一話 男ヒーラーは不遇ジョブ
あえて今の僕を言い表すならば、運が悪かったとしか言いようがない。
「おっふ、雑魚はここに近寄らないでほしいでおじゃる。麻呂の神聖な空気が穢れるでおじゃるよ」
「男のヒーラーとかありえない。そのような職業では役割が果たせませんぞ。我らのパーティにはお主なんぞ不要」
「ハハッ、ボクのお仕事は子供たちに夢を与えることだから君みたいな子供の情操教育に悪いのは必要ないんだ。ハハッ!」
「知らないのですか? 如何にも働いたことのない男のヒーラーなんて巫山戯た職業の貴方なんて入れたら、我々のパーティの評判が悪くなるってことに。まあ、これを専門用語で『社会的信用』と呼ぶんですが、働いたこともない貴方が知らないのも無理はないですね」
「さすがですわ、お姉様!」
「普通ならやんわりと断るところを、ここまでストレートに他人の人格をなじるなんてなかなかできることじゃないよ」
出会いと交流の場である斡旋所の酒場でリンチにされた挙句、出入り禁止になりかけた。次こんなことをやったら今度こそ出入り禁止にされてしまうとマスターに忠告された。
仲間を得られなかった僕は、一人でもできる仕事をすることにした。
自由と欲望の街サマイタ。貿易の中継地点として商人によって建てられた都市である。そこは来る者を拒まず、去る者を追わずという商人らしい自由な気風が街全体に浸透しており、あらゆる種族の亜人はもちろんのこと、僕のような余所者でも受け入れてくれる。
元々は、商人によって建てられた街であるが、この街にいる者の大半は、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮に潜り、そこから得た収入で生計を立てている冒険者が大半である。大雑把に言えば、僕もその職業に就いているといっても良い。
僕の出身はサマイタより遠くに離れたブチチという田舎であった。そこで生まれてそこで育ったわけだったんだけど、一年前に山賊がやって来て村は壊滅。親兄弟とは離れ離れになってしまった後、なけなしの金を持ってサマイタまで歩いてきたのだ。
サマイタの噂は、田舎者の僕の耳でも入ってきていた。なんでもそこでは、美人のエルフやらロリっ娘のドワーフやらが街中を歩いており、冒険者になって有名になれば、彼女らとエッチなことができるらしいとのこと。
しきりに言い聞かせてくれた兄の清々しい姿を幼かった僕は今でも覚えている。
兄が聞かせてくれた話が、僕は好きであった。金髪の女騎士がオークに捕まって、屈辱に塗れながらも快楽に逆らえないエッチな話。触手に捕まったシスターが全身を快楽に染められながらも神の名を呼んで助けを求めるエッチな話。世界を救いに来た勇者が圧倒的な力を手に入れて女魔王と子作りをするエッチな話。どれもみんなエッチな話であり、思春期の僕にとって、とんでもない刺激になったのは言うまでもない。
そして兄は、サマイタに行けばそんな素晴らしい経験ができると、一日一回は必ず呟いていた。サマイタのエルフとダークエルフにセイフクというものを着させて白ギャルビッチと黒ギャルビッチというものにさせてエッチなことをする、というのが兄の夢であったらしい。
そう、サマイタに行って強い英雄になれば……冒険者として名を馳せれば。
きっと、兄が語った物語のような出来事に出会えるかもしれない。物語のような経験ができるのかもしれない。
そんな思いから、山賊に村を焼かれた僕は、一人で駆け出して飲まず食わずの状態で、サマイタまでやって辿り着いたのだ。
やって来た当初は、夢に押される形で形振り構わず声をかけたり、突っ走ってみたのだが、今となっては自分の力量というのが分かってしまう。
一応、冒険者になってはみたものの、同期になった者は今や有名人となっているし、僕よりも後に冒険者になった奴は僕よりも成果を出している。
ましてや、パーティを組めない者なんていない。
このサマイタで冒険者として生きていくためには、神々と契約して『ジョブ』というものを手に入れなくてはならない。ジョブというのは、神様から授かる力であり、このサマイタでは貰える者には限りがあるわけなのだが、一度授かってしまえば、どんな人であっても下級のモンスターくらいは撃退することができるのだ。
ジョブには、様々な種類がある。例えばファイターというジョブは、自らの肉体を駆使しながら、常人なら武器を使っても倒せないモンスターを拳で倒すことができる。また、ソードマンというジョブは、剣を自在に使うことができ、鍛錬次第では剣で斬れない物は無いという女の子にモテるジョブだ。
神様から授かるジョブは、自分で決めることはできなく、ランダムで決まると言われる。運動もしたことも無い人間がソードマンになることだってあるし、筋肉モリモリマッチョマンが魔法を操るウィザードになるということもある。
