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第七話 『憎悪に塗れた声を聞いた』


 彼女と結んだ大切な約束。

 それが、この世界で生きる彼の指針となった。


 だから。

 彼女が望んだ、幸せな世界を作るために。


 ――彼は英雄にならねばならなかった。



「嬉しそうだな」


 気付けば、俺は嗤っていたらしい。

 エルフィに指摘されて、ようやく気付いた。

 

「当たり前だろ?」


 そりゃあ、嗤いもするさ。


「この時を、ずっと待ってたんだからな」

 

 二回目の召喚から、すでに数ヶ月が経過していた。

 王城で殺せず、奈落迷宮でも殺せず、霊山では撤退せざるを得なかった。

 お前を殺せなかったことを、どれほど悔やんだか。


 疼く。

 あの日、あの時から、お前に斬り落とされた右腕が。

 ズキズキ、ズキズキと。

 お前の嘲笑とともに、今も痛みが脳裏に焼き付いている。


 だが、その痛みも今日でお終いだ。

 王城を吹き飛ばすような爆発も、今の俺達ならば対処できる。

"死神"とやらの関与が疑われる、"因果返葬"も心象魔術を使えば弾けるだろう。


 準備は整った。

 後は、手を下すだけ。


 貫かれた胸の痛みは、ディオニスを殺したことで治まった。

 だから、この腕の痛みもお前を殺して忘れさせてもらう。


「――――」


 俺だけを睨みつけるリューザスの姿を視界に収め、違和感を覚えた。

 その正体に、すぐに気づく。

 斬り落としたはずの・・・・・・・・・右腕があるのだ・・・・・・


 あいつの腕は、跡形もなく吹き飛ばしたはずだ。

 完全になくなった腕を再生するなど、魔族や魔物でもない限り不可能なはず。

 となれば、他人の腕を移植したか、もしくは義手を付けているのだろう。


「はっ、気になるか?」

「…………」


 包帯が巻かれた腕を、リューザスが見せびらかすように持ち上げる。

 あいつのことだ。ただ腕を元通りにしただけではないはずだ。

 あの右腕には、警戒しておこう。


「――天月伊織。堕落しきった勇者よ」


 リューザスを押しのけ、一人の男が前に出てきた。

 選定者のローブを纏った、神経質そうな男だ。

 態度と身のこなしから見るに、恐らく選定者を取り仕切る"第一席"なのだろう。


「王国を裏切り、国宝を奪い、あまつさえ、メルト様に選ばれておきなら魔族と行動をともにする。あってはならないことだ」


 選定者の数は十五人。

 エルフィに視線で問いかけるが、伏兵がいる様子はない。

 敵の数は、リューザスを含めて十六人か。


 ここまで来るのに無傷とはいかなかったようで、負傷しているのが何人かいる。

 とはいえ、戦闘に支障がない程度には治癒しているようだが。


「貴様はメルト様、そして"英雄アマツ"の威光を穢した。もはや貴様はこの世にあってはならない存在だ」


 選定者達が一斉に赤い光を放つ結晶を取り出した。

 中に魔術を封じてあるのだろう。


「選定者・第一席。ハロルド・レーベンスの名の下に、最後の選定を下す」


 選定者達が、結晶が握り潰した。

 砕ける音とともに、内包してあった魔術が解放される。


「――"勇者"天月伊織。貴様らはここで死ね」


 グニャリと空間が歪み、部屋が魔術に侵食されていく。


「……これは」

「王国の威光にひれ伏すが良い」


 魔眼を展開したエルフィが、目を見開いた。


「――"絶王領域ジ・アブソリュート・レギオン"」

 

 ハロルドと名乗った選定者が魔術名を口にした瞬間、部屋が完全に結界に呑まれた。

 指定した領域を犯す、侵食型の結界魔術か。


「王国が編み出した、究極の侵食結界だ。身動きすらままならないだろう?」

「……む」


 全身に魔力が絡み付いている感覚がある。

 身動きはもちろん、体内の魔力の動きすら阻害されているようだ。

 膨大な魔力を持つエルフィも、表情を険しくしている。


「人間、亜人、魔族の区別なく、我らに仇なす者はこの結界に捕らえられる。冒険者、魔術師、聖堂騎士、魔将、四天王。ありとあらゆる相手との戦闘を想定した結界だ。勇者であろうと、この結界内では容易く縊り殺せよう」


