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第十一話 『狂食の果てに』

例によって、残酷な描写注意です

「な、な……」


 自身の血溜まりの中でマルクスが見たもの。

 それは、罠に掛かって死んだはずの男の姿だった。

 伊織が目の前に立っているということはつまり、あの罠を越え、九頭龍ヒュドラ型ワームを突破してきたということになる。


「どうした? 亡霊でも見てるような顔だぞ」

「ぐ。ぁ……。馬鹿な、馬鹿な……ありえないッ」


 ありえない、ありえない。

 そう連呼するマルクスだが、切断された四肢の痛みは本物だ。

 激痛に悶えるマルクスを見下ろし、嘲笑を浮かべている伊織は幻想ではない。


 そして恐ろしいことに、伊織はまったくの無傷だった。

 あれだけの罠を越えて、何の傷も負っていない。

 

「ば、化物……っ」


 マルクスの本能がうるさいほどに、逃げろと叫んでいる。

 レオから感じた、怖気の走る死の恐怖とは別。

 確固とした"死の形"が目の前で笑っていた。


「ひ」


 逃げなくてはならない。

 芋虫のように地面を這いずり、マルクスが来た道を戻ろうとする。

 振り返ってすぐに、私室の入り口にレオが倒れているのが見えた。


「ディス……フレンダァ……」


 やはり、逃げ出したのは間違いだったのだ。

 レオは満身創痍で、マルクスに勝てる道理などなかった。

 

(あいつから逃げさえしなければ、こんな傷を負うことなど……ッ)


 そう、マルクスが後悔した時には遅かった。


「ワームみたいに這うのは良いが、逃がすわけないだろ」

「あ、があああああああッ!?」


 直後、逃げようとしていたマルクスの脇腹に剣が突き刺さった。

 体内に冷えた異物が入り込む感覚に、マルクスは絶叫する。

 激痛に泣き叫ぶマルクスを薄い笑みで見下ろしながら、伊織はチラリと廊下の先に視線を向けた。


「……少し、時間を掛け過ぎたか。レオが先に来ているのは想定外だったな」

「ばっ、ぁおおおおおおおッ!!」


 呟いている間にも、伊織はマルクスの体に刃を突き付け続けている。

 刃で体内をかき混ぜられる感覚に、マルクスが絶叫する。


(不味い、まずいまずいまずいまずいまずいッ)


 レオとキリエから負った傷。

 そして、四肢を斬り落とされたことで、体内に埋め込んだアマツの力が暴走を始めている。

 このままで体内のワームが制御できなくなり、体が変質してしまう。

 全身の肉がワームへと変わり、マルクスは死ぬことになるだろう。


「ぞんな、ふざけた結末があっでだまるがァアああああ!!」

「…………」


 残っていた余力を、切断された四肢に回した。

 傷口がグジュグジュと脈動し、大きく盛り上がっていく。

 両足に生やしたワームを床に叩き付け、マルクスは後ろへ飛び退く。


「ぐぁあああ」


 その拍子に、刺さっていた刃のせいで脇腹が千切れるが、気にしている余裕はない。

 次いで、失った両腕の代わりに、九頭龍ヒュドラ型の頭部に匹敵する大きさのワームを生やした。

 

「亡霊がァあああ! 今さら、私の邪魔をするなァああああ!!」


 二本のワームが、伊織を丸呑みしようと襲い掛かる。

 四肢を切断したと、伊織は完全に油断しているはず。

 至近距離からの攻撃を、躱せる道理など――――、


「――"魔眼・重圧潰"」


 二匹のワームは伊織に届くことなく、湿った音を響かせて重力に押し潰された。


「あっ……は……?」

「うむ。念入りに魔眼で確認したが、魔力付与品マジックアイテムの類いは見つからなかったぞ」

「ありがとう。この様子を見ると、これ以上の奥の手はなさそうだな」


 伊織の後ろから、一人の少女が姿を現した。

 艶やかな銀髪を魔力で揺らし、双眸を紅く染めた魔眼の使い手。

 リューザスから、"魔族"であると聞かされていた少女だ。


「貴様も……生きて……」

「あの程度の罠で元魔王たる私を殺そうなど、片腹痛いぞ」

「もと……まおう?」


 目の前の魔族が何を言っているのか、理解できない。

 元魔王?

