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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者になった死刑囚が魔王を倒しに行くらしい

作者: 鳥丸唯史

 R18ではないと思いますが、性的表現があるので苦手な方はご了承ください。

〈勇者になった死刑囚が魔王を倒しに行くらしい〉


 電波式の腕時計はそろそろ十七時一分を示す。

 針金でできた粗末な床。隙間から見えるのは無風の暗闇だ。立場上、無駄に動かない方がいい。

 窓がある。群青色の空だ。時期に朝になる、という雰囲気が立体的に作られていく。

 やけに目立つ暁星(ぎょうせい)がある。金星ではないだろう。やがてその光は密度を増し、カッと地上に差し込んだ。(いびつ)なミステリーサークルができた。

 作ったのはあの男だ。蛍光オレンジの上下を着ているので非常に目立つ。

 奴はやけに立派な城へ向かってくる。私がいる針金の小部屋は絡むように城の上部と接着していて、奴の様子が丸見えとなっている。

 針金が何重にも編み込まれてできているらしき甲冑の兵士らが門辺(かどべ)で奴を取り囲む。奴があれこれ弁解をしていると、杖を持った青いローブモンタントの女が現れた。

 女は王家の顧問魔道士だと名乗り、奴を玉座の間へと導く。奴は周囲を見回しては顧問魔道士の尻を見、また周囲を見回しては尻を見た。ヒールの高さが左右で微妙に違うのか、顧問魔道士はモンローウォークを再現していた。

 女王は銀のスパンコールをあしらえた、胸の谷間を強調させるドレスを着ていた。ウェーブのかかったブロンドはさながらハリウッド女優だ。

「陛下。この方こそ勇者となる者です」

 顧問魔道士曰く、魔王の凶悪な力の影響により生態系が崩壊し、自然界破滅の危機に陥っている。魔王を殺せるのは異世界の人間で、彼女が呼び寄せたのだという。異世界から来た人間は、この世界では特別強い力を無条件で扱い相手を生かすも殺すもできるらしい。私は念のため耳を傾けておく。

 奴はそれなりに話を飲み込んで、だるんと伸ばしていた腕を広げた。

「じゃあ、ここって地獄じゃないってこと? 俺さっき死にかけだったからさ」

「救世主よ、名前をお聞かせいただけますか?」

 女王の色っぽい笑顔に、奴は妙に喜び勇む様子で「斎藤(さいとう)勇者(ブレイブ)です」と答えた。私は一人笑った。

 昔発症した急性虫垂炎の手術の(あと)を癖で引っかきながら、関わるタイミングを考える。その間、斎藤は女王とその娘に挟まれて盛大にもてなされた。私も食べたことがない高級料理が並んでいる。奴は酒をジュースのようにがぶがぶ飲み、姫の太ももやストレートの髪をなでる。姫はまんざらでもない様子で「さすが勇者さまは酒がお強い」と褒めちぎる。

「勇者さま、私もかまってくださいな」

 女王も身体を密着させ、娘よりも豊満な胸を押しつけている。壁際に突っ立っている針金家臣は無機的で、料理や酒が尽きかける時だけ動く。まるでロボットのようだ。

「ねえ、力を試してみてはいかがです?」

 姫は無邪気に余興を思いつき、適当な兵士を何人か呼び寄せた。

「さあ! 呪文を唱えてください!」

「呪文って?」

「何でもいいのです! あなたの力なのですから!」

 斎藤はいくらか考えた末、手をかざす。

「呪文!」

 途端に一人の兵士はぐしゃりと針金ボールになり、血が花火のように噴いた。

「きゃあ! スゴイわ! さすが勇者さま!」

 姫は色白な頬を染めて飛び跳ねた。女王も楽しそうに拍手をしている。

「わあ、俺すっげえ」

「次! もっとやってみせて勇者さま!」

 斎藤は調子に乗ってどんどん針金兵士を潰した。ぽんぽんぽんぽん血が噴いた。

「もしかしてチートじゃね? 最強じゃん」

 確かに不正行為(チート)だ。斎藤は罪悪感が欠落している。

 しばらくして歓迎会はお開きになり、満腹になった斎藤はスイートへ案内された。ふかふかなダブルベッドで大の字になっていると、女王が肌着姿で入ってくる。

 女王は未亡人らしい。この世界の男は魔王のせいで精力が衰退し、活気にあふれた男は希少な存在。死んだ夫も役に立たなかった。だからこの機は逃がしたくない。ぜひ勇者さまの子が欲しい。と、彼女は大胆に斎藤に迫った。斎藤も斎藤でこの世界をかなり気に入り、得意げに女王を押し倒した。

