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第四話 『準備完了』

『商業区』にある、騎士団の客人が利用することになる大きな宿。

 リリーとジョージの孤児院にいた子供達は、行き先が見つかるまでここで宿泊することになっていた。

 現在、宿にある訓練用の広場で、子供達はスポーツをして遊んでいる真っ最中だ。


「…………」


 広場の隅に座り、レオははしゃぎ回る子供達を、暗い表情で眺めていた。

 去り際に見たキリエの表情が、レオの脳裏に焼き付いて離れない。

 自身の名を呼ぶ彼女の表情は、まるで何かを押し殺しているような、辛そうな表情だった。


 キリエとマルクスが行うのは、政略結婚だ。

 教団と騎士団、お互いの地位を確固たるものにするのが目的だろう。

 その政略結婚を、キリエが望んでいないなどということは最初から分かっている。


「……私の、ため」


 そんなのは、望んでいない。


「……だとしたら、私は何のために」


 どうすれば、キリエを幸せに出来るのだろう。

 自分はどうしたら良いのだろう。

 踏み出すことの出来ない自分に、レオは歯噛みした。


「騎士のお兄ちゃん、どうしたの?」

「今日、元気ないよ?」


 気付けば、数人の子供が心配そうな表情でレオを覗きこんでいた。

 孤児院から急に離れなくてはならなくなった子供達を心配して、レオはこの宿によく通っている。

 そんな自分が心配されてどうするのだと、レオは子供達に見えないように苦笑した。

 

「……大丈夫だ。何でもないよ」


 覗き込んでくる子供達に、レオは微笑みを浮かべてそう答えた。

 軽く頭を振って、思考を切り替える。

 今は仕事中ではないとはいえ、呆けてはいられない。


 マルクスには釘を刺されたが、中途半端にやめるなどという選択肢はない。

 聖堂騎士になった以上、自分は人々を守らなくてはならないのだ。

 もちろん、その中には子供も含まれている。

 せめて、彼らが居場所を見つけられるまでは、しっかりとカバーしなくては。


「……ん?」


 その時、近くから微弱な魔力の波動を感じ、レオはそちらに視線を向けた。

 一人の少女が、手のひらから小さな炎を出している。


「"火炎弾フレイムバレット"かい?」


 レオは立ち上がり、魔術を行使した少女に話しかけた。

 少女は頷きながら、再度詠唱を行い、"火炎弾"を壁に放つ。


「凄いな、ミシェル。私が君ほどの年齢だった時は、魔術なんてまともに使えなかったよ」


 彼女の名前はミシェル。

 あの孤児院から逃げ、聖堂騎士にリリー達の悪行を告げた少女だ。

 前の隊長の命令で孤児院を調査していた時に何度か顔を合わせたことがあるが、今のミシェルはあの時とは見違えるほどに落ち着き払っている。


「この宿に来てから、ずっと魔術の訓練をしているね」

「はい。私は強くならなくちゃならないんです」


 強い意思を浮かべた表情で、ミシェルは小さな拳を握りしめた。


「……守られるだけなのは、もう嫌だから」

「そうかい」


 頷くと、レオは壁に向けて"火炎弾"を放った。

 その大きな炎の塊を見て、ミシェルは小さく息を呑む。


「君の"火炎弾"はまだ威力が弱い。使う魔力の調整が出来ていないのもあるが、魔術に対するイメージが曖昧だ」

「魔術に対する、イメージ……?」

「ああ。自分がどんな魔術を使うのか、明確なイメージを持っていないと駄目だ。効果が落ちてしまうからね」

「……はい」


 ミシェルは目を瞑り、小さく息を吐く。

 それからゆっくりと詠唱を行い、"火炎弾"を放った。

 放たれた炎は、それまでのものとは比べ物にならないほどの大きさだ。


「出来たじゃないか」

「うん……!」


 イメージしろと言われて、それがすぐに出来る人間は多くない。

 すんなりとアドバイスを吸収してしまったミシェルには、恐らく魔術の才能があるのだろう。

 良い使い手になるだろう、とレオは頬を緩ませた。


「……は」


 そして、その笑みはすぐ自嘲へと変わった。


(明確なイメージ、か)


 今の自分に、偉そうに助言する権利などない。

 今日、自分がここに来たのも、逃避の意味合いが大きいのだから。

 

(情けない男だな、私は)


 それから、レオはしばらく子供の様子を見た後、宿を後にした。


 

