最後の戦い 優VS重美
「先輩!」
空良の声の後、優は笑みを浮かべる。
「まさかこんなことになってたとはな。
だが空良、お前はよくここまでやった」
拳を握り、二歩だけ前に出る優。
目線は、重美に向いていた。
「流石ね、百地優。
私はともかく、重美にも不意打ちをするとは大したものだわ」
足をふらつかせながら、北子が言う。
優の表情は余裕そのもので、整った八重歯を見せながら呟いた。
「そう難しいことじゃないさ。
強い想いがあれば、人はいくらだって実力以上の力が出せる。
私がやったのは、それだけのことだ」
空良に言わせれば、優の発言に根拠はない。
だが、アイドルとして、そして人間としては百点の言葉。
対して、根拠や理論でモノを言う科学者・北子は侮蔑の表情を浮かべていた。
「虫唾が走るわね。貴女達アイドルの言葉なんて。
ただの歌に、人を操る力などない。
所詮、人の心に残らない歌や踊りは記憶に残らない。
だから私は、自分と仲間の全てを使って、
自分の歌を認めさせようとした。
それだけなのに、何故私を止めようとする!?」
涙を流し、顔を歪めて。
北子は必死に訴えていた。
「努力なんて無意味よ!
人は才能がなければ、この世界の塵に過ぎないの!」
「確かにただの歌に、人を思いのままに操る力はない」
寿奈が口を挟む。
空良が知っている、アイドル界で最も才能のあるアイドルが。
「そして、大切な人の命すら救えない。
だけど、歌は人を幸せにする!
悲しさも、悔しさも、辛さも、すぐに止むことは無いけれど、
前に進む力をくれる!
君のしたことは、歌に対する冒涜だ。
もうやめるんだ・・・・・・」
いつだって、寿奈は変わらなかった。
確かに勝ちたいという想いがあることも告げてはいたが、何より楽しむことに重点を置いていた。
涙を白衣の裾で拭ってから、北子は再び口を開いた。
反論ではなく、自分の気持ちを。彼女は伝え始める。
「・・・・・・私はね、貴女達と同じスクールアイドルだったの。
だけど、どれだけ皆で努力しても、一度も勝つことが出来なかった。
皆、私を信じてついてきてくれた。
いつかは必ず勝てるって、それをずっと皆で信じていた。
なのに、なのに・・・・・・。
努力が報われたことなんて一度もなくて。
周りの人からいつも馬鹿にされて。
それでも、私だけは可能性を信じていたのに。
あの人から・・・・・・それを否定されて。
だから、やるしかないの。
それが例え冒涜でも、例え罪でも。
私は皆の為にやらなきゃいけないの。
貴女達のような人気者を生贄にしてね」
それに、言い返せる者は誰一人もいなかった。
この中に誰一人として、努力が報われなかった時を経験しているのだから。
寿奈も、優も、そして空良も。
闇と共に、生きなかった時などない。
「・・・・・・違う。
違うッ!」
遂に優が、それに反論した。
だがその言葉も、顔も、苦しそうに歪んでいた。
「お前の気持ちは分かる。だが違う。
私達は、決して人気者なんかじゃなかった。
私だって、お前達と同じ落ちこぼれだった。
ここまで来られたのも、決して自分達のおかげじゃない。
自分の踊りは下手だと思うし、歌も上手いと誇れるレベルではない。
だけどな、私はそれを悔いたことも、誰かを恨んだこともない!」
「それは貴女個人の問題よ。
全ての人が、貴女みたいに強いわけじゃない。
人は弱くて、愚かで、そして醜い。
能力が高い者は崇め、私のような塵芥には目すら向けない。
それも、人によって基準は違う。
私はただ、不完全な世界を完全なものに変えたいだけなのよ!」
「それがそもそもの間違いだ!」
反論にも、必死に抗う優。
「誰も同じことしか考えないなんて、それは人じゃない。
・・・・・・もう言い合いはよそう。
その剣士も、戦う為にそこにいるんだろ?」
重美は答えない。頷きもしない。
闘いは、もう始まろうとしていた。
「この戦いも長く続ける理由はない。
私は素手で、お前は刀。
だから、一撃で決着にしてやる」
両者は共に、駆け出した。
優は拳を、重美は刀を振るう。
まず片方の刀を優は躱し、もう片方を左腕に受けるも、右腕は無事だった。
「うおおおおおおおッ!」
右拳が、重美の頬に突き刺さる。
重美は竹とんぼのように回転し、近くの壁に叩きつけられた。
そしてそれを見逃さず、優は左腕を押さえつつ叫んだ。
「取り押さえろ!」
自分や秀未を散々苦しめた剣士は、意外にもあっけなく拘束された。
残るは、北子のみ。
優はその目を、北子に向けた。
 




