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第九話 『無敵の騎士団』

 ――聖堂騎士団・二番隊副隊長。

 

 この役職は決して軽い物ではない。

 教国の要、首都でもある聖都シュメルツを守護する二番隊。

 その二番手になるには、コネだけではなく実力、そして実績が必要となる。


 そんな役職を、レオ・ウィリアム・ディスフレンダーは二十五という若さで勤めている。

 それは偏に、レオが副隊長を務めるに相応しいすべてを持っているからだ。

 前二番隊隊長からの推薦、卓越した戦闘技術、副隊長を務めるに相応しい実績。


 そして――。



 扉を蹴破り、部屋の中に現れたレオ。

 優しい手付きでキリエを支えながら、レオは剣の切っ先をマルクスへ向ける。


「これは、どういうことですか?」


 高価なカーペットの上には、マルクスから切断されたワームがビチビチとのたうち回っている。

 レオの静かな問いに、マルクスが苦々しい表情を浮かべた。


「貴様……何故、ここに」

「手紙が届いたんです。貴方が部下を使って、悪行を働いているという手紙が」


 騎士の勤めを終えたレオは、自分にある手紙が届いていることに気付いた。

 そこには、マルクスの部下が孤児院の子供を襲おうとしている、という旨が事細かに書かれていた。

 だが、それだけなら、レオはすぐには動かなかっただろう。

 こういった旨の手紙は、嫌がらせとして届くことがよくあることだからだ。

  

 だが、記載されていたある女性の名前を見て、レオは動かざるを得なかった。


「あの二人か! 面倒なことをしてくれよってッ」


 どういうつもりなのかは知らないが、あの二人の仕業だろう。

 送り主の正体を悟り、マルクスの歯がギリギリと歯軋りする。


「手紙の件も含めて、もう一度問います。どういうことですか?」


 剣を構えたままの、レオの問い。

 レオは言外に、マルクスが不用意な動きを見せれば斬り捨てると言っている。


「ぐ……」

「……レオ君。この人は、屋敷の中でたくさんの人を苦しめてる」


 押し黙るマルクスに代わって、キリエがその悪行を暴露した。

 自身もそれまで気付いていなかった力、"聖聴"。

 この屋敷で聞いたすべてを、キリエはレオへと告げた。


 この屋敷の中で、たくさんの亜人が殺されていること。

 マルクスやその部下の為に、多くの女性が慰み者にされていること。

 使用を禁止された薬が使用されていること。

 今も、屋敷の地下に多くの女性が捕らわれていること。


「キリエ、それは……」


 キリエの言葉に、レオは思わず絶句した。

 それは、信じがたい内容――。

 否、信じたくない内容だった。


 だが、このような場でキリエが嘘をつく理由がない。

 マルクスはキリエを襲おうとしているのをレオは目撃している。


「……はぁ」

 

 レオが固まる中、マルクスが大きく溜め息を吐いた。

 触手が生えていた部分を撫でながら、苛立ちを吐露する。

 

「やれやれ。君は本当に、いちいち私の勘に障るなぁディスフレンダー」

「……それは、認めたと捉えて良いのですね?」

「はっ。ああ、認めるとも」


 鼻で笑いながら、マルクスはあっさりと己の所業を認めた。

 

「……貴方はッ」


 まるで悪びれた様子のない、落ち着いた口調でマルクスは言った。


「私はね、亜人がのさばることを許容しているこの都市を許容出来ない。ここは聖都。知性のない獣どもが入っていい場所ではない。だから、あの連中を間引いてやっているんだ」


 だから、亜人の女性を捉えて慰め者にし、殺しているというのか。

 あっけらかんと事情を口にするマルクスの悍ましさに、レオもキリエも思わず口を噤んだ。


「私はもうじき、一番隊の隊長となる。亜人排斥派の騎士と教徒達を利用して、本格的にこの街から亜人を消していくつもりだよ。あの獣共は、連合国とかいう掃き溜めにでも集まっていればいい」