 日が沈み、子供達は訓練場から宿の中に入っていく。

 それから夕食を摂り、風呂に入り、自身の部屋へと戻っていく。

 子供達が完全に眠ったのを確認して、ミシェルは自身の部屋に戻った。


「皆、疲れて眠ったみたい」

「了解。ミシェル、お疲れ様」

「ん」


 椅子に座り、ミシェルは本に目を通す。

 宿に置かれていた、魔術教本だ。

 中級者向けの本だが、ミシェルはその内容を自分なりに噛み砕き、要点を不要な紙に記していく。

 レオからのアドバイスも、しっかりとまとめられている。


「熱心だね、ミシェル。ナントカ魔術が使えるようになりたいんだっけ?」

「……心象魔術」

「そうそう、それね」

「……憧れの人が、使ってた魔術だから」

「へえぇ……」


 心象魔術に至るには、形に出来る程のイメージがなくてはならない。

 イメージならある。

 しかし、まだそれを明確な形に出来るほどの技量がミシェルには欠けていた。


「……いつか、私も貴方のようになって見せるから」


 口の中で、そう小さく呟いた直後。


「……?」


 視界の淵、窓の外で何かが光ったように感じた。

 確認して見るも、外にあるのは夜闇だけか。


「どうかした?」

「……なんでもない」


 気を取り直し、ミシェルは魔術の勉強を続けるのだった。



 俺の足元には、三人の男が気を失って倒れている。

 夜闇に紛れるような黒装束を身に付け、剣を隠し持った不審な連中だ。

 こいつらは、夜闇に紛れて孤児院へ忍び込もうとしていた。

 そこを俺とエルフィで叩き、人気のない裏路地へと連れてきたのだ。


「む……ぐ」

「…………」


 両手足を縛られた男達は、ぐったりとした表情で地面に転がっている。

 体力と魔力を消耗しきっているのだ。


 あの孤児院での一件以来、俺はミシェルとシーナに、宿の外へ出ないように忠告しておいた。

 ここは聖堂騎士団の本拠地。不用意に外を出歩けば、マルクスの手の者に連れ去られる可能性が高かったからな。

 ミシェル達がいつまでも外に出ないのに痺れを切らし、この宿から直接連れだそうとしたのだろう。


「お前らはマルクスに命令されて、ミシェル達を襲おうとした。間違いないな?」

「そう、です……!」


 最初は口をつぐんでいた男達だが、今は素直に答えてくれる。

 ずいぶんと口の軽い連中だ。

 指の骨を、一本ずつ折りながら聞いただけなのにな。


 この男達は、ミシェルとシーナを攫うようにマルクスから命令を受けていたらしい。

 攫った後は、『好きにしていい』という言葉付きで。


 街で連続して起きている誘拐事件も、こいつらの仕業らしい。

 誘拐の標的になっていたのは、マルクスの邪魔になる人間や、聖都にいる亜人のようだ。

 攫った後は、孤児院やマルクスの元に連れて行ったり、自分達で好きなように・・・・・・していていたらしい。


「監視しておいて正解だったな」


 ミシェル達を始末しに来ることは分かっていた。

 マルクスが自分の目撃者を自由にさせておくわけがないからな。


「さて」


 倒れている内の一人を無理やり起こし、その頭に手を当てる。

 男は何をされるのかと、顔を真っ青にしている。


「またアレ・・をやるのか?」

「ああ。その為に、わざわざ体力と魔力を消耗させたんだからな」


 男の瞳を覗き込みながら、こいつの頭に刻みこむ内容を明確にイメージし、それを魔力にして脳に送り込む。

 魔力を消耗し切っている男は、頭の中に流れ込んでくる魔力を抵抗レジストすることが出来ない。

 

「いちいち魔力を消耗させないと使えないとは、中々難儀な魔術よな」


 オリヴィアを真似て使用している洗脳魔術だが、その条件は中々に面倒だ。

 洗脳を成功させるには、相手が抵抗レジスト出来ないほどに弱らせる必要がある。

 少しでも抵抗されてしまえば、洗脳は失敗してしまうからだ。

 そして、洗脳する内容を相手の脳に叩きこむのは時間がかかる。

 何かしらの魔力付与品マジックアイテムを使えば短縮出来るんだろうが、エルフィの言うとおり、全く難儀な魔術だよ。


 やがて十分なほどの魔力を流し込み、


「――"魔智掌握フェイズ・オーダー"」


 詠唱を行い、洗脳魔術は完了した。

 この手順を、残りの二人にも行う。

 三人は洗脳状態になり、呆然とした表情で虚空を見つめている。


 下準備は完了した。

 これで、少なくとも数時間はミシェル達が襲われることはないだろう。

 

「こいつらを利用する。今夜の内に、決着を付けるぞ」

「分かった。だが、伊織、行く前に少し寄り道しても良いか?」

「寄り道?」


 珍しいな。

 エルフィがそんなことを言ってくるなんて。


「少し苛立っていることがあってな。我慢できないから、少し付き合ってくれ」

「……? 分かった」


 それからエルフィと共に『寄り道』し、それからマルクスの屋敷へと向かった。

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