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十話 マイカさんはチョロい

 


 エステルが僕に強烈な印象を与えてくれた後も、ホーンラビットを狩り続けた。

 気持ち的には結構萎えていたんだけど、意外と彼女との連携は悪くなく、安全にホーンラビットを倒すことができたのである。


「マイカさんに背中を預けていると安心します!」


 理想の陣形としては、エステルが後衛として魔法を唱えて、僕が前衛でエステルを守るナイトになる予定であった。それであわよくば、エステルが僕の勇姿を眺めて惚れるっていう英雄譚みたいな展開を期待していたのだ。


 しかしながら、現実としてはエステルと僕は背中を任せ合いながらの近接戦闘。男同士なら燃えるシチュエーションであるが、男と女でやるべきことではないだろ。というか、僕の描いていた背中を任せるが違う。


 しかもだ。エステルが倒したホーンラビットは全てツノが折れているか、体が激しく損壊している。これだけ酷いと、換金所で引き渡す際に買い取り価格が激しく下がるのだが、これはこれで名誉の証でもあるのだ。ホーンラビットのツノは、僕のロングソードでも叩き割ることができないくらいに丈夫なのだ。下手したらハンマーでも無理だろう。逆にいえば、それが実行できるのなら、相当の力自慢ということになる。


 そんなこともあって、冒険者の中には、一回狩ってきたホーンラビットを家に持って帰ったあとに、ノコギリやアダマンタイト製のハンマーで叩き折ってから換金所に引き渡す者もいたらしい。そうすることで、真の力を解放したらついツノを折ってしまったという強い自分をアピールすることができるのだ。


 いやぁ、随分アホなことをしているなとか思うが、つい半年くらい以上前の僕がそういうことをしていたので、笑えない。あの時は、強い自分アピールすれば女の子にチヤホヤされると思っていたんだよ。


 それはそうとだ。


「ところで、エステル……」

「はひゅ! な……なんでしょう?」


 さっきまでの、死ねとかオラァとか無駄ァとか叫んでいたエステルと違って、最初の頃の挙動不審な彼女に戻っていた。


「キミのことについて知りたいんだけど……」

「えっ、そうなんですか!? わたしの好きな食べ物ですか!? それとも好きな音楽? ひょっとして好きな本? 座右の銘? あっ、お風呂に入るときは何処から洗うとか、そういうニッチな質問ですか!? けれど、ここはスリーサイズとか? うぇへへへ……」


 女の子が出してはいけない声を漏らしながら、涎を微量垂らすエステル。けれど、こんな不審者っぽい彼女であっても顔が崩れていないので、こういうときに美少女というのは得だ。


 まあ、僕も質問の仕方が悪かったのだろう。ぼっちに抽象的な質問をすれば、テンパる確率が上がるのは、ソロ歴一年の僕が知っている。


「いや……そうじゃなくて、さっき魔法発動させるとき調子が悪くなっていただろ?」

「あー……そうですね……」


 エステルは目を僕のほうからそらして言いよどむ。


 他人の領域にずけずけと踏み込むのは人間としてモラルに欠ける行為だ。ましてや、僕たちは出会って、半日も経っていない間柄なのだ。普通ならば、言いづらい話をさせるのは無礼というものだ。


 けれど今後、狩りを続けていくには知っておかなければならない。冒険者というのは、パーティメンバーを見定めなければならないのだ。パーティの人員を見誤れば、命にかかわることだってある。

 実際、エステル自身に近接戦闘の才能があったから、あの場はホーンラビットを返り討ちにできたわけなんだが、エステルが非力な女の子だったらあの場はどうなっていたことやら。


 うん……? よくよく考えれば、僕ってヒーラーだし治療できたんじゃないか? というか、なんでウィザードなのに力が僕よりあるんだよ。非力になれよ。


 いや、しかし、女の子の肌に傷をつけるのは良くない。それに、あそこにいたのがホーンラビットじゃなくて、ドラゴンの類だったら、エステルの命が危なかったかもしれないのだ。うん、きっとそうだ。


「そうですね……。マイカさんになら、話してもいいと思います……。実はわたし……魔法が使えないんです」


 なんとなくであるが、そんな気はしていた。思い返してみれば、魔法のエキスパートであるエルフが誰にも勧誘されずに、右往左往しているわけがない。エステルがコミュニケ―ショーンに難があるにしても、魔法使いというのは誰にでもなれるわけだは無いので基本的に引っ張りだこなはずなのだ。

