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十一話 定食屋にて

 


 仕留めたウサギの数は、損壊が酷いにしても、それなりの値段になった。昨日と同じく、仕留めることができたのは雌のみ。値段の相場も変わっていなかったが。


 しかし、それても成果としては上々だ。エステルと二人で報酬を山分けしても、手元には豪華なディナーをとった後に高級ホテルに一泊できるだけの値段はある。

 まあ、そんなことをすれば一日の稼ぎが全て消えてしまうので、しないけど。

 今がちょうどモンスターが出現しやすい時期で、繁忙期なのだ。今のうちにそれなりの稼ぎを蓄えておかないとマズイ。そのことは去年に僕が経験したことなので間違いない。


 だけど、せっかくパーティを組んで仕事を終えたわけなので、何も無いというのも寂しいだろう。というわけで、近くの定食屋へ誘うことにしよう。

 女の子と食事なんて初めてだけど、これはアレだよ。お仕事の人間関係に気を使うっていうアレだから、いやらしい気持ちは一切ない。


「ふふふ……二人でお食事ですか!? ぜひっ、ぜひっ、お願いします!」


 若干、食い気味になっているのに引いたが、女の子を食事に誘うことができた僕は、昨日の反省を活かして歓楽街とは少し離れたところにある定食屋に行くことにした。


 このお店は換金所にやや近く、冒険者たちの溜まり場となっている他に、モンスター料理が売りの食堂なのだ。

 もちろん、さっき狩ってきたホーンラビットも売っている。肉質としては、少しだけ硬さと臭みが残っているが、意外と美味い。さっきまで、殺し合いをしていた彼らの肉を食べるというのは、なんとも言えない気持ちになるが、これも生きるということなんだろう。


 ホーンラビットの唐揚げを待っている間、テーブルを向い合わせているエステルは何故かニヤニヤした顔で話しかけづらかったので、あたりを見渡してみる。いつもは男性オンリーなこの場所で、今は僕以外は女性だけの空間になっている。

 冒険者のみならず、日雇いの労働者や土木関係の従事者なんかが集まるこの場所で、珍しいこともあるものだ。


 いや……昨日、ネズミさんに言われたことを思い出す。

 今は何故か冒険者の男は少ないらしい。危ない仕事に男が就く可能性は低いとのこと。

 そうなると、やはり男の労働者は少ないということなのだろうか。まあ、いないわけではないが、以前のことを知っている僕としては、違和感を覚えざるを得ない。


「あっ、あの……マイカさん!」

「何だい?」


 なかなか答えが出なさそうな問題に思考を回している時に、エステルが躊躇い気味に僕に声をかける。


「えっと……その、ですね……」


 話しかけたは良いものの、何を言ったら良いのかわからない様子のエステル。頬がほんのりと赤く染まっている。


 これは、もしや告白というものではないか?


 都会の女の子っていうのは、即物的な出会いをするものらしい。合コンという、数人の男女で集まってお話をするところで、少し気が合っただけで、ホテルへゴーなんて珍しいことではないとか。そしてそのまま、デキちゃったら結婚するという、お見合いとか家同士の決まりとかの風習がある田舎では考えられないくらいのお手軽感だ。


 これくらいお手軽だと、ハーレムを作るというのも、そう難しいことじゃないだろ。


「私とパーティを正式に組みませんか!?」

「ん?」


 どうやら違ったみたいだ。よくよく考えれば、半日も経っていないのに告白なんてあり得ないだろ。残念とか思ってないよ、うん。


 けど、まあ……パーティか……。別に悪いことではない。今まで、パーティだなんて組めなかったわけだし、決定的な攻撃手段が無いヒーラーとしては望むところだ。


『気を付けた方がいいぞ、アンさん』


 ふと、考えごとをしていると、羽が生えたネズミさんが僕に忠告してくる。頭には黄金の輪っかが浮かんでおり、天使ごっこみたいな感じであった。

 おそらく、これは僕の良心というやつなのだろうか。それにしては、口が悪そうなんだけどな。


 とはいえ、正式にパーティを組むということは冒険者の間では、信頼の証のようなものだ。簡単にハイと言うには軽すぎる。


『そうやろ、そうやろ。せめて、ちゃんと考えてから結論を出すべきだな』


 僕の空想が生んだネズミさんのことも一理あり、僕はエステルの誘いを保留にしようと少し考える。


『おっと、それはちょっと待った方が良いんじゃないか、マイカ』


 しかし、天使のポジションがいれば、悪魔のポジションもいるというのが、この世の常みたいなものだ。僕も人間なので、良心があれば私心もあるのだ。


 悪魔ポジションとして登場したのは、僕の兄だ。肉親が出てくるあたり、僕の交友関係の狭さが顕著に現れてくるのが悲しいところである。


『よーく、考えてみろ。お前みたいな、学も無ければ、武も無い。そして、大した容姿でも無ければ、金を持っている奴に、少しばかりの好意を抱いているというだけでも奇跡的だ』


 うん、まあ……そこまで言わなくても良いんじゃないかな。そう思っても、実際に言っているのは本当の兄ではなく空想の兄だ。つまるところ、この声を出しているのは僕なので、自己評価すればそういうことなんだろう。


『ここは何か企みがあったとしても、誘いに乗ってやるべきじゃないか? 最後に何があったとしても、一時的にだけは楽しい思いができるぞ』


 確かに世の中には、借金をしてまで風俗に行く人がいっぱいいるわけだし、一時的とはいえエステルとパーティを組むというのは魅力的な提案だ。


 なんたって、彼女らエルフというのは、容姿端麗、スタイル抜群、頭脳明晰、と言われており、側にいるだけでステータスになる。


 僕のような駄目人間がお金を払っても、付き合える子ではない。


 うーん……だとしたら、騙されるっていうのも良いかもしれない。


 悪魔っていうのは人間を堕落させる役割を持っているが、なにも堕落が悪いことではないだろう。むしろ、堕落の反対である向上を目指すというのが必ずしも良いということではない。

 無理に生活環境を変えようとすれば、精神に乱れが生じる。冒険者という言葉に矛盾しているが、平穏や堕落を望むのも大事だと僕は思う。

 だから、決してエッチなことを期待しているというわけじゃないぞ。


「よし、分かった。組もう」

「えっ、本当ですか!? よろしくお願いします!」


 本当に驚いたかのような顔のあとに、満面の笑みを浮かべてくれた。こういう子なら、騙されても良いかなと思ってしまう僕は愚か者なのだろう。

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