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六話 路地裏にて

「はぁ……ぜぇ、はぁ……」


 おかしい……何かがおかしい……。


 僕の名前はマイカ。サマイタから遥か西のブチチ出身の冒険者だ。ジョブは、ヒーラー。だけど、男だから大して役に立たない男の子さ。


 とまあ、主人公らしく自己紹介をしてみたんだけど、状況は未だに良くなった気はしない。


 何故こんなことになったのかは理解できていない。けれど、今僕は危機に陥っているというのは確かだ。何度も言うが、状況は不明。


 精一杯の力を振り絞って、お姉さんの手を払いのけたら、いつの間にかお姉さんは仲間を呼んでいた。何を言っているのか理解できないが、捕まったらタダでは済まないであろうことは理解できた。


「待てや、ゴラァ!」


 このサマイタの歓楽街はお世辞には治安が良くない。ガラが悪いのに絡まれるだなんて日常茶飯事なことだ。けれど、日常茶飯事といっても、見つかればタダで済まない。


 路地裏に隠れながら、僕はガラが悪いお姉さんたちが過ぎ去っていくように願っていた。路地裏がどこに繋がっているか把握しているほど、僕はこの辺りの地理に詳しいわけではない。

 脇腹と肺が痛くなるのを我慢すれば、走れないこともないが、路地裏の奥へ進めば、さらなる危険が待っている確率が上がるので勘弁してほしい。

 それに、ゴミゴミしたところを走れば、足がもつれて転ぶしね。


「おい、見つけたぞぉ!」

「ひぃいいぃいぃぃぃ!」


 そんな願いもむなしく、ガラが悪いお姉さんに見つかってしまう。


「くそっ!」


 側に置いてあったゴミ箱をガラが悪い奴に向かって思いっきり蹴り飛ばす。思ったよりも重かったので、倒すのが精一杯であったが、紙くずやら空き瓶やらの分別がされていないゴミが盛大にぶち撒けられて、ガラが悪い奴の足が止まる。


 仕方ない。ここは一旦、裏路地の奥まで逃げるとしよう。ひょっとしたら、安全な場所に逃げることができるかもしれない。


 走りづらい小道をなんとか足をもつれさせながら、走っていくことにした。


 さっきは、必死を振り絞ってお姉さんから手を振り払って逃げることができたが、そのおかげで疲れが出始めている。今度、手を掴まれたら、逃げられないだろう。


 捕まったら何をされるか。

 言っておくが、僕はそこまで価値がある人間ではない。田舎暮らしで体力はあるが、勉強をしていないために頭が良くない。しかも、運動するのは得意ではなかったので、村の戦争ごっこでも僕が真っ先にやられてしまうのだ。村の連中が生きているならば、僕が冒険者をやっていることに驚かれるのは間違いない。

 また、冒険者でジョブ持ちであるが、男ヒーラーというある意味珍しい職業なのだけど、この件に関係あるとは思えなかった。


 やっぱり金か? 金なんだろうか? ホーンラビットを二匹討伐してお金を一割増しで貰えたから、僕はこうして追われているんだろうか?


