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第十二話 『復讐者は月に嗤い』

 その日、マルクスの屋敷に複数の聖堂騎士団が駆け付けた。

 近くに住むものから、屋敷から不審な音が連続していると通報があったからだ。

 

 騎士が戸を叩くも、返答はなし。

 不審に思い、中へ入った騎士達が見たのは副隊長のレオ、そして教団に所属するキリエの姿だった。

 二人は負傷しており、すぐさま病院へと搬送された。


 そして、その後の調査によって、マルクスが行っていた悪事がすべて明らかになった。

 

 地下牢に囚われていた、大勢の女性達。

 行われていた非人道的な所業に、大量に隠されていた違法薬物。

 先日、指名手配されたジョージとリリーとの関連を示す資料も見つかった。


 救出された女性達の多くが薬物の中毒となっており、緊急で治療が施されている。

 中毒から抜け出すには、長い時間を要さなければならない。

 治療の際に、この女性達は、近年頻発していた行方不明事件の被害者と一致していることが明らかになった。


 この犯罪に関わっていただろう、マルクスの部下は地下で倒れていた。

 どういう訳か、全員が気絶させられていたのだ。

 今のところ、囮にするためマルクスが切り捨てたのではないか、と考えられている。


 肝心のマルクスは発見されることはなく、すぐに指名手配されることとなった。

 ただし、秘密裏に。

 今回の件が外に知れれば、聖堂騎士団の権威が大きく失墜する。

 それどころか、"聖光神"メルトの威光すら翳りかねない。


 関係者には緘口令が敷かれており、口に出すことは重く禁じられた。 

 ことがことのため、聖都には少しずつ、噂が広まってしまっているが。


 マルクスの悪事を明らかにしたレオとキリエの扱いは、教団と騎士団で大きく意見が別れた。

 しかし、教国唯一の心象魔術の使い手に、聖唱魔術の使い手。

 どちらも変えの利かない人材で、雑に扱うことは出来ない。

 表立ってではないが、二人には秘密裏で褒章が送られることが決まっている。


 今回の件によって、亜人排斥派は大きく勢いを削がれることになった。

 排斥派の旗印の一つが、マルクスだったからだ。

 騎士団のみならず、教団内でも大きな変革が起ころうとしている。


 それが良い方に向かうか悪い方に向かうかは、それこそ神のみぞ知る、と言ったところだろう。


 以上が、今回の件の顛末だ。



 上手い具合に後処理を騎士団に押し付けた、数日後。

 泊まっている宿に、レオがやってきた。

 以前と同じ、誰にもばれないように気配を消して、だ。


「私に手紙を届けてくれたのは、君達だね」

「……何のことだ?」

「……それに、倒れていた私とキリエに応急手当をしてくれたのも、君達なんだろう?」


 とぼける俺に苦笑して、レオは言った。


「答えなくてもいい。君達にも何か、事情があるんだろう?」

「…………」

「どんな事情があってもいい。私は君達に、礼を言いたいんだ」


 現場に証拠は残していないはずだが、流石にレオには隠しきれなかったようだ。

 確かに、手紙も応急手当も俺達がやったことだ。

 マルクスの股間を潰した後に、レオ達には治癒魔術を掛けておいた。

 あくまで応急手当のため、完治させるのは本職の治癒魔術師に任せたけどな。


「――ありがとう。君達のお陰で、私はキリエを助けることが出来た。感謝しても、しきれない」


 レオは俺達に向かって、深く頭を下げて礼を言った。


「何のことか分からないが……」


 いい機会だ。

 とぼけつつも、俺はあることを口にした。


「感謝しているというのなら、いくつかお願いを聞いてもらえないか?」

「私に出来る事なら、引き受けよう」


 かなり無茶を言ったのだが、引き受けてくれたあたり、レオは義理堅いのだろう。

 流石に、渋い表情をしていたけどな。

 これで、今後の行動が色々とやりやすくなったはずだ。


 そうして、レオは俺の『お願い』を聞いた後、宿を後にした。



 レオが宿にやってきた翌日。


 夕刻、俺とエルフィは聖都のある店で料理を食べていた。

 教国は他国に比べ、農作物が強い。

 教国の小麦から作られたパンの美味しさには、肥えた舌を持つエルフィも唸っていていた。


 四つ頼んだパンの内、三つをエルフィに持って行かれている。

 パンに手を伸ばそうとすると悲しそうな顔をしやがるので、一つしか食べれなかった。


「……それで」


 四つ目のパンを軽々と食べ終えたエルフィに、俺は疑問に思っていたことを尋ねた。


「どうして、あの時わざわざレオを呼ぼうと提案したんだ?」


 ――マルクスの屋敷へ向かう、途中でのことだ。


 エルフィの提案で、ことの顛末を記した手紙をレオに届けることにした。 

 レオを利用して、マルクスの後始末をさせるためだ。

 罠に時間を掛けたせいで、レオが先に到着してしまったのは想定外ではあったが。


 まあ、結果的にレオが早く来てくれて助かった。

 そうでなければ、キリエは無事では済まなかっただろうからな。


「ん? 理由は説明しただろう。後始末を押し付けるためだ」


 エルフィの説明には、特におかしな点はない。

 

