命を賭してまで、守ろうとしたもの。 少女の決意
服部先輩の葬儀は、大会の一週間前に行われた。
先輩の家族やクラスメートは勿論。私達も参加した。
出棺の儀の時、私は先輩の顔を久しぶりに見ることになった。
安らかな顔をしている。でも、笑っていた。
先輩の死因は、刃物で刺された事による失血死らしい。
だが、それを誰がやったのかまでは分からないそうだ。
今も、服部先輩との思い出は心で溢れている。
『新入部員を連れて来たわよ!』
いきなり部室に私を連れてきて、私を新入部員にいきなり仕立て上げようとしたあの時も。
私に四人で歌っている姿を見せてくれて、私が入部を決意した時のあの笑顔も。
全部全部、思い出せる。
だけど、それも消えそうになっていた。
服部正子先輩。一年生の時までは弱くて、ネガティブな性格だったのに、琴美先輩との接触で前向きになり、いつの間にか皆の太陽に輝いていた先輩。頭が悪く、ドジでおっちょこちょいで、無茶苦茶で、でも優しくて。
そんな先輩が、私は大好きだった。
それを私は、過去のものとして語っている。
自分の脳は、先輩を過去の人物として取り扱ってしまうだろう。
「・・・・・・」
葬儀が終わり、帰ろうとしたそんな時。
携帯端末に内蔵されているメッセージアプリの、無料通話着信の音声が耳に入った。
スカートのポケットから端末を取り出し、相手を確認する。
服部先輩、と書かれた文字。
「どういう事・・・・・・?」
死人からの通話など、聞いたことが無い。
だがもしかしたら、あの死体が嘘だったとしたら。
この通話が、私達を悪夢から覚まさせてくれるかも知れない。
そんな風に思った私は、電話に出てみた。
『杉谷寿奈』
――!?
誰だ、とは訊かない。
その声は、聞き覚えのある声だから。
先輩ではない。私の、元親友で。
私の宿敵。
『杉谷寿奈。貴女は分かっていない。
勝つことの意味を』
「どういう事よ」
『なら、次で分からせるしかないわね。貴女は負けるの。
完璧を追い求める、私に』
その一言で、私は相手に殺意を覚えた。
こんな事初めてだ。
誰かの為に、誰かを絶対に、何があっても許さないと思った事は。
「黙れよッ!」と私はそのまま握っていた携帯端末をコンクリートに投げつけた。
地面に激突すると同時に、機能停止し。
通話は強制的に切断された。
慌てて端末を拾い、埃を払い。
電源を入れ直してから、私は冷静に考え直した。
冷静に考えてみればそうだ。
何故芽衣は、これだけの時間が経っても逮捕されない?
警察だって無能じゃない。
今からでも犯人を言えば・・・・・・。
「ダメだ」
私が冬季大会の練習を続けた目的。
それは、芽衣の心を変えさせる事。だから、ここで芽衣の事を言って逮捕させても、芽衣の心を変えさせる事など出来ない。
だから、私は自分の力のみで戦う。
それが、服部先輩の遺志を継ぐ事なんだ。
次の瞬間、携帯端末から鳴った音はメッセージアプリの奴ではない。
メールアプリからの通知。
そこには、差出人不明、そして知らないメールアドレスからのものだ。
誰からだろう、と私はメールを開いてみる。
『このメールを開く頃、私は怪我、最悪の場合死んでいる頃だと思う。
琴ちゃんにとっては最後の大会、出られなくて残念だけど、それでも私は皆に勝ってほしいから。
私は、このメールを昔使ってたガラケーから送らせてもらうわ。
まず、何があったかを説明すると、私は芽衣を呼び出して、芽衣が寿奈か他のメンバーを傷つけたり何かしたりして、出られなくなるのを阻止したかったの。
私、なんで芽衣に一度も敗北が無いか調べてみたの。
芽衣の家に忍び込んでまで捜査するの、苦労したんだからね?
芽衣は、薬や、体術とかで怪我までさせて、自分より強そうな選手の出場を阻止してたの。
勿論あんたが芽衣に負けたのは、芽衣の実力があんたより上だったわけだけど、全ての勝利が実力では無かったの。
でも、そんな事してるのに少年院行きにならないのが不思議だったでしょ?
実は、芽衣の家にあるの。その秘密が。
芽衣の家は、国と繋がっていて、親は国の重要な役職を担っているくらいなの。
警察にも、芽衣の家族の友人がいて、しかも家族も芽衣のやっている事を認めているから、そういう事になってしまってるの。
寿奈? 芽衣の目を覚ますことが出来るのは、あんただけ。
皆を、頼んだよ。絶対に勝って。
そして、今までありがとう。さようなら。
また、あっちで会おう?』
服部先輩・・・・・・。
それが、それが先輩の望みなら。
私は後輩として、それに応えるしかないだろう。
先輩が命を賭して、しかもバレたら命が無い事を知ってまで、ここまでやってくれた事に。
それはメッセージには無かったが。
先輩が、こういう風に言っているように聞こえた。
――――さあ、頑張って寿奈。私の自慢の後輩。わたしの希望。
「勝つんだ、冬季大会・・・・・・」




