伝えるべき言葉 その二
結局勝負は、十戦十敗で幕を閉じた。
最後の勝負、空良はポーン以外を使わずに勝つと言いだし、見事にポーンだけで私を完封した。
チェス盤を片付け、椅子に座ってうたた寝をしていた最中に、不意に空良の声が聞こえた。
「そう言えば姉さん。言い忘れていたことがあるんだけど・・・・・・」
「なーに?」
「じ、実は」
空良が珍しく、発言することを迷っていた。
だがそのまま単刀直入に答える。
「正子先輩の母親、今子供を妊娠しているみたいだよ」
「そっか・・・・・・」
空良の言葉に対し、私は複雑な感情になる。
服部先輩に妹が生まれる。素晴らしい事だ。
この世に新たな命が芽生え、その子はきっと多くの人に祝福され、育つ。
だが二つの不安があった。
その子も、服部先輩と同じくどこかで死んでしまうのではないか。
そして、服部先輩の代わりとして、その子を作ったのではないか。
服部先輩の母親とは、何度か会っている。
彼女は自分の娘を誇りに思い、そして大事に思いこそすれ、決して彼女が死んだからと言って忘れようとする人ではあるまい。
そうでなければ、あの時私と同じように泣いたりはしなかっただろう。
もしあの場にいれば、芽衣の配下である警官が薄ら笑いを浮かべていたのにも気付いただろう。
あれ以来、彼女とは会っていないが。
彼女がそう簡単に変わるような人だとは、私は思っていない。
「正子先輩のお母さんは、死んだ正子先輩には悪いかな、と思ってた。
だけど、今度は失敗しないように育てたい、そう言ったんだ。
今でも、正子先輩の墓参りには一週間に一回行っているらしいよ」
「墓参りか・・・・・・」
私は、服部先輩の墓参りに行ったことは一度もない。
そもそも、自分から墓参りに行こうと思ったことが無かった。
物心つかない頃に、父を病気で亡くして以来、母は私を墓参りに誘う事があったが、私はあまり行こうとしなかった。
死んだ人を頼った所で、自分は助からない。それが分かっているから。
それに、服部先輩が殺されたのは私のせいだ。
だから、父親の墓以上に、自分がそこに行く資格はない。
「お母さんは、正子先輩と話すべきだと言ってくれた。
だから、死んだ人だって、生きている人に何かを伝えてくれる筈だよ。
だから姉さん、日本に帰ったら、感謝祭の前に墓参りに行ってあげてよ」
またも私の心を射た発言。
やっぱり、空良には勝てない。
「うん!」
私は笑って、そう頷いた。




