第六話 『滑稽な王』
雷魔将の体から、無数の紫電が放たれた。
紫電が落下し、地面が次々と穿たれていく。
一本一本が、上級の雷魔術に匹敵する威力を持っているようだ。
『――我が雷で串刺しになるが良い』
マントをはためかせると、雷魔将が芝居がかった口調でそう言った。
直後、紫電の勢いが増し、雨のように降り注いだ。
魔将というだけあって、内包している魔力はかなりのものだ。
このペースでも、まだ十数分は雷を落とし続けることができるだろう。
「エルフィ。予定通り、俺は折を見て準備を進める。任せて大丈夫か?」
「無論だ」
雷を躱しながらの会話。
エルフィが力強く頷いたのを見て、俺達は行動を開始した。
「ピカピカと鬱陶しいぞ」
エルフィの"灰燼爆"が、雷魔将に放たれる。
赤いマントを翻し、雷魔将はその骨の身からは想像も付かない俊敏さで、灰燼爆を回避した。
『エルフィスザーク・ギルデガルド。貴様の力のことは聞いている。全身に魔を宿した、元魔王よ』
「……ほう」
灰燼爆の次に、"重圧潰"が雷魔将の頭上で発生した。
龍すらも地に落とす威力の魔眼だが、
『無駄だ』
雷魔将を中心として、その周囲に雷の結界が発生した。
結界に重力が伸し掛かるも、中にいる雷魔将には届かない。
結界が弾けるのと同時に、エルフィの魔眼も消し飛ばされた。
どうやら、溜めのない魔眼では雷魔将を押し切れないらしいな。
『しかし……"元魔王"というのは、滑稽な響きだ』
部屋中に響くようなその声に、喜色が混ざる。
どうやっているのか、雷魔将はカラカラと喉を鳴らしている。
笑っているらしい。
「……何が言いたい?」
『玉座から引き摺り下ろされ、地に降ろされた無様な敗者。これを滑稽と言わずに何とする』
「……ほう』
『元、魔王。もはや「王」でもなんでもない。ただ生き恥を晒す、ただの魔族だ』
「…………」
無言のまま、エルフィが魔眼を放つ。
複数の爆発が雷魔将を襲うも、そのすべてが雷によって対処されている。
反応速度もかなりのモノだな。
『王とは常に優雅でななければならない。貴様のように優雅からかけ離れた存在は、最初から王に相応しく無いのだ』
赤いマントを大仰にはためかせ、芝居がかった動きで両腕を広げた。
『わたしのように洗練された者こそ、王に相応しいのだ』
そう言って、雷魔将がさらにマントをはためかせる。
何度はためかせるつもりだ。
「――骸の王風情が、よく言った。貴様、余程死にたいらしいな」
エルフィの雰囲気が変わった。
室内の空気が冷え込んでいくような感覚だ。
内包している魔力が、急激に引き出されているのが分かる。
『王でもない者が、王に凄んでも滑稽なだけだぞ? そしてその不敬、万死に値する。もっとも、わたしは寛容だ。貴様のような者に何を言われようが、わたしはにこやかに許してやるとも』
対して、雷魔将は堪えた様子もない。
マントをはためかせながら、余裕のある態度でエルフィを嘲笑している。
「ファッサファッサと何度マントをハタメカせるつもりだ。それが王らしい動きと思っているのなら、それこそ滑稽だぞ」
『――許さんぞッ!! 我が洗練された王の動きを侮辱したなッ!! 貴様は今すぐ縊り殺してやる!!』
雷魔将が激怒した。
……にこやかに許すという発言はどこへ言ったんだ。
それまでの余裕が消し飛び、雷が鞭のようにエルフィを襲う。
対して、エルフィは"魔腕"で雷を弾き飛ばしていた。
「…………」
この俊敏さといい、あの防御力といい、以前戦った土魔将より厄介かもしれないな。
そう観察しながらも、俺は手を動かし続ける。
エルフィの魔眼で、雷魔将の無差別な落雷攻撃は止んでいる。
その間に、俺はあらかじめ用意しておいた仕掛けを設置していく。
使うことになるかは、まだ分からない。
もしかすれば無駄になるかもしれないが……これぐらいなら許容範囲だ。
