後悔先に立たず
自分の母を殺した犯人の正体も分からぬまま、数日が過ぎた。
食事も取らずに逃げ続けた結果、私の身体はやせ細り始めていた。
「こんな事なら……」
日本に戻らず、ブラジルにいたら、私はこのような想いをせずに済んだのかも知れない。
自分の母の死は、当然我を取り戻してから警察に伝えた。
しかし、何故か警察は動かなかった。
日本で何が起きているのか分からないままだ。
今も私の目の前では、同じ方向を向いて祈りを捧げる信者が数人。
意味が分からない。
というよりこの時点では、理解する事に対して頭が働かなかった。
どちらかと言えば……そうだ。この状況から救われたい。
その一心だった。
「救って、あげるぜ?」
背後から声が聞こえる。
聞き覚えのある声。しかも懐かしい声。
だけど……その声は、前と比べると暗く重いものへと変わっていた。
「あうっ!」
振り向く前に、背後から違和感を覚えた。
勢いよく、背中を押すように発生した違和感に、私は俯せに倒される。
その違和感は、そのまま痛みへと変わっていく。
強く押されたから、というわけでは無さそうだ。
何かが、何かが刺さった違和感。
背中を見る。そこには黒い柄の飛び出しナイフが突き刺さっていた。
「――っ! あああああああああああッ!」
それを見て、痛みが更に増した。
心臓が痛い。痛い。痛い。
逃げたい。痛い。
まだ生きたい。生きたい行きたい活きたいいきたいイキタイ逝きたい息絶えたい痛い――死にたい。
やばいやばいやばいやばい。
死が間近に迫っているのを感じる。
視界が赤くなり、少しちかちかする。
せめて振り向いて、誰かどうかを確認したい。
私は力を振り絞って、犯人の顔を見る。
緑の短髪を揺らし、瞳から涙を流し、整った八重歯を、歪んだ口元で見せる女。
その虚ろな緑の瞳が、もう過去の彼女でない事を私に気付かせた。
彼女もまた……あの謎の集団の一人?
いや、それも少し違うかも知れない。
今日本で起きている事は、私が理解出来るレベルを超えている。
だから母が殺された理由も、あの何かの宗教の信者のような行動をする国民達の事も、私が死ぬ理由も――私が優先輩に殺される理由も。
私には、分からないのだ。
「お前のせいだ。全部――お前が悪い」
憎悪に満ちた声が、最後に私の鼓膜を震わせた。