 そうされないってことは、そうされないだけの理由があるはず。その理由が、魔法が使えないウィザードというわけか。


 なるほど、男ヒーラーという欠陥的な僕の誘いを受けてくれるだけはある。


「魔法を使おうとすると、どうしても込み上げてくるものがあって……」


 込み上げてくるものは、情熱でも、感動でもなく、そこにぶちまけられている吐瀉物のことだろう。女の子の口から出てはいけない物体である。


「けれど……このままではいけないと思って、体を鍛え始めたんです」


 どうしてそこでそんな発想が出てくるのか。エルフってもう少し聡明なイメージを持っていたんだけど。これでは、脳みそが筋肉な連中と変わりないぞ。


「最初は秘境で学んだ弓を使うためでしたが……体を鍛えていくうちに、いろんなことができるようになって……今では見てください」


 そういって、エステルは伐採された木の丸太を軽々と持ち上げる。大きさとしては、僕一人分はあるはずだ。


「こんなこともできるんですよ!」

「あー、うん。すごいね」


 なんで、弓を使わなかったんだよ。はっきり言って、宝の持ち腐れという感が半端ない。もちろん、その怪力もすごいけど、さっき感じた魔力といい、学んだという弓といい色々と勿体なさすぎる。


 これはアレだ。王都の学校で経済学を学んだのに、大工に就職するくらいに勿体ない。


「え~、こんなの大したことないですよ~」


 しかし、褒められなれないのか僕のお世辞にも似た言葉に満更でもない笑みを浮かべるエステルを責める気にはなれない。

 僕だって、ヒーラーのくせに剣の腕は駆け出しの冒険者の中では上の方だし。最近では、魔法よりも剣の方が楽しくなってきたまである。

 どちらも、後衛職としてはダメダメな感じだ。


「でも、魔法は今でも駄目なんです。しばらく、触れずにいましたし、大丈夫かと思いました。そ、それと……マイカさんにカッコいいところ見せようと、思いまして……」


 なんで、僕にカッコいいところを見せなきゃいけないんだ?

 僕が頭に疑問符を浮かべるも、エステルはホーンラビットに向かって丸太を放り投げて話を続ける。


「結局、マイカさんの前でカッコ悪いところを見せちゃいましたね……。えへへ……」


 エステルは自虐気味の悲しい笑い声を出す。その視線の先には、僕も、丸太に潰されたホーンラビットも映っていなかった。


「そんなことないよ」

「えっ?」


 こんなのは、女の子にさせる表情ではない。僕の兄が語る英雄譚は、女の子が嬉しそうな表情をしながら幸せになるというものだ。今のこの光景をみたら、僕は兄に殴られるに決まっている。女の子を泣かせるのはベッドの上だけとか言ってたし。


「エステルは、僕のために使えない魔法を使おうとしてくれたんだろ?」

「はい……。でも、お役に立てませんでした……」

「いや、僕のために精一杯頑張ってくれたんだ。それだけで、嬉しいよ」


 エステルの過去に何があったのかは、その場にいたわけでもない僕が知るわけがない。けれど、吐くくらいに苦手な魔法を使おうとしてくれたのだ。同じパーティにいる僕のために。

 ヒーラーをやっていく中で――いや、冒険者をやっていく中で、僕のために何かをしてくれるという人に遭ったことがない。ただでさえ使えない男ヒーラーのために何かをするだなんて、見返りはないからな。


 なので、エステルのその行為は僕にとって感激するくらい嬉しかった。我ながら自分がチョロすぎると思うが、女の子が僕のためというのを聞いて、嬉しくない男はいるだろうか。いや、いない。


「それに、今日はこんなに狩れたんだ。僕一人じゃ、こんなに討伐できなかったからな。これもエステルのおかげだよ」

「マイカさん……。マイカさんがそう言ってくださると、わたし……もっと頑張れそうな気がします」

「いや、もう帰ろう」


 エステルが心の底から笑う表情になったのはいいが、次の丸太に視線を移すのは良くない。あっちで潰されているウサギは損壊がひどすぎて買い取ってくれなさそうだし、何事もほどほどが一番だ。

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