『貴様も王を差し置いて、一体何をしているッ!!』
「!」
作業を進めていると、雷が飛んできた。
翡翠の太刀を構え、"柔剣"で雷を受け流す。
刃に魔力を纏わせることで、物理攻撃だけでなく、魔術ですら受け流すことが可能だ。
今の間に、準備はほぼ終了した。
後はタイミングを見計らって、魔力を流すだけでいい。
『舐められたモノだなァ!!』
バチバチと紫電を迸らせ、雷魔将が叫ぶ。
『"雨"から聞いた通り、貴様が二代目の"勇者"だな?』
「さあ、どうだろうな」
苛立ったように骨を鳴らしながらも、雷魔将は油断なく俺を見ている。
見下しているようではあるが、警戒は行っていないらしい。
「……"雨"だと」
どういうわけか、エルフィは雷魔将の言葉に表情を険しくしていた。
その"雨"とかいうのを知っていたのかもしれない。
戦いが終わってから、聞いておくとしよう。
『噂に聞きし、あの"アマツ"とやらには到底及ぶまい。貧相な肉体、貧相な魔力。どれもタダの人間の域を出ていない』
そう見下すような言葉を口にしながらも、雷魔将の放つプレッシャーは上がっている。
『とはいえ、貴様らが三つの迷宮を陥落させたことは事実だ』
「…………」
『これまでの連中は、誰も彼もが単独で戦うことに拘り過ぎていた。愚かとしか言いようが無い。愚昧で、救いがたい連中だ』
雷魔将が、コツンと床を鳴らした。
『とはいえ、仕方のないことだろう。わたしと奴らでは決定的な差があるのだから』
大地が揺れる。
グラグラと揺れ、地面から次々と白い何かが突き出してくる。
『奴らはただの個。されどわたしは王。それがすべての境目よ』
芝居がかった口調で、雷魔将が言った。
『――目覚めよ、我が軍勢よ』
雷魔将が、マントをはためかせた。
直後、俺達の目の前に数十の骨が並んでいた。
"骨人"だ。
すべての骨人が手に武器を持ち、それを俺達に向けている。
『――嘲笑せよ。無様な魔族と、滑稽な人間を』
雷魔将の言葉に合わせて、骨人達が一斉に笑い始めた。
カラカラと、部屋の中に乾いた嘲笑が響き渡る。
『――不敬、不敬、不敬、不敬。王の動きを侮辱したことも、王を蔑ろにしたことも、万死に値する。己が愚かさを後悔するが良い』
骨人の数は四十程度。
単体の実力はタカが知れている。
だが、この数は少し面倒だな。
だが、あれは普通の骨人ではない。
「伊織、例の準備は終わったか?」
「ああ。後は魔力を流すだけだ」
骨の軍勢を前に、エルフィが後退してきた。
「ならば、後はあの骨を倒すだけだな。伊織、あの骨の軍勢についての知識はあるか?」
「一応は。骨人を生み出す魔術があるんだろ?」
「そうだ。"骸の軍勢"という、骨系の魔物、魔族が保有する固有の魔術だな。骨を媒体にして骨人を創りだし、魔術で操っている」
そういう名前の魔術だったのか。
それは初耳だな。
『ふはははは、怖気づいたか! だがもう遅い! さあ、蹂躙せよ!!』
雷魔将の号令とともに、骨人達が動き始める。
槍や剣を構え、一斉に突撃してきた。
「魔術で操っているなら、手っ取り早い手がある」
右手に、全身の魔力を集中させていく。
魔石も心象魔術も使わずに、今俺が持っている魔力だけでの魔術行使だ。
全盛期には及ばないだろうが、それでも溜めてから発動すれば近づけることは出来る。
「――"魔技簒奪"」
俺の前方にのみ、闇が広がっていく。
突撃してきた骨人がその闇に触れ、次々に元の骨に戻っていった。
奪い取った魔力が、ごく僅かだが体内に流れ込んでくるのを感じる。
『ば、馬鹿な!? 我が軍勢が一瞬で!?』
「余所見をしている暇はないぞ」
『なッ!?』
隣に立っていたエルフィから、魔力が噴出する。
その膨大さに、雷魔将が息を呑んだ。
エルフィの双眸が、紅蓮に瞬いた。
溜めた魔眼が、勢い良く放出される。
「――"魔眼・灰燼爆"」
咄嗟に、雷魔将が雷の結界を張った。