 リューザスからは、ただの魔族としか聞いていない。


「ど、どういう……」

「これ以上、貴様のような虫ケラ・・・などと会話するつもりはない」

「な……」


 絶句するマルクスへ、伊織が近付いて来る。


「俺も早いところ、目的を果たしたいんでな」

「ひ……。待て、待ってくれ……」

「もう十分に待ったさ。お前も、三十年間好きにやってたんだろ?」


 嗤いながら、伊織が一歩一歩近付いて来る。


 出会ったからずっと、伊織は嬉しそうに笑っている。

 その表情とは裏腹に、その瞳からは一切の表情が感じられない。

 人間を見る目では、ない。


(死ぬ。殺される。この私が……? 死ぬ……? まさか、そんな)


「あ、が……ッ」


 グジュグジュと、体内が蠢いている。

 失った魔力が多すぎる。

 もう幾許の猶予もない。

 

「死、ぬ……私が……」


 ようやく一番隊への配属が決まったのに。

 まだ女を抱き足りない。

 まだやりたいことがある。

 それがこんなところで、突然現れた過去の亡霊に殺される?

 

「認め、られるかァッ!! 私はこんなところで死ぬような人間じゃないんだッ! こんな結末、許してたまるかァアアアアアアッ!!」


 マルクスの腹部が蠢き、大きく盛り上がっていく。

 現れたのは、無数の牙が生え揃う、ワームの口腔だった。


「アマァアアアツッ!! 私に喰わせろッ!喰わせろ、喰わせろ、喰わせろォォォ!!」


 口腔が大きく開き、その力を開放していく。

 ジョージ達から与えられた、究極の力。


「私の英雄の力がッ! 亡霊などに負けるはずがない! 貴様らは私の餌になっていれば良いんだァァアアアア!!」

「――【英雄再現ザ・レイズ】」


 伊織の呟きは、既にマルクスの耳には届かない。

 このまま、この男達から魔力を絞り尽くして殺してやる。

 こいつらの魔力と肉があれば、受けたダメージを完全に癒やしてもお釣りが来る。


魔技簒奪スペル・ディバウアァアアアアアアアア――ッ!!」


 大きく開いた口腔が、伊織の魔力を喰らっていく。

 これまでに喰ったことのない、濃厚な魔力がマルクスの体内に流れ込んでくる。

 伊織はどうすることも出来ず、魔力を吸われるがままだ。


「はははははッ! どうだぁ!? ああ!? これがッ私の力だッ!!」


 奪えるだけの魔力を吸収し、マルクスが嘲笑する。

 これだけの魔力を奪えば、例え"英雄の亡霊"であろうとも、干乾びて――――、


「終わりか?」


 ――いなかった。

 マルクスが奪った量の数十倍はあるであろう魔力を纏った伊織が、平然とした表情で立っていた。


「は、な、心象、魔術……?」


 伊織の纏っている魔力の正体を、呆然とマルクスが呟くと同時。


「じゃあ、返してもらうぞ。――"魔技簒奪スペル・ディバウア"」


 その瞬間、マルクスの視界が闇に覆われた。

 体温が下がり、凍えるほどの悪寒が全身に走る。

 視界が正常に戻った瞬間、マルクスの体内から、根こそぎ魔力が奪いつくされていた。

 

「こっ、か……」


 両足のワームも、腹部に作った口腔も、ボロボロと崩れ落ちていく。

 魔力を奪い尽くされた枯渇感に、体を動かすことすら出来ない。


(な、なんだ……これはッ。これが魔技簒奪? お、同じ魔術とでも言うのか?)


