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第二話 『騎士二人、推測と嘲笑』

 二番隊副隊長、レオ・ウィリアム・ディスフレンダー。

 マルクスを調べる上で、この男の情報もいくつか耳に入ってきている。 そして、この男は何度も孤児院の子供達の元へ足を運んでいるらしい。

 孤児院で起きたことを調べまわっているのだろう。

 

 二十五歳で聖堂騎士の副隊長にまで成り上がった、若き天才。

 マルクスの前の隊長がいた時から、レオは二番隊の副隊長をやっていたようだ。

 

「邪魔をする」


 部屋の中に入ってきたレオがフードを脱いだ。

 その下には聖堂騎士の鎧は身に纏っていない。

 武器は腰に差している二本の剣のみだ。


「それで……こんな夜遅くに一体何のようだ」

「単刀直入に聞こう」


 話を切り出すと、レオが乗ってきた。

 鋭い視線をこちらに向け、低い声で尋ねてくる。


「君達なんだろう? 孤児院での件をやったのは」


 俺は表情をピクリとも動かさない。

 警戒を浮かべた無表情のまま、顔の筋肉を固定している。

 隣りにいるエルフィも、動揺を露わにするようなことはしなかった。


「孤児院……? 数日前に明らかになった、子供が捕まっていたっていう事件のことか?」

「ああ、そうだ。あの事件でジョージ・イグナス・エルヴァナヒト達の悪行を表沙汰にしたのは、君達だろう?」

「悪いが心当たりがないな」


 そうとぼけるも、レオはこちらから視線を外さない。

 目を細め、ボソリとレオは小声で言った。


「孤児院の彼女――といえば、通じるかな?」


 ニヤリ、とレオは嘲るような笑みを浮かべた。

 ……こいつ。

 

 半歩下がり、腰に差してある翡翠の太刀へ手を伸ばす。

 エルフィも、魔眼の照準をレオに合わせていた。


「……待ってくれ」


 殺意を向けられたことに気付いたのか、レオが無防備に両腕を挙げた。

 

「どういうつもりだ」

「すまない。カマを掛けただけだ。孤児院の子供達に手は出していない」

「……なに?」

「その反応からすると、私の推測は正しかったみたいだね」


 無防備な姿勢のまま、レオは言葉を続けた。


「私は前々から、前隊長の命であの孤児院のことを調査していたんだ。……結局、尻尾を掴むことは出来なかったがね」


 前隊長。

 マルクスの前の、殉職したという聖堂騎士のことだろう。


「私も孤児院を調査したが、あそこには戦闘の跡があった。戦闘の跡から、ジョージ達は間違いなく誰かと戦っていた。それも、痕跡を見るにかなりの実力者だ。少なくとも、この聖都に住む民間人や騎士団の者ではない」

「……それが、どうして俺達になるんだ」

「私は、ここ数日間で聖都の出入者を調べあげたんだ。すると、数日前にこの聖都にやってきた謎の二人組――君達が目に留まった」

 

 それだけで疑われたっていうのか?

 足がつくようなヘマはしていなかったはずだ。

 聖都から出入りする時も、情報が残らないようにしていた。

 戦闘跡からも、俺達の魔力が検出されるようなことはなかっただろう。


 そんなこちらの考えを読んだのか、


「ああ。君達に怪しい点はなかった。しかし、私は翼竜ワイバーンと互角以上に戦っていた二人を見ていた。それを思い出して、君達ならあるいは……と思ったんだ」


 レオはそう口にした。


 それは、あくまで推測だ。

 彼の口から、孤児院を襲撃したのが俺達だという決定的な証拠は出ていない。


「本当は確証を得てから会いに来るつもりだったが……あまり悠長にしている暇がなかったんだ」


 やはり、レオは確証は得られていないらしい。

 最初の俺達の反応を見て、「そうではないか」と疑っている程度か。

 これならば、何を言われようと言い逃れできるな。


 そう考えていると、レオはこちらを真っ直ぐ見据えてきた。


「細かい事情は聞かない。違うのだったらそれでもいい。けど、もし本当に、君達が孤児院の子供達を解放したのだとしたら――」


 真摯に見える態度で、レオは言った。


「聖堂騎士を代表して、私に礼をさせて欲しい」


 そう言うと、レオは俺達に向かって深く頭を下げた。

 隣でボソリと「だったら隊長が来い、隊長が」と言うのを、レオに見えないように小突いて止める。

 ……それにしても、この男は何がしたいんだ?