先ほど見せた結界よりも、さらに大きな規模のものだ。
「無駄だ」
しかし、爆発は結界を容易く砕いた。
雷は霧散し、中の雷魔将が爆炎に飲み込まれる。
赤いマントが焼き焦げ、いくつもの骨がバラバラになって吹き飛んでいた。
『こんな、ところで……! わたしはいずれ、魔王に――』
反撃に転じようとする雷魔将だが、エルフィの魔眼はそれを許さない。
重力が即座に降り注ぎ、雷魔将を地面に押し潰した。
「いくら形だけ真似ようとも、貴様は王にはなれない」
『な……ん』
「……マントを羽織ろうが、王冠を被ろうが、玉座に座ろうが。着いて来てくれる者がいなければ、ただ滑稽なだけだ」
静かにそう呟きながら、エルフィは魔眼の威力を上げていく。
『このわたしが……王になれない』
重力に押し潰されながら、雷魔将が項垂れた。
パキパキと、そのの体が徐々に砕けていく。
諦めたか。
そう、判断しかけた時だ。
『そんなわけが、あるかァああああああああああッ!!』
雷魔将が絶叫した。
二つの空洞に灯る赤い光は、未だその輝きを失っていない。
「"火炎弾"」
雷魔将に向けて、即座に魔術を撃ち込んだ。
「――分離!!」
直後、頭部と腕だけが弾丸のように射出された。
雷を纏い、頭部と二本の腕が空中を浮遊する。
火炎弾が左腕を焼き落とすも、雷魔将は残りの部位だけで高速で移動し始めた。
『わたしは魔王になる存在! こんなところでは死なんッ!!』
「チッ」
『貴様らに奪われるくらいならば、わたしが持ち帰ってやる!!』
雷魔将が腕を飛ばし、部屋の最奥にあった迷宮核を掴んだ。
固定されていた虹色に輝く球体が、強引に引っ張られる。
瞬間、忌光迷宮の機能が停止した。
さらに雷魔将は、迷宮核の後ろに隠されていたエルフィの体に手を伸ばそうとするが、
「――させん!」
間に魔眼を撃ち込まれ、くるりと反転した。
『それはくれてやる。どうせ貴様は、それを手に入れたところで我々には勝てないのだからな!』
「負け惜しみを……!』
俺達は魔術を撃ちこむも、雷魔将は軽く回避してしまう。
他の部位を捨てたからか、その動きは恐ろしいまでに速い。
まさか、体を切り離すことが出来るとはな……。
『ふはははははッ! 遅い遅い!』
俺達を横切り、雷魔将が部屋の入口へ高速で向かっていく。
規模の大きな魔術を撃てば仕留められるが、それでは迷宮核にも被害が及んでしまう。
威力を抑えた魔術を連発するも、雷魔将には当たらない。
「……あれを使うか」
魔力は消費するが、迷宮核を持っていかれるよりは良い。
出来るだけ使いたくなかった手を使おうとし、
「――――」
俺は動きを止めた。
エルフィも、魔眼を撃つのをやめている。
『ははははは!! 届かぬ、届かぬよ! 我は雷鳴の骸骨王! 疾走する雷を誰が止められようか!!』
嘲笑を残し、雷魔将が部屋から飛び出そうとした直後だった。
「――はっ。雷ってのは、随分と遅ェんだな?」
嗄れた声とともに、影から一人の男が現れた。
部屋を出ようとした雷魔将の頭部を、その男が掴み込む。
『なっ、あ』
雷魔将が驚愕の声をあげるも、もう遅い。
「失せろ、前座ァ」
グシャリと音を立てて、その頭部が握り潰された。
浮遊していた腕が力を失い、地面に落下する。
その途中、迷宮核だけが男に回収された。
手に収めた迷宮核を見てほくそ笑むと、
「――よォ、会いたかったぜ」
リューザスが、静かにそう言った。
その背後から、ローブを被った男達が次々に姿を現してくる。
選定者だ。
どうやら、こいつらは迷宮で勝負を付けることを選んだらしい。
「ああ。俺も会いたかったよ、リューザス」
懐かしい元仲間の姿を見て、俺も同じように笑った。
ああ、本当に。
ノコノコと出てきてくれて、ありがとう。
感謝したい気分だよ。
ようやく、三十年前の精算が出来るのだから。
――お前との因縁もこれで終わりだ。




