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今日からアイドルを始めたい!  作者: 心夜@カクヨムに移行
第十一章 四月編 帰還、そして新たなスタート!
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チェス勝負

チェス盤に、タンという音を立てながら白い駒を移動させる。

 同時に、そこにあった黒い駒を左手で持ち上げ、盤外の床へと置く。

 次に、黒い駒を自分の手で移動させ、白い駒を反対の手で盤外へ。

 そして再び腕を組み熟考する。

 

 黒い髪と虚ろな茶色の瞳の、その少女が毎日やってきた遊びだ。

 友達も家族もいない、天涯孤独の身の彼女が毎日やってきた遊び。

 借りているアパートの、狭い自室にあるのは、日用品や音楽のCD、ゲーム機、援交用の避妊具など。

 全部、両親の遺産と援交で稼いだ金で買ったものだ。

 そこまでして、児童施設にも住まわず、一人で生きる理由。

 それは、いじめを受けたからだ。

 皆、少女をバカにする。

 生まれつき出来が周りより悪く、アスペルガー症候群と診断された少女は、他人と馴染めずにいた。

 何度も虐めを受け、少女は耐えられなくなり施設を出て行った。

 それ以来、両親の遺産でアパートを買い、八歳にして援交で金を稼ぎ始めた。

 学校での虐めや援交で酷い相手と会ったことも何度かあり、そんな事を繰り返され、或いは繰り返した結果、少女は心を閉ざし、人が信じられなくなった。

 そんな彼女にとっての楽しい時間が、一人で好きな歌を歌っている時や、人間観察をしている時や、一人でゲームをやっている時間だ。

 自分の好きなものは自分に対して嘘を吐いたり、自分を汚したり、自分を見捨てたりしない。

 自分の好きなものだけを信じ、自分と好きなもの以外の全てを疑って生きて来た少女には、一つ特技がある。

 それは、相手の心理を読み取ることだ。

 少女は殴り合いなどの喧嘩は弱かったが、口喧嘩だけは得意だった。

 相手の真意を読み過ぎて、余計虐めは加速したが。

 

 今日、少女には参加すべき用事がある。

 入学式。

 そう、彼女は今日から高校一年生になるのだ。

「そろそろ時間か。嫌になる」

 彼女は勿論、自分の意思で高校に通う事にしたのだが、そこに学校に行きたいからという気持ちは無い。

 将来の為に、仕方なく行くのだ。

 多分、高校でも虐めに遭うだろう。

 期待など端からしてなどいないが。

 少女はチェス盤の中に駒を全部入れた後、鞄に収納する。

 そのまま鞄を片手に、ドアに向かって歩き出す。

 

◇◇◇

 

 入学式とホームルームが終わり、そのまま帰ろうと立ち上がる。

 新しいクラスメートと担任教師を睨みつけるようにしてクラスから去り、そのまま下駄箱に向かおうとしたその時だ。

「あ、ねぇ君?」

 後ろから声が聞こえ、少女は振り向いた。

 少女に話しかけた主は、茶色の短髪に、黄色の瞳の整った容姿の上級生――スリッパの色からして三年生だ。

 久しぶりだ。少女にこうして気さくに話しかけてくる人間は。

 だが、少女は自分にこう告げた。警戒を怠るなと。

 少女は、上級生に質問する。

「何用でしょうか? その――」

「あ、名乗って無かったね。私は杉谷寿奈。

スクールアイドル部の部長だよ」

 スクールアイドル部、部長ね。

 多分、新入生勧誘だろう――――当然部活動などに興味は無いが・・・・・・。

 いや、だが。

 少女の頭の中で、一つの好奇心が芽生えた。

 それに従って、少女は寿奈に言う。

「杉谷寿奈先輩、ですよね。

確か、中学時代はサッカーで有名だったっていう。

あと、ブラジルのジュニアグループにも所属していたとか」

「く、詳しいね。

と、ところで部活の話なんだけど、入る?」

 ここで話を持ってくるか。

 よし、自分がしたい事を言おう。

「その話なんだけど、一度部室に行きませんか?