だけどジョブには、人智を超えた力があり、鍛錬次第で今までの自分とは違う自分になることも可能だ。たとえ運動もしたことも無い人間がソードマンになったとしても、それで有名になった例というのはいくらでもある。
それくらいにジョブというのは、大事なものなのである。
ジョブによって成功する者がいれば、ジョブによって失敗する者もいる。
例えば、マーチャントというジョブがある。これは、冒険者としてはハズレジョブと呼ばれている。恩恵としては、お金の匂いを嗅ぎ分けられる、武器の鑑定ができるようになるというもので、戦闘に役に立たないからだ。
まあ、冒険者としてはハズレという意味なので、このサマイタで生きていくには重宝されるジョブであることは確かだ。
さらには、ギャンブラーやジョッキーなど冒険者として不遇なジョブがあるわけなのだけど、僕のジョブはある意味それらのジョブよりも不遇なものであった。
ヒーラー。それが僕のジョブである。
ヒーラーというジョブは、ウィザードと同じく魔法が扱えるジョブだ。攻撃魔法が扱えるウィザードに対して、ヒーラーは回復魔法が使える。
いくらジョブの恩恵を受けている冒険者であろうと、モンスターは獰猛にして危険であるので、生傷に絶えない。怪我によって動きが悪くなる者がいれば、死に関わる怪我を負うものだっている。そんなときに活躍するのがヒーラーだ。
訓練を積んだヒーラーは、大きな怪我であろうが一瞬で治癒することができ、中には死人だって生き返らせる者だっている。
普通に考えれば、不遇どころか冒険者にとって重宝される存在であることは間違いない。実際、ヒーラーがいないパーティに比べれば、ヒーラーがいるパーティは生還率が高い。冒険者にとっては、いなくてはならない存在なのだ。
女のヒーラーはね。
男のヒーラーとなると、話が違ってくる。
まず、ヒーラーが回復魔法を使える対象というのが、限られているのだ。女のヒーラーが回復魔法を使えるのは男、男のヒーラーが回復魔法を使えるのは女と制約されている。男のヒーラーが男に回復魔法を使っても意味が無いのだ。
そのため、男のパーティに男のヒーラーはいない。いても使えないというのが分かっているからだ。
では、女ばかりのパーティに入ってハーレムになろうというのは、ヒーラーになった最初の頃は思っていたが、現実はそう甘く無い。
そもそも、男の冒険者に比べて、女の冒険者というのは、とんでもなく少ないのだ。僕の村で女の人は、ほとんど家の仕事に従事していたけど、自由を気風にしたこの街でも女で働いている人は少ない。
男の冒険者が九割に対して、女の冒険者は一割程度いれば良い方だろう。
さらに言うと、ヒーラーが回復魔法をかけるのは前衛を務めているファイターやソードマンといったジョブなのだけど、女の冒険者の殆どはヒーラーかウィザードといった後衛である。前衛が死んでも守らなくてはならない後衛に回復魔法なんてかける必要なんて無く、むしろかけるようになる事態になったら全滅確定なので、男のヒーラーというのは需要が無いに等しい。
もう一つの不遇な理由はとても簡単だ。男のヒーラーは気持ち悪い。それだけだ。
嘘か本当かは知らないけど、ジョブというのは、その人の本質を表すと言われている。ファイターならば、自分の中に獣性が宿っているとのこと。ウィザードならば、知性が宿っているとのことらしい。
ヒーラーは、女性らしい心とされている。事実、ヒーラーは僕がなるまで女性がなるものとされていたらしい。
そのおかげで、僕の本質が女ということにされて、オカマ扱いされたのであった。とんだ風評被害だ。
そういうわけで、冒険者としての心得を持っていて、前衛もこなすこともできて、なおかつ低賃金で雇えるというお得物件である僕であるが、ほとんどの冒険者は生理的に受け付けないという酷く曖昧な理由でパーティに入れて貰えないのであった。
「ちくしょう……」
傷んだ体を引きずりながら、街の外れにある寂れた教会に行く。宿屋の金も払えない僕にとって、無料で泊まれる唯一の場所だ。人がいなく、廃墟みたいな場所であるが、教会の中央に置いてある女神の像が僕を待っていてくれる。
「あー、せめて生まれてくる性別か世界が違っていればなぁ……」
そんなどうしようもない願いを一人口にする。もちろん、神様が聞いてくれるわけではない。神様は、僕がソードマンになって女の子にモテるように願ったのに、ヒーラーなんて地雷ジョブを渡してきたしな。
聞いてくれるのは女神の像だけだ。
「まあいいや。明日も仕事があるからおやすみ……」
寝る瞬間、女神の像が少し微笑んでくれた気がした。
ノクターン出身なので、なろうの使い勝手が分からないこともありますが、よろしくお願いします。