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九話 後衛二人


 少し腹黒い話であるが、冒険者というのは組む相手をちゃんと見極めなければならない。どれくらいの能力があるのか、どんな武器を使うのか、どんな魔法が使えるのか、体力がどれくらいあるのか、種族はどんなものなのか、どこ出身なのか、犯罪歴はあるか、などなどだ。

 簡単に言ってしまうと、自分にとって利益になるのか、ということだ。利益にならないのなら、付き合う必要は無いし、むしろ不利益になるのなら切り捨てる方が良い。

 嫌な話ではあるが、危険が伴う仕事であり、下手したら命が無くなるので、妥協は許されない。ちょっとしたことで裏切られたり、足を引っ張って、自分が死ぬはめになったら、目も当てられないからな。


 もちろん、自分がそういうことを考えているならば、相手もそういうことを考えているということも忘れてはならない。自分ができるということが相手はできないというのは傲慢な考えだ。初対面ならば尚更だ。


 なので、大事なことは信頼を勝ち取ることなんだろう。この人ならば、背中を預けられる、安心してサポートに達せられる、という英雄譚にある信頼関係に憧れる。


「僕は、マイカっていうんだ。よろしくね」

「は、はい! マイカさんですね! いい名前だと思います!」


 互いのことを知るために雑談を交えて、西地区へ歩いているわけなのだが、隣を歩いているエルフが目を泳がせながら声をうわずらせているのを見て、なんとなく不安な気がする。

 時折、キョロキョロと辺りを見渡す様は、これから万引きをしようとする子供か、不審者のそれだ。

 なんというか、見ていて落ち着かない。それが彼女の印象である。


 しかしながら、怪しいというわけでは無い。この落ち着きのなさは、ぼっち特有の習性なのだ。僕もソロ歴が長いので、分かってしまうのが悲しいとこである。


「えっと……それで、キミの名前は?」

「あっ、はい! わたしはエステルと言います」

「エステルか、いい名前じゃないか」

「そ、そうでしょうか? でも、ありがとうございます!」


 うん、なかなか元気な子に見える。初対面なので、互いに緊張しているのが伝わってくるが、馴れ馴れしい奴よりかはマシだ。特に、昨日のお姉さんたちみたいな人は警戒しておく必要があるからな。


「エステルは、ジョブを持っているの?」

「えっ、あっ、はい。ウィザードです」


 エルフのウィザードとか、最強じゃないか。一応、説明すると、エルフは生まれつき高い知力と強い魔力を秘めており、大抵は魔法使いのエキスパートになる素質を持っているのだ。