 レオに後始末を押し付けるため。

 現に、レオ達のお陰で被害者の救助などは円滑に行えていた。


 もう一つは保険。

 リューザスが何らかの手で介入してきて、俺達が手こずった場合。

 聖堂騎士で、かつ"心象魔術"が使えると名高いレオがやってくれば、戦況を好転させられるかもしれないと考えたから。


「本当にそれだけか?」


 だが、俺はエルフィのある言葉が引っ掛かっていた。


 ――少し苛立っていることがあってな。我慢できないから、少し付き合ってくれ。


 レオに手紙を出しに行く前に、エルフィはこんなことを言っていたのだ。


「む……」


 エルフィは少し気まずそうな顔をしながら、パンと一緒に頼んだホットミルクを啜る。

 熱かったのか、涙目になりながら、エルフィはぎこちなく答えた。


「……あの二人のような、もどかしい恋をしているのを見て、我慢できなくなってな」


 すれ違いをどうにかしてやりたかったのだ、とエルフィは頬を僅かに赤らめながら言った。


「……それが、理由?」


 エルフィの以外な言葉に、俺は目を丸くしていた。

 よもや、エルフィの口から恋などという単語が飛び出そうとは。

 

「そ、そんな驚いた顔をしなくてもいいだろう! 悲恋になりそうな男女を見れば、どうにかしてやろうと思うのが普通だろう!?」


 そうだろうか。

 いや、そう考える奴もいるのかもしれないが、エルフィが言うのは違和感が凄まじい。

 色気より食い気な、こいつがねえ……。


「まあ、お前も長生きだもんな。恋愛の一つや二つは経験してるか」

「……え? あ、ああ。うん、もちろんそうだぞ? 私は百戦錬磨の恋愛大魔王だからな!」

「…………」


 まあ、みなまでは言うまい。

 やはり、エルフィはエルフィだったということだ。


「そ、そういう伊織はあるのか!? その。恋愛……経験……みたいなのはっ」


 こちらの冷たい視線に気付いたのか、エルフィが誤魔化すように矛先を俺に向けてきた。

 恋愛経験、か。


「……まあ、ないわけじゃない」


 記憶が摩耗してほとんど覚えていないが、地球で何度かクラスメイトに惚れたりしたような記憶がある。

 もう、顔も名前も思い出せないが。


 しかし、だいぶん前のことのように思えるな。

 恋愛だとか恋心とか、そういうものを最後に感じたのはいつだっただろう。

 最後はおそらく……三十年は前の話になるだろう。


 ……ああ、吐き気がする。


「……ふーん。そうか」


 エルフィはつまらなさそうな表情で、適当な返事を返してきた。

 追加でまたパンを頼んでやがる。


「おい、お前が聞いてきたんだぞ。何だよその態度」

「別に? 伊織も恋愛大勇者だったってことだろう? 別に? なんにも思ってないぞ?」

「少なくとも、恋愛大勇者では断じてない」


 何だその頭が痛くなるような称号は。

 勇者やめたって言ってるだろ。


「…………」

「…………」


 無言。

 運ばれてきたパンを食べながら、時折チラッと視線を向けてくる。

 何なんだ、こいつは。


「……こほん」


 俺と呆れた表情に焦ったのか、取り繕うようにエルフィが口を開いた。


「……昔、旅をしている男女を見かけてな。あの二人と少し重ねて考えてしまっただけだ」


 なるほどな。

 エルフィにも色々と事情があるのだろう。

 魔族でありながら人間びいきなのも、過去に何か事情があったからなのかもしれない。


「ま、私も恋多き女ということだ」

「そうなのか」

「うむ。私のように見目麗しくて聡明な者などそうはいないからな。言い寄る男も多かったのだぞ?」


 魔族にも、モテるとかいう概念はあるんだな。

 強ければモテる、くらいに考えていた。


「…………」


 そんなことを考えていると、エルフィがジトッとした目付きで見てくる。


「……詳しく聞かないのか?」

「なんでだ?」

「……別に」


 ……よく分からない奴だな。

 

 後始末の後の情報収集で分かったが、レオとキリエは亜人迎合派の旗印にされることになったらしい。

 レオを次の二番隊隊長にする、という声も出ているらしい。

 色々と、厄介事に巻き込まれそうだ。


 二人はどうなるか。

 そんなことを呟いた俺に、


「それでも、あの二人なら上手くやるだろうよ」

 

 珍しく、そんな風に言ったエルフィが印象的だった。



 食事を終え、帰途に着く。

 マルクスの件が噂として流れているせいか、数日前と比べて人通りは減っている。

 それでも、俺達のような他所からやってきた人間で、通りは賑わっていた。


「歩いたらお腹が減ってきたな」

「ほんの数分前、馬鹿みたいにパン食べてただろ」

「む、私は馬鹿じゃないぞ」

 

