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再見(サイチェン)  作者: 星野優一
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巡り合い

 隣の家とのわずかな隙間を縫って真夏の太陽の光が射す四畳半の窓際で、研ぎ澄まされた心がふと温まる雰囲気に浸り、部屋の中の影となった部分で静かに寝息を立てている女の顔を見ながら、この生活が始まった時のことを思い出していた。


 その日は、厳冬の日々が続く中でみょうに暖かい夜であった。

 彼女と会ったのは、数回行ったことのある横浜中華街の小さなスナックに、石川町の通りにあるスナックで知り合った仲のいいい知人と行った時である。


 知人がドアを開けると同時に「今晩は、和久井さん」。

 中肉中背のちょっと猫背の和久井に対して、妙にやさしい声で、お迎えの声がかけられていた。

 和久井がこの、店にしばしば訪れていることを感じさせる声であった。

 お店のママが知人の名前を呼ぶ声に誘われて、私たちは、温かい店の中に入って行った。

 その狭い店の中で最初に私の目に飛び込んできたのは、長いストレートの黒髪を背中の後ろになびかせた

大きなを輝かせる。この店で初めて見るまばゆいばかりのオーラを放つうら若き一人若い女性であった。

 まだ何事も知らない乙女の様な彼女の姿は、私のここの中に大きくその影を残すものであった。

 私たちが店の中に入り、あたりを見回しているときに、彼女の瞳が私を捉えたとき、一瞬、心の中で信じられないような大きなざわめきがおき、この女のことのすべてを、知りたいとの感情が沸き上がってきた。

 相手は、私をただ一人の客としか見ていないはずなのに、私の方は、彼女は私に会うためにここに来たのだという不思議な感情に捕らわれていた。

 店内は、入り口を入ると目の前に奥に伸びたカウンターが前にあり、ぞの脇に3つのボックス席が誂えてある。

 私たちは、ボックスの一つに座り、和久井のリザーブしていたサントリーのだるまと呼ばれるウイスキーの水割りを飲みながら、目は自然とカウンターの中で接客をしている彼女を追いかけていた。

 そのような私の雰囲気を感じた和久井は

 「敏夫、何をそんなに神経に彼女を見ているんだ!」と突然話しかけてきた。

 「彼女は、この店の人気者だから、なかなか、この席までは来ないよ。彼女と話すには足繁く通うわないと難しいだろうよ。・・と言っても、彼女がこの店に来たのは2週間前だけどな。」

 そんな話を聞きながら、私の目は明るい彼女の振る舞いに奪われていた。

 その日は、結局、話もできずに店を出ることになった。

 帰り道、寒い道を歩いていても、心の中は、ほんわかと暖かい気持ちが流れていた。

 しかし、姿を見ているだけで、話もできなかったことで、なんとなく空しい気持ちも満ちていた。

 翌日は、早くから目が覚め、仕事をしていても時間の経つのがすごく長く感じた。

 やがて、夜の帳が訪れると、気持ちが急くように足が自然と中華街のスナック「秋」に向かっていた。

 ドアを開けると直ぐに、彼女の明るい「いらっしゃいませ」との声に迎えられた。

 同時に「今日は、また、ずいぶん早いご来場ね。」店の古株である今までの人気者であったトモの言葉に一瞬、心の中を見透かされた思いをしながら、カンターの席に腰を下ろす。