 斎藤が上になったり女王が上になったり盛り上がっていると、姫が部屋に突入してきた。

「ずるいわ、お母様! あたし狙ってたのよ!」

「あら、早い者勝ちよ」

 乱れた髪をかき上げながら、女王は不敵な笑みを向ける。姫は悔しそうに衣類を脱ぎ散らかしながらベッドにのし上がった。

「勇者さま、この日のためにずっと大切にしてきたの! どうかあたしを抱いて! 処女を奪って!」

「いいよ、喜んで。俺、救世主だし。なんか俺ってば今すげえ幸せ! 神さまからのご褒美ってやつかな!」

 真っ昼間から何をやっているのだろう。呆れた私は、どうすればこの世界を早めに消滅させることができるかパターンを考えた。なかなか判断が難しい。とにかく奴は危ない。下手(へた)に刺激して潰されたら駄目だ。とにかく下手(したて)に出てなければ。


 朝になった。斎藤は相当おだてられて魔王殺害に乗り気だった。

 旅の同行に顧問魔道士の弟子が選ばれた。マントの下は海兵のような格好で、ショートパンツ。一見は金髪碧眼の男の子だったが、やり取りを聞いているとどうやら女の子のようだ。

「勇者さまと旅ができるなんて光栄です! ボク、勇者さまの力になれるようにがんばります!」

「おう、期待しているぞ」

 爽やかに言っているようだが、その目線は私にはいやらしいものにしか見えない。不細工でなければ何でもいいのだろうか。奴の言動、思考の全てがいただけない。

 さて、もう一人同行することになった。下僕が必要なのだ。

「ではアレに行かせましょう」

 女王が言うと、私がいた針金の小部屋は完全に城と一体化した。同時に戸が開き、斎藤と対面した。

「げっ、オークじゃん」

 斎藤は露骨に嫌な顔をする。関わるなら始めが肝心だ。とにかく下手(したて)に。

「お初にお目にかかります。どうぞこの私を下僕としてお使いください。どんなご命令にも喜んで従います」

 ひざまずいて深々と頭を下げたおかげで、斎藤はやや偉ぶった態度だ。

「でさ、なんでオークがここにいんの?」

 奴は女王に聞く。

「私の姉は森でオークに犯され、(はら)ませたのがソレです。ソレが生まれた時、姉は狂死してしまいました」

「なんでこいつ生かしてんの?」

「殺すことも考えました。ですがいずれ何らかの役に立つだろうと、ここに幽閉させていました」

「ふーん」

 斎藤はじろじろと私の姿を観察する。人を小馬鹿にした腹立たしい顔だ。

「ま、せいぜい俺の役に立てよ」

 私の名前を尋ねることはなかった。女にしか興味がないのだ。

 斎藤は特に何の装備もせず、蛍光オレンジ姿のまま魔王殺害の旅が始まった。

 二人の後ろについて歩く私はうんざりするほどの巨漢だ。濡れた段ボールのようなボロ衣から出ている腕も脚も象のように太くざらついて、泥沼のような色をしている。魔道士はこの姿に怯えている様子で、斎藤と手をつないだ。親子のように見えるはずがないし、まったく和まない。

「タクシーとかないのか?」

 まだ城が後方に大きくそびえているにもかかわらず、斎藤は早速だらける。

「馬車ならあるだろ? あーんもう、馬車用意してもらえばよかったあ」

「勇者さま、元気を出してください。そうだ! オークに運んでもらいましょう!」

「ああ、そいつはいいアイデアだな」

 魔道士はシンデレラの魔法使いのように万能ではなく、斎藤も馬車からそこまで連想させる力がない。異世界に来たというファンタスティックな状況にあっても、童心に返ることはないのだ。