 これを機にお近づきになりたいという気持ちが無いでもない。いや、まあ、可愛いし。


「その……マイカさんは、ジョブ持ちなんですか?」

「うん。あー、えーっと……僕はヒーラーだよ」


 彼女のことを正視できず、明後日の方向に視線を泳がせながら言い放つ。エルフのウィザードと純人——それも男のヒーラーというのは釣り合わない組み合わせだ。

 彼女をステーキの肉だとしたら、僕はカリフラワーくらいのものだろう。それも萎びた感じの。


 しかし、ここで高い知力を持つエルフに嘘を言っても、すぐにバレるのは分かりきっている。とりあえず、正直に言うのが吉だろう。


 案の定、エステルは足を止めて固まっていた。まさか、組んだ相手が、使えないことに定評のある男ヒーラーとは思わなかったのだろう。

 というか、二人とも後衛職なので、パーティバランス悪すぎだろ。


「あー、その、黙っててごめんね。嫌だったら、組むのを止めた方がいいんだよ」


 とりあえず、依頼を受けられた段階で、僕がパーティを組んだ目的の半分は達成されている。依頼中にパーティが自然解消するなんて、そんな珍しいことではないしな。


 西地区の農場に着いたところで別れようとするも、服の裾を掴まれた。


「あっ、いえ……そんな……嫌じゃないです。わたし、こういうので誘って貰ったことないので、嬉しいですよ」


 顔を紅潮させながら、人差し指をくるくると回すエステル。可愛い少女にそういうリアクションをされると、僕としてもどう反応すれば良いか分からない。


 けれど、ここで掴んだ手を離すのは、男としてどうかと思う。

 可愛いエルフの子だよ。兄が白ギャルビッチにしてぇとか言ってた種族の子だ。こんなことをされると、思わずガッツポーズしてしまいたいくらいの衝動に駆られてしまう。


「お、おう……一緒に狩ろう」

「はっ、はい!」


 僕はニヤけ顔を隠せているかという心配をしながら、エステルとパーティを組むことにした。僕の返事を聞いたエステルは、花を咲かせたかのような笑顔で頷く。


「それじゃあ、行くか!」

「はい!」


 農場に着くと、ホーンラビットの群れが畑を荒らしていた。今日もおそらく雌のホーンラビットがネギを齧って、農家に被害をもたらしているのだろう。


 僕はいつも通り、ロングソードを抜いてホーンラビットに挑みかかる。今日の僕は今までの僕ではない。後ろには頼もしいエルフが援護してくれているのだ。


「僕は先頭で戦うから、エステルは魔法を撃って援護をしてくれ」

「えっ、ヒーラーなのにですか?」

「これでも剣の腕は立つ方なんだ。任せてくれよ」

「あっ、はい!」


 けれど、僕も男だ。ここはカッコよく前衛で剣を振るって、モンスターを倒していきたい。僕のそれなりの剣の腕に見惚れたエステルが僕に好意を抱くなんて展開もあり得るかもしれない。

 なにごとも始めが肝心だ。第一印象が良ければ、女の子にモテる確率が上がるって兄が言ってた。


「はぁっ!」


 背後から気配を消して、ホーンラビットのツノに思いっきり当てる。ロングソードがぶつかる金属音が鳴り響き、ホーンラビットの一羽が気絶した。

 けれど、その音によって別のホーンラビットがこちらの気配に気付いて、向かってくる。


 こちらに来るのは二羽。一羽はこちらで対応できるとして、もう一羽はエステルに任せるのが得策か。


「エステル! 魔法を頼む!」

「わっ、わっ、わっ、分かりました!」


 エステルは魔法の呪文を詠唱する。エルフの高い魔力に反応して、草木が騒めく。自然界の魔力がエステルの魔力に感応した結果だ。こうすることができるのは高い魔力を持った者くらいだ。


 エルフは元来自然と調和することで高い魔力を得たと呼ばれている種族だ。なので、魔法の才能を生まれたときから持っている。


 僕のような田舎の産廃ヒーラーとは違うのだ。


 彼女は、鉄製の杖を輝かせながら呪文を唱え終え、魔法を発動させる。


「『ファイアボ……』うっぷ……」

「ん?」


 魔法を発動させる途中で、エステルは口元を抑えてうずくまってしまった。な、なんなんだ……。


 呆気を取られている僕であったが、それを気にしている余裕はない。ホーンラビットの突進を身を翻して躱し、カウンターとしてウサギの背中に渾身の力を込めてロングソードを振り下ろす。


「くそっ!」


 脊髄あたりに当てたおかげで、ホーンラビットは動けなくなった。やっている僕が言うのもなんだけど、結構エゲつない一撃である。まあ、こっちとしてもウサギごときに殺されたくないので必死なのだ。


 しかし、こちらに向かってくるのは一羽だけではない。もう一羽のホーンラビットは、エステルに向かって突進を続けていく。


「エステル!」


 何らかの不調で魔法を唱えられずにグロッキーな物体を吐いたエステルは、なんとか体制を整えるが、このままでは魔法を唱えている暇は無いだろう。


 ホーンラビットのツノはエルフの繊細な肌を突き破り、心臓まで届くくらいの威力がある。いくら、死ぬ確率が低いとはいえ、当たりどころが悪ければ死ぬのだ。

 ましてや、女の子の肌にそんな傷をつけるわけには……。


 これは僕のミスだ。僕がよそ見をしなければ、こんなことには——


「おらっ、死ねえぇぇ!」


 ——とか思ってたら、エステルが鉄製の杖を振り下ろして、ホーンラビットのツノを叩き折っていた。枝が折れるように、あっさりと折れるホーンラビットのツノ。そして、勢い余って地面が抉れていた。

 僕でさえ、ホーンラビットのツノを折るのは至難の技だというのに……。


「すごいですね! マイカさんって、ヒーラーなのに剣の腕もすごいなんて! わたし、カッコいいと思います!」


 地面に横たわって泡を吹かせているホーンラビットには目をくれず、エステルは僕に向かって目を輝かせる。


 ……キミの方が凄いよ。

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