 ……動きが阻害されるだけじゃないな。

 生命力と魔力が削り取られているのが分かる。

 結界中での戦闘は、確かに圧倒的に不利だ。

 この感じでは、魔技簒奪スペル・ディバウアを使っても、中からでは結界を破壊出来ないだろうな。


 なるほど。

 マルクスの屋敷に仕掛けられていた、大量の結界。

 やはり、あれは俺達を結界でどの程度まで封じることができるかの実験だったんだろうな。


 見たところ、この"絶王領域ジ・アブソリュート・レギオン"とやらを展開するのには、凄まじい量の魔力が必要だ。

 甘く見積もっても、準国家レベル。

 とてもじゃないが、連発できるような代物じゃない。

 だからこそ、多重結界で十分に俺達を縛れるのを確かめた上で、この結界の使用に踏み込んだのだろう。


「――さて。では、処刑を始めようか」


 ハロルドの号令とともに、選定者が陣形を組み始めた。

 リューザスと三人の選定者を後衛にし、残り全員が前衛として前に出てくる。

 このまま戦えば、敗色は濃厚だ。


 だから。


「…………」


『紅蓮の鎧』を揺らし、左手を前に突き出す。

 空間に魔力を流した瞬間、部屋に仕掛けてあった結界・・が作動した。


「――塗り潰せ・・・・


 瞬間、"絶王領域"の支配権が俺に移った。

 体に伸し掛かっていた重圧が消失する。

 その代わり、先ほどまで俺達が感じていた重圧は今、選定者達を襲っているだろう。


「な……」


 選定者とリューザスが目を見開く中、嗤いながら言った。


「――じゃあ、復讐を始めようか」



 霊山、そしてマルクスの屋敷。

 そのどこでも、あいつらは結界を使用してきた。

 理由は簡単で、俺とエルフィを警戒しているからだ。


 人間と魔族とでは、個の実力に大きな開きがある。

 最初から、持っている身体能力と魔力量が大きく異なっているからだ。

 それは勇者と人間にも同じことが言える。


 選定者とはいえ、俺達が十全に戦える環境では勝ち目がないと理解しているのだろう。

 だからこそ、自分達が有利に戦える状況を作り出す必要があった。


 方法としては二つ。

 自分達の能力を高めるか、相手の力を下げる。

 リューザス達は、その両方を選択した。

 それがこの"絶王領域"だ。


 相手の力を削り、なおかつ削った力を自分達の物にする。

 俺はともかく、エルフィすら縛るとなると、相当な強度だ。

 確かに、究極と豪語するだけのことはある。


 だからこそ、思惑通りにことが進んで、笑いが止まらないよ。


「な、なんだ……これは……ッ」

「お前たちが結界を使ってくることは初めから分かっていた。だから、対策を取っただけだ」


 雷魔将と戦っている最中に仕掛けていたのは結界だ。

 ――"魔域カオス・剥奪オーバーライト"。

 それ単体では何の効力も持たないが、この結界の上に魔術的な領域を展開した場合、その支配権を剥奪する設置型の結界だ。


 絶王領域には、極限まで内部から結界に干渉できないようになっている。

 あらかじめ結界を張っておく"魔域剥奪"でなければ、対処するのは難しかっただろう。

 仕掛けに時間が掛かる上に使いどころの少ない面倒な結界だが、今回は役に立ったな。


「総員、一時撤退して――」

