琴美先輩の卒業式、そして・・・・・・
芽衣の死から数日。
三月になり、琴美先輩と過ごせる時間もあと僅かとなった時期。
私の家に、一人の女性がやってきた。
「初めまして。杉谷寿奈さんですよね。
ちょっとお話がありまして・・・・・・」
――――。
私に飛び込んできた話。それは――――。
「サッカー留学・・・・・・?」
突然の話だったが、落ち着いて反応出来た。
「ええ。聞いた話によると、貴女は中学時代にかなりの伝説を残していると聞きまして。
ブラジルのジュニアチームに来て欲しいとの事です」
サッカーの留学。悪い話ではない。
だが、私には。
「すみません。私は高校で別の部活に入ってますし、それにこの家には留学なんてするお金は・・・・・・」
「勿論お金は此方で出します!
それに部活の話も、全て承知の上です。時間が無いので、今この場で決めて下さい」
この瞬間、私は今までの人生で一番の選択を強いられていると感じた。
サッカー留学・・・・・・。
中学生の時からの夢に、また戻れる。今の夢を諦める選択になってしまうが。
――本当に、行くという選択肢で良いのかな?という思考が過る。
アイドルを、続けた方が良いのかなと思った。
しかし、アイドル大会で、私は多くを失った。
――勝てるという希望を。
――憧れていた元親友を。
――――大好きな先輩を・・・・・・。
やはり自分は、アイドルなど続ける資格は無い。
先輩のようになれる。頑張れば、努力すれば。
親友の心を変えられる。前みたいに仲良くなれると。
――そんな思い上がりが、先輩を、親友を、私自身の心を――殺した。
もう、やめてしまおう。
もう、終わりにしよう。
二人の為に、そして何より、自分の為に。
「分かりました。行きましょう」
その女性は笑顔で、飛行機のチケットを渡してきた。
◇◇◇
偶然にも、飛行機の出る日時は琴美先輩の卒業式の夜だった。
卒業式を終え、部室で私は琴美先輩とお別れ会をすることになり。
涙を流しながら、琴美先輩は皆にお礼を言い。
最後に、私に言う。
「寿奈さん。一年間、ありがとうございました。
本当に、楽しかったですよ」
「いえ、こちらこそ。次の大会では、勝てるように頑張りますね!」
私は、先輩に嘘を吐いた。
先輩、すみません・・・・・・。
偽りの言葉、偽りの笑顔で先輩を送り出し。
道女先輩と優先輩、そして私だけになった部室で、俯いていた。
真実を告げる事なく、そのまま帰ろうとしたとき。
「寿奈! これからも、三人で頑張ろうぜ・・・・・・?」
優先輩の声。
私は苦笑いして、それに答えた。
「はい。次は、勝ちましょう!」
私は最後まで嘘を突き通すことになった。
◇◇◇
両親の見送りや、親戚の祝福の言葉の後。
気付けば、私は飛行機の中にいた。
勿論、空港での出来事から、飛行機に乗るまでの記憶が無くなったわけではない。
あっという間過ぎて、そう感じたのだ。
やはり、私の親戚以外の人間はいない。
「・・・・・・」
そこで私は、自分が恥も誰かが見ている事も忘れて泣いている事に気付いた。
「この涙が、嘘だったら良いのにね・・・・・・」
そんな言葉を残し、私の乗る飛行機は少し音を立てて離陸した。
恐らく、長い間帰ることは無いであろう日本の地を。