「また、君たちに謝らなくてはならない」

「……なぜだ?」

「本来ならば、ジョージ達の悪行を暴き、子供達を助けるのは我々聖堂騎士の責務だった。それを他の者が介入するまで解決できなかったことは不甲斐なく、本当に申し訳なく思っている」

「…………」


 レオの言葉を聞いても、「俺達がやりました」とは名言しない。

 これが罠で、頷いた瞬間に言質を取ったと吊るしあげられる可能性があるからだ。

 副隊長だろうが、赤の他人を信用する理由にはならないしな。


 無言のままでいると、しばらくしてレオが頭を上げた。

 

「ただ、一つ言っておく。これ以上――この件には関わらない方がいい」


 そう口にするレオの表情は険しく、またどこか悲しげだった。


「孤児院の件が今まで表沙汰にならなかったのは、明らかに異常だ。……聖堂騎士団、もしくはメルト教団の上層が関わっている可能性がある。深入りし過ぎると、君達は消されてしまうかもしれない」

「…………」

「納得出来ないかもしれないが、今回の件は私が責任を持って真実を究明する。だから君達は、これ以上関わらず、早めにこの街を出て行った方がいい」


「それだけだ」と話を切ると、レオは俺達に背を向けた。

 扉に耳を当てて外の様子を確認すると、再びフードを被り、レオは部屋の外へ出ていこうとする。


「……ずいぶんと親切だな。翼竜の時は、あれほど横暴に接してきたというのに」


 その背中に、エルフィが皮肉るように言葉を投げかけた。

 レオは振り返り、分からないという風に首を傾げる。


「これ以上、でしゃばるなと言ってきただろう」

「……ああ」


 合点したように頷くと、


「聖都と、聖都にいる人々を守るのが私達二番隊の使命だ。教国の人間ではないとはいえ、聖都にいる間は君達も守護対象となる。守るべき相手を、危険に晒す訳にはいかないだろう?」

 

 そう気障な風に言葉を残し、今度こそレオは部屋を出て行った。

 部屋の中に静寂が訪れる。

 何か仕掛けられていないか、監視の目はないか、と調査するが、何も出てこなかった。

 レオは本当に、この部屋に礼を言いに来ただけなのだろうか。


「……上層が関わっている、か」


 そんなことはとっくに分かっている。

 あの孤児院に積極的に子供を送り込んでいたのは聖堂騎士団だ。

 あいつらが誰にもバレずに好き勝手やってこれたのも、協力者がいたからだろう。


 そしてそれは十中八九、マルクスだ。

 ミシェルの口からあいつの名前が出てきたことから、その可能性が更に高くなった。


 レオの言葉が本当だとすると、孤児院の調査は前隊長の命令によるものらしい。

 そしてその隊長は死亡し、その座にマルクスが座っている。

 とてもじゃないが、偶然とは思えない。

 恐らく、孤児院を探ろうとする前隊長を目障りに思い、マルクス達が殺したんだろうな。


「関わらない方が良いと、親切な騎士が忠告してくれたが、どうする伊織?」

「悪いが聞けないな」


 今更引くことなどしない。

 マルクスに相応しい最期を与えるまでは。




 二番隊の前隊長、フーリル・マリーヌ・マルセルトは高潔な女性だった。

 心から主を信じ、部下を導き、何よりも守るべき人々の為に尽力する。

 レオに取って、フーリルはそんな理想的な騎士で、理想的な上司だった。


 そんな彼女がフラリといなくなってから、もう半年以上が経過した。

 新しい隊長としてマルクスが入ってきてから、二番隊は大きく変わってしまった。

 濁り、弛緩し、怠惰で嫌な空気が流れている。 

 多くの仲間が、付いていけないと隊を出て行った。


 フーリルがいなくなった今、この二番隊を支えられるのは自分だけだ。

 レオはそう信じ、今もこの二番隊で副隊長を務めている。


「……失礼します」


 黒髪の少年と銀髪の少女の二人組に会った翌日。

 レオは二番隊宿舎の最上階にある、マルクスの私室に呼び出されていた。


 扉を開けると、中から葉巻の苦い臭いが鼻を突く。 

 香水と混ざったこの臭いは、嗅いでいると頭が痛くなってくる。


「それで、調査の結果はどうなのかね?」


 開口一番、マルクスは事件調査の進捗を尋ねてきた。

 

「ジョージ、リリー、両名とも未だに発見出来ておりません。また、孤児院を襲撃した人物についても、現在調査中です」

 

 その報告に、マルクスはこれみよがしに溜息を吐いた。

 コツコツと机を指で叩き、苛立った視線をレオに向けてくる。


「困る。困るなぁ、ディスフレンダー副隊長。あの二人の調査は急務だよ。あんな大罪人を逃したとなれば、二番隊の信頼を損なうことになる」

「……ご期待に添えず、申し訳ありません」

「私はね、君を高く買っているんだよ。だから、今回の事件も君に任せたんだ。君は、理解できているのかね?」


 コツコツ、コツコツ。

 威圧するように、マルクスの指の音が部屋に響く。

 ねっとりとしたマルクスに、レオはただ頭を下げて謝罪するほかない。


「それと、あまり言いたくはないがね。君、孤児院の子供達と接しているそうじゃないか」

「……はい。数日に一度、様子を見に行っています」


 フーリルの指示で孤児院の情報収集をしている中で、レオは何度か孤児達と触れ合ったことがある。

 今回の件で、子供達は色々な不安を抱えているはずだ。

 それを少しでも和らげられたら……と、レオは保護された孤児に何度か会いに行っていた。


 マルクスが、「ふぅ……」と息を吐く。


「困るなぁ。孤児の様子見それ自体は、まあ悪いことではないがね? あそこの孤児には亜人も混ざっている。分かるだろう?」

「……しかし」

「言い訳は結構。いいかね。今、二番隊は『亜人排斥派』という立場でまとまりつつある。君個人で考えはあるだろうがね。それよりも、二番隊全体の方が大事だとは思わないか?」