「逃がすわけないだろ?」


 侵食した空間を固定して、部屋の入り口を封鎖する。


「りゅ、リューザス! どうにか出来ないのかッ!?」

「……すぐには無理だな。破るにしろ、逃げるにしろ、十数分は掛かる」

「役立たずが……! 今すぐに結界の解除に取り掛かれッ!!」


 ハロルドがリューザスを怒鳴りつけ、こちらを向いた。


「総員、戦闘態勢」

「はっ!」

「……舐めるなよ、天月伊織。我々が結界の対策をしていないとでも思ったか?」


 選定者達の纏っているローブが、淡い光を放つ。

 魔術や結界の効力を弱める魔術付与品マジックアイテムだろう。


「結界を取って良い気になっているんだろうが、我々はまだ――」

「御託はもう良い。とっとと掛かってこいよ、選定者」

「――ッ。戦闘を開始する!!」


 選定者が三方向に展開した。

 左翼と右翼、ハロルドと二名は中央に構えている。

 リューザスは戦闘には加わらず、結界の解除に当っているようだ。


 あいつを戦闘に使わないなんて、正気を疑う配置だな。

 態度からして、何か確執でもあるんだろうな。

 心底、どうでも良いが。


「毎度ながら、王国の人間はよく吠える。耳がキンキンしてたまらんな」

「前口上が大好きな連中なんだろうさ。……エルフィ、リューザスから目を離さないでくれ」

「任された。魔眼の対策はしているようだがな」


 後衛のリューザス達を守るように、何層もの障壁が張ってあるのが分かる。

 魔眼の対策も抜かりないらしい。


「行くぞ」

「蹂躙してやろう」


 戦闘が始まった。


 三方向から、別々の魔術が飛んでくる。

"魔技簒奪スペル・ディバウア"で無効化し、その後にエルフィが中央に灰燼爆を打ち込む。


「障壁!」


 ハロルドの指示とともに、リューザス以外の後衛が壁を生み出した。

 障壁は跡形もなく吹き飛ぶも、すでにハロルド達は移動している。

 再び、三方向から魔術が飛んでくる。


 いや、魔術だけでない。

 派手な魔術を隠れ蓑に、ナイフや短剣、矢など武器も飛んできている。

 "魔技簒奪"対策か。

 翡翠の太刀で、魔術と武器を斬り落としていく。

 

「伊織、その矢には触れるな」

「!」


 エルフィの指示に従って、矢には触れずに回避する。 

 直後、矢の形状が変化し、中から白い糸がクモの巣状に広がった。


「……土蜘蛛の糸か」

 

 剣で斬ろうとしていたら、面倒なことになっていたな。


「気を付けろ。奴らの持っている武器に、魔力付与品マジックアイテムがいくつか混ざっている」


 エルフィの言葉通り、連中の攻撃の中に時折、厄介な魔力付与品が紛れ込んでいた。

 土蜘蛛の糸だけでなく、内包している針が飛び出す球体、爆発するナイフ、煙が吹き出す短剣などだ。

 中には、土魔将の牙を利用したと思われる物もあった。


「――"水壁アクア・ウォール"」


 攻撃を掻い潜り、俺達が近付こうとすると、必ず行く手に壁が生み出された。

 その間に、選定者達は俺達から距離を取っている。

 魔眼を警戒し、後衛の障壁が間に合う距離を保っているのだろう。

 障壁で魔眼を遅らせ、その間に回避する。

 魔術と身体能力、どちらも高い水準にあるからこそできる動きだ。

 