 時間も早く、お客がいないのも幸いして、彼女は私の隣に座り、

「いらっしゃいませ」片言の日本語であいさつをした。

 その声を聞いて、彼女は、この国の人だと疑問が生まれた。

 韓国人?台湾人?中国人?考えを巡らしていると

 「私は福建省からきました。」と彼女の方から挨拶をされた。

 「福建省?それはどこの国?」突然の挨拶に驚き、なんという返答をしてしまったのだろう。

 そんな私の心を見抜いたのか、彼女の方から答えの先が述べられた。

 「中国の一つの省で、台湾に、一番近くにある省なの、そこから、日本に日本語の勉強に来ました。

 まだ、あまり日本語がわからないので、和田さんも教えてください。」

 いつの間に私の名前を知ったのだろう。

 いろいろと彼女に聞きたいことはあるのだが、それが質問となって出てこない。

 あやふやな日本語の発音のせいかもしれない。

 「名前は?」ごく当たり前な質問をしていた。

 「ケイ」です。

 「ケイは、いつ日本に来たの、そして、どうしてこの店で働くことになったの、今はどこに住んでいるの。・・」突然、聞きたいことが矢継ぎ早に声となって発せられた。

 矢継ぎ早な質問にも、彼女は笑い顔でゆっくりと話をつづけた。

 「日本には、1月の初めに来ました。はじめは親戚の家にいましたが、今は、ママの家にいます。」

 その時突然、

 「何を聞き出しているの、私のかわいい娘に手を出したら、承知しないわよ。」

 小柄な愛嬌のあるママが話しに加わってきた。

 「別に、今日、初めて話ができたので、ケイお話す自己紹介を聞いていただけだよ。」

 本当は、ママの言う通り、ケイに特別な感情が生まれていたことを見透かされているようで、ちょっと慌てて答えた。

 「ケイちゃんは、私のかわいい娘みたいなものだから、悪さをされたら大変だと思ったのよ。」

 ママの冗談であると分かる話し方にも、何だか心穏やかな気持ちでなかった。

 一方、より一層、この女を自分の方に振り向かせたいとの気持ちが高まってきた。

 「ママ、和田さんは、私に日本語を教えてくれる先生になってくれると約束してくれていたのですよ。悪さをされることはないです。」

 そんな約束はしていないし、ちょっと話の辻褄が合わない言い方で、私の弁護をしてくれるケイの横顔を見つめた。

 「和田さんは紳士だから、そんなことはしないと思うけで、お店のお客さんは皆、ケイちゃんをものにできないかと狙っているようで困っているのよ。」

 確かに、昔の日本の女性が持っていた素朴さと、八頭身おスタイルと誰もを引き付けるやさしさを宿した大きな瞳に魅せられては、男であれば誰でも興味を示す女性だと思う。

 「ママは、ケイとどこで知り合ったの。」

 「私の知り合いが昔から、中華街で喫茶店を開いているの、その店に、ある日彼女がお茶を飲みに来て、私の知り合いに働きたいというので、その人から私が紹介されたの。」

 そんな会話の中にケイが

 「私、日本でアルバイトをして、日本語を学んで中国に帰って先生をします。」

 ケイは、働く必要があることを私に告げた。

 しかし、日本では許可なく働くことは、禁じられているのではないだろうか。

 私の頭の中で常識的な考えが浮かんできていた。

 「和田さん、突然まじめな顔をしてどうしたの、悪いことをしているわけではないのだから、警察になんか変化こと言わないでよ。」

 こちらの考えを見越したように、ママから話が飛んできた。

 「何も気にはしていないけど、このままにしていて、問題は起きないのかな。」

 「問題のある仕事をしているわけでないし、アルバイトなら大丈夫よ。」

 「そうだよな、彼女だって生活していかなければならないのだからな。」

 そこで、なんとなくこの話は途切れた。

 そんな瞬間をとらえて、

 「私にとっては、日本語を勉強することは、とっても必要なことなのです。

 早く帰って、中国の学校で生徒に日本語を教えてあげたいのです。」

 「わかったよ、僕も協力するよ。」

 ちょっと詰まった声で答えた。

 「ところで、今は、どこの学校に通っているの。」

 「桜木町にある水連学園に通っています。」

 「日本では学費が高くて大変です。」

 中国に比べると、価格が非常に高のかなと思う。

 「横浜にきてから、どこか面白いところに行った?」

 「まだ、どこにも行っていないのです。

 親戚の人が大倉山に住んでいるので、最初はその家にいたのですが、

 家も狭く、夫婦生活にも影響するので、家を探さなければならなかったのです。

 そんな時に、中華街の喫茶店で、ママと知り合って、住むところがないと話したら、