少ししたい事がありまして、それから考えます」

 さて、断るか?

「え? まあ良いけど」

 その言葉を聞いて、少女は内心笑った。

 第一段階は上手くいったと。

 

 少女は寿奈と共に、スクールアイドル部の部室に入る。

 二人の二年生の先輩に会釈した後、部長席の前にあるテーブルの前に椅子を移動させた。

 そこに座り、寿奈にもそこに座るように促す。

 寿奈はまだ少女の真意を理解出来ずに、質問した。

「ところで、これから何をするの?」

 少女は、寿奈の質問の後鞄からチェス盤を取り出す。

 そして、答えを告げる。

「一つ勝負をしようと思いまして。

杉谷寿奈先輩、貴女は頭が良いと聞きました。

だから、私と勝負してほしいのです。

私が勝てば、入部の話は無し。先輩が勝てば、入ることを約束しましょう」

 未だに呆けた顔をしている寿奈。

 だが次の瞬間、それは笑いに変わった。

「良いよ、一回勝負ね。

絶対に部員にしてみせるッ!」

 この時、少女は寿奈の目つきからあるものを感じた。

 自分が今まで向けられたことの無かったもの。

 いつも自分に向けられていた眼差しとは反対のもの。

 灼熱の炎の温度すら超える程の、圧倒的な熱を感じた。

 それが、純粋に勝負を楽しみにしているのか、自分を勧誘したいという強い気持ちの現れなのかは分からないが。

 勝負は始まった。

 

「チェックメイトです」

 少女の白いポーンが、寿奈の黒いキングがあった場所に置かれる。

 先行を譲ったにも関わらず、十五手で寿奈は少女に敗北した。

「ま、負けた・・・・・・」

 悔しそうにしゅんとする寿奈。

 次の瞬間。

「あ、ということは。

部、入ってくれないの?」

 若干涙目になりながら、寿奈は訊いてきた。

 それを見て、少女は内心嗤う。

 この人、分からないのかなと。

 寿奈達に顔を見せずに、無表情から笑いを一瞬で作ってから、寿奈に振り向き言う。

「さっきの話は嘘ですよ。部に入ってあげましょう」

「本当!? やったー!」

 寿奈は満面の笑みで少女に抱き付いて言う。

 少女は内心困惑しながら、少し睨みつける。

 寿奈もそれを察し、離れてから再びお礼を言う。

「ありがとう」

「いえいえ、少し勝負をしたかっただけですから。

これくらい当然ですよ。ついでに、寿奈先輩の性格も把握出来ましたし」

「え? 本当に?」

 実を言えば、少女は寿奈を試しただけなのだ。

 元々アイドル部には誘われた瞬間、入ろうかなとは思っていたので、あとは部長がどんな性格なのかを見たかっただけなのだ。

 本当に信頼出来るのか、どうか。

「先輩は積極的な性格ですね。

キングを取ろうと必死でしたが、防御が疎かになっていました。

それでは、私に勝つことなど出来ませんよ」

「え、そうだっけ・・・・・・えへへ」

 そしてこれは寿奈にいう事など勿論出来ないが。

 信頼できるかどうか、についてだ。

 それは――。

「じゃあよろしくね。君、名前は?」

 寿奈に言われて、少女は名乗る。

「私は空良(そら)黒野空良(くろのそら)

「よろしくね空良ちゃん!」

 こうして少女――空良を部員にした寿奈は、部長席に戻って二人の先輩と話し始めた。

 

 話を戻して、信頼できるかどうかについてだ。

 信頼出来るか、どうか。

 それは――。

「ああいう人、一番裏切りやすそうで嫌いだな」

 確かに、チェス勝負の時の眼差しは熱く、自分も溶かされそうな勢いだったが。

 その熱さには、何か裏があるような。

 そんな何かを、感じたのだ。

 

 こうして、スクールアイドル部に一人仲間が増えた。

 だが――。


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