「おいオーク。馬車作れ」

「かしこまりました」

 私はその辺にあった木をなぎ倒した。ああ、やっぱり。中は空洞だ。木部繊維の代わりに針金が無造作に交差している。いちいち文句は言えない。懐から工具一式を出し、せっせと荷車を作る。車輪も一から作る。針金で補強する。

 その間、斎藤は魔道士に自慰行為を手伝わせる。魔道士は奴の局部をやたら褒める。「どっちが先に終わるかなー?」と斎藤はにやにやと私を急かす。

 首をひねり潰したかった。首を引きちぎり、サッカーボール代わりにシュートしてやりたい。そして三六〇度から喝采を浴びる。

 冷静になれ、と私は念じた。遅かれ早かれこの世界は終わる。これは決定事項だ。

「俺は馬車を作れって言ったと思うんだが?」

 出来上がりの品に不服な斎藤は腕を組み格好をつけた。ハンサムと呼ぶには程遠い顔に、鼻で笑いたくなる。馬がいない馬車はただの荷車だし、一体どんな豪華なものを想像していたのだか。

「ご希望に沿えず申し訳ございません。さあ、お乗りくださいませ」

「これじゃドナドナじゃねえか」

 意味不明なことをぶつぶつ言いながら、斎藤は荷台に乗った。私を馬に変身させるアイデアも浮かばない。

 ずっと一本道だ。森の中までご丁寧に一本道だ。魔王までの道のりは楽かもしれない。問題は奴の泉のようにわき出てくる性欲だ。暇を持て余していちゃついている。

 まあ、それだけならまだ我慢のしようがあるかもしれない。性欲に興味の矛先が向いている間は、私に危害を加えようとは考えまい。万が一にも私を殺そうとするなら、ここから脱する他ない。任務より命が何より大事だ。

「待て! そこのオーク!」

 突然、横から赤髪碧眼でポニーテールの女が飛び出し、勇敢に剣を構えた。銀色のプロテクターにはそれらしい紋章が掘られているが、角度によってデザインが曖昧になる。

「その二人を解放するのよ」

 オークだから人攫(ひとさら)いか何かかと勘違いしたのだろう。私はおとなしく荷車から離れた。女剣士は魔道士と話をしている。魔道士が事情を説明している間、斎藤は女剣士のプロテクターで無理やり絞られたスタイルを眺めている。

「ふーん、そういうこと。だったら最初からそう言ってよね」

 事情を理解した女剣士は頬を赤らめて斎藤を上目遣いでにらむ。

「そういうことなら、あたしも行く。異論はないでしょ」

「ああ、うん。いいよ」

「何よ」

 女剣士は妙に斎藤に対してつんけんとしている。要するに好きなのだろう。そして私に対してはそのままの意味で高飛車で、邪険に扱った。

「さあ、とっとと進め!」

 私の尻を蹴り、斎藤と魔道士の間に場所を取った。魔道士はむっとして斎藤の膝の上に陣取った。しょうもない三角関係だ。溜め息を殺し、私は荷車を引っ張った。


 それからして、旅の仲間が増えた。男勝りでボディラインを強調したハイレグカットのレオタード女闘士。サンオイルでも塗っているのか、鏡のように照っている。

 ハートのデコレーションが派手なネイルを持つ、猫耳を生やした耳四つギャル妖怪。尻尾がミニスカをめくらせ、しま模様パンツが見放題だ。

 そしてメイド。巨乳。

 旅路はできるだけ省略しよう。内容はほとほと淫靡(いんび)なものであり、斎藤のセックス依存症の真髄を見せつけられた。女衆はそろって痴漢を巡って大胆アピールし、夜のキャンプになればとことん乱交となった。

 一度だけ巻き込まれそうになった。理由は単純にオークだからだ。そもそも私はオークが実際どんな生態なのか知らないし、それになぞらえるつもりはない。勇者の命令でも、見張りを理由に丁重にお断りした。きっと短小なのだ、包茎なのだと笑い者にされたが、とにかく我慢だ。