 フーリルがいた頃は、二番隊では亜人に対する考え方は自由だった。

 ただし、任務中は余計な感情は持ち込まず、人も亜人も平等に救え。

 それが、フーリルのやり方だった。


 今の二番隊は亜人の排斥を掲げるマルクスの思想に染まりきり、任務中であろうとあからさまに亜人を差別する騎士が増えてきている。

 

「副隊長の君が勝手なことをして足並みを乱すなど、あってはならないことだ。違うかね、ディスフレンダー副隊長。ん?」

「…………」

「はぁ。都合が悪くなるとだんまりかね。……まあ良い。身の振り方はよく考えておいた方がいい」


 自身の鎧に刻まれている隊長の証を指差し、マルクスは口元を歪ませる。


「君は二番隊の隊長を目指しているんだろう? 私はね、いつか君に譲っても良いと考えているんだよ、隊長の座をね。だから、あまり失望させないでくれ」

「……はい。失礼します」


 背を向け、レオが部屋を後にしようとすると、


「ああ、それとキリエ君のことだがね」

「……っ」


 どこか弾んだ口調で、マルクスがレオを引き止めた。


「決まったよ、彼女と私の婚姻が」


 無表情を装っていたレオの表情が、その瞬間、初めて崩れた。

 舌なめずりするように、嫌らしい口調でマルクスは言葉を続ける。


「これで、キリエ君と、そのご両親の立場も更に良くなるだろうね」

「…………」

「君と彼女は昔から親しかったらしいじゃないか。友人の挙式だ、嬉しいだろう?」

「……………はい」


 ギリギリと、レオが歯を食いしばる。

 それに気付きながら、マルクスは上機嫌に笑った。


「ははは! そうだろう、そうだろう! ああ、挙式の際には、是非君を招待しようじゃないか。なんなら、スピーチも頼もうか」

「……光栄です」

「スピーチの内容、考えておいてくれたまえ。楽しみにしているよ、ディスフレンダー

「失礼します」


 頷き、レオは足早に部屋を出て行った。 

 私室に残るのは、椅子に深く腰掛けたマルクスだけだ。

 マルクスはしばらく部屋の扉を眺めていたが、やがてプルプルと体を震わせ始めた。


「くく……」


 その口から、小さく息が漏れる。

 やがて堪えられないという風に、マルクスは大きく口を開いた。


「はははははッ! いい顔だよ、ディスフレンダー! すました顔ばかりしやがって! そういう顔が見たかったんだ!」


 それは嘲笑だった。

 腹を抱え、愉悦に顔を歪めながら、マルクスは大声で笑う。


「彼女のウェディング姿を見た時、どういう反応をするのか、今から見ものだなあ!」


 悪意に塗れた嘲笑が、私室に響き渡った。



 笑い転げるマルクスの様子を、俺達は宿舎の屋根裏から覗いていた。


「……清々しいほどのクズだな」


 ドン引きした風に、エルフィが呟く。 

 ああ。

 今すぐ下に降りて、笑みを浮かべる顔面を潰したいくらいだ。


 気分が悪い。

 人を裏切り、食い物にした奴が、今もこうして笑顔でいる。

 その光景を見ているだけで胸が悪くなる。

 

 お前が幸せだと、俺が幸せになれねぇんだよ。


「外に複数の気配がある。ここで襲撃するのは得策ではないぞ」


 エルフィが冷静な口調でそう言った。

 無意識の内に、懐の剣へと手が伸びていた。

 握りしめていた指が手のひらに刺さり、血が流れている。


「……分かってるさ」


 相手は腐っても聖堂騎士の隊長だ。

 恐らく、こちらの初撃くらいは耐えるだろう。

 この部屋には不意打ち、暗殺対策の仕掛けがいくつもある。

 騒ぎを起こすと忌光迷宮へ行きにくくなるし、行動を起こすのはもう少しこいつの情報を集めてからの方が良さそうだ。

 

 ただ殺すだけでは、俺の復讐にはならない。

 遠回りをすることになるが構わない。

 その分、相応しい最期を用意すればいいだけだ。

 

「もう少し、詳しく調べるとしよう」


 誓うよ、マルクス。

 最高の死をお前にプレゼントすると。


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