「待てえぇぇぇ! ヤらせろおぉぉぉ!」


 目を血走らせながらこちらに向かって、体当たりをする勢いで襲ってくる。獲物を前にしたモンスターでさえ、こんなことをするのは少ないだろう。

 安くはないとはいえ、僕のお金ごときにそこまで必死になれるのだろうか。


 しかも、それが仲間を呼んで増えているし。僕は冒険者になって可愛い女の子とエッチなことをしたいと思ったこともあるが、こんなカタチの初体験だなんて望んでいない。


「あっ……」


 必死になって、路地裏を駆け回ってみるも、目の前にあるのは大きな壁のみ。高さからしても垂直に登るのは不可能。行き止まりってところだ。


「ぼ、僕に一体何の恨みがあるんだ!?」


 僕が悲痛の叫びをするものの、お姉さんとその手下らしき女性二人は一瞬だけキョトンとした表情になった後に、白い歯を浮かせる。


「あっははははは!」

「くっひひひひひひひひ! コイツ、状況理解してねぇぞ!」

「女が男をこんなとこに連れてきたら、ヤることなんて一つっしょ!」


 当たり前のように笑うが、僕にはその意味が分からない。これが都会で流行っている遊びだとでもいうのか。冒険者から金を巻き上げようっていうのが。


「まあいい。そこのお兄さんが観念したっていうなら、宿屋で優しくヤってやんよ」

「お兄さんっていうよりも、坊やじゃない?」

「むしろいいじゃん。ウチはそういうの好きだよ」


 や、宿屋で優しくって……一体何をするというんだ……。


 彼女らは獲物を前にした獣のように舌なめずりをしながら僕の全身を眺め見る。まるで肉食獣に捕食されかかる草食動物のように僕はすくみあがるしかなかった。


「ま、待て……。お金なら払いますから……」

「は? 何言ってんだ?」


 声を震わせながら嘆願するも、その言葉は彼女らの素っ頓狂な声でかき消された。


「金なんていらねぇぞ。むしろ、アタシらが金を払ってもいいくらいだ。なんなら、今から捕まってくれたら、さっき提示した金を払うぞ。もちろん、宿屋代はタダだ」


 お姉さんの言葉は甘美なもののように聞こえるが、それが本当である確証は一つも無い。第一、信頼に足る判断材料が無いのだ。

 どこの世界に僕みたいな特に取り柄も無い男が女に体を売って、金を稼ぐなんてことが存在するのだろうか。


「けど、坊やは交渉に応じてくれないんじゃない?」

「ウチは無理やりっていうのも手なんじゃないかと思うんだけど」


 分かった。理解したぞ。この人たちは頭がオカシイんだ。うん、きっとそうだ。

 それか、コレは僕が作った幻覚か。

 どちらにせよ、マトモではないということか。僕もこの人らも。


 路地裏に追い詰められたとはいえ、一応突破口はあるかもしれない。

 三対一とはいえ、こちらは男で、向こうは女。基礎的な筋力と接近戦の腕には自信があるので、抜けられるかも——


「言っておくけど、アタシらはジョブ持ちだぜ。アタシはシーフで、他はファイターとウィザード」


 あっ、無理だな。


 そもそも、お姉さんが本当にシーフだった場合、こんな場所くらい物ともせずに、僕に追いつくことは容易であったはず。そうしなかったのは、僕をここまで誘導するためだったと考えられる。


 マンマとはめられてしまったと言うべきか。


「どっちにしても、お兄さんには逃げ道なんて無かったってことだ。観念して、アタシに応援プレイをするんだな」


 お、応援プレイとはどんなのなんだ……。僕の兄曰く、「がんばれ♡がんばれ♡」っていうプレイらしいけど、その全貌は明らかになっていない。


「ちょ、待ってよ、リーダー。ここはバブみも外せないって!」


 ファイターの女性のバブみという単語も気になる。兄曰く、村の女の子を眺めては「バブみを感じる」なんて言っていたけど、それが何なのかという答えが出るのかもしれない。


「ウチはシンプルに無理やり襲うってもんでいいと思うけど。とりあえず、一回アレすればウチらにメロメロじゃね?」


 どんなことをすれば、というのが分からないけど、一回するだけでメロメロになるだなんてお伽話でもない限り無理な気がするのは僕だけだろうか。


 しかし、彼女らがどれほどアホなことを考えていたとしても、それを実行する力がおそらく彼女らにある。ただの男ヒーラーの僕がいくら抵抗しようとも、そんな僕を大人しくさせる術を彼女らは知っているのだ。


「まあいいさ。とりあえず、お兄さんと一発ヤッてスッキリしよう」

「そうするか。あたい、初めてだから先に譲ってよ、リーダー」

「いやいや、ここは若輩者のウチに譲るべきでしょ。ウチも初めてだし」

「ふざけんじゃねぇ! アタシだって、初めてなんだよ! ここはリーダーに譲れ!」


 などと考えていたら、彼女らは勝手に口論をし始めた。どうやら、順番のことで揉めているようだが、どうやら穏便な空気ではなさそうだ。


「普通に考えてリーダーに譲るべきじゃないか?」

「いやいや、ここはリーダーだったら、女気をみせて若年者に順番を譲るべきでしょ?」

「間をとって、あたいに譲るべきだよね?」


 先ほどまで、獲物を狩るためのハンターであったパーティは、一人の獲物を前に不穏な空気を漂わせていた。

 これをチャンスだと、思った僕は後ろの壁の一部が、へこむことに気付いた。


「————!」


 背中に壁を預けながら、へこむところをぐっと押し出してみると、いとも簡単に壁の一部が回転し、僕一人を壁の向こう側に移動させた。


 向こうでは、お姉さんたちが言い争っている。まだ気づかないウチに逃げることにした。

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