 マルクスと伊織の魔技簒奪とでは、まるで比べ物にならない。

 冷めた表情の伊織が、マルクスを見下ろす。


「クソォォオ……私は……まだぁ……ッ」


 往生際悪く、マルクスが逃げようと藻掻く。

 どうして、自分がこんな目に合わなくてはならないのか。

 おかしい、間違っている。

 これもすべて、レオとキリエのせいだ。

 

「殺して……やる。グチャグチャに殺してやる……ッ! あのクソアマは、犯し殺して……ッ」

「まだ余裕があるんだな」


 朦朧とした意識で憎悪を口走るマルクスの前で、伊織がゆっくりと持ち上げた。


「殺すとか、犯すとか楽しげな妄想してるとこ悪いが、お前にそんなことをする寿命が残ってると思うか?」

(、)

 持ち上げた足が、マルクスの股間部の上へ移動する。

 朦朧とした頭でも、伊織が何をしようとしているかは理解できた。

 血相を変え、マルクスが叫ぶ。


「お……おいッ!」

「安心しろ。もう不要な器官だから」

「待、て……待て、待てッ、ま――」

 

 パキッと音がした。

 卵が潰れるような呆気ない音。

 

「ぇっ」


 グリンとマルクスの視界が裏返る。

 泡を吹き、吐瀉物を撒き散らしながら、マルクスの意識は暗転した。




 屋敷の地下には、亜人を捕らえて遊ぶ・・為の設備が揃っていた。

 コロッセオのように、亜人同士が戦う様子を高いところから見下ろして楽しめる空間も存在している。

 そこには、白目を剥いて気絶しているマルクスが一人、転がっている。


 その様子を、俺とエルフィは観客席から眺めていた。


「度し難いほどに、悪趣味な場所だ。下らぬ薬を使って、無理やりに殺し合わせるとはな」


 コロッセオ型の部屋を眺め、エルフィがそう吐き捨てる。

 ここで戦わせられていた亜人は皆、攫われて連れて来たのだろう。

 そして、性処理に始まり、このような地下で見世物のように扱われていた。


「……だから、同じことをしてやるのさ。これまで自分がやってきたことを、自分自身で経験してもらう」


 そう話している内に、下に動きがあった。


「が……あ、くっ」


 気絶していたマルクスが、呻きながら目を覚ました。

 それからすぐに潰れた股間の痛みを感じ、大声で泣き叫ぶ。

 何度も吐きそうになりながら、犬のように浅い呼吸を繰り返していた。


 そんな滑稽な姿を見下ろしながら、マルクスへと声を掛ける。


「目が覚めたか?」

「……っ!?」


 声を掛けると、激痛から顔を真っ青にしたマルクスがギョッと視線を向けてくる。 

 

「わ……私を……どうする……つもりだ……ッ」


 酷く怯えた表情で、マルクスが尋ねてきた。

 

「安心しろ。俺達はお前に手を出さない」

「……え?」


 マルクスがこちらに聞き返そうとしたのも束の間。


「がっ!? あ……がぁあああッ」

 

 グジュグジュと、湿った音がコロッセオに響き渡る。

 芋虫のように転がるマルクスの体に、変化が訪れていた。

 マルクスの全身の肉が蠢き、皮膚を突き破って無数のワームが生えてくる。

 自分で作っていた時と違い、勝手に生えてくるワームにマルクスは激痛を感じているようだった。


 あの体はジョージ達の研究の一環だろう。

 俺の魔力サンプルと複数の魔物の細胞を、ホムンクルス技術を応用して人体に移植。

 擬似的な"魔技簒奪"を使用出来るようにする。

 そんなところだろう。


 オルガ達を作っていたことから考えるに、マルクスは失敗作だ。

 限定的な力しか使えない上に、その出力は本物の足元にも及ばない。

 さらには本人が重度のダメージを負い、魔力の大部分を失うと、ああして暴走してしまう。

 使い勝手の悪い、失敗作としか言いようがない。


「収まれ……ッ。収まれええッ」


 マルクスの肌の色が、少しずつ変色していく。

 このまま放置しておけば、数十分後にはマルクスは大きなワームに変わっていることだろう。

 