「…………」

「それに協力しない者は必要ない。私に反対する騎士も教徒も、生きている価値などないんだよ。私は聖堂騎士として、この聖都を綺麗にする使命がある」


 マルクスの韜晦に、レオは自身の調査の結果を思い出す。

 この街では以前から行方不明事件が発生していた。

 その発生率は、マルクスが二番隊の隊長としてこの街にやってきてから大幅に上昇していると。


 行方不明事件の犯人は、孤児院から見つかった大量の遺体から、ジョージとリリーだとされている。

 だが……あれは、氷山の一角だったのだ。


「では……貴方は亜人を排斥するために、このようなことを――」

「なぁんて」


 マルクスの表情がグニャリと崩れ、喜悦の表情が浮かんだ。


「――そんな面倒な理由で、私が動いているとでも思ったかね?」


 それまでの言葉を、マルクスは容易く覆した。


「私は単純に、亜人が嫌いなだけだよ。目障りなんだよ、あいつら。獣風情が人間様と同じ目線で立ちやがって。あいつらは奴隷か、性処理用の道具として私の役に立てばいい」

「な……」

「私に反対する輩は、単純に苛ついたから殺した。この私がわざわざ仲間にしてやろうって言っているのに、断るとは何様のつもりだ。私の思い通りにならない者に生きている価値などない。邪魔だ」


 両手を広げながら、さもそれが当然であるかのようにマルクスは饒舌に語る。

 レオの胸中に沸々と怒りが湧き立つ。

 その理屈は、他人のことをまったく考えていない。

 人々を守る騎士として、いや、同じ人間として、ありえない発言だ。


「他人は貴方の玩具じゃない。貴方の都合一つで殺されるなど、そんなことは許されない」

「いいや、許されるとも」


 レオの憤りに、マルクスは「青い青い」と嘲笑を浮かべた。


「――これは私の人生だ。何が許されて、何が許されないかは私が決める」


 絶句するレオに、マルクスは続ける。


「ふ、よく考えてみたまえよ。たった一度の人生なんだぞ? 自分のしたいことをして何が悪い」


 マルクスは自身の長い鼻髭を指で弄り、


「金が欲しい。美味いものが食べたい。良い女を抱きたい。嫌いな者は消したい。偉くなりたい。尊敬されたい。他人の持っている物を自分の物にしたい。自分が最も幸せでありたい。他人の不幸を眺めたい。誰よりも楽しい人生を歩みたい――人間として生まれたならば、当然の欲求だろう?」


 滔々と己の欲求を並び立て、マルクスはそれが当たり前だと言い切った。

 だから、自分がやっていることは許されると、己の悪逆を正当化して。


 マルクスが語ったのは、確かに人が持つ欲求だ。

 だが、それを叶える為にこの男はどれだけの人を犠牲にしたのか。


「貴方には他人の気持ちが分からないのか……!?」

「馬鹿かね君は。分かるわけないだろう。そんな魔術は私には使えないからねぇ。それにねえ。他人が痛かろうが傷付こうが、私は痛くないんだよ? だったら他人のことなど慮る必要なんてないじゃないか」


 もう、駄目だとレオは悟った。

 この男は、致命的に終わってしまっている。

 マルクスを一言で現すならば、『利己心の塊』だ。

 他者を顧みず、己の欲望を満たすことしか考えることの出来ない、利己心の塊。


「……言いたいことは、それだけか?」

「ああ。君も――」


 グジュグジュと。

 熟れた果実を指で穿るような、湿った音が部屋に響いた。

 その音源が、マルクスであることをレオは悟る。


 大柄なマルクスの肉体が粘土のように蠢き、


「――言いたいことは、それだけかねぇ?」


 首、肩、腹部、背中、両腕。

 あらゆる部位が湿った音を立てながら盛り上がり、人間一人に匹敵する大きさのワームが現れる。

 それぞれが円形と口と鋭い牙を持ち、グネグネと身をふるわせている。


「……化物め」


 その醜悪な姿は、もはや人間のものではない。

 マルクスはその醜い体を誇るように、両腕を広げた。


「化物? いいや違うよ、ディスフレンダー! これは英雄の力の再現! 如何なる攻撃も喰らい尽くす、簒奪の力だッ!!」


 昂るマルクスに呼応するように、その体から生えたワームがレオへと殺到する。

 

「キリエ、下がっているんだ」


 キリエを庇うように立つと同時、レオの全身から魔力が噴出する。

 室内を旋風が吹き荒れたかと錯覚するほどの魔力量――直後、魔力を纏った剣をレオが振り下ろした。


「フッ――ッ!!」


 部屋全体を覆い尽くすかのような、眩い魔力の斬撃。

 ただの一振りで、レオへ喰らいつこうとしていたワーム達が肉塊へと変わり果てていく。

 二番隊の副隊長に相応しい、苛烈な剣技。


「――――」


 容赦のない一撃が射線上に立つマルクスを飲み込み――、


「……なに」


 直後、彼の体へと跡形もなく飲み込まれた。

 渾身の一撃の消失に、レオが目を見開く。


「良い魔力、ありがとう!」


 鉄すらも両断する一撃を平らげ、マルクスが歓喜に叫ぶ。

 