 確実に魔王の城は近づいていた。私だけ振り返れば、来た道は闇により失われている。後戻りはできない。


 もう一息で魔王の城がある山のふもとという辺りで、エルフの村に着いた。エルフというだけで斎藤は興奮していた。

 村は壊滅状態にあった。森が腐敗し、明らか悪い空気によってエルフたちは次々と病死し、ぐしゃぐしゃの針金状態になっていた。死ぬ寸前だろうエルフも、顔立ちが不明となっていた。それら対して斎藤はまるで興味なしで、健康的な美少女エルフを探していた。

 そこへ黒い怪物たちが形をころころ変えながら襲ってきた。針金が突き出た家をぱたんぱたんと倒し、針金エルフをぺちゃんこにしていく。勇者さまの出るまでもないとか言って、女衆は怪物たちを各自の方法で退治した。

 怪物たちがいなくなるや、森の王族だという緑の目をしたエルフが弱弱しい足取りで近づいてきた。シロツメクサの花冠をかぶった彼女は清楚な顔立ちで美しい。スズラン柄のレースをあしらえた純白のネグリジェだったため、斎藤は食いついた。奴は白人女性が好みだ。

「ああ、勇者さま。怪物を追い払ってくださって感謝します」

 彼女はひざまずいて指を組む。斎藤はでれでれと突っ立って、その後ろでは女衆が醜く顔を歪ませてにらんでいる。剣士に関してはプロテクターが針金化し、おそらく元には戻らない。

「この村は見ての通りです。魔王の力で森は腐敗し、木々から放出された毒素によって村人たちは弱り果てています。王族の力だけではもはや持ちこたえることはできません。どうか勇者さま、村人たちをお救いください。そのためなら、わたしは何でもします」

「何でも?」

「はい」

「じゃあ俺の彼女になってよ」

 嬉々として言う斎藤に対し、美少女は表情を硬直させる。

「ごめんなさい。わたしには愛を誓い合った相手が」

「今何でもするって言ったじゃん」

 途端に斎藤は赤く小鼻を膨らませ、ガマガエルのように唇を尖らせる。

「俺は勇者だぞ。勇者の女になるってのはすごく光栄なことであって、なりたくてもなれないものなんだよ」

「それでもわたしは彼を選びます。迷いはありません」

「なんでだよ! なんで俺の言うこと聞けないの! 俺は勇者だぞ!」

 女をいくらでも(もてあそ)ぶことができた斎藤にとって、彼女の反応は予想外だろう。真っ赤な顔は紫から緑へと変色させながら地団駄を踏んだ。

 すると美少女は痛々しいものへの冷ややかな眼差しを向ける。

「何でもすると言ったのは、あなたを人間として尊敬し信頼していたからです」

「ふざけんな!」

「それは間違いでした」

「呪文! じゅもんジュモン呪文!」

 美少女は一瞬で輪切りにされ、だるま落としのように横倒しになった。それでも目が斎藤を非難し、奴はさらにみじん切りにした。二、三ミリ角の肉がばらつき踊ってもなお、二つの眼球は無傷で転がり奴を軽蔑する。踏み潰すことでようやく美少女の面影が失われ、斎藤はぜいぜいと青い顔で肩を上下させた。屍姦(しかん)する気すら起きなかったようだ。

「とっとと進むぞ!」

 斎藤はぐしゃぐしゃエルフを踏み潰しながら村を出ていく。女衆も無言でついていく。もはや出会った時の顔ではなかった。歪ませた時のしわがアルミホイルのように深々と残っている。メイドに至っては、胸の大きさしか個性がなかったため他の部位が針金化している。

 背後の闇が速度を上げて村を飲み込み、ガラクタたちは音もなく底なしへと壊落し、闇と同化した。闇は空まで浸食し、やけに黄色い稲妻が描かれるも塗り潰される。残されたのは魔王の城のみとなった。


 門前に着く頃には斎藤の怒りも鎮火していた。その代わり魔王殺害の本来の目的を捨てていた。平和のためではなく、この世界の女を思いのままに操るために魔王を殺すつもりでいる。