 ――当然、それだけじゃつまらない。


 生えてきたワーム達が、一斉に鎌首をもたげた。

 牙が覗く円形の口が、マルクスへと向けられる。


「が……ぐっ。……あぇ?」


 直後――ワーム達は、一斉にマルクスに喰らいつき始めた。


「ぎ、あああああッ!?」


 ブチブチと、肉が食い千切られる音が連続する。

 ワーム達は手当たり次第にマルクスの肉を貪り、血を啜っていた。


「な、何が!? どうじて、私を――ぐがっ……あがああああ!?」


 ワームに貪られるマルクスは、状況に理解が追いついていないようだった。


「言っただろ? 俺達はお前に手を出さない。とっくに、準備は終えたからな」


 俺の言葉に、マルクスはハッと顔をあげる。


「ま……さか。まさか、貴様……」


 懐から、使いきった空き瓶を取り出して、マルクスに見せてやった。

 保管されていた、違法薬物の一つ。

 摂取した対象に強烈な飢餓感と食欲を植え付ける、"飢餓薬"という薬だ。


「お前が呑気に寝ている間に、飲ませておいた。お前のワーム達は、さぞ空腹だろうな」

「な、な……」

「だが、ここにはお前以外に誰もいない。食べられる物は何もない」

「――――」


 顔に絶望を貼り付け、マルクスが目を見開く。


「だったら、ワームが喰うのは一体誰なのか。――少し考えれば、分かるだろ?」

「ぁあ……うわぁああああああああッ」


 マルクスの絶叫が、室内に響き渡る。

 そう、俺は何もしなくていい。

 

「――お前が勝手に喰われて死ぬだけだ」


 ワームに全身を貪り喰われても、四肢のないマルクスには抵抗することが出来ない。

 泣き叫びながら、ワームのように転がるくらいしか。


 ああ、いや。

 一つだけ、やれることがあったな。

 そろそろ、マルクスにも薬の効果が現れ始めている頃だ。


「そのワーム達は、空腹だからお前を喰ってるんだよ。だったら、本体のお前が腹を膨らませればいい」「ひッ……ひっ」

「つまり、お前もワーム・・・・・・を喰えばいい・・・・・・


 俺の親切な助言に、マルクスは「ふざけるな」と絶叫した。

 こんなものが、食えるかと。

 ワームに貪られながらも、まだそんなことを言っていられる余裕があるとはな。


 マルクスは拒否したが、ただワームに喰われて死ぬだけでは、あっさりし過ぎている。

 そんな簡単に殺してなるものか。

 

 だからもう一度、空き瓶をマルクスに見せて言ってやった。


「大丈夫だ。"飢餓薬"はワームにお前を喰わせるためだけに飲ませたんじゃない」

「あ……ああッ!」

お前にワームを・・・・・・・喰わせるためにも・・・・・・・・、飲ませんたんだから」


 俺の言葉に、マルクスの顔が蒼白を通り越して土気色に変わった。



「はっ……がふ、がっ」


 それから、数分後。

 そこには、ワームに体を喰われながら、自身もワームを喰っているマルクスの姿があった。

 

「ふぅ……ふぐぅうッ」


 グチャグチャと咀嚼音が響く。

 涙を流し、何度も緑色の液体を吐きながら、マルクスはひたすらにワームを喰い続ける。

 マルクス本人も、現在は耐え難い飢餓感に襲われているのだろう。


 だが、ワームの方がマルクスより食事の速度が早かった。

 マルクスが四本目のワームを食い終わる頃には、ワームはマルクスの骨が露出するほどに肉を削いでいた。


「が、ああああッ! ふぅう、ぐうぅう」

「どうした、このままじゃ喰われるだけだぞ?」

「だずげて、ぐれええ」


 肉片を吐き出しながら、マルクスが懇願してくる。


「まずい、まずいまずい……ッ。痛い痛いいだいいだいいだいッ。もう、ぐいだぐないっ!!」


 激痛のせいか、マルクスのワームを喰う速度も落ちている。

 そろそろ、頃合いだろう。


「だずげてッ。だすけてくださいッ!!」

「……ああ、ちょうど良いものがある。これでお前の傷を治してやるよ」


 そういって、ポーチからいくつか瓶を取り出した。

 血のような赤い液体が入っている。

 当然、これも"飢餓薬"と一緒に取ってきた薬物だ。


「はやぐッ! はやぐだずげろおおお!!」


 瓶を開け、下で悶えるマルクスに赤い液体を振りかけた。

 液体が傷だらけのマルクスの肉体に染みこむと、瞬く間に肉が再生していく。

 傷の癒える感覚に、一瞬だがマルクスが安らぐような表情を見せた。


 直後、傷の癒えた部分に、再びワームが喰らいついた。

 

