子供に昔の話を聞かせる親のように、少し寂しそうな顔をしている。
「空良ちゃん。私は親友に勝てなかったけど、分かるんだよ。努力は決して裏切らないってね」
そう言いながら、寿奈は空良のクイーンをルークで獲った。
もう一度ルークで行けば、寿奈はチェックメイト。
だが。
「先輩、良い話ありがとうございます。
どうやら、私をチェックしたようですが。まだまだですね」
空良はビショップを動かし、寿奈のクイーンを討ち取った。
「チェックメイトです先輩」
「ま、また負けた・・・・・・」
「それでは先輩、また今度」
「うん!」
空良は荷物入れにチェス盤を入れ、そのまま退出した。




