諦めない心
黙って見ている事しか、自分には出来なかった。
イギリスから戻って、まだそこまで時間は経っていない筈の彼女が今頑張っているのに、自分は何も出来ていない。
空良は、不甲斐なさ故か奥歯の痛みを感じていた。
投げ飛ばされ、地面に激突した時に負傷した右腕ではなく。
だが、これで自分達にやれることは終わった。
あとは静かに、祈るしかない。
「油断し過ぎだよ、空良」
右袖から、血が舞う。
後ろからその攻撃を行った声の主は、右袖を切ってから空良の前に出現した。
もう諦めて投降した筈の、灰原北子がそこにいた。
「何故だ。お前は諦めて投降した筈だ」
「目が覚めたんだよ」
間髪入れずに即答される。
虚ろな瞳で、自分を殺そうと接近を試みていた。
「もうやめろ。
お前は自分で諦めることを決めて自首したんだ。
今更お前一人が足掻いた所で」
「足掻く理由ならある。
もう洗脳の事などどうでも良い。
私がしたいことは、今一つなんだよ。
杉谷空良。貴様をぶち殺すってことをね!」
よろよろとした動きで、空良の胴体にナイフを突き刺さんと手を動かす。
だが、憤怒に支配された彼女の、まるで奇行としか思えないその攻撃が、空良に当たる筈も無かった。
「お前のせいで、お前のせいで!
重美が死んだ!」
怒りと憎しみを込めた攻撃が来ようとも、今の空良には完璧に避けられた。
いや、だが待て。
「重美が死んだ?
一体どういうことだ?」
「さっき交通事故で死んだ。対向車に跳ね飛ばされてね。
最後まで私を助けようとしていた。
だから私も、重美の為に、計画を破綻に追い込んだお前を殺す!」
容赦なくナイフが振るわれる。
当たりはしなかったが、それでも空良は感じ取れた。
溢れんばかりの悲しみを。
罪を犯した彼女が得た当然の報い。それは空良でも分かる。
だが空良にはもう一つ分かることがある。
大事な人を失った憎しみ。
寿奈が死んだと思い込んでいた時、空良はその憎しみを糧に、北子達がこの計画を行っていることを完全に特定した。
だから今北子が行っていることも、空良とさして変わらない。
重美の命を奪ったのはあくまで事故らしいが、そういう結果になるような行動をとったのは自分達だ。
「何故!
何故重美が死ななければならなかったの!
重美はただ、私の言う通りにしていただけなのに!」
喚かれ、ナイフを振るわれ、それを避ける。
そんな時間が、数分に至って行われた。
「何故!
何故何故何故何故何故何故何故何故!?
何故よおおおッ!」
ナイフが柱に突き刺さる。
彼女の振るったナイフが、抜けることは無かった。
「くそ、なんでッ!」
「冷静さを欠いて復讐しても、反って失敗するんだよ。
お前こそ諦めろ。私が諦めるのをよ」