 混雑している通りを抜け、裏路地を通る。

 こちらは人通りが少なく、ひっそりとしていた。

 誘拐された者の多くは裏路地で消えたという話だから、流石に皆避けているのだろう。


「……ふう」


 歩きながら俺は小さく溜息を吐き、



「――いつまでも・・・・・見てんじゃねえよ・・・・・・・・クズ野郎・・・・


 

 目の前の空間に爪を立てた。

 バキッと音が響き、何かが砕けた感覚が伝わってくる。


『――ク。ハハッ、何だ。気付いてやがったか』


 嗄れた聞き覚えのある声。

 リューザスの耳障りな哄笑が、裏路地に響き渡った。

 

 だが、表を通る誰もがその声には気付かない。

 まるで、ここだけが世界から切り離されているかのような感覚。


『マルクスに復讐して、捕らえられていた不幸な人々も助け――――。はっ。さっすがは英雄サマ。立派なこったな。復讐だけじゃなくて、足手まといの女どもをわざわざ庇うなんてよォ』


 遠視の魔術だろう。

 これまでの監視中、ボロを出さなかったことを考えると、わざと俺に気付かれるように仕組んだのだろうか。


『ジョージ達の時もそうだろ? てめェのクローンを、圧倒的な心象魔術でぶっ殺して、子供達も助けて。馬鹿は死なねェと治らないって言うが、てめェは死んでも治らなかったみたいだなァ。え? 英雄アマツさんよ』


 警戒する俺に、リューザスは嘲笑混じりに言葉を続けていく。


『そこの魔族も大変だなァ? そういう偽善を振りかざしてたから殺されたってのが、この英雄サマはまーだ分かってねェみたいだぜ? くだらねえ自己満足に振り回されて、さぞ迷惑だろう?』


 エルフィは何も答えない。

 腕を組み、魔眼を開いたまま、会話する価値すらないと無言を保っている。

 小さく、向こうから舌打ちの音が聞こえた。


『……は。まあいい。どの道、てめェら二人共俺が殺すんだ。てめェのくだらねえ英雄譚も、ここで終わ――』

「なあ、リューザス」


 耳障りな言葉を遮り、口を開いた。


「お前、随分と英雄にこだわるんだな?」

『あ……?』


 リューザスの嘲笑が止まった。


「英雄英雄って、何回口に出せば気が済むんだ?」


 数秒の間が空き、再びリューザスの声が響く。


『……こだわってんのはてめェだろうが。どうせ、ルシフィナと交わした馬鹿な"約束"を今でも覚えてんだろ? 救えねえよなァ』

「約束? 忘れたよ、そんなのは。俺は俺のやりたいことをやってるだけだ」

『それが、その英雄ごっこってのかよォ?』

「まーた"英雄"か。しつこいな、リューザス。馬鹿の一つ覚えか?」

『…………ッ』


 英雄とか勇者とか、そんなんはとっくにやめてんだよ。

 馬鹿が。


「てめぇみたいなクズの口から"英雄"なんて言葉が出ると、鳥肌が立つんだよ。人質、不意打ち、騙し討ち。後ろから他人の命を利用することしか出来ないお前が、一体どういうつもりで英雄を語ろうとしてんだ?」


 笑いを堪えるのが辛いから、やめてくれよ。

 笑いすぎて、吐きそうだ。


「お前こそ、旅の途中で『大切な人の為に戦う』って言ってたよな? 妹だったっけか? お前のその行動を妹が見たらどう思うだろうな? 腐りきったてめえじゃ、あわす顔なんてないだろうが」


 そう煽って、思い出した。

 その"妹"っていうのも、俺を信用させる為の嘘だったな。

 ルシフィナとディオニスも用意していた、綺麗事で塗り固めた虚言。

 

 殺したディオニスの言い分を思い出すと、笑えてくる。

 早く、リューザスとルシフィナの虚言も笑えるようにしたいものだ。


「その大切な人も嘘だったんだったな。よくよく考えると、てめぇみたいなクズが誰かの為に戦うわけがなかったな。冷静になれば分かったことだろうに。……気付かなかった自分に失望するよ」


 ――ブチッ、と。


 次の瞬間、リューザスの気配が裏路地から消失した。

 途端に、表の喧騒がこちらに伝わってくる。

 

「監視の魔術もないな。完全にこちらとのパスを切ったようだぞ」

「……何だ、あいつ」


 ギャーギャーと耳障りな声で、騒ぎ立ててくると思ったんだがな。


「まあいい」


 予感があった。

 次はあいつが手ずから殺しに来るだろう、と。


「その時に、すべてを終わらせてやる」


 楽しかった、あの日々を思い出す。

 本当に、あいつらとの旅は楽しかった。

 リューザスが騒ぎ、ディオニスが呆れ、ルシフィナがそれを楽しそうに笑う。


 そんな日々が、脳裏に焼き付いているからこそ。


 リューザスのすべてを壊し尽くしたら、どれだけ愉しいだろうと――



「――はは」


 

 夜空に浮かぶ月を見上げ、俺は嗤った。

  

 

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか妹の話は本当っぽいですね。嘘の中に少しの真実を混ぜるのは嘘吐きの常套手段ですし
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