四話 換金所での違和感
「納得できません!」
換金所の受付の前に身を乗り出して、抗議をする男。冒険者マイカ。つまり、僕だ。
「ホーンラビットの雌といったら、珍しい高級食材として有名じゃないですか! なのに何故、雄と同じ値段なんですか!?」
受付の男は困ったような顔をするも、僕もここで引き下がるわけにはいかない。今日はこのあとに、肉をたらふく食べた後に、宿屋のあったかいベッドの上で寝る予定だったのだ。
お腹の中と舌が、半日かけて肉を食べるように変わっている。もう、今日の夜は肉を食べること以外はしたく無いと体が訴えているのだ。
「だからですね……ホーンラビットの雌は毎年ここへ大量にやってくるので、別に珍しくもなんとも無いんですよ……」
そんなはずは無い。僕が今まで狩ってきたのはホーンラビットの雄であったわけだ。アレもちゃんと付いていた。
雄が繁殖に備えて体力をつけるために人里に現れては、畑を襲うっていうのも、この目に焼き付けている。
今まで僕は雄のホーンラビットを狩ってきており、雌のホーンラビットを倒したのは今日が初めてだ。
「まあ、雄のホーンラビットなら高価格で引き取らせて頂きますが、雌のホーンラビットはねぇ……」
雌のホーンラビットはねぇ……って、なんだよ。僕は苦労して、この雌のホーンラビットを仕留めたんだぞ。
「ホーンラビットの卵巣は高級食材って聞きますよ!」
「そ、そんな話聞いたことありませんよ……」
心なしか周りがざわついている気がするが、僕にとっては些細な問題だ。
「ホーンラビットが高級食材とされているのは雄って言っているじゃないですか……。それに、高級食材にされているのは、その……アソコの部分ですよ……」
「アソコ……?」
なんだ……この受付……。やけに言い淀むことが多いな……。
「いえ、ですから……アソコですよ。これ以上言わせると、他の方に迷惑になりますから、言いませんがね。アソコに当たる部分が精力剤になると評判が高く、特に女性に人気なんですよ」
「は、はあ……」
受付の男は頬を染めながら、目を泳がせる。嘘を言っているように見えるが、騙しているという魂胆は見えない。ただ、単に恥ずかしがっているようだ。正直、気持ち悪い。
それに、さっきから妙な違和感がある。今の会話にしてもそうだ。ホーンラビットのアソコ——おそらく玉の部分が精力剤になるというのは、百歩譲って良しとしよう。急に流行が変わるというのは良くあることだ。
しかし、女性が使うというのは、あまり聞かない話だ。エッチなことをするのは決まって男が主体になるわけだから、精力剤を使うのは男と相場が決まっている。
けれど僕自身、そういう経験が無いわけだから、もしかしたら女性が精力剤を使うだなんて話があるのかもしれないが、僕の兄の話にもそういうことは出ていない。
女性に使われるのはエッチな気分にさせるピンク色の液体であって、それも男性が女性に使うものだ。
というか、女性がホーンラビットの玉にしろ棒にしろ食べるというのは、エッチを斜め上に通り越して、軽いホラーだ。想像しただけでも縮み上がりそう。
「おい……見ろよ……あの田舎者、ヘンリーにアソコアソコって連呼させてるよ……」
「うわぁ……あの田舎者、変態だぁ……。でも、グッジョブ」
「ていうか、あの田舎者、結構イケてない?」
周りにいる女冒険者のヒソヒソ声が強くなってきている。思えば、さっきからシモの話しかしていないな。
ホーンラビットの名誉のために言っておくと、ホーンラビットのツノは武器の素材になるし、薬にもなる。また、肉は硬くて臭みもあるが、意外と悪くない味だったりするのだ。
決して、下半身だけが取り柄のシモウサギではないということは、言っておこう。ただ、シモの価値の方がデカイだけなのだ。
「そういえば、イケてるな。田舎者っぽいけど」
「確かにね。サマイタ以北の田舎訛りがあるけど、結構イケてるね」
「つーか、田舎者だから、簡単にヤレそうじゃん」
「じゃあ、声をかけて来いよ」
「いや、今日は様子を見よう」
「ヘタレてんじゃねーぞ」
「うるさいなぁ、じゃあお前が行けよ」
「よし、明日声かけよう」
換金所にいる女冒険者の視線が僕に集まった気がする。僕の兄がいつも言っていたような、モテモテになった時の心地いい視線というよりも、獲物を狙っている野獣のような眼光であった。
さっきまでのホーンラビットに襲われていたものに近い。
それと、僕は田舎者ってほど、田舎者じゃないぞ。自然が豊かな場所で生まれ育っただけで、サマイタに属する王国に住んでいたということは間違いないことだ。
「ごほん……まあ、そうですね……今回の地震ホーンラビットは、ツノを的確に攻撃したことで、肉にもツノにも損傷が少なかったので、一割増しで買い取っておきます」
逆に言うと、これ以上は増やせないということだ。本来ならば、いつもの10倍の価値があるはずなのだけど、買い取ってくれるところのコネが無い僕には、ここしかお金が貰えるところが無い。
換金所は、冒険者ならば何でも買い取ってくれる代わりに、買取価格が安いのが難点だ。有名な冒険者になれば、個人で商店に売り込むことも可能だけど、駆け出しの冒険者では、ここの安い買い取りしか頼れない。
「分かりました……それでお願いします」
とりあえず、一割だけ増して買い取ってくれるなら、交渉した甲斐もあったと自分で自分を納得させるしかない。社会とは、理不尽だということは僕自身理解しているものだ。
ヒーラーになったときから、そのことは重々承知している。
それに、今はこの場から逃げ出したい気分だ。シモの話題を出してしまったばかりに、女性冒険者の視線が痛い。しかも、今日は何故か女性冒険者が多いので、矢に射抜かれるような感覚だったりする。
まあ、女性にシモの話題は厳禁だからな。きっと、それが原因だろう。
それに、ホーンラビットの買い取り価格は、安いものではない。それに一割増したなら、その余剰なお金を使って宿屋は無理でも、ちゃんとした夕飯なら食べられるはずだ。
お腹が膨れれば、嫌な気分も吹っ飛ぶはずだし、それでいいじゃないか。あったかいベッドが無くとも、僕には教会で待っていてくれている女神様がいる。彼女はシモの話題を出しても、嫌な顔をせずに微笑んでくれる文字通りの女神様なのだ。