 勇者としてあるまじき考えに、魔道士は一言も文句を言わない。彼女のくしゃくしゃアルミホイルの皮膚から何本もの針金が飛び出し、マントの下はもはやあられもない状態だ。

「とっとと終わらせてやるぜ」

 斎藤は針金城門を粉砕させ、玉座の間へ突撃した。

「魔王とやら、あんたを殺しに来たぜ」

 呼ばれて、マントを振り払いながら立ち上がった魔王。黒光りしたボンテージ。鋭利なハイヒール。おまけに蛇のようにとぐろを巻く鞭。その姿に私はぎくりとした。そしてその間に鞭の一波が針金女衆をぶち、彼女たちは開裂した。

「オホホ! やれるものならやってごらん!」

 私が吐き気を催している間、二人は戦闘を繰り広げる。呆気ないものだった。斎藤は鞭の猛攻を「呪文」の一言で相殺し、鞭を破壊する。ボンテージを破る。ヒールを折る。女魔王を押し倒す。

 二人は性交する。結局これだ。これがポルノ映画なら何人の観客が食いつくだろうか。ゾウガメの交尾を見ている方がまだ笑える。

 私はあぐらをかいて頬杖をつく。ひたすら終わるのを待つ。女魔王はソバージュを振り乱し、リップグロスをえげつなく照らす。最悪だ。

「なあ、俺の彼女にならない?」

「いいわよ」

 その体位で何を言っているのだか。私は歯を食いしばり、じわじわ迫る闇天井を見上げる。早く終われ。

「でもあなた、もうすぐ死んじゃうわよ?」

腹上死(ふくじょうし)ってか?」

 互いにニヤニヤ笑っている。

「いいえ? ほら、思い出して。この世界に来る前のこと」

「来る前つっても……。殺されかけたんだよな」

「誰に?」

「えっと……」

「何のために?」

「んんと……。別にそんなの今関係なくない?」

 斎藤は面倒くさげに女魔王の肉体に密着させる。

「そうよね、死んじゃうんだもの。頭が」

 女魔王はすらりと人差指を斎藤のこめかみに向ける。

「頭に。ぶちゅううううううううううううんッ!」

「あああわ、あう、あう、あう!」

 のけ反り痙攣(けいれん)する斎藤。根元まで深く突き刺さった人差指を無理やり引っこ抜けば、赤い針金が長々と噴出する。止めようと手を押し当てるも突き破る。女魔王は大笑いしながら針金化し、さびて朽ちた。

「オークどうにかしろよ! 役立たず!」

 素っ裸で転がり回り、悲鳴を上げ続ける斎藤。床が針金化する。重みで中心が沈み、奴はずるずると滑る。

「おい! オーク!」

「何で俺が助けなきゃならないんだ」

 私は世界と闇の狭間で針金化していく奴を見下ろす。

「裏切り者ぉ!」

「お前が社会を裏切ったんだろうが。変態野郎」

「うるせえ! 社会が俺を見捨てたんじゃ、ボケェ! 人を汚物扱いしやがって! 呪文じゅもん!」

 チートの力を成立させるほどの時間は残されていない。醜態を惜しみなく眺めることができる。

「もう思い残したことはないだろ。神さまからのご褒美タイムは終わった。早く死んでくれないか」

「カキクケコガギグゲゴ!」

 歯も舌も針金化して言葉にならない。ただ、最後の最後で私が誰なのか察知したらしく、目をぎょろんとさせた。床が崩壊し、斎藤は落ちていく。解体されていく様子を見届けた。


 ぴったり貼りついてしまっていたまぶたを無理やり開け、ヘルメットを脱いだ。冷え切った表情がそこに映っている。

 腕時計は十七時五分を示している。たった五分で既に頭皮からじっとり流汗している。

「脳死を確認した。解剖してくれ」

 私は許可のサインをしながら勇者さまを一瞥し、バインダーを持つ白衣の彼に声をかけた。応じた彼が片手を上げると、待機していたチームが早々に動き、束の間の勇者だった男を固定したストレッチャーを運んでいく。あの男の一部はやがてどこかの患者に移植される。

「次で今日は終了です」

「わかった」

 明日は定期的カウンセリングがある。高額の歩合給だが、精神的拘束時間を考えれば割に合わないと感じざるをえない。カウンセラーは美人だ。女魔王に似た風貌で、余計に顔を合わせづらくなった。残念だが、相手を変えてもらうしかない。罪悪感がつきまとってしまった。