「レオ君、気を付けて! その人、魔術を吸収する力を持ってる!」

「そういうことだ、ディスフレンダー」

「……!」


 ワームを身に纏ったマルクスの体が、レオの視界から消える。

 自身の死角に潜り込まれたのだと瞬時に悟り、レオは一撃を辛うじて防御した。

 

「ふん」


 マルクスは鼻を鳴らし、全身から生やしたワームをレオへ殺到させる。

 それと平行して、マルクスはいつの間にか抜いた剣を横薙ぎに振ってくる。

 ワームと、マルクス自身の同時攻撃。


「――!」


 軽い身のこなしで刃を躱すと、レオは次々とやってくるワームを片っ端から斬り落としていく。

 何本ものワームが地面に落下し、痙攣した後動かなくなっていった。



 マルクスは隊長に相応しいだけの技術を持っている。

 経験と鍛錬から来る力は、並の騎士では歯が立たないほどだ。

 

 だが、レオの技術はマルクスに肉薄していた。

 血の滲むような努力と、本人の才能。

 その二つが合わさり、ワームを操るマルクスとすら、レオは渡り合っている。

 それだけの実力を、レオは持っている。


 しかし、それは。

 あくまで、対等な条件で戦った場合の話だ。


 斬り落とされたワームが、十本に届いた頃。

 それまでレオを狙っていたワームの動きが、唐突に変わった。


「な……」


 レオを無視して、後ろに下がっていたキリエを狙い始めたのだ。

 

 防壁を張ろうと、聖唱魔術を使用するキリエ。

 キリエを守ろうと、とっさに魔術を使おうとするレオ。


「――"魔技簒奪スペル・ディバウア"」


 その二人の魔力を、マルクスの背中から生えた巨大なワームが、跡形もなく貪り喰った。

 強制的に魔力を奪われ、キリエとレオの体に疲労感がのしかかる。


「ほぉら!」


 再度、キリエへとワームが殺到した。

 動けないキリエに変わり、レオがその攻撃を受け止める。


「ディスフレンダー。君は本当に青いなぁ! 技量は認めよう! だがね! 分かりやす過ぎるんだよ!!」


 そこからの戦いは、一方的だった。

 レオを直接狙わず、ワームはキリエを執拗に狙った。

 魔術は使えず、レオは素の身体能力だけでその猛攻を耐えなければならない。


 次第にレオの体に傷が増えていく。

 ワームに肉を食い千切られ、マルクスの刃が全身を斬り裂く。

 十分も経つ頃には、レオは全身から血を流していた。


「レオ君……!」


 キリエには聖唱魔術以外、戦う術はない。

 レオの傷を癒やしてあげることすら出来ない。

 ただ、傷付いて行く幼馴染の姿を見ていることしか出来ない。


「レオ……君」


 己の無力さに、キリエは歯噛みする。

 情けない。無様だ。

 自分の軽率な行動のせいで、いつもレオが傷付く。

 いくら悔やもうと、自分にはレオを助けることは出来ない。


「ごめん……レオ君、ごめん……っ」


 そうして、キリエが泣き出しそうになった時。


「泣かないで」


 血だらけの体で、レオは振り向くことなくキリエに言った。


「余裕だなぁ!」


 マルクスの攻撃が、直接レオを打ち据えた。

 ワームの牙に脇腹の肉を抉られ、レオの体から鮮血が吹き出す。

 悲鳴をあげそうになるキリエの方へ、レオが振り返った。


「――キリエが泣く所を、見たくないんだ」


 そう言って、レオがあの森の時のように微笑んだ。

 

 

 レオ・ウィリアム・ディスフレンダーは臆病だ。

 

