空良と火奈乃 その一
暑井火奈乃は、会場外のベンチに一人座っていた。
他のメンバーは全員ホテルに帰らせ、自分だけでとある用事を済ます為だ。
そう、寿奈が勝った要因だと語る空良とゆっくり会話すること。
それが、火奈乃の用事。
だが空良がまだ来ない。
大会が終わったらすぐ来るものかと思っていたが、約束の時間より十分経過している。
何かあったのだろうか、と探し出そうと立ち上がったその時。
「火奈乃さん、遅れました」
空良がやってきた。
飲み物が満たされたペットボトルを両手に一つずつ持って、だ。
その内の一つは、火奈乃の好きなスポーツ飲料。
火奈乃にそれを手渡してから、空良は隣に座る。
「これを買ってきたんですか・・・・・・よく私の好みを当てましたね」
「人の好みを知り、その人にとっての損得を理解する。
人心掌握の基礎ですよ」
空良は不敵に笑い答えた。
「侮れない、人ですね・・・・・・」
火奈乃はその瞬間に観察していた。
空良の顔や態度、そして存在感を。
空良の、自分より年下なのに大人っぽさを感じる鋭い――だが美しい双眸からは底知れなさを感じた。
喩えるなら、無限に広がる空。
その先にあるものが何なのか、分からないところが似ているのだ。
寿奈とはまた、違うタイプだ。
寿奈は喩えるなら、光。
あれは自分の前にある長い一つの道が、終着点と信じている故の目。
そんな寿奈に対し、空良は一つの道に拘らない。
多方向から物事を見、判断し、闇に隠された別の道を歩くことが出来る。
それが、空良を空と喩えた理由だ。
「お、観察してますね。
何か感じましたか?」
「ッ!?」
真意を突かれ、動揺する火奈乃。
言葉からの情報も無しに飲み物を用意したり、相手が何をしているのかを正確に読み取っている。
空良は相手の心理を突くのが得意なようだ。
もし彼女が中心となれば、客や相手選手の心理を読み取り、そして様々な方向から考えられるその頭脳で、勝利に導くことが出来るだろう。
「さて、では話しましょうか」
火奈乃が空良に言う。
「貴女が訊きたいことは、寿奈姉さんが大会で優勝出来た要因であると言っていた私がどんなことをしたのか、それでしょうか?」
「あ、はい」
これも空良には伝えていない情報だ。
「私が勝てた理由ですか・・・・・・ですがね火奈乃さん、私は別に大したことはしていないんです。本当に活躍したのは寿奈姉さんで、私はその裏で、あることを止めただけなんです。
それも、観客の命を危険にさらすような方法で」
空良は、ゆっくりと目を閉じ、あったことを語り出した。