 死直前の夢の長さや力はそれぞれだ。構築が始まる瞬間に入り込む。脳死を確実に認める前に脱してしまうと再侵入できない規則だ。最終の電気信号が薬の影響で全身に誤伝達するかもしれないからだ。本来期待される効果の逆で、細胞が壊死する時間が急速に早まり、解剖の間もなく囚人はドナーから外される。死体が無駄に残る。

 だから常に夢の中で監視する必要がある。あわよくば夢の終わりに導いてやる。夢に飲み込まれ、自ら死刑執行の巻き添えを食らう可能性は十分にある。もちろん、それに同意してこの仕事を請け負っている。

「手洗いに行かせてくれ」

 あらかじめ吐いておくことにした。さっき飲んだ錠剤が消化しきれずにあった。髭を剃る時以外は鏡を見ないようにしていたが、ふと目が合った。青い死神が取り憑いている。酷い顔だ。感情がそぎ落とされている。

 区切りのいい時刻になると新たな囚人が運ばれてくる。あらかじめ教誨師(きょうかいし)に教え諭されているだけあって、諦めと、どこか誇らしげな色を見せている。若く健康的な色だ。注射を見せつけてみるも、さっきの奴と違って微々たる怯えも見せなかった。

 資料にこいつの経歴が載っている。重度のペドフィリアだ。ピーターパンを自称し、何人もの幼児を誘拐、監禁し、第二次成長期が始まったと認識すると殺してしまう。我が国では古代から十歳前後との結婚、性交渉は認められていると抜かしている。

 そもそもその国では同性愛、ましてや少年愛は禁じられているし、それ以前に殺害を認める地域があっていいはずがない。たとえ幼少期に父親から虐待を受けたことで性癖が歪んだのだとしても、同情の余地なし。

 近頃こんな奴らばかり相手している。そのせいで、夢に同調し過ぎて女魔王の姿が彼女になってしまったのだろう。そうでなければ、私はこいつらと同類になってしまう。男として性的な願望は当然あっても、妥当な流れから交際してからだ。検閲地獄に負けたこんな下劣な奴らとは違う。けして。

 更生できない、人間の風上にも置けないこいつらの一部が、心清らかな人の命を救うのだと思うと虫唾(むしず)が走る。命を救う代わりに、(けが)れた細胞を寄生虫のように侵食させ生かすのだと思うと反吐(へど)が出る。

 清らかな人間が、ふと思い出したかのように、一種の風邪であるかのように、こいつらがした行為を繰り返すのではないかと。そしていずれはここにやってくるのではないかと。そう思うとはたして、いくら囚人の衣食住に莫大な税金がかかるからとはいえ、いくら健康的な身体がもったいないからといって、その分を無償で移植を提供するのは功利的なのだろうか。俗悪な菌が国中で蔓延(まんえん)し始めている気がしてならない。新しい銃器の威力を確かめるために射殺される不健康な囚人らの方が、まだ国の役に立っているように感じてしまう。

 もし私が病に冒されて何らかの移植をしなければならなくなった時、こいつらの汚らわしい臓器が体内に埋め込まれるというなら、私は断固拒否して死を選ぶ。術後だったなら、知った途端に気が狂ってえぐり出すかもしれない。

 早く明日になれ。カウンセリングを受けなければ。

「最後に、思い残したことはないか」

「心臓は可愛い子の体に移植してくれよ。えへへ」

 そう言いそうな顔だと思っていたら案の定だ。教誨師に聞かせてやりたい。落胆するだろう。

「そんな夢を見られるように願っていろ」

 性犯罪者は性的な夢を見ることは少ない。だがこいつらの欲望は死を超越しようと必死となる。淫楽な夢を見ることで潤沢に長らえようとする。

 私はそれを許さない。容赦なく針をこいつの頭部にねじ込む。先ほどまでの疲れが嘘のように力が入った。これは安楽死ではないのだと、壊死してしまっただろう表情筋の代わりに右手の筋肉が嫌悪感で震える。

 ベルトがきしみ、キャスターが跳ねようとする。私は少しでも苦痛を与えてやろうと、悪夢を構築させる材料にしてやろうと、強がっていた死刑囚の眼球が痙攣し始めるのを眺めた。


〈了〉

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