 怒られるのが怖い。

 傷付けられるのが怖い。

 失敗するのが怖い。

 嫌われるのが怖い。


 怖くて怖くて、仕方なかった。

 ドン臭くて、要領が悪くて、話すのが下手で。

 自分がそうだと知っていたからこそ、嫌われるのが怖くて、村の子供達の遊びに混ざれなかった。

 別の遊びがしたい、とも言えなかった。


 そうして、気付けば一人きり。

 皆がレオを馬鹿にして、誰も遊んでくれない。

 その時になって、焦って、混ぜて欲しいと話し掛けて、


『嫌だよ。レオといるとつまんないもん』

『お前と話してるくらいなら、虫探してた方がマシだ!』


 拒絶された。


 仕方ないと自分に言い聞かせた。

 楽しげに笑う子供達を見て、自分では無理なんだと諦めた。

 勇気のない自分では、何も出来ないのだと嘯いた。


 本当は寂しかった。

 でも、どうしたら良いか分からなかった。

 

 皆のように足が速くない。

 皆のように木登りが出来ない。

 皆のようにたくさん話すことが出来ない。


 親にすら呆れられて、相談出来る相手もいない。

 

 こんな自分は、ずっと一人ぼっちなんだと思っていた。

 

 だから。


『――君と話してると、なんか落ち着くんだ』

『――だから、君とこうして話していたい』


 キリエがそう言ってくれた時、嬉しかった。

 自分を認めてくれる人がいた。

 それが、泣きたくなるくらいに嬉しかった。


『そんな……!? 森に入ったの!?』

『キリエはまだ森の中なのか……!?』


 森へ探検に入った日。 

 村に帰ってくるとキリエはおらず、大騒ぎになった。

 魔物に食べられてしまったんじゃないか、なんてことを大人が話しているのを聞いた時。


『おい、レオ! どこに行くんだ!?』


 気付けば、森に向かって走り出していた。

 その時に何を考えていたのかは覚えていない。

 ただ、体が勝手に動いていた。


 森を駆けまわり、奥の方へ行き。

 そこで、魔物に襲われているキリエを見た。

 

『ルルルルルッ』


 ――怖い。


 吠え猛る魔物。

 大人ですら、食べられてしまうくらい危険な魔物だ。

 足がガクガクと震えて、今にも逃げ出してしまいそうになった。


 だって、自分は臆病なのだ。

 当然だ。

 こんな魔物の前に出たら、あっという間に食べられるに違いない。


 そうなったら絶対に痛い。

 きっと、死んでしまうだろう。

 それは、すごく怖いことだ。


 そんな風に震えながら考えて、


『助けて……っ』


 キリエの言葉に、すべてが吹き飛んだ。

 

 魔物は怖い。

 痛いのは怖い。

 死ぬのは怖い。


 だけど。


 ――キリエがいなくなっちゃうのは、もっと怖いから。



 木の棒を手に、レオは魔物からキリエを守る。

 襲い掛かってくる魔物。

 もちろん、レオに魔物を倒すことは出来なかった。

 木の棒はおられ、地面に倒されて、レオはどうすることも出来ない。


 死ぬ。

 その直前に、レオは見た。

 蒼い鎧を身に纏った、たくさんの騎士の姿を。

 

 聖堂騎士団。

 悪しき者を討ち滅ぼし、教国を守護する戦士達。

 駆けつけた騎士達は、瞬く間に魔物を倒していく。


 その後ろ姿を見た時に、レオは誓った。

 あんな、格好いい騎士になると。


 ――誰にも負けない騎士になって、今度こそキリエを守るのだと。




「――その鎧は如何なる攻撃をも弾く」


 掠れた声だった。


「――その剣は如何なる敵をも断つ」


 しかし、部屋全体に響き渡る、力強い声だった。


「……ディスフレンダー、貴様、まさか……!」


 マルクスの顔色が変わる。

 ワームを全身から生やし、レオへ向かわせようとした。


「守りたい場所があるから。守りたい人がいるから」


 だが、遅かった。


「我らは決して、屈することはない」


 室内に膨大な魔力が吹き荒れる。

 先ほどのレオの一撃が旋風ならば、この魔力はまさに暴風。

 マルクスも、ワームも、キリエすら、身動きを取ることが出来ない。


「故に、我らは――」



 聖堂騎士・二番隊副隊長。

 彼が若くして副隊長になれたのには理由がある。

 それは偏に、レオが副隊長を務めるに相応しいすべてを持っているからだ。

 前二番隊隊長からの推薦、卓越した戦闘技術、副隊長を務めるに相応しい実績。


 そして――。




「――【無敵の騎士団ナイツ・オブ・アンライバルド】」




 心象魔術。

 多くの騎士が辿りつけなかった局地に、至っているが故に。




「キリエは、僕が守る――――ッ!!」

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[良い点] レオさんがとてもカッコイイです
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