「あっ、ああぎゃあああああああああああああああああッ!?」


 その瞬間、それまでのものとは比べ物にならないほどの絶叫が響き渡った。


「ああああッ!? なんで、なにがァあああッ!?」


 地面を転げまわり、治癒した部分が床に擦れる。

 それだけで、マルクスは激痛のあまりに嘔吐した。

 白目を剥き、ビクビクと痙攣して意識を失う。

 そしてすぐに、ワームに肉を食まれ、その痛みに叫びながら目を覚ます。


「まさか、まさがぁあああああ! それ、それはッ! かっ、"神の雫"!?」

「正解だ」


 マルクスに掛けた、赤色の液体。

 亜人の女性が使われていたものと同じ、"神の雫"という薬物だ。

 部位欠損の傷ですら治る変わりに、この薬物はいくつかの副作用を持っている。

 その一つが、神経の鋭敏化だ。

 水を掛けられただけも気絶するほどに、今のマルクスの神経は鋭敏になっている。

 そんな状態で肉を千切られれば、一体どれだけの痛みになるだろうな?


「あぶ……ぶば、ば」


 再び、マルクスが泡を吹いて気絶する。

 マルクスは泡を吹いて気絶するも、すぐワームに肉を食い千切られ、激痛で目を覚ますことになる。

 それを何度も何度も繰り返し、痛みに泣き叫びながらも、マルクスは再びワームを喰い始めた。


「あがぁあ! もう嫌だ! もう嫌だぁああ」


 しかし、すぐにマルクスは泣き出してしまった。


「わるがった……! 私がわるがった! だずけてぐれッ!」


 無言の俺に、マルクスは必死に懇願してきた。


「か、金がほしがったんだッ! ジョージ達が、アマツに届くはずの魔力付与品マジックアイテムを奪えば、高額で買い取ってくれるって言っだから! 出来心だったんだぁ!」


 芋虫のような状態で、マルクスは土下座するかのように頭を地面に擦り付ける。


「が……ぎぃいいッ。あ、ぁあ、あのどきに手に入った金は、数倍にじて返すッ! ど、どんな魔力付与品だって用意するッ!! 捕まえてる亜人は皆解放するし、な、なんだったら亜人迎合派にもなるッ! わたじが手を回せば、都市にいる亜人の待遇もよぐ出来るはずだ!! へ、平和に……出来るッ!!」


 なんて言えば、俺が助けてくれるかを必死に考えているのだろう。

『平和に出来る』か、なるほど。

 "英雄アマツ"に対しては、魅力的な誘いだったかもな。


「俺がそのワームをすべて切り離してやれば、お前は助かるかもな」


 マルクスの顔が、パッと輝いた。

 

「普通のポーションを使えば傷は治せるだろう。"飢餓薬"もしばらく耐えれば効果が消えるだろうし、"神の雫"も一度使ったくらいならば、後遺症は残らないはずだ」

「じゃ、じゃあ……」


 期待の表情を浮かべるマルクス。

 その頭に、俺は"神の雫"をぶち撒けた。

 傷が瞬く間に癒え、そしてまた、ワーム達はマルクスの肉を喰む。


「ごぁあああああああッ!?」

「助けるわけないだろうが」


 あれだけの悪意を向け、殺そうとした相手が、何故助けてくれると思えるのだろう。

 本当に、理解に苦しむ。


「俺はここに、復讐のために来てるんだ。何の復讐かは、分かるよな? さっきお前が自分で言っていた通りだ。お前は自分の利益のために、俺を裏切ったんだ」

「どおじでッ!? だ、だしかに私は魔力付与品を横領しだッ! だ、だがぞれだけだ!! わだじは直接、手をだじでないッ!! ごごまでざれるようなことは、じてないッ!!」


 心底、笑える言い分だ。

『身代わりの護符』と『神の守護を此処にウォール・オブ・サンクチュアリ』。

 あの魔力付与品が俺の手元に届いていれば、あの時、結果は変わっていただろうに。


「ここまでされるようなことはしていない? したんだよ、お前は。自分の欲のために、俺が死ぬ要因を作った。それだけで十分だ。お前が直接手を下したかどうかなんて、関係ない」


