二人(ひかりとほし)の歌 その二
北子は既に、生き残った警官によってパトカーに乗せられていた。
勿論、他の研究員も捕らわれている。
そのまま警官によって、留置所に連れていかれる前に、それを聞いた。
洗脳を解除しようと、女神の如く歌う寿奈の声を。
脳を揺さぶるような、でも思わずうっとりしてしまうようなその歌声は、誰かの声に重ねっているようにも聞こえた。
北子は知っている。
『Rhododendron』には、死亡したメンバーがいることを。
彼女を覚えている人など殆どいないだろうが、それでも北子の脳には染み付いている。
赤い三つ編みの少女の顔が。
「・・・・・・」
寿奈とその少女を見る度に、北子は何度も思った。
自分もそこに行きたい。
自分を教え、導いてくれた人の言葉に嘘は無かったと証明したい。
それだけを思っていた。
なのに、自分はとんでもないことをして、しかも今捕らわれている。
彼女の歌でそれに気付き、そして目が覚めた。
時はすでに遅かったが。
実験の為にモルモットとして連れてこられた人は死に、実験を邪魔しようとした者も重美によって殺され、そして今、自分のせいで日本中の人間が自分の洗脳下へと落ちた。
自分の目的は、完全とは言えないが達成した。
だが、これは・・・・・・。
「やめるんだッ!」
「離せッ!」
外からの声。
男性の声と、もう一つは・・・・・・女の。
北子の隣に座っていた警官がパトカーから降り、そのまま応援に駆け付けた。
窓を開けて確認すると、そこには重美がいた。
重美が、何時以来かは覚えていないが、声を出して警官と戦っている。
「大人しくしろ!」
「やだッ! やめろ!」
剣を気絶している間に奪われた重美に、あの圧倒的な戦闘力は無かったが、それでも持ち前の力で、懸命に北子を助けようとしているようだった。
「もうお前達の計画は終わりだ!
洗脳も時間は掛るが、絶対に解除してやるからな!」
「離せ!
私はやるんだ!
北子の為に! 独りだった私を助けてくれたたった一人の恩人の為に!」
警官を振り払い、そして拳や蹴りで吹き飛ばす重美。
応援が来ても、お構いなしだった。
剣があろうと無かろうと、重美は北子にとっての剣でいようと、懸命に戦う。
「重美!
負けないで!」
涙を流しながら、北子は叫ぶ。
だが危険を予知した運転席に座る警官は、パトカーを走らせていた。
「北子!」
重美はそれでも諦めない。
懸命に手を伸ばし、ウィンドウ越しに手を伸ばす北子の手を掴んだ。
「重美ッ!」
ウィンドウは閉まり始め、腕が挟まっても。
二人は諦めない。
「最後の手段だ!」
重美はポケットから、針を取り出す。
それをリアタイヤに突き刺した。
「うおおおッ!」
パンクした車が制御出来ず、パトカーはその場でスピンする。
そして、その瞬間。
――北子はその手を放した。
強く握っていた重美が、そのまま吹き飛ばされ。
そのまま、対向車に跳ね飛ばされた。
「重美ッ!」
北子はパトカーを飛び出した。
額から血を流す重美を抱きかかえ、懸命に叫ぶ。
「重美! 重美!
返事をしてよ重美!」
北子の白衣の袖を、重美がゆっくりと掴みだす。
震える声で、重美が口を開いた。
「北子・・・・・・これでいいんだよ・・・・・・。
たった一人の恩人の命令すら完遂出来ない私なんて、君には必要無い筈だよ・・・・・・。
君が苦しんでいる所なんて、見たくない・・・・・・」
「ふざけないで!
私にはアンタが必要なの!
アンタが何回同じミスしたって、私はアンタがいなきゃ嫌なの!」
北子が叫ぶ頃には、重美の顔は真っ青になっていた。
身体も冷たく、もう助ける事は不可能な状態だ。
「許せないよ・・・・・・。
北子を傷付けた全てを・・・・・・。
特に、真友は許せない・・・・・・。
今からでも、自分の刀で斬り殺してやりたい・・・・・・。
真友だけじゃない・・・・・・。寿奈も、空良も、皆も、みんなみんな死ねばいいんだ・・・・・・。私は北子さえいれば、誰が死のうと知ったことじゃないんだから・・・・・・」
初めてそれを見た。
重美が、悔しそうに泣いているのを。
「重美・・・・・・私の為に泣いてくれているの?」
「そうじゃない・・・・・・私が嫌だから泣いているんだ」
擦れた声で、必死に反論している。
もう永くは無かった。
「もうダメだ・・・・・・。
さようなら・・・・・・北子」
重美は、力なく項垂れた。
額からの出血も止まり、彼女は二度と、口を開くことは無かった。
「重美・・・・・・重美!」
無念だっただろう。
死ぬまで、北子の幸せを守ろうと生き続けた彼女は、その北子を守ろうとして自らの身を滅ぼしたのだから。
「・・・・・・さあ、大人しく捕まってもらおうか」
警官の手が、北子に触れたその時。
「まだだ・・・・・・」
北子の蹴りが、警官の腹に炸裂した。
自分の怒りと悲しみのエネルギーが、身体全体に漲るのを感じる。
重美だって、自分の為に戦った。
だから自分に出来るのは、それを無駄にしないことだ。
「私は最後まで諦めない。
重美の為にも!」
北子は駆け出した。
寿奈が歌い続ける、ステージに。