 後衛の魔術師も、ハロルドの動きに合わせて移動している。 

 リューザスは、まだ結界の解除に取り組んでいるらしい。


「…………」


 明らかに、時間を稼ぐ動きだ。

 リューザスが結界を解くのを待っているんだろうな。


「長引かせても面倒だ。決めに行く」


 絶王領域が選定者達から削った力は、俺とエルフィの物になる。

 心象魔術を使っている時ほどではないが、普段よりは遥かに動けるようになっている。

 だから今なら、あの技を使うことが可能だ。


「――魔眼・灰燼爆」

「障壁!」


 エルフィの魔眼に合わせて、完璧なタイミングで障壁が展開する。

 魔眼が到達するまでに掛かる僅かな時間を、選定者は完全に把握しているのだろう。

 だからこそ、俺もタイミングをあわせることができる。


「第二鬼剣――"乖裂"」


 魔力を纏い、振り下ろした翡翠の太刀。

 迷宮の地面を抉りながら、斬撃が奔る。

 障壁に灰燼爆が着弾する、一秒にも見たない間。

 そこに斬撃が入り込み、障壁を真横に両断した。


「なん――」


 それでは止まらず、斬撃は後ろにいた選定者の胴体を切り分ける。

 何人かは逃れたが、直後に到達した灰燼爆に呑まれ、跡形もなく消し飛んだ。

 これで、右翼の選定者は全滅だ。


 それだけでは終わらない。

 灰燼爆は選定者だけでなく、迷宮の床を大きく吹き飛ばした。

 爆炎が広がり、床の破片が後衛の選定者達の視界を封じた。


「"旋風ホワール・ウィンド"」


 即座にハロルドが爆炎を風で吹き飛ばすも、遅い。

 俺達の身体能力は、結界のお陰で向上してるんだからな。


「――"魔腕・壊裂断"」

「な、ごっ」

「ぎゃあああああッ」


 左翼の選定者達が、エルフィの魔腕を喰らった。

 手足が千切れ飛び、絶叫している。


 その間に、俺は中央のハロルドに斬り掛かっていた。


「ふッ――!!」

「舐めるなッ!!」


 不意を突いて斬りかかるも、ハロルドは見事に対応してきた。

 振り下ろした一撃を、剣を抜いて防御してくる。

 刃と刃が交差した瞬間、ゴッと鈍い音を響かせて、ハロルドの両腕の骨が砕けた。


「ぎ、があああッ!?」


 第五鬼剣――"砕衝"。

 衝撃を武器越しに相手に伝え骨を砕く剣技。

 大した反応速度だが、これを受け流すほどの技術は無いらしい。


「一席ッ!」

「おのれッ!!」


 ハロルドを庇うように、二人の選定者が斬り掛かってくる。

 一人の刃を柔剣で受け流し、もう一人を返す刃で斬り付ける。

 結界のお陰で、動きが鈍い。

 ローブのお陰で動けているが、完全に防げているわけではないらしい。

 残る一人も、そのまま斬り殺した。


「貴様ぁ……!」

「……早いな」


 後退したハロルドの腕は、すでに治っていた。

 今の一瞬の間に、治癒魔術で砕けた両腕の骨を治したのか。

 

「一席というだけあって、実力は確かか」

「――まあ、私達には及ばないがな?」


 左翼を全滅させたエルフィが、隣にやってきた。

 

「馬鹿な……選定者が、これだけの間に」


 残りは四人。

 ハロルドと、後衛の選定者二人、そしてリューザスだ。

 この戦いの趨勢は決した。

 イレギュラーさえなければ、俺達の勝利だ。


「リューザス! まだ結界は解けないのかッ!?」


 ハロルドが縋るようにリューザスを見るも、結界はまだ解除されていない。

 解れてきている感覚はあるが、このペースなら早くてもまだ三分以上は掛かるだろうな。


「何が"大魔導"だッ!! 役立たずがッ!!」


 ヒステリックに叫ぶハロルドに、思わず笑ってしまう。


「はっ。おい、リューザス。言われてるぞ?」

「…………」

「こんな、こんなはずではッ! 何故、こんな連中に私達が追い詰められる!?」


 リューザスは魔術師だ。

 距離がある、もしくは前衛が機能していれば、霊山の時のようにかなり厄介な相手になる。

 だが、接近されてしまえば、奈落迷宮の時のように簡単に倒すことができる。


「そろそろ終わりにしようか」

「ま……待て! 天月伊織、王国に戻ってこい! 今なら、お前を許すよう、私から国王陛下に進言しよう! そこの魔族も見逃してやる! どうだ!? 悪くない条件だろう!?」

「……また、いつもの命乞いか」


 エルフィの呆れ声が聞こえる。

 だが、こいつに命乞いされたところで何も感じない。

 最初から、こいつに興味なんかないんだから。

 

「……邪魔なんだよ、お前」

「ッ。リューザス!! 早く結界を解けッ!! まだか!? お前が、迷宮でならば容易く殺せると言ったから、わざわざここまで来たというのにッ!! 何のための宮廷魔術師だッ!!」

「…………」


 無言のまま、リューザスが結界へ干渉するのをやめた。


「何をやっている!?」


 この期に及んで、仲間割れか。

 仲間に罵られるリューザスを見るのは、悪くない光景だな。

 だが、何かされると厄介だ。

 早いところ、戦いを終わらせるとしよう。


「来るな! クソ、リューザス!! 何でも良いッ!! どうにかしろォ!!」

「……分かった」


 瞬間。


「――――」


 ハロルドと、後衛二名の選定者の腹部から、木の枝のようなものが生えた。

 木の枝は、そのまま俺達に突き進んでくる。

 エルフィとともに後退し、枝を回避する。


 ……どういうつもりだ?