 ただ一人の漏らしなく、一切の妥協なく。

 俺はお前らに復讐すると誓ったのだから。


「ぐ……があああああ! が……あっ、ひどすぎるッ! それでも英雄なのがあ!?」

「知らないのか? "英雄アマツ"はもう死んだよ。ほら、お前らが殺したんじゃないか。ここにいるのは、お前らに復讐するために帰ってきた、ただの亡霊だよ」

「あ、あああ……ああああああああああいやだあああああああああああああああああッ!! 死にたくない、死にたくない、もう喰いたくない、うぶ、だずげでえええええッ」


 駄々っ子のように、マルクスが喚き立てる。


「ゆるじて、許してくれ! 頼む、ゆるじてええええ!!」


 その言葉に対する返答は簡単だ。


「――許すか・・・許さないかは・・・・・・俺が決める・・・・・


 絶句するマルクスに笑いながら俺は言った。


「――俺はお前を、許さない」


 そう告げた時の、マルクスの表情。

 激痛、飢餓感、死への恐怖、希望を裏切られた絶望。

 自分の死が避けられないものだと知って、心底自分の所業に後悔する表情。


 そして、あんなことをしなければ、と。

 泣き叫び、心底謝罪するその姿を見るために、俺は復讐をしているんだ。


「だれが! 誰がだずけて! 誰も良いがらッ!」


 俺に助けを求めるのは諦めたらしい。

 マルクスは他の誰かに助けを求め始めた。


「誰がいないのかッ!? りゅ、リューザス! リューザス殿ッ!! あ、ああああキリエ君ッ!! ディスフレンダーでも良いッ!! 誰があああああああ」


 助けなど来ない。

 お前の部下の大半は始末し、残りは気絶させて転がしてある。

 リューザスは、お前を助けに来るような奴じゃない。

 キリエとレオに至っては、あの二人に助けを求められる神経に笑えてくる。


 ひとしきり叫んで、誰も助けに来てくれないと悟ったのだろう。


「に、にぐッ……! 喰わなくては。肉ッ、肉を、肉ッ。ああぁああッごのままではッ」 


 ブチブチと、マルクスはなりふり構わずワームに喰らいついた。

 喰って、喰われて、喰って、喰われて、喰って喰って喰って喰って。


「ぶ、ああ……がああああ」


 どれだけ喰おうとも、マルクスの飢餓感が癒えることはない。

 それだけの量、飢餓薬を飲ませてあるからな。


「ごぇ……お、ぶっ」


 それからマルクスは喰い続けた。

 動けなくなるたびに、神の雫で体を癒され、再び食事を続ける。 

 限界を越えた量のワームを喰ったからか、マルクスの腹部が裂け、中からワームの肉がはみ出していた。


「はぐっ……うっ、はふ、ぐっ」


 それでも、マルクスは喰うのやめない。 

 やめられない。

 そうしてマルクスがまた弱り始めた頃に、神の雫を掛けてやる。


「ぁ……ああ」

「心配しなくても良い。神の雫は、まだ腐るほどあるからな」


 そう微笑み掛けると、感激のあまりかマルクスは大声で叫び始めた。


「あ……あぁ。ああああぁああああッ! いやだああああああァあああああああああ――!!」


 そしてまた。

 グチャグチャと、咀嚼音だけが響き続けた。



 数十分後。

 

 既に咀嚼音は止んでいた。

 もう、マルクスの叫び声は聞こえない。

 ただ、ビチビチと何かがのたうちまわる音がだけが聞こえている。


「……‥」


 マルクスがいた場所には大量の血液だけが残っている。

 あの男の姿は、もうどこにもない。

 残っているのは、最後に生き残った一匹のワームだけだった。


 観客席の下に降り、俺はそのワームを見下ろしていた。

 最後のワームが、陸に打ち上げられた魚のように体を震わせている。

 翡翠の太刀を持ち上げ、ワームに向けて振り下ろした。


『――――ギッ』


 小さな断末魔。

 切断され、ワームは呆気なく絶命した。



 それを見て、思わず呟いた。

 



「――醜いな」

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