 ママの家に住むことになったのですが、突然押しかけることになったようで、

 あまり長くいられないですね。」

 「でも、日本では、お金の面でも、日常の会話の面でも、中国人ということでも、

 一人で暮らすのは大変だと思うよ。(本当は、こんなかわいい子一人で住むことががとの思いがあっ   た。)」

 「そんなことで、今、ママに、頼んで一人で住める家を探しています。」

 「早く、どこかに、見つかるといいね。」

 そんなことを話しながら、心の中では、僕がその家を探したら、その家に、僕が訪ねていくことを許してくれるかな?そんな思いが心を過ぎっていた。

 「さて、日本語の勉強をしましょう。」

 急に、彼女は、その言葉を残して、奥の控室に消えたと思ったら、手に、今、受けている授業の教科書を持て来た。

 「いま、このページを勉強しています。」 

 開いたページには、小学校の初級の内容が並んでいた。

 「かわいい内容だな。」

 「まだ、小学生ですから」

 「でも、話すほうはなかなかうまいよ。」

 「お店で、多くのお客さんと話しているので、話すことの方がうまくなっているのかもしれません。

 でも、読むことが、まだ、わかりません。」

 「日本語って、難しいかもしれないね。

 平仮名もあるし、カタカナもあるし、漢字もあるからね。」

 「漢字はの方がなんとなく意味が分かるのですが、

 平仮名やカタカナは全くわかりません。」

 「もともと漢字は中国から入ってきたものだから、ケイの方が先輩だな。」

 飲み屋で話している内容ではないような会話がしばらく続いた。

 教科書の内容を話しているケイが急に、

 「和田さん、左手のリングは、結婚している印?」

 普通、女の子を口説くなら、指輪を外してくるものだろう。

 しかし、指輪をしていることが、逆に彼女に安心感を与えたようである。

 「和田さんとなら、安心して付き合うことができそうですね。」

 横から、直美ママが

 「ケイちゃん、男は怖いのよ、安心しないでね。」と横やりを入れてきた。

 「まだ、小学生のケイに手を出すことはないよ。」

 頭で考えている疚しい気持ちとは違い言葉が出ていた。

 急に店が込み合ってきて、ケイが指名され、私の話のお相手は、ママに代わっていた。

 そうした中でママが話しはじめた。

 ママは、この店でいろいろと仕事の話などをしてきたなかで、なんでも話せる相手であった。

 「ケイちゃんは、非常な努力家で、中国にいたときは、年少組の先生をしていたらしいの、

 でも、もっと上の教師を目指して、日本の語学の勉強に来たようなの。

 和田さんも変な気を起こさないで、やさしい先生を勤めてね。」

 「努力します?」

 「確かに、彼女が来て、お店の売り上げが上がったのはいいのだけれど、

 彼女を目的とする人が増えたのが気になっているの。」

 ボックスに移り、3人のお客に水割りを作り、明るくおしゃべりをしているケイの横顔を見ながら、

 ママの心配した言葉を聞いていた。

 「ところで、彼女は、いつまで日本にいられるの。」

 「就学ビザだから、2年間かな?

  いい子だから、もっといられるといいなと思っているのだけど。」

 自分の娘のような話かたで真剣に話をするママの横顔の中に愁いを感じていた。

 そんな気持ちをおくびにもださずに。

 「彼女の目的が、気にに帰って、先生になることだから、早く目的を達成してやることが、日本人としての務めかな。」

 「そうね、日本人の中国における印象が悪いから、親切にしてやって,

の本陣の評判を少しでも、取り返えせればね。」

 そんな話を聞きながら、日本人である、自分の中に、彼女を自分のものにしたいというエゴが渦巻いていた。

 お店の中のすべての席が埋まり、明るい笑い声が聞こえる店を出て、寒空の中を我が家に向かった。


 私の仕事は、市内の特定の会社の業務の調整を行い。相互の利益を生み出すために、その方向を示すことで各会社の経営がうまくいくように誘導するもので、各会社との日々の話し合いの多い業務であった。

 そのために、いろいろな情報も入ってくることで、悩むことも多い仕事であった。

 そんな忙しい業務の合間に、前にはなかったことであるが、ケイ対するいろいろな思いが、脳裏を横切りことが多くなってきた。

 

 ママには、かっこよく、世間体にいいことを言ったが、心の中では、彼女を独占したいとの気持ちが満ち溢れてきていた。

 

 

 

 

 

 



  












 


 

 

 


 



 

 

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