手が血で汚れた日
『一位、「フュルスティンズ」!』
初めての大会で、私達は二位の『Rabitter Iris』を大差で離して勝利し、涼しい顔でトロフィーを受け取って会場の外へ出た。
ここまでの練習を振り返る。
芽衣はやはり、練習から完璧だった。私はリズム感の無さを指摘され、芽衣に言われた通りの方法を実践した。
何とか改善し、私は芽衣の為に得意技のアクロバットを磨いた。
完勝。問題点など、私達に一つも無かった。
しかし芽衣は、それでは飽き足らない様子だった。
「寿奈、命令よ」
「うん」
少し間を開けて、遠くで悔しそうに歩く、黒髪ツインテールの少女を中心とした集団を指差す。
ツインテールの少女の名は『雪空千尋』。二位のチームのリーダー。
彼女は、私達に大差を付けられて負けたチーム。私自身、彼女の事をあまり気にしていなかったが、芽衣は彼女指差してこう言った。
「彼女は成長したら、脅威となり得るわ。だから今の内に殺してきて。ただし、気付かれないように、ね」
「……分かった」
私はもう、芽衣の命令をおかしいと思わなくなった。
最近、芽衣に黒星が今まで無かった理由を知った。彼女はあらゆる方法で、誰かが自分の上に行くのを阻止し続けた。
勝つ可能性の無い者には特になにもしない。しかしいずれ自分の立場を脅かす者は、まず薬の効果で出場を止めさせる。勿論、敵に気付かれないようにだ。そして、それでも抗う者は強硬手段に出て殺す。
それが、芽衣のやり方だ。
知った当初は、私も動揺した。しかし、私は芽衣の命令を遵守するという契約の下、アイドルを続けている。異論をはさむ事は許されなかった。芽衣にいずれ勝つ方法を見つけるまでは、アイドルを続けるしかなかったから。
夜闇の中、私は独り作戦を実行した。
「かはっ……」
目の前で、クールな少女が倒れる様を見つめる。
倒れた理由は、私が背中から心臓に突き刺したナイフ。
場所は、彼女の通う都立高校の校門前。幸い目撃者もいない。
ナイフに指紋を残さず、死体も都内の目立たない場所に捨て、芽衣の使用人が手配した車に乗ってその日は帰宅した。
「……ただいま」
「おかえり寿奈……、どうしたの?」
「え?」
何かに気付いたのか、お母さんは心配そうな顔で私を見る。
私は酷い顔をしていたのだろうか。確かに手はまだ、震えている。
芽衣の命令で他人を傷付けたのは初めてではないが、人を殺したのは今日が初めてだ。
命令を実行する事に躊躇いが無くなっても、罪の意識が消えるわけではない。
「バスに寄ったのかな。もう寝るよ、夕飯は明日温めて食べるから置いといて」
「え、うん」
終始困惑した顔で、母は二階へと上がる私を見送った。
「ぐっ……うっ……おえっ……」
私は吐いた。
やはり身体は、罪に耐えきれなかった。
腹に溜まった毒――というよりかは罪の重さを吐き出すように、私は胃の中身を便器に吐き出す。
あの時の、千尋の顔が頭に浮かぶ。
生へ縋ろうと、彼女は地を這っていた。
私の姿を見る事なく、彼女は死んだ。
「はあっ……はあっ……」
最低だ。私は最低だ。
友の頼みとは言え、本当に人を殺すなんて。
友の、頼み?
何故私は、友の頼みに耳を貸し、そして実行した?
「勝つ為、だよね」
勝つ為。芽衣に勝ち、芽衣に実力を認めてもらう為。
いずれは芽衣を、支配する為。
だったら、彼女の命令を聞くだけでは足りない筈だ。
芽衣を見返せるくらい、死体を増やす必要があるじゃないか。
「あはっ……あはは……」
口元の吐瀉物を手で拭いながら、私は笑う。
それは私自身にも分かる。それは狂笑だと。
気付いたとて、もう戻れないのだ。
私の手はもうとっくに、血で汚れてしまったのだから。
「もっと増やさなきゃ。死体の山を」
その日私は、手の付けられない狂人になった。