「ぇ……な、に……を?」


 腹部を貫かれたハロルドが、呆けたようにリューザスを見る。


「ギャンギャンとうるせェんだよ。雑魚の分際で、俺に指図してんじゃねェ」

「な……」

「――用済みだ。てめェらはもう死んでいいぜ」


 口を開閉するハロルドへ、リューザスがそう告げた。


「が、あああああああッ!?」

「ごぇぇあ」

「ひ……ぎっ」


 ハロルド達が絶叫する。

 枝によって魔力が急速に吸い取られ、三人は瞬く間に干からびていった。

 五秒も経たない内に、三人はすべての魔力を吸い取られ、凄絶な表情のまま死亡した。


「まァ、てめェらカスでも足しにはなったな」


 三人の魔力を奪い取り、リューザスが満足気にほくそ笑む。

 その光景が、理解できない。

 

「お前……何がしたいんだ」


 リューザスは魔術師だ。

 前衛がいない状態で接近されたら、まともに戦う術はない。

 それを一番理解しているのは、こいつのはずだ。

 

「あぁ? ゴミを掃除しただけだ。俺が迷宮核を手に入れた時点で、こいつらカスどもは用済みだからなァ」


 包帯の巻かれた右手で迷宮核を握りながら、リューザスが獰猛に嗤う。


「なァ、アマツ」


 リューザスが、包帯を緩めた。

 エルフィが息を呑むのが分かった。


「その包帯も魔力付与品マジックアイテムかッ! 伊織、気を付けろ! この男――」


 魔眼で何かに気付いたエルフィを遮って、リューザスが嗤う。


「てめェには、見覚えがあるんじゃねェか?」


 解かれた包帯が、無造作に放り捨てられた。

 包帯の下にあった腕が、露出した。


「――――」


 出てきたのは、義手ではなかった。

 生身の腕だ。

 だが、それがリューザスの腕でないことはすぐに分かった。


「てめぇ……まさか」


 ――その手の甲に、『勇者の証』・・・・・が刻まれていたからだ・・・・・・・・・・


「取っておいて良かったぜ。三十年前に斬り落とした、てめェの腕をよ」


 グシャリ、と。

 リューザスが迷宮核を握り潰した。

 内包されていた魔力が、急激に『勇者の証』へ流れていくのが分かった。


「――――」


 全身に悪寒が走った。

 

 ――あれは、やばい。


 このままにしておけば、何か不味いことが起こる。


「伊織ッ!!」

「……ああ!」


 エルフィが叫ぶのと同時に、俺はリューザスに斬り掛かっていた。


「……アマツ、てめェだけは絶対に殺してやるよ。何度蘇ろうと、絶対になァ!」


 刃が届く直前。

 憎悪に塗れた、リューザスの声を聞いた。



「――【英雄願望アンリクワイテッド・ダーティドライブ】」



 世界から、音が消えた。

 迷宮核を握り潰したリューザスの右腕から、どす黒い魔力が広がっていく。

 黒い風が吹き荒れ、刃が押し返される。

 エルフィが放った灰燼爆も、風に呑まれてリューザスには届かない。


「何が……」


 吹き荒れる風が、一点に収束していく。

 闇が晴れ、風が消えた時。

 正面には、一人の男が立っていた。


 その男は、くすんだ赤い髪をオールバックにしていた。

 濃い赤目の双眸は、憎悪に澱みきっている。

 宮廷魔術師のローブを身に纏い、左手には魔導杖が握られていた。


 目の前にいるのは、二十代の男・・・・・だ。

 こいつには、見覚えがある。

 数年間、ともに旅をしたのだから。


「――三十年ぶりだな、アマツ」


 獰猛な笑みを浮かべ。

 三十年前の姿で、リューザスはそう言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] リューザスさん…格好つけてても宿敵の力だよりですかぁ?クッソダセェですね(灬ºωº灬)完璧